16.流月のなかみ
「貴女がこちらの世界へ来たトリガーがある筈です。それが分かれば戻ることも可能であるかと。」
急に元の世界へ戻れる可能性を指摘され流月は呆然となる。
ー元の場所へ戻る……また誰も居ない場所に行くの?
ふと、視線を感じ顔を向ける。セルジュが驚いた顔で流月を見ていた。
なぜ自分の世界の事を考えなかったのか理解しようとする瞬間、アリアナの沈んだ声ではっと我に返った。
「ただ……150年前の男性と違い貴女は『長の印』を持ってしまった。申し訳ないけれど、すぐに貴女を帰してあげる事ができません…ごめんなさい」
「だ、大丈夫です!せっかく長の印も見つかったことだし、やれることはやります!力になりたい!!……トリガー?もよく分かってないし、それに私ここに……っ……」
アリアナが余りに申し訳無さそうな顔をするため、流月は気にして欲しくなくてつい焦って話し出した。そしてつい余計な事が口を衝きそうになる。
「……?流月?」
何とか踏みとどまった流月にアリアナは小首を傾げた。
「……あは、ごめんなさい。何でもない」
流月は情けない顔で伝える。
無理矢理笑うその表情にセルジュもグレンも見覚えがあった。
「あ!!
こっちへ来るとき『火傷した』って言ってたじゃない?それは??」
トリガーについて考え込んでいたミラが声を上げた。ミラの声の明るさに流月はホッとする。
「残念だけどそれは違うみたい。今朝、お茶飲もうとしてポット触っちゃったんだけど何ともなかったもん」
そう言いながら、真っ赤になった指先をミラに見せた途端、
「なっ!!!なんですぐ言わないのー!!!こんな真っ赤にして、手当は?」
凄い勢いでミラに怒られた。
「え、だってこんな火傷、手当してもらうほどじゃ…」
「『こんな』じゃないでしょ!どんな傷でも痛いの!!手当てできる環境にいるんだからアンタが気にしてあげなきゃ可哀想でしょ!」
ミラの剣幕に押された流月の言い訳は、軽く一蹴された。プリプリ怒ったミラはポケットから応急手当用品を出し、手早く手当を始めた。
何故ここまで怒られているのかよく分からない流月はアリアナ達へ視線だけで助けを求めた。グレンはにやりとしながら「諦めろ」と口パクをしている。
「ふふ、もっと自分を大切にする事を学ぶ必要がありますね、流月。身体だけじゃなく貴女の気持ちもですよ」
コロコロ笑うアリアナの向こうで呆れた顔のセルジュが優しく微笑んだ。
…
「さて、流月の手当も済んだ所で、今後についてお話致しましょう」
柔らかな声ではあるのに、部屋の空気が幾分か堅くなる。流月も背筋を伸ばした。
「『長の対』が見つかった以上、竜騎士の強化のためにも竜の長を従えてもらわなければなりません。ただ通常の試練と違い、流月が成人していない事、我々のために試練を受けて貰う事を考慮して、先に騎士達で長の捜索を行います。長が見つかってから流月はセルジュと共に試練へ向かって貰いましょう。セルジュ、捜索の指揮は任せます」
「承知しました」
先程の柔らかな雰囲気から一変し、アリアナは毅然とした態度で次々と指示を出し、流月が半分も理解出来ていない話を無駄なく進めている。先程『陛下』と呼ばれていた事を思い出して、流月は自分と同い年の少女を見つめた。
「その後叙任式を執り行い、正式に流月を騎士団員としましょう。その方が貴女を護りやすい筈です。セウシリアとのいざこざに巻き込むつもりはないから安心して下さい。ただ、長の力は借りるかも知れませんが…」
「ただの隊員にするつもりすか?元老院が黙ってるか…」
グレンが誰もが考えているであろう大きな懸念点を指摘する。
「もちろんそのつもりです。けれど私個人の力でどこまで抗えるか……仮に騎士団長となってしまった場合でも危険が及ばない様に必ず対処させます。いいですね?」
セルジュとグレンが殆ど同時に頷く。
