15.王城ー第三謁見室ー
「私にできる事であれば、幾らでも」
流月の凛とした声が響いた。アリアナは応えるように優しく微笑む。
「叙任式は試練後に、彼女の安全を考え内々でのみ執り行います。この場は以上で解散致しましょう。」
そう言い残し、アリアナ達は静かに部屋の奥へ消えて行った。半強制的に解散され、不満を隠そうともしないオリバーは大股で謁見の間を後にした。
オリバーが部屋から退室した事を確認し、騎士達は敬礼を解いた。
セルジュ達も部屋を出ようとする。
置いて行かれると思った流月は小走りで近付き、目線を下げたままセルジュの隊服を控え目に掴んだ。
「こ、こわかったぁ〜」
「ありがとう、流月」
ミラが優しく撫でてくれた。
ふと、セルジュとグレンの反応がないことを不思議に思い二人の顔を見上げる。
そこにはにやにや顔のグレンと不機嫌面のセルジュがいた。セルジュの耳がやや赤く染まっている。
「??」
流月は疑問符を浮かべたまま3人の後に続いた。
第三謁見室。
先程まで居た謁見の間と比べると『豪華な部屋』程度ではあるが、きらびやかな装飾が至る所に施されている。そんな部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれていた。
「それにしても相変わらずあの狸ジジイはネチネチネチネチと…腹立つなー」
グレンは文句を言いながら椅子に座り、机に脚を掛ける。向かいの席にミラも座った。セルジュは扉横の壁にもたれかかる。
「もーほんっっっとに!!!流月にもアリアナ姫にも失礼過ぎて嫌んなる…流月、急にショール取っちゃってごめんね。びっくりしたでしょ」
びくっと流月の肩が震えた。
「えと…全然…いいんだけど、その…気持ち悪いもの見せちゃって…」
ショールを握り締めしどろもどろに応じる流月に、ミラはぽんっと手を鳴らした。
「あぁっ!!大丈夫よ!!傷、綺麗に治ってるから!」
「………え?えーーーーーっっ?!」
暫く固まった後、ばっと勢い良くショールを脱ぎ右肩を覗き込む。
「ほんとだ!!!何でっ?!ってか何これーーー!!!」
「お前は狸とのやり取りを聞いてなかったのか?」
呆れ顔のグレンが堪らず突っ込む。
「ショール取ってる間はあんまり…だってあんな傷を皆に見られちゃう方が嫌だったんだもん」
「そっちか…オレもセルジュも狸に肌見せる方を嫌がってんのかと思ってたわ、なぁ?」
「ああ、傷が消えた事はミラから聞いていたし。…それに『あんな傷』じゃないだろ。両親が護ってくれた証だし、どんな傷があろうが無かろうが、キミはキミだろ。誰も気持ち悪いなんて思わない」
真正面からそう宣言される。
しかも優しく微笑みながら、だ。
流月は堪らずショールで顔を隠してその場にしゃがみ込んだ。
「…流月?どしたの?」
「せ…セルジュが…また泣かす〜…」
ぶはっとグレンが吹き出した。
「また?!セルジュ、お前流月に何してんだ」
「セルジュ隊長天然なんだから気をつけてくださいよ!!」
「な?!お前ら何好き勝手言ってる?!流月、紛らわしい言い方するな!」
二人から非難され、慌てて抗議の口を開く。
一斉にぎゃあぎゃあ騒ぐ中、セルジュが何かに気付いたように扉へ向かう。
「…?」
流月にはセルジュの行動が理解できず、首を傾げながらじっとその行動を見つめていた。
セルジュが静かに扉を開く。
そこにはアリアナが一人で立っていた。
「……近衛は?」
「こっちには隊長達がいるんだもの。ちょっと休んでもらってるわ」
「はぁーーー…迎えに行くんで一人で彷徨かないで下さい。…狸は?大丈夫です?」
「ええ。いつもの戯れ言だもの」
「くっ…元老院のトップ掴まえて戯れ言か…」
いつもより二人が気安い、と言うより距離が近い。
『婚約者である一番隊隊長殿』
あぁ、だからずっと扉の横で待ってたんだ…
オリバーの一言が胸に落ちた。
二人で笑い合う姿にちくりと胸が痛む。
何故だが二人の姿を見ていたくなくて、流月はミラの影に隠れるよう椅子に座った。
アリアナとセルジュもそれぞれ席に着く。
「流月、改めてありがとう。こちらの無理なお願いを聞いてくれて」
アリアナが静かに頭を下げた。セルジュもグレンも続く。そんな状況に慌てて流月は立ち上がった。
「やっ!私なんかが……私が少しでも助けになるなら!セルジュやグレン隊長に助けて貰う事になっちゃうのは申し訳ないけど」
「そんなの気にすんな」と、グレンが笑いかける。
「それよりも…なんで私なんかが印を持ってるのか気になって…そもそも私の居た所に竜はいなかったのに」
「そこなのよね!アリアナ姫、何か分かりました?」
ミラが身を乗り出してアリアナに問いかける。ミラもずっと気になっていたらしい。
「昨夜、ミラから報告を受けて古い文献をいくつか見ていたら、似たような事例が1件だけ見つかりました。150年程前の出来事のようです。」
アリアナはそう言いながら古びた1冊の本を机へ広げた。一斉に覗き込む。流月には全く読めない言葉で記されていたが、右下に記されたイラストには見覚えがあった。2枚羽の竜の印だ。
「生まれつき手の甲に2枚羽の印を持つ男性が別の世界から現れ、当時のセウシリアとの闘いに力を貸してくれたと記されていました」
「生まれつき……火傷する前、私には印はなかったですよ?」
「5枚羽、長の印は代替りするんです。先代の長の対が欠けた時、次代の長の対が生まれる。先代の長の対、先代の騎士団長は7年前に亡くなっています」
「7年前…火事があった年だ…」
「先代騎士団長が亡くなったのと、貴女が火事にあったのは恐らく同時だったのでしょう。そのタイミングで何故か竜の力の一部が、貴女の世界に繋がってしまった。けれど力は不十分で、更に火事の火傷で隠されてしまっていたのでしょう。そして竜の力に引っ張られこちらの世界へやって来て、覚醒した…」
アリアナの説明を聞いてミラはなるほど、と納得をしているようだ。流月には『繫がり』というものがいまいちピンとこない。
「だからどれだけ探しても長の対が見つからなかったのか…」
「でも竜は?竜はこっちにずっと居たはずだろ?」
「対の流月でさえ印が出てなかったんだ…竜も覚醒できてなかったんだろう」
「じゃー今なら探し出せるかもってことか」
グレンとセルジュも納得した上で地図を広げ、長の捜索計画を見直し始める。
流月は自分だけキチンと理解できておらず、置いてけぼりを食らった気分で机の上の読めない文献を眺めていた。
「アリアナ姫、150年前の男性はその後どうなったんです?」
文献を確認しながらミラがアリアナへ疑問を投げかけた。アリアナはぱらぱらとページをめくり、一文を指しながら静かに答えた。
「……セウシリアとの戦いが落ち着いた後、元の世界に戻っていった、と」
「もど…れるの?」
ぼんやりしていた流月は、アリアナの発言に衝撃を受けた。
アリアナは流月をまっすぐ見つめ、静かに答える。
「貴女がこちらの世界へ来たトリガーがある筈です。それが分かれば戻ることも可能であるかと。」




