第7話 右腕
真横に来た瑠偉ちゃんはゆっくりユラユラ左右に揺れて慎吾を見つめている。慎吾は電柱の陰に隠れて周囲を伺いながら。
「もしかして瑠偉ちゃんはお食事中俺の事ずっと見てた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
慎吾はあまりにも衝撃的で気になっていて『瑠偉ちゃんゾンビを完食』事件を思いっきり引きずりながら答えが返ってこないのは重々承知だが思わず聞いてみたが当然見つめ返されて無言で終わる。すると瑠偉ちゃんはユラユラ左右に揺れて慎吾が持つ金属バットに顔を近づけると血と髄液塗れの先端に噛り付く、しばらく噛り付いていたが諦めると紫色の舌を出すと慎吾の目を見つめながら『ペロペロ』舐め始める。
「・・・・・瑠偉ちゃん??瑠偉ちゃん??・・・・・一体何をやってるのかな?」
意表を突かれ驚いて成り行きを見守っていると金属バットの先端に付着していた血と髄液を綺麗に舐め終わると顔を離して元に戻るとゆっくりユラユラ左右に揺れて慎吾を無言で見つめる。
『・・・・・まさか瑠偉ちゃん?・・・・・金属バットに付いてた血と髄液をゾンビの肉と勘違いして、食おうとしたけど金属バットが硬すぎて噛み切られへんから、切り替えてせめて血と髄液だけは味わいたくて舐めきったって事でオッケイかな??・・・・』
瑠偉ちゃんはユラユラ左右に揺れて慎吾を無言で残っている右目で無表情で見つめ返している。
『・・・・・まあぁ~多分俺の名推理で当たりやと思うけど・・・・・いきなりで驚いたけど・・・・・とりあえずあんだけ汚かった金属バットが綺麗になったわ、それに金属バットの汚れは何かで拭かなあかんって思ってたからな』
「ありがとうな瑠偉ちゃん、ピカピカになったわ」
無表情無反応無言の瑠偉ちゃんに『血と肉と髄液お好きなのね』で結論付けて感謝をする。すると瑠偉ちゃんの残っている右腕がまた『ピクピク』上下に動く。
「マジか、またゾンビか!?」
慎吾が瑠偉ちゃんの右腕が動くのを確認して数十秒後に『アアアアアァァァァァ』と狂った低い声の呻き声が耳に入り周囲を警戒すると、先程の腹這いゾンビを始末した場所に両手を前に突き出している1匹のゾンビが歩いて来た。ゾンビは眼鏡をしているがレンズはすでに無くなりグレーのスーツがボロボロで顔面は青白く目は充血して髪も抜け落ちて人間を完全に卒業している『さっきの腹這いゾンビが何度も呻いていてそれに反応して呼び寄せたんやな音や呻き声に反応するとかほんまやな』と実感すると眼鏡ゾンビの様子を伺う。
「さて!、どうするか?」
慎吾は金属バットのグリップを何度も握り直し緊張して今後の行動を考える、眼鏡ゾンビは何も発見出来ないと思ったのか唸り声を止めて腹這いゾンビの始末地点をウロウロし始める。
『ヒャッハる』か?慎吾は中学生時代の悪友達との使っていた隠語が頭に浮かぶ。他の学校のヤンキーやそこらへんのヤンキーを見つけてお金を恵んで欲しい時や何か気に入らない面をしている奴に道具を使って不意打ちで一方的にボコって欲求を満たす隠語『ヒャッハーの気持ちを忘れずに徹底的にやる』を省略したものだった。
『あいつら、もしかして走らんタイプのゾンビかな?』
慎吾は腹這いゾンビの始末地点に歩きながら来た眼鏡ゾンビの事を思い出す。『最初に死ぬ思いで追いかけられた助手席に乗ってた女性のゾンビは俺を食い散らかす目的があったから全力で走って追いかけてきたはずやし、あの眼鏡ゾンビも腹這いゾンビの呻き声に反応してそこに行く目的があったのに走らんと歩いて来てるしな』
