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ヘイスティング家

「それで、問題とはなんですの?」

「問題は、子息殿が放浪に出てしまったそうだ」

「放浪…」

「今回の婚約は侯爵様たっての希望でな。元々あちらは婚約を解消する予定で、婚約者殿の周りをお調べになられたときに、あの男の婚約者であったおまえのことを知ったそうだ。子息殿はまだ気持ちの整理ができていないようだが、私としても、これ以上ないお相手だ。家柄の差はあるが、おまえは王妃様の覚えもめでたい。先程も言ったが、変なところに目をつけられる前に、この婚約をまとめたいと思う」

「あんなに仲睦まじく見えましたのに、婚約解消予定だったのですね。外からはわからないものですね。私はお父さまの決定に従います」

「では、この婚約を大至急進めよう」


お相手は侯爵家だ。子爵家である我が家に拒否権はない。以前、一度だけ遠くからお見かけした侯爵様や侯爵子息様は、とてもお優しそうに見えたし、悪い噂も聞かない。お父さまの言う通りこの上ないお相手だ。ご子息様がいらっしゃらないのは気になるが、お父さまたちが大丈夫であれば大丈夫であろう。


婚約を結ぶため、ヘイスティング家を訪ねる。さすが侯爵家…敷地は広く屋敷も立派だ。少し、いや、かなり気後れしてしまう。いくら王妃様の覚えが良かろうと、侯爵家と子爵家、家柄の釣り合いも取れない。本当にわたしでいいのだろうか。


侯爵様ご夫婦とお話し、私のことを気に入ってくれたのか、とんとん拍子に婚約が結ばれた。お噂通り感じが良く、お優しい方たちで、ほっと胸を撫で下ろした。


バークシャー家としても急いで良かった。実際にあと一歩遅かったら、女癖が悪いと名高い伯爵令息様からの婚約申込を受ける羽目になったようだ。お父さまグッジョブ。


お義父さまお義母さまは、婚約者にそこまで内情を明かしてもいいのですか?と不安になるほど、屋敷のことや事業のことなど色々教えてくれた。時々、意見も問われるため、試されているのだろう。お眼鏡に適っていればいいが。


お義母さまにはお茶会に連れて行ってもらった。社交は得意ではないのだが、侯爵家の嫁になるのだから、そう言ってもいられない。


ご子息様は一向に帰ってこないが、お義父さまお義母さまとは順調に仲を深めていった。ある日、領地視察がてら旅行に行きましょうと、お義母さまより誘いを受ける。お義母さまが主となり領地経営をされているようで、薄々気付いてはいたが、私に手伝わそうとしていますよね?


お眼鏡に適ったということか?ご期待に沿えるよう頑張ろう。


領地に到着すると、潮の匂いがした。ヘイスティング家の領地は海に面していて、水産業、貿易等で栄えている。特にお義母さまはコンブ、オダシ、ヒモノ等々を広めた生きる伝説だ。


屋敷にはプライベートビーチがあり、私は初めての海に感激し、お義母さまに許可をいただき、海辺を散歩することにした。本で読んだけど、波音って本当に気持ちがいいのね。


少し1人になりたくて、侍女を連れずに波打ち際を歩く。砂に足を取られるも、夢中になって歩いた。歩きすぎたのか疲れてしまい、近くにあった四阿で休憩する。


滅多に歩かないのに、無理をしてしまったようだ。移動の疲れと、波音が子守唄となり私は目を閉じた。


少し眠ってしまったのか、ふと目を開けると、少し離れたところに髪を濡らした男性が座っていた。しかも上半身裸だ。私は驚き、叫び声をあげそうになるも、男性は目を瞑り眠っているようだった。


咄嗟に口を押さえ、叫ぶことは避けられたが、この方は誰だろう?プライベートビーチだから、侯爵家の関係者だとは思うが…。心地いいとは言え、半裸状態で風邪を引かないか心配だ。かと言って起こすのは気が引けるし、私は自分が羽織っていたストールを、男性にかけて立ち去った。


屋敷に戻り、冷えた身体をお茶で温める。あんまり遅いから侍女は心配し、探しに行くところだったと軽く怒られた。寝ちゃってごめんね。それにしても先ほどの方は……。


鮮やかなオレンジの髪…心当たりはある。寝姿でもわかる、整った顔立ちだった。瞳の色は確認できなかったが、十中八九ヘイスティング家の血縁であろう。


ご子息様だったりして。ふと、先ほどの上半身裸だった姿が脳裏をよぎり、思わず顔が熱くなる。


「……鍛えていらっしゃるのね」


夕食の時間になり食堂に向かうと、そこにはお義母さまが既にいらっしゃった。先ほどの方はいらっしゃらない。ご子息様かと思ったのに、一抹の寂しさが胸を襲った。


気を取り直し、次の日から領地について学ぶ。護衛を数名引き連れ、お義母さまと港近くの市場にやってきた。市場はたくさんの人で賑わっているから、はぐれないように気をつけないと。


