12.長の印
ガクンッ!!!
唐突に目の醒めた感覚。
急な落下感に体がビクッと反応した。
遠くで女の子の泣いている声が聞こえた気がする。
ずっと昔にも聞いたことがある様な…
俺は何してたんだっけ?
何を探してるんだっけ…?
俺は…
……
「流月を診ます。セルジュ隊長も少し休んで?酷い顔よ」
そう言われ医務室から休養室へ出されたセルジュは、1番近いベッドに腰を降ろした。左腕に視線を落とすと未だ、僅かながら震えていた。ぐっと拳を握るが力が入らない。
ーあの共鳴はなんだ?あんな規模のは初めてだ…
共鳴とは印持ちの持つ、竜に起因する魔力同士の接触によって起こる現象である。
普段は本人の意志により制御される魔力が、相手の魔力に引っ張られ強制的に放出される。相手の魔力が大きければ大きい程、放出される魔力は大きくなり本人への負担も大きくなる。最悪の場合、命すら落とす事もある。
大分魔力を持っていかれてるな…
疲労感に負けてベッドへ倒れ込んだ。
と、医務室が何やら騒がしくなったあと、乱暴な足音が休養室へ近付いてきた。
「どー言うわけだセルジュ!!!…っと、大丈夫か?酷い顔だぞ?」
予想通り不機嫌な顔をしたグレンが休養室へ入ってきた。
「ミラにも同じ事言われた。隊員達は?」
「馬鹿なことすんなって1発ずつ殴っといた。処罰は伝えてある。お前にも後で報告してやる」
魔法を暴発させた隊員たちの対処にグレンを呼んで良かったとほっと一息ついた。
「つーか任せ方が雑すぎるっての」
文句を言いながらセルジュへ何かを投げる。
片手で受取り確認すると、やや大き目の月の石が手の平に乗っていた。
「ミラからだ。大分消耗してそうだから使えってさ。お前がそんなになるなんて相当だろ?何があった?」
月の石を握りしめ自分の魔力を少し放出する。セルジュの魔力に反応した月の石はぼんやり青白く輝き始めた。じわりと月の石から魔力が流れ込んでくるのを感じる。
「特大の共鳴を受けた。状況的には流月だ」
「はぁっ?!ありえねーだろ、印もねえのに…あいつに魔力がねぇのは俺がこの目で確認してる。それで4枚羽のお前がこんなになるとは…」
「4枚羽以上の対であれば可能です」
ミラが医務室へ繋がる扉から入ってきた。
「んなっ?!」
グレンが驚きの声を上げる。セルジュは月の石のお陰で幾分か楽になった体を起こした。
基本的に羽根の枚数が多い程魔力量も多くなる。4枚羽のセルジュにダメージを与える可能性があるのは当然4枚羽以上の印の持ち主になる。
「理論上はそうだが、流月は…」
「流月は5枚羽の持ち主です。印が確認できました」
セルジュは暫く考え込んだ後、ミラに問いかけた。
「以前確認たんだろ?印はなかったんじゃ…」
流月に対して2度も共鳴を感じ取ったセルジュからしてみれば、『要因は流月じゃない』と言われても全く信じる気になどなれない。だが以前はきっぱりと印がないと判断されている。
「流月の印は右肩にありました」
「右肩……は確か火傷があるって」
「そうです。私が確認した限りでは比較的新しく、重症のものがありました。それが今では綺麗に消え、同じ場所に竜の印が出現しています。正直、何がなんだか分かってないけど……今から詳細報告に王城へ行ってきます。セルジュ隊長は念のため、今夜はここで休んでください。…流月もここで様子見ます。」
アリアナへの報告のため立ち去ろうとするミラをセルジュが止めた。
「ミラ、流月の様子は?」
「大量の魔力を放出した反動で今は眠っているだけです。準備できたらこっちに連れてくるよう伝えてあるので、セルジュ隊長、よろしくお願いしますね」
そう言って、今度こそ休養室を後にした。
暫くして医務室から眠ったままの流月が連れられ、セルジュの横のベッドに寝かされた。やや顔色は悪いものの、静かに眠っている様子にホッとする。
城下へ出かけたストライプのワンピースではなく、素っ気ない病衣に変わっていた。
似合っていたのにな、と場違いな感想が浮かんだ。
「5枚羽が流月だった場合は諸々どうなんだ?…団長は流月でアリアナ姫の婚約者はお前?」
流月を見つめていたグレンがふと問いかける。セルジュも当然同じ疑問は浮かんだが、ここで議論した所で回答は得られそうもない。セルジュは肩を竦めた。
「俺達騎士は王城の判断に従うしかないな…」
「だーーっ……5枚羽の印持ち見つけてスッキリすると思ってたのに、スッキリしねーな」
頭をガシガシ掻きながら不満を漏らしグレンは椅子から立ち上がった。そのまま扉へ向かって歩き出す。
「お前は流月の様子見ながらゆっくりしとけ。……手は出すなよ?」
「ばっ?!!だ、誰が出すか!!」
焦るセルジュを尻目に、グレンは軽く手を振りながら出ていった。
しんと静まり返る休養室で大きな溜息をつく。
…手なんて出せるか。
王族の婚約者候補だと国中に知れ渡っている。そんな不敬などやすやすと犯せるものではない。
それに…
流月に5枚羽の印が現れた。それも7年前に負った火傷と同じ場所に、竜の居る『この国』へやって来てから。
こんな都合のいい偶然が起こるのだろうか。全てが繋がっている様に思えてならない。
流月の元々持っていた竜の印が引き金となったのか、竜の印が流月を巻き込んだのか。
気を失う前に掴んだ細い肩が震えていた事を思い出し、力の入らない拳を握り締める。
ならば、流月の『あの表情』の原因はこの国の、自分達のせいなんじゃないかとさえ思えてしまう。
セルジュは静かに流月のベッドへ近付いた。
額ににかかる黒髪を払うように優しく梳かす。流月の長い睫毛が時折揺れた。綺麗な眉毛が一瞬歪んで、戻る。
ー辛い夢じゃなければいいが…
そう思いながらも、今更流月のいない日常が考えられない自分勝手な感情に、罪悪感で胸が軋んだ。




