出発の準備
スズがむくっと起き上がった時には、部屋には誰もいなかった。
皆、昨日のフェスタで疲れていると思ったけど、意外に早いんだ。
ググっと背伸びをして、あくびをする。
今何時だろうとスズは寝ぼけたままの頭で考えてみる。
だけど、考えてみても、正確な時間を確認するためには一階に降りないといけない。面倒だけども。
スズはもはや手慣れた仕草で、収納空間から服を取り出し、身支度を整えた。以前は髪の毛が長かった上に朝起きると必ずと言っていいほどボサボサになっていたのに、髪の毛を短くしてステラに分けてもらった『トリートメント』というものを使ってからは、髪の調子がいい。
前は本当に獣の毛っていう感じだったけど、今はちゃんと女の子って感じになっちゃったな。
階下に降りたスズは、いつもの席にエルミアの姿を見つけた。
「おお、エル。おはようなのな」
「おはよう。と言ってももうほとんど昼の時間だがな」
エルミアは一階で紅茶を飲みながら、本を読んでいた。
「にゃはは。寝すぎたのな。2人は?」
「2人もついさっき起きて、ギルドに向かったぞ」
「真面目なのなねー。エルは今日何するのな? てっきりエルも町に出かけているものだと思っていたけど」
エルミアは溜息をついて、本を閉じる。
「何するかって。忘れたのか? そろそろ冒険者の衣装を受け取りに行かないと行けないだろう」
「おお! フェスタのことでついつい忘れてた! じゃあ、他にも注文した装飾品と武器も出来ているかもにゃ」
「昨日の事件でギルドからも多少報酬が出るらしい。それと、ステラから町を出る準備資金として。まとまったお金を預かっている。食料とか薬品とかも買っておけ、とさ」
「それは、嬉しいような。面倒のような」
「まあ、明日もきっと休みだから、そう焦ることもないさ。おそらく護衛依頼で王都に向かうことになると思うからな」
自分たちで馬車に金額を払えば、金額でいえばマイナスなのだが、護衛依頼を受ければただで馬車に乗れ、報酬としてお金も入手できる。冒険者にとっても、護衛して貰える依頼人にとっても都合がいい。
「そっちの方がお金かからないもんね。じゃあ、早速行こうかにゃ。おなかもすいてきたのな」
宿を出たスズ達は、労働者向けの定食屋で昼ご飯を食べて、『竜宮屋』に向かった。
「うわあ、スズちゃんとエルミアさん、やっときてくれたのね! まずは……」
店員は手の指をわきわきと不気味に動かしながら、エルミアとスズに寄ってくる。
「すまんが、今日は時間がないんだ。この後、武器屋にも寄りたいのでな」
着せ替え人形になる前にエルミアが手で店員を制止し、ビシッと言った。
「ごめんにゃけど、また今度なのな」
「えーーー!! 絶対ですよ! お二人のために色々準備したんですから」
「とにかく、私達の冒険者衣装を合わせてくれ」
「では、エルミアさんはこちらに」
「じゃあ、スズちゃんはこっちね」
『竜宮屋』に仕立てて貰ったエルミアの冒険者服は、紺色を基調に仕上げてある。
紺色の長い外套の下には、動きやすいようにと皮の胸当てにショートパンツをはいて、腕には指先が出ているロンググローブをはめている。
さらに、外套がはためかない様に、胸の下付近と腰につけた革のベルトで固定している。
腰のベルトにはナイフや矢筒が装着できるように考えられ、所々にあしらわれた緑色のリボンや、ラインが女性らしさを演出している。
エルミアは臍や膝を隠したかったが、『竜宮屋』の熱意ある説得によってそれは敵わなかった。どうせだから出せと押し切られたのである。
一方のスズは、濃い灰色を基調色とした和装のようなものに仕上がっている。
元々の出身がラカンという元もあって、和装のほうが落ち着くスズは『竜宮屋』に頼んで、他国からデザインを取り寄せてもらい、それを元に考えた。伝統出来な『忍』という集団の衣装を参考にしている。
腰についている灰色の大きめのリボンに目が行ってしまうが、これは『竜宮屋』がこだわりぬいた帯だ。
足元は丁寧になめした皮の靴、長めのマフラーのような防具が首元の守りを担っている。動きの邪魔になってしまうであろう胸を固定するためのベルトと、指が出ているロンググローブはサイズや色は違うが、もともとはエルミアのものと同じものになっている。黒い手甲が付いていたりと細かい部分の違いはあるが。
『竜宮屋』の店員の趣味なのか、ふわふわとした装飾が多いくせにスズの冒険者服も、そのままだと肩が出てしまうから、黒の丈の短い外套を羽織っている。
「おお、格好良いのな」
「スズも可愛いな」