「よしっ!!走るタイプか走らんタイプか試すか?、走るタイプならやり過ごす事にして、腹這いゾンビの時でもビックリするぐらい早かったし、助手席の女性のゾンビの走力とか攻撃ミスった時とかもう無理やしな、もし走らんタイプなら『ヒャッハる』か?」、
今は眼鏡ゾンビとは15メートルぐらいの距離、もう少し引き寄せて逆方向に意識と視線を向かせたら『ヒャッハる』が可能と判断する、それから電柱から身体がはみ出ない様に注意しながら拝借した背負い袋の中から『走って逃げて筋肉痛になったら困るよね』の軽い気持ちで同じく拝借した缶の筋肉痛スプレーを2個取り出す。それを1つ眼鏡ゾンビが逆方向を向いてる時に下投げで引き寄せる感じで手前に高く投げると『カンッ』と小気味のいい音を鳴らして落下する。すると眼鏡ゾンビはすぐに反応して勢い良く振り向くと落ちた筋肉痛スプレーに少し呻き声をあげると両腕を前に出し横揺れで歩いて向かって来た。
「走らんタイプと!」
筋肉痛スプレーには興味を示さず音のした周囲を少しウロウロするがしばらくすると獲物がいないと判断して両腕を下げてその場でゆっくり左右に揺れて立ちすくんでいる。
「知能は低いと!視覚と聴覚がメインで缶などは興味を示さないと!」
少しずつ試していきながら覚える。そしてもう1つの筋肉痛スプレーを下投げで立ちすくんでいる眼鏡ゾンビの頭上を越えさせて投げて地面に小気味いい音を鳴らすと、先程同様眼鏡ゾンビは歩いて向かい少しウロウロしてから慎吾の位置から5メートル先ぐらいで逆方向を見て左右に揺れて立ちすくむ。
「はい!、距離も顔向きも完璧!、俺ってやるやろ瑠偉ちゃん?」
真横でユラユラ左右に揺れている瑠偉ちゃんは筋肉痛スプレーで誘導している間も眼鏡ゾンビや慎吾の行動には興味を示さず、こちらを無表情無反応無言で残っている右目で見つめていた。『瑠偉ちゃんは動いてるゾンビには興味を示さず、他のゾンビも瑠偉ちゃんには興味を示さない?・・・・・ゾンビ同士は何かの理由でお互い無関心なのかも?、今の所瑠偉ちゃんは右腕を上下に動かしてゾンビの存在を教えてくれるだけかも』、慎吾は身体を横向きにして隠れられる電柱の幅で隠れて誘導していたが、瑠偉ちゃんは慎吾の真横に居て左右にも揺れていたので電柱の幅からは一定のリズムで身体をはみ出していたが、眼鏡ゾンビは興味も反応もしていなかった。
「それじゃあ、そろそろヒャッハるタイミングですな」
そう呟くと慎吾は金属バットのグリップの感触を確かめ 握り直し静かに態勢を整えると、逆方向を見て立ちすくむ眼鏡ゾンビに向かって静かに走り出す。瑠偉ちゃんは歩きながらユラユラ左右に揺れて付いて来る。
『はいっ、いただきっっっ!!』
そう気合いを入れて気付かれないままの眼鏡ゾンビの真後ろを取ると、走ったままの勢いで金属バットのグリップを両手で強く握り振りかぶりフルスイングで髪の抜け落ちた青白い頭を打ち抜く、『ゴンッ』の音と同時に首から上が地面に転がり数秒後に胴体が倒れた。それから眼鏡ゾンビが動かない事を素早く確認して念の為に地面に転がる頭を真上から金属バットを振り落として叩き潰すとすぐに呼吸を整えながら周囲の呻き声や動きに注意を払うが異常は見当たらない。
「瑠偉ちゃんの右腕も動いてないしな」
慎吾は周囲を見終わり呼吸も整い落ち着く。真横に来て少ししてから始末した地面に転がる眼鏡ゾンビにユラユラ左右に揺れて近づいて行く瑠偉ちゃんの血と体液塗れの後ろ姿と右腕を見てから安心して『あれはお食事をされに行くんでしょうな』『さっき着替えたのにもうあんなに汚れてるのね』と頭に浮かべて瑠偉ちゃんの本日2回目の四つん這いの獣の様なお食事を終わるのを煙草を取り出すと火を付けて口に咥えると近くの壁に寄りかかって眺めている。