「では、流月の監視を只今を持って解除しましょう。とりあえず、騎士見習いとして今まで通りの生活を送って下さいね」
いつも通りの優しい笑顔が流月へ向けられた。
流月はこくんと頷いた。頷く事しかできなかった。
「あとは、共鳴を避けるため印を持つ騎士達へ通達を出しましょう。但し箝口令は徹底して下さい」
「承知しました」
「では、今後の話はこれくらいにして…ミラ、見てもらいたいものがあるので一緒に着て欲しいの。セルジュ、部屋まで送ってくれる?」
「…はいはい」
先程までの堅い雰囲気はなくなり、最初に見た二人の距離感に戻っていた。
「ちょっと行ってくる。グレン、流月を頼んだぞ」
一言を残し、3人は部屋から出ていった。
おもむろに流月は机に突っ伏した。
「流月?」
「情報多すぎて頭がいっぱい…」
理解できない情報が多すぎて何も分かっていない、が正直な所であったのだが、そこは言葉を濁す。
「侵入者で要監視者から長の印も持ち主だもんなぁ……」
「グレン隊長…………試練てなにすんの?竜騎士の強化って、共鳴って……私は何をしたらいいの?何ならできるの?私騎士団長にならないの?長の印があるのに…」
置いてけぼりを食らいまくったストレスと、何かをしなくちゃいけないのに何をしたらいいのか分からない不安がごちゃ混ぜになり、グレンに凄い勢いで食って掛かる。
「る、流月落ち着け」
予想外の反応に成されるがままのグレン。いつの間にか流月が座ったままのグレンの胸ぐらを掴んでいる。
「竜の印だけあればいいの?私は助けられるばかりで……ここでも何もできない?」
今までの勢いが嘘のように、萎んでいく流月。今にも泣きそうに瞳が潤んでいた。
「るつき……」
…コンコン…
突然、部屋の扉がノックされた。
「流月様、隊服の採寸に伺いました」
のんびりした声に一拍置いてグレンが返事をする。
「……どーぞ」
カチャっと開かれた扉から一人の女性が姿を現した。
プラチナの長い髪はサイドでは編まれており、青味がかった切れ長の瞳にスクウェアの眼鏡がとても良く似合っていた。
「竜騎士団後方支援 調達部のリズです。…グレン、隊長も一緒だったの」
「リズさんじゃん!久しぶり」
グレンとリズは知り合いのようで、何やら世間話を始めた。流月はグレンに気づかれないように深呼吸し、大丈夫、大丈夫と唱えながら胸元でぎゅうっと右手を握り締める。いつからか落ち着くための癖になっていた。
幾分か落ち着いた頃、リズが流月に声をかけた。
「ごめんなさい。話に夢中になっちゃったわ…あなたが流月様ね」
「流月、で大丈夫です」
『様』なんて仰々しい敬称を早々に撤回する。
「ありがとう。アリアナ姫から隊服の準備をしてほしいと伺っているわ。採寸するからちょっと来てくれる?」
「リズさん、オレが出てこーか?」
「いいわよ、こんな部屋での採寸なんて落ち着かないでしょ?採寸室へ連れてくわ」
「騎士団の作戦会議室を『こんな』とか言うなよ」
グレンの呟きを無視し、リズは流月へ手招きする。リズの元へ駆け寄ろうとして一度動きを止め、グレンの方へ顔を向けた。
「グレン隊長、さっきはごめんなさい」
やや緊張した面持ちでそう言い残すと、そのまま部屋を出ていった。
「……なーんにも謝ることじゃねえのに」
一人残された部屋でグレンは呟く。
カチャ……
静かに扉が開かれた。
「あれ、お前だけか?流月は?」
セルジュのキョトンとした表情に一気にグレンの気が緩んだ。
「流月は隊服の採寸でリズさんが連れてった」
「ふーん……どした?変な顔してる」
「……何もできねーわけねえだろ…て気持ちでいっぱい」
「はぁ?」
「なんでも……お前夜空けとけよ」
何やら疲れたようすのグレンに、それ以上突っ込むのはやめてセルジュは椅子に座った。手の中では計測器が黒く輝いている。




