19.ロイの魔法講座
コーヒーデリバリーを始めて既に3日が経った。
セルジュは夜も遅いし来なくていいと言うが、流月では何もできない『長の捜索』を頑張ってくれているセルジュに対して少しでもお礼がしたかった。それにほんの数分だが、セルジュと他愛のない会話が出来ることが楽しかった。
……
昼過ぎの魔法演習場。
流月の本日の個別訓練が始まる。
「よっと。じゃあ流月さん、始めましょうか」
「はいっ!お願いします、ロイさん!」
ロイが何やら備品の入った箱を持ってやって来た。
ロイはグレンと同じ3枚羽の印持ちだ。魔力量では劣るものの、グレンより繊細な魔力の制御が上手い。そのため手の空かないグレンに代わり、流月の魔法訓練に借り出されていた。
「急に魔力を放出することは使い手に負担になりますし、暴走の原因にもなります。まずは制御の基礎を学びましょうか」
そう言ってロイは備品の中から一つを取り出した。
計測器と同じ様な白い半透明の珠だが、両側に丸い金属の取っ手のようなものが付いている。
「これは導入器と言って、魔力を放出する感覚を養う物です。ここの取っ手をもって、こう…」
説明しながらロイが導入器に魔力を込める。すると半透明の珠が中心から青く染まり輝き始めた。
「魔力がキチンと伝わると属性、魔力量によって色と明るさが変わります。まずは放出を制御出来るようになりましょうか」
そう言って導入器を流月に渡した。
「…………。ロイさん、どうやったら魔力って、出せるの?」
制御するも何も放出する方法が分からない。流月は導入器を持ったまま固まった。
「そっか、そもそも魔力ない人ですもんね」
ロイは流月と初めて会った時、計測器が少しも反応していなかったことを思い出し困ったように笑う。
「……………。ちょっと荒いですが」
ロイは正面から導入器を持つ流月の手に自らの手を重ねた。
「僕が魔力を流すので、まず魔力の流れる感じを掴んでください。流月さんはなるべく早く落ち着いて。もしも共鳴が始まったら、導入器が赤色になってきたら僕はきっと動けないので、流月さん早めに手を離してくださいね」
ロイが再び魔力を込めた。
導入器はまだ白く半透明のままだが、ロイの手が重ねられた流月の手がじわりと流れ込んでくる熱さを感じ取った。
導入器が徐々に青く染まっていく。
ー熱い…訳じゃなくて熱量を持った波が体の中に入って来るみたい。これが魔力の流れ??でも何だろう…?なんだか凄く不快…
そう思った瞬間、導入器の青さが一瞬であかに塗り替えられた。
「えっ??!何…?」
みるみる間に輝度が上がっていく。不安になってロイへ視線を移すと眉間に皺を寄せ苦しそうな表情を浮かべていた。手も、体も強張っている。
ー共鳴?!
急いでロイからも導入器からも手を離す。
導入器が地面に落ち、ロイも膝をついた。
「やっ…やだやだ!ロイさん!」
ロイに触れていいの分からず、慌ててロイの正面にしゃがみ込んだ。
「………すみません、大丈夫ですよ。流月さんが手を離すのが早かったので」
ロイはそのまま座り込んで流月へ笑いかけた。
「いやー、やっぱりダメでしたか。ちょっとはイケるかなーって思ったんですけどね」
「………やっぱり、なんですか?」
「え?まぁ…僕の水属性と流月さんの炎属性って相性悪いんですよね。なので水属性の魔力流したら拒絶されるかなとは…でも『魔力』そのものを理解するには手っ取り早い方法なんですけど……流月さん?」
ロイはまともな人間だと思っていたのに、やはりグレンの相方なんだなと脱力してしまう。やることがちっともまともではなかった。
「今度から危なくない方法でお願いします」
「あはは、気をつけます」
そう言って軽々と立ち上がり、悪びれる様子もなく流月の前へ手を出した。流月はその手を取り立ち上がる。
…
「……んんんんむむむむ!!!!!」
流月が導入器を持ち力を込める。
導入器が赤く染まり、じわりと輝き始める。輝きは蝋燭の様に揺らめいているが、先程の共鳴時程の眩しさはない。
「そうそう、上手です。その位の放出量を維持しましょう」
魔力の放出量を一定に維持することは意外と難しい。油断すると放出量がどんどん上がってしまう。
「むむむむ……!!!」
導入器の輝きが緩やかに増す。
「あ、流月さん、増えてますよ。抑えて抑えて…」
「んーーーーーーーー!!!」
流月の必死の踏ん張りにより、何とか輝きは落着きを取り戻した。
「おーー!持ち堪えましたね。じゃあ今日のおさらいと行きましょうか」
ロイがひょいと導入器を取り上げ、反対の手のひらを前方へ向ける。どこからともなく集まった水の玉が意志を持って広がり、3メートル四方の水の壁が現れた。
「両手を前へ。導入器へ魔力を流し込んだ感覚を思い出して」
水の壁に感動している場合じゃないとロイの言う通り掌を重ね、水の壁へ向ける。
ー掌から波を流す感覚。熱量はさっきと同じくらい……
集中して力を込める。
じわり、と魔力が流れ出した。
重ねた手の平の真ん中に5センチほどの火球が現れた。
「やったぁ!!できた!!!」
と、気の緩んだ一瞬、魔力の制御が外れ火球が一気に膨れ上がった。
頭が真っ白になって声が出ない。流月の体が過去の恐怖で強ばる。
視界が炎の渦に埋め尽くされる寸前で、膨れ上がった火球が水の渦に包まれ静かに鎮火した。
「すみません、大丈夫です?」
「………ちょっと、驚き、ました」
ふらつきそうになる体をロイが支えた。
「魔力の消費量自体は問題なさそうですね。やっぱりまだまだ制御が弱いか……さて、今日の訓練はここまでです。魔力の制御には集中力凄い使うんで、ゆっくり休んでくださいね」
「………ありがとう、ございます…」
また聞く『やっぱり』というワードは聞き逃がせなかったが、炎の勢いに呆然として突っ込める程頭が働いていない。
気付くと真っ青だった空が鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
備品を片付け始めるロイを流月は横から覗き込んだ。
「他のは何なんです?」
「これ?どれも魔力制御を学ぶための小道具です。…が、流月さんはもう少し今日の練習続けた方がいいですね。暴走のリスクは下げときましょう」
暗にコントロールがイマイチだと言われてしまったが、ミラの時のように暴走させることは出来ない。
流月はコクコクと頷いた。
「じゃあ、僕はこれで。また明日ですね」
「ロイさん!えっと、あの……城下町へ行きたいんですけど、どう行けばいいんでしょう??」
「……騎士棟の守衛にお願いすれば馬車を出してもらえるはずですが…今から?一人でですか??」
ロイはあからさまに怪訝な顔をした。
太陽は沈みかけており、あと30分もしないうちに暗くなる事が分かっているからだろう。
「いや、ミラを誘ってみようかなと思ってます」
「いくら治安が良いと言っても暗くなってからの独り歩きは勧めません。変な輩もいますからね!……けどミラさんも一緒なら大丈夫でしょう。気をつけてくださいね」
「はい!ありがとうございます!」
流月は笑顔で挨拶し魔法演習場を後にした。




