確認は大事
翌日、ヘリオス様から手紙とストールが届いた。私が以前使っていたものとは違うが、二人の思い出だ。いただいたストールをまとい、ヘリオス様に会いに侯爵家へと向かう。今日は残念ながら、本当の護衛であるダントンが迎えに来た。
聞くと、今までも護衛として振る舞うヘリオス様を、それとなく護衛していたそうだ。なんだかややこしいし、まわりくどい。
幸い頬の腫れや赤みは残らなかったし、変なところはないと思うが、侯爵家で侯爵令息としてのヘリオス様とは、初めて会うため、少し緊張する。
到着し、ヘリオス様を待つ間、侍女のサラが淹れたお茶を口にする。美味しいのだが、これじゃない感じがする。ヘリオス様のお茶が飲みたい。
「ディアナ!待たせてごめんね!! あぁ会いたかった! 少しも離れたくなかった!」
立ち上がって挨拶をする間もなく、強く抱きしめられる。ぐえっと声が出そうになるのを、耐えた自分を褒めたいと思う。
「ぐっ! こほっ…ヘリオス様。私も会いたかったです。お気持ちは嬉しいのですが、もう少し優しく抱きしめてもらってもよろしいですか?」
「あぁ!ごめんね!嬉しくてつい! 次からは気をつけるね!」
「そうしていただけると、私も抱きしめ返すことができます」
「くぅ! あぁ、そんな可愛いことを言われると、気をつけられるかわかんないよー!」
「いえ、そこは気をつけてくださいね」
「昨日赤かったところ、傷が残らなくて良かった! あいつらは許さないけど!」
ソッと優しく左頬を撫でる。この至近距離で見つめられ、触れられると、妙な気分になる。ジワジワと顔が近づいてくる。
オッホン!! 大きな咳払いで我に返る。サラだ。なかなかたくましい咳払いだった。
「サラ…。いいところだったのに……」
「坊っちゃま、奥さまの言いつけをお忘れですか?」
「忘れては、いないよ?」
「それは、ようございました」
「あー、水を差されたことだし、座って話そうか。お茶淹れるね」
「えっ!ヘリオス様が淹れてくれるのですか?」
「もちろんだよ! 今日は待たせてしまうから、サラに淹れてもらったけど、僕がいる時は、ディアナのお茶は僕が淹れるよ!僕のお茶、美味しいでしょ?」
「えぇ……。サラのお茶も美味しいのだけど、ヘリオス様のお茶が飲みたかったんです……。侯爵令息であるヘリオス様にお茶を淹れてもらうなんて、おこがましいですけど、嬉しいです」
「何言ってるのさ!奥さんのお茶を淹れるのは、夫の役目だよ! 少なくとも、うちではそれが常識さ。それに、僕のお茶が飲みたいって思ってくれて嬉しい!」
奥さん……。まだだけど嬉しい。いちいちドキドキしてしまう。しかし、これでは話が進まないし、ヘリオス様はニコニコと私を見ているばかりだし、舵は私が取らないと。ヘリオス様が淹れてくれたお茶を飲む。やはり、これだ。
「ヘリオス様、そろそろこれからのことをお話ししましょう」
「あぁ、そうだね。先に言っておくけど、僕はディアナが一番で、ディアナが最優先だ。商会の仕事は続けたければ、結婚してからも続けてほしい。もちろん、誰かに任せるのであれば、任せてもいい。商会の売上もディアナのもので、侯爵家とは別で管理していい」
「いずれ誰かに任せようと思っておりますが、商会の仕事をしばらくは続けたいと思っておりましたの。続けても本当によろしいのですか?」
「もちろんだよ! 君の努力により、今の結果があるんだ。それを奪うことなんてできないし、護衛として付いているときに、君が働いているところをこの目で見てきた。君が生き生きと働いている姿が、美しくて、ずっと見ていたいと思ったよ」
これはまた、嬉しいけど脱線しそうだ。
「あ、ありがとうございます! ヘリオス様のお気持ちも、この先の配慮にも感謝いたします。次に、お義母さまとは少しお話ししたのですが、領地の仕事を私にもしてもらいたいと伺いました。こちらも問題ないですか?」
「問題ないどころか大歓迎だ! ディアナも気づいているだろうけど、侯爵家は母が絶対だ。表面上は父が領地経営をしていることになっているけど、実際は母だ。情けないと思うかもしれないけど……、僕は父に似て、その、サポートの方が得意なんだ。母はいずれ君に領地経営をしてほしいと思っている。なんか、ごめんね」