エルミアとスズはお互いの冒険者服を見せ合い、自慢をしている。店員に助けを貰ったとはいえ、自分で考えた衣装だから恥ずかしながらも嬉しくなってしまう。
「2人ともお似合いです! それで、その、御提案があるのですが」
「なんなのな?」
「そんな怖い目で見ないでくださいよ。ステラさんとミリーさんもされているんですけど、この服のデザインを我々に売って頂けませんか? そうすれば、どこの『竜宮屋』でも替えを手に入りやすくなりますし、今回の購入金
額も安くなります。どうしますか?」
「? 売ったら、一体どういうことになるのな?」
「スズちゃんやエルミアさんのデザインを参考にして、『竜宮屋』の商品として売り出します。スズちゃんみたいな恰好の人が増えるかもですよ」
エルミアとスズはお互いの顔を見て頷く。
「……それで頼む」
「ちょっと恥ずかしいけど、にゃあ……」
「分かりました。ステラさんたちもそうでしたが、ヒト属は新しいデザインとか、他の種族の方が考えたデザインは新鮮だからと大好きなんですよ。そのまま着ていきますか?」
「そうしようかにゃ。これからこの服をずっと着るわけだから慣れておかないとなのな」
「うむ、私もそうしよう」
「分かりました。予備の服も同時購入ということでしたで、ただいまご準備いたします。少々お待ちください」
2人は新しい冒険者の服を来て町を歩く。
冒険者の服は動きやすいだけではなく、丈夫な素材を使い、縫合には特殊な魔術を使っているらしい。
スズの服なんかは動くたびにヒラヒラとする部分が多いのに、動きは制限されないのが不思議だ。流石の高級防具店『竜宮屋』である。
装飾品店兼武器屋の『フェルディア』に着くと、店主であるフィナと話してるステラとミリーがいた。フィナの娘であるルルも店で人形を抱えて
「お、スズとエルミアじゃないか。2人とも新しい冒険者服かい?」
フィナが笑顔で歓迎してくれた。
「こんにちは、フィナ。――ってステラたちその服どうしたのな?」
ステラもミリーも、スズが初めて見る服を着ているのだが、色が違うだけでデザインは一緒のものだった。
「お揃いじゃないか。どうしたんだ?」
恥ずかしそうに困った表情を浮かべるステラとミリー。
「前に『竜宮屋』に行ったときに“無理矢理”買えって勧められたのよ。お互いに新しい服を買ったのは秘密にしていたんだけど、まさかお揃いのデザインとは思っていなくて」
「あはは。私もビックリしたよ。双子かと思ったね。あはは」
フィナは笑いをこらえることが出来ずに豪快に笑う。
「でも、2人も格好いい。動きやすそう」
「でしょ? ステラが和装に似ているものだったから、あたしもそうしたかったのな」
「ミリーたちは何か買いに来たのか?」
「そう。これよ」
ミリーが銀細工を手のひらに載せて見せてくれる。
「前に話していたでしょ? 『銀の花束』だから花を模した銀細工を作ろうって話」
「それが出来たから受け取りに来た」
「でもこれって、髪飾りじゃないのか? 取れてしまいそうだが」
エルミアはミリーの手から、銀細工を取って眺める。
「そうさね。今はただの髪飾りだよ。そのまま着けたら、もちろん簡単に取れちまうさ。でもね、ある人に頼めば何とかなるってわかったのさ」
「ある人って誰なのな?」
スズの質問に答えたのは、可愛らしい声だった。
「我じゃ!」
声がしたほうを見ると、ルルが持っていた人形が喋っているようだ。
「え、何? 誰なのな?」
「うぐっ……」
「その声、ランゼなのか?」
「おお、流石エルフの子じゃのう!」
「え! ランゼなの? どうして人形になっちゃったのな?」
スズは目を丸くして、狼狽え始める。
「人形になったのではない。我はそもそも人形使いじゃ。人形を媒体にして会話するくらいは朝飯前じゃ」
ルルの腕の中で腕を組んで仁王立ちをする。
相変わらずの尊大な態度である。
「でも、なぜここに?」
「うちで働きたいんだとさ。正直私からしたら、ランゼ様を働かせるのは心苦しいんだけど、本人がどうしてもっていうから断れなくね」
「人形のランゼちゃんは可愛いわねえ」
ミリーが人形の頭を乱暴に撫でる。
「やめい! 我を何だと思っているのじゃ」
「今はただの人形でしょ?」
「普通の人形ではないぞ。この人形を通じて我の力を使うことも出来るのじゃ!」
えっへん。
「げ」
ミリーは人形に乗せていた手を引っ込める。
「じゃあ、その状態で髪飾りになにかしてくれるの?」
ステラが人形の前に、髪飾りを差し出す。
「してやろう。我は人形使いじゃ!」
「それさっきも聞いた」
冷静に返すステラは、そんなことより早くといわんばかりに銀細工を人形に近づける。
「ま、まあ。見ておるがいい!」