思っていた矢先に、夢中になりすぎて、お義母さまたちとはぐれてしまった。幸いだったのが、護衛の1人が私についていてくれたため、事なきを得たけど、これからどうしよう。


お義母さまたちに合流したいが、この人混みではなかなか難しい。困っていると護衛の彼が言葉を発した。


「はぐれたときの待ち合わせ場所は決まっておりますので、ご安心ください」


あー良かった! それなら、ご心配かけなくてすみそうだ。胸を撫で下ろす。


「それは良かったです。お義母さまたちにご心配とご迷惑をかけるところでしたわ。ありがとうございます」


改めて彼を見上げると、逆光で見にくいせいか、先日の謎の男性がなぜかよぎった。目が慣れてくると、容貌が見えてきた。髪色が違う。茶色の髪に、薄く色のついたレンズの眼鏡をかけている。瞳の色は眼鏡でよく見えないが、背が高くスラっとしている。眼鏡の奥は優しそうな笑みを浮かべている。


「この人混みですので、お嬢さまは不本意かと思いますが、私の腕をお掴みください」


護衛さんの言う通り、この人混みで完全にはぐれてしまうと、皆に迷惑をかけるどころではない。私は差し出された腕を掴ませてもらうことにした。筋肉質な腕に触れると、少し胸が騒つく。緊張しているのか。


「失礼いたします。ありがとうございます」


動揺を隠しながら、お礼を言った。その後は私のペースに合わせて、歩きながらお店や品物のことを色々と説明してくれた。護衛さんの説明はわかりやすく、しかもとても詳しかった。


「この種類の布は販売ルートを独占契約をしているものです。王妃様のドレスにも使用されております」

「これがコンブです。乾燥させたものを煮るとオダシが出ます。様々な料理に使えますよ」

「ここはヒモノを売っています。ヒモノは塩水につけて、晴れた日に干すんです。あ、塩水と言えば、塩も作っているんですよ」

「ここ! ここでは、浜焼きと言って、漁れたものを焼いて食べれるんです。食べて行かれますか?」


令嬢としては、店外で食べるなど以ての外だが、私は今勉強しに来ている。郷に入っては郷に従えだ。良い匂いがして、抗えなかったと言うこともある。コクリと頷くと、簡易席に案内され、護衛さんはテキパキと準備していく。


目の前で二枚貝が炙られ、次第に貝が開いていく様に、私は表情管理を忘れ、見入ってしまった。完全に開いたところに、護衛さんはバターとショーユと言うものを投入する。立ちのぼる匂いが食欲をそそる。


「わあ! とてもいい匂いですね!」

「匂いもそうですが、味もいいんですよ。貝殻のままお皿に載せますので、ナイフとフォークでお召し上がりください」


と言って、身がついてない方の貝を取り、身がついている方は貝殻ごと皿に載せてくれた。食べやすいサイズに切り、恐る恐る口に入れる。


「まぁ! なんて美味しいんでしょう! 歯ごたえがありますね。旨味が口に広がって、またすぐに食べたくなります。このバターとショーユもいい塩加減ですね」

「そうでしょう! 漁れたてのものでしたら、生でも食べられるんですよ」

「生で、ですか。少し私にはハードルが高そうですが、いつか挑戦してみたいです」


今まで食材を生で食べたことがないので、今日食べます!とは言えなかった。不甲斐ない。でも店外で食べるというハードルは越えたので、今回は許して欲しい。


護衛さんの話が面白くて、つい寄り道をしてしまったため、お義母さまを待たせているかもしれない。そろそろ待ち合わせ場所に行きましょうと護衛さんに言うと、心なしか残念そうに見えたが、すぐにテキパキと行動する。


人の流れは幾分かおさまっていたが、はぐれてはいけませんと言われたため、先ほどと同じように腕を借り、少し歩くと待ち合わせの店が見えてきた。お義母さまはまだ到着していないようで、待たせていないことにホッとする。


店内で待つことになり席に座ると、さっきまで隣にいた護衛さんは私の後ろに立つ。その距離感に少し寂しさを感じた。


お義母さまは転生者のようです。

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