なるほど。どうりで、まだ婚約者である私に、踏み込んだところまで教えてくれていたわけだ。私のことを買ってくれたのは嬉しいが、私とヘリオス様がうまくいかなかったら、どうしたのだろう。気になる。
「いえ! 領地のお仕事もとても楽しかったです。でも、楽しいことばかりじゃないと思います。そのときはヘリオス様がサポートしてくれるのでしょう?」
「もちろんだよ! 全力でサポートする!!」
「私もヘリオス様が爵位をお継ぎになられたときに、全力でサポートさせていただきます」
「僕さ、隠さずきちんと話しておきたいんだけど、ディアナが嫌な気持ちになるかもしれないんだけど、前の婚約者のこと、聞いてくれる?」
「……話してくれるのですか? 仲睦まじかったと、耳にしました。きちんと、ヘリオス様からお聞きしたいです」
「ありがとう。前の婚約者のこと、ずっと好きだと思っていたんだ。僕が幼い頃に希望した婚約だった。でも本当に僕たちは幼くて、大人になる意味がわかっていなかったんだ。彼女が変化していくことを受け入れられず、ずっと出会ったときの彼女を求め続けた。どんどんすれ違いが生じていることに、気づいていたけど、無理に婚約を続けていたんだ。彼女自身を見ようとせず、責め続け、その度、好きという気持ちがなくなっていると思っていた。でも、たぶん最初から、人を好きになるということを、履き違えていたんだ。彼女が亡くなり、両親に新しい婚約を打診されたけど、何もかも認めたくなくて、愚かにも逃げ出したんだ。母に呼び戻され、君に初めて出会い、ようやく気づいたよ。本当に人を好きになると、自分のプライドなんて些細なものだとわかった」
前の婚約者の話など、気持ちのいいものではないが、ヘリオス様は名前を呼ばないように、配慮してくれている。その気遣いが私の嫉妬心を和らげる。
「私たちが初めてお会いしたのって、あの四阿ですよね?」
「そうだよ。君が海辺を歩いている姿を見て、恋に落ちたんだ。逃げ出したはいいけど、母には尻尾を掴まれていて、僕の動向は全て筒抜けでさ。領地に戻れと呼び出しがかかって、僕も潮時だと思って、命令に従って領地に戻ったんだ。そしたら、ディアナと鉢合わせてさ! 母に仕組まれたのはすぐにわかったけど、君との出会いは、自分が逃げたことも全て吹き飛ぶくらいの衝撃でさ! もう、すぐにでも近づきたくて話したくて、君が休んでいる四阿に向かったんだ」
「そういえば……なぜ、あの時、は、はだか、だったんですの?」
彼と出会ったときの、上半身裸の姿が脳裏に浮かんで、顔が赤らんでしまう。
「領地に戻ったはいいけど、やっぱり悔しいから、気分を変えるため、海で泳いでいたんだ。けっこう近くにいたんだけど、君は足元の砂に夢中でさ、可愛かったな!」
「夢中になっていて、見られていただなんて、全然気づきませんでしたわ」
「夢中になって疲れたのか、四阿で休む君は眠っていてさ、美しい寝姿に見入ってたら、癒されたのか僕も眠くなって、でも起きたら君はいなくて、一瞬幻でも見たのかと思ったよ! でも優しい君は、僕にストールをかけてくれていて、そのストールが君と僕を繋ぐものだと思ってさ、今でも大事にとってあるんだけど、あれは思い出にもらってもいいかな? 新しいやつは受け取ってくれたかな?」
「えぇ、今朝お手紙と一緒に届きました。早速、今日まとってきました。領地で作られたものですよね。手触りがとても良いです。二人の出会いの象徴ですね…嬉しいです。ありがとうございます!」
「出会いの象徴……。うぅ、抱きしめてもいい?」
「!……まだダメです」
抱きしめられるのを拒否したが、十分近いところに座っているし、ずっと手も握っている。これ以上の接触は、会話ができなくなってしまう。
「まだ、ね! あの日、君の優しさに触れ、嬉しくて、母にディアナと仲良くなりたいと伝えたら、それはもう、物凄い剣幕で怒られてさ。当然だよね……。それでディアナを騙すようなことをしてしまってさ。でも、ヘリオスでなくても、君と過ごす日々は楽しくて、何事にも代え難くて、新しい君を見るたび、また好きになって、僕になくてはならない人になった」
ヘリオス様の真っ直ぐな言葉が胸を打つ。愛おしい。こんな気持ちは初めてだ。