ランゼ人形は、コホンと咳払いをしてその短い両手を髪飾りへと伸ばすと何やら呟き始める。
「スキル『装備化!』」
両手からビビッと雷にも似た光のようなものが出て、ステラの手の上にある銀の髪飾りに当たる。
「どうじゃ!」
「……どうって言われても」
髪飾りをよく見てもステラには、その違いが判らない。
「これ、『装備品』ってことになってるわね。他にも『魔力操作』と『気配操作』の効果が掛かっているみたい」
「うぬ? ミリーには分かるのか。お主はこういった素質があるのかもしれぬな。『装備品』となったものは自分の意志に反して取れることがなくなる。まあ、無理矢理『装備品』をはぎ取るスキルや、魔術なんかもあるがの。『魔力操作』と『気配操作』の2つはステラへの贈り物だ」
「これは凄いんだよ。まさか館の姫様がこんな便利な能力を持っているとはね。私にはまだまだ使えないスキルさ」
フィナがステラの髪飾りをまじまじと観察しながら言う。
「どれ、他の3人にも私からプレゼントしてやろう。付加効果は勝手につけさせて貰うがの。我からのさぷらいずっていうやつだ」
「なあ、そっちで盛り上がっているとこ悪いんだが、こっちにも早く来て武器を見てくれねえか?」
コッパが頬をかきながら、フィナの店に顔を出す。
「コッパ! もしかして『カタナ』が出来たの?」
「ああ、なんとかな。自慢の逸品だ」
こっちにこいと指でステラを、併設された武器屋の店舗へと呼ぶ。
「細かい説明の前に、まず見てくれ」
コッパはにぃっと笑い、一振りの鞘に納められたカタナを渡す。
「抜いていい?」
「もちろんさ」
ステラはゆっくりと鞘から刀身を抜く。
「綺麗――」
最初に思ったことはそれだけだった。
若干の反りがある刀身には見入ってしまう刃紋が続いている。
確かに剣と比べると、華奢な印象があるが見ただけでも切れ味が段違いであることが分かる。
「すごく、斬れそう」
「だろう? 他の剣よりは折れちまいやすいかもしれんが、ランゼ様にでもお願いすれば、折れにくくなるそうだ。あと、こっちも渡しておくぞ」
「? 少し短いけど、こっちもカタナ?」
「これは、ワキザシというもんらしい。まあ、そのカタナの習作として作ったもんだが、その中でもよくできた剣でな。これはこれで自慢の品だ。こっちの代金は要らん。俺もいい経験になったからな」
「いいの?」
「大事にしてくれればいいさ。おっとカタナの分の料金は貰うぜ? がはは」
フィナの店での用事が終わったのか、ミリーもコッパの武器屋へと顔を出した。
「あら、それがカタナなの? 凄いわね。奇書で見た通りだわ」
「きしょ? なんだそりゃあ?」
「うちの師匠が持っていた変な本のことよ。つまらないお伽話が書いてあるの」
ミリーは適当にに誤魔化す。セーラムから秘密にしておいてとは言われていないものの、貴重な本であることは確かだ。
「そうかい、面白そうだな」
がははとコッパは笑う。
「あとはスズの投擲武器とエルミアの弓だな」
「おっちゃん! お待たせ!」
「お、タイミングかいいねえ」
スズの姿を見ると、コッパはジャラっと袋を取り出す。
「この中に入っているぜ。星形のが5個、ダガーの鍔を無くしたモンが5個。結構これも骨が折れたぜ」
「どれどれ。おお! いい感じの重さ! 流石なのな。おっちゃん!!」
「そんなに喜ぶもんかね、そんなもん注文されたのは初めてだぜ。娘を助けてくれたスズじゃなかったら、断ってら」
「コッパ。私の弓はどうだ?」
「おお、ぞろぞろ着やがったな。ほら、そこにあるのが注文の品だぜ」
コッパが指差した方を見ると、今エルミアが使っているものよりも少し長い弓が、壁の角に立てかけてあった。
「正直、今回それの制作が一番難しかった。折れない様に、しかし、適度にしなるようにってのは結構難しいんだぜ」
エルミアは弓を矢を番えていない、空の状態で引いてみる。
「うむ、素晴らしいな。この大きさなら取り回しも効くし、糸の張りもいい具合だ」
「嬉しいねえ。いやあ、楽しい時間だったぜ。エルフに剣を作ってやった依頼の達成感だ」
スズ達『銀の花束』の4人は、武器の『装備化』もランゼ人形に頼んだ。
もちろんランゼの気まぐれ付加効果もつけてもらった。
エルミアとスズが冒険者の格好で武器を下げているのが羨ましくなって、結局ステラとミリーも一旦宿に戻って冒険者の服に着替えた。
決してペアルックがしんどくなったわけではない。
絶対に。
一段落ついて、今回は装備品の調達の話です。
服の詳細を描写するのは楽しいですが、難しいですね。この小説を書くようになってから言葉にする難しさというものを痛感しています。




