14.王城ー謁見の間ー
王城、謁見の間。
王城の最上階に位置するこの部屋は、高い天井を何本もの石柱が支えており神殿の様な重厚な印象を受ける。
天井まで伸びる細い窓から差し込む光が、深みのある深紅の絨毯を際立たせていた。
正面には数段の階段と、その先に舞台の様なスペースがあり、スペースの真ん中には豪奢な椅子が置かれていた。
流月はそんな威厳しかない部屋の真ん中に何故か、1人取り残されていた。
横目で辺りを見回すと、ミラ、グレン、セルジュが後方の壁際で姿勢を正している。グレンもセルジュもいつもは着崩している隊服をかっちり着ているし、ミラにはいつも羽織っている白衣がなかった。
部屋の奥で扉の音が聞こえた。
ザッと部屋中の騎士が一斉に敬礼をする。
流月もつられてぴっと姿勢を伸ばした。
何やら威厳のある男性が二人歩いてきて、椅子を挟むように位置どった。その後にアリアナ姫が現れ、
豪奢な椅子にゆっくりと座る。
「おはよう、流月。体は大丈夫ですか?ゆっくり眠れたかしら?」
この場に似合わないアリアナ姫の柔らかな声に、緊張感が緩みそうになる。
「大丈夫です!ありがとうございま…」
ガゴンッ…
流月が答えきる前に、謁見の間の重厚な扉がノックもなく開かれた。部屋中の視線が扉へ集まった。
「陛下、遅れて申し訳ございませんな」
言葉とは裏腹に全く悪びれる様子もなく、60代くらいの男性が媚びた笑みを浮かべながら現れた。そのままアリアナの正面までゆっくり歩いていく。
「オリバー殿、陛下の御膳です。いくら元老院のトップとは言え、この様な大事な場に遅刻するとは…」
アリアナの右側に立つ男性がオリバーと呼ばれた男性へ小言を言う。
「トラヴィス摂政殿!久しいですな…いやぁ、最近めっきり膝が痛くてな…こんな老いぼれが数分遅れただけでそんな目くじら立てておると、陛下の器まで小さいと言われてしまいますぞ」
「元老院の狸も来やがったか…」
セルジュに向けてグレンが小さく呟いた。セルジュは小さく頷いて応じる。今も宰相とのやり取りをしてはいるが会話の端々にアリアナへの悪意を感じる。
「さて、例の娘は…」
摂政との話を唐突に終え、アリアナに向き直った。
流月のすぐ横を通り過ぎた筈だが、流月が見えていないかの様な振舞いだ。
「…彼女が、5枚の羽の印を持つ、竜族の長の対となる方です」
アリアナの説明に、流月は目を見開いた。
ー私が?!長の対??何も聞いてないよ!!
と、セルジュの顔を盗み見るがセルジュは厳しい視線をオリバーから外すことは無かった。
オリバーはアリアナの説明を受けて、漸く流月へ振り返る。
「…これはこれは、珍しい黒髪、ですな。月の女神の末裔と言われる高尚な我が民には似つかわしくない。…本当に印があるのか疑わしいものですな」
言葉は丁寧だが批判されているらしい。細められた目で値踏みをするかのように全身を確認される。じっとりした視線に肌が粟立った。
「証拠を見せて頂いても?」
途端にぴりっとした空気を後方から感じる。
「……ミラ」
アリアナが申し訳なさそうに流月を見つめたあと、ミラに合図をする。すると硬い表情のままミラが側にやって来た。
「…ごめんね」
流月にだけ聞こえる声で謝罪する。
そのまま肩にかけてあったショールを外した。
謁見の間へ来る前に着せられた白いワンピースは背中から肩にかけて大きく開いていた。ショールがあるからとなんとか着ていたが、取られるなんて聞いていない。
傷が見られる!!
流月はぎゅっと目を瞑った。「大丈夫よ」と、震える手をミラが優しく握ってくれる。
「…ほぉ、確かに5枚羽だ。」
オリバーの声が一層冷たくなった様に聞こえる。
「『女神の印』の無い姫君に、女神の血を引かぬ卑俗の者が『5枚羽』を持つ、か……嘆かわしい。今代は混迷を極めるな」
流月の背中を見つめた無表情のまま、独り言の様に言葉を続ける。静まり返った謁見の間では、不快感の伴う濁った声が全員の耳に届いていた。
「では、陛下。叙任式はいつ頃に?早々に娘を団長とし、セウシリアとの国境の乱れを正すべきでしょう」
急に明るく作られた声と表情で、アリアナに問う。ミラは再びショールをかけて元の場所へ戻っていった。
「陛下、発言を」
セルジュの硬い声が響いた。
「なんでしょう?セルジュ一番隊隊長」
「彼女はこの国の民ではありません。印があるからと言って騎士団長とするのは乱暴かと…それに彼女はまだ成人前です」
成人前であれば試練を受けることができず、騎士団員になる事さえ出来ない。
「はっはっは…一番隊隊長は冗談がお好きな様だ。騎士達が弱体化している事は私達だけではなく、多くの民も気がついておる。そんな中、習わしに反して長の印を持つ者を発見しておきながら、騎士団長にしなかったなどと知られてみろ!民の信頼を失うぞ……すぐにでも試練を受けさせて騎士団長として発表なさるべきだ」
「そして習わしに従い婚約者である一番隊隊長はすぐにでも姫君と婚姻を結ぶべきでは…」
セルジュを一瞥し、アリアナへ向き直って話を続けようとする。セルジュは不機嫌さを隠そうともせずオリバーを睨みつける。
「セウシリアとの関係を正すまでは婚姻を結ぶつもりはありません。貴方がなんと言おうと民の安全に勝るものなどありません」
が、アリアナの強い声がオリバーの濁った声を遮った。オリバーは目を見開き、醜く顔を歪める。
「騎士団の弱体化は最も避けるべき事象です。弱体化が止められなければ、この国の民が傷ついてしまう…それだけは避けねば…」
そこまで話してアリアナは1度目を閉じた。形の良い眉毛が歪んでいる。金色の長い睫毛が揺れるのが見て取れた。
再び開いたアリアナの瞳はいつもの様に優しく、そして真っ直ぐだった。
「流月、貴方には負担にしかならない事は分かっています。これが勝手なお願いだと言うことも…それでも、私達に協力して頂けないでしょうか?
勿論、ここに居る一番隊、ニ番隊隊長に全面的にバックアップさせます。試練は、セルジュに同行してもらいましょう」
「陛下!!それは習わしに反しますぞ!」
「黙りなさい!我が国の勝手で彼女を巻き込むと言うのに習わし如きを優先させる事は許しません」
「っ!!……」
いつもふんわり優しいアリアナが見たことのない剣幕でオリバーの言い分を一蹴しようとしていた。
目線だけでくるりと周りを見回す。グレンはオリバーをきつく睨んでいた。ミラは心配そうな顔で流月を見つめている。セルジュも、真剣な眼差しを流月へ向けていた。
正直よく分かっていない所も多々あるが。
アリアナもグレンもミラも、セルジュも、
流月を守ろうとしてくれている事が流月にも伝わる。
迷いは少しも無かった。
ー私にも助けることができる。
「私にできる事であれば、幾らでも」
流月は強い声でアリアナに応えた。




