どよめき
「じゃあ、早速行くのじゃ!」
威勢のいい声をあげたのは、ギルドの階段をいち早く降りたランゼだった。
「ランゼ……さん? 本当にやるつもりなの?」
ミリーが色々と確かめるようにきく。
「本気じゃ! 我は夜しか外に出られんからの。今夜くらい我の我儘をさせてくれ。いや、我儘をきく権利をお主たちにやろう!」
ランゼは仁王立ちである。
「……って言ってるけど、いいの? リューゼ」
ステラは横に立つリューゼに訊ねる。
「良いも何も、私は彼女のやりたいことに文句を言うつもりは毛頭ない」
「そう、なんだ」
ステラはリューゼのする優しい顔に少しほっとする。
「俺は、適当な席に座っておく。頑張れよ」
リューゼが乱暴にランゼの頭を撫でる。ランゼの黒髪の間から、二本の短い角が見える。
「わかっておる! ちゃんと見ておくのだぞ!」
契約上はランゼの方が主人で、リューゼは従者。
そして夫婦の間柄なのだが、今目の前にいる二人は、娘と父親にしか見えない。
「ではな。お前たちもせいぜい頑張れ」
見下すような視線を投げてリューゼもギルドを出ていく。
ミリーはその様子に文句を言いたくなったが、ランゼがいる手前悪態をつけない。
「まったく、魔人属の我よりも陰気臭い奴じゃ。済まぬな」
ランゼは牙を覗かせながら笑う。
「最後のステージだから、力入れないとね」
ミリーはジョブ変更の石板の前で、やる気満々になっている。
「こういう催し物ならともかくとして、『踊り子』は戦うには本当に向いてない」
「わかるわ。ハンデを負っている気分になったわ」
ハンデ? そっか。そういう訓練もいいかも。
「ステラ、今変なこと考えたでしょ。師匠みたいな顔していたわよ」
「そう?」
ミリーと話しながらステラは踊り子に変更しようとするが、その手がぴたと止まる。
「エル、私の衣装直せると思う?」
身体の傷は癒せても、装備品(服)の修復はステラには出来そうもない。裁縫もやったことないから、魔法で直そうにもイメージが出来ない。
「どれ、良く見せてくれ」
エルミアはステラから衣装を受け取ってみるが、すぐさま困った顔をする。
「うーん。直せるかもしれないが時間がかかってしまうな」
「どうしよう」
「うわっ。なにそれ、どうしたの? 折角の衣装がボロボロじゃない」
フレアとミリーが同じような表情で、驚いているのを見てステラは思わず笑いそうになる。
(仲良しじゃん)
「おお、なら丁度よいではないか。我に貸してみるがいい」
ランゼがエルミアの手から衣装を乱暴に奪い取って、得意げに鼻を鳴らす。
「よく見ておけよ。人前で見せたことはないからの」
頭上に掲げられていたランゼの右手が、一気にステラの衣装を縦横無尽に駆け巡っていく。
「おお、早い。糸?」
「魔力の糸じゃ。人形の扱いは得意なのでな。ふふふ」
高速で縫合しつつ、不気味な笑顔を浮かべるランゼ。
「ほれ、出来だぞ」
ほんの一瞬で衣装を修復した衣装をステラに『バッ』と返し、今度はどこからともなく白い布を取り出して裁縫を始めるランゼ。
「ありがと。これで踊れる」
衣装を受け取ったステラは嬉しそうに笑い、ジョブ選択の石板に向き直って操作を始める。ポチポチッと。
スズとシンシアは一緒にいた時間が長いのか、それとも仲良く話している。一緒に来たクロードが自分のことを奴隷に貶めようとしたことはまだ知らないはずだ。それを思うと心が冷たくなるが、せめて自分たちの演舞で元気になってくれたらいいなとステラは思う。
「エルとスズは、シンシアを見ててね」
「うむ、任せておくがいい。ステラの踊りを見るのが楽しみだ」
「いっぱい屋台回ろうなのな!」
「おお! 喉も乾いた!」
「屋台と言えば、スズの屋台はどうなったのよ?」
ミリーが意地悪そうに肩を竦める。
「は! やばい。忘れてたのな! エル、シンディ、早く行こ!!」
「ふふ。では、後でな。こら、スズ。シンシア嬢の腕をそんなに乱暴に引っ張るな」
慌ただしく、ギルドを出ていく3人。
シンシアは楽しそうに笑い声をあげている。
「それで、フレアから話は聞いていたのだが、どちらがステラなのじゃ?」
ランゼがステラとミリーを見比べてきく。
「私」
「それで、私がミリーよ」
「うむ、それではよろしく頼むぞ! 銀のステラ! 金のミリー! 茶色のフレア!」
「うん、よろしく。ランゼ」
「なんなの、茶色って! 他に言い呼び方ないの?」
「なはは。そういうでない。我が覚えやすいように言っておるだけじゃ。ヒトの顔は全部一緒に見えてしまうのでな」
「ゆっくりしている時間はありませんよ。さっきギルドの使いを出しましたが、早く舞台の責任者に行った方がいいと思います!」
おどおどしながらもユノが忠告してくれた。
舞台の控室に向かう途中、ステラが口を開く。
「ランゼ、その瘴気? 何とかならないの?」
「お? 見えるのか?」
「うん、気持ち悪い」
「そうか、忘れていた。ずっと隠れて過ごしていたものでな。隠すのを忘れて居ったわ」
ランゼがくるッとその場で回ると、瘴気が無くなる。
「あ、急にランゼが怖くなくなった気がする。何かしたの?」
フレアがランゼの周りをうろうろ回りだす。
「うむ、普通は違和感程度しか感じないはずなのだが、それが視認できるとは、ステラは不思議な子じゃの」
「私も自分のことが不思議に思うよ」
ステラ自身、自分自身の正体が分かっていない。
そんなステラをセーラムは育ててくれたし、ミリーは友達になってくれた。銀の森を出てからは、スズが懐いてくれ、エルミアも信頼してくれている。
今回の誘拐事件で、ステラは自分自身の存在についても考えさせられた。
セランスロープは愛玩奴隷としての利用価値もあるが、人体実験に使うものも多くいると聞く。貴族の令嬢だって、政略絡みで危険な目に合う。貴族であろうと一旦奴隷として闇の世界に落ちてしまえば、家名の価値なんてなくなってしまう。
当然の帰着としてステラ自身も危険だどいうことを改めて感じた。ヒト属のようでいてヒト属じゃない。魔人属のようで魔人属じゃない。
実験対象としてみる研究者だっているはずだ。
そして、ステラは舞台の責任者に最後の演舞を4人で出演することを話し、楽団の人々にも挨拶を兼ねて報告をした。
楽団員はミリーとフレアが戻ってきたことを喜んでくれた。この公演のために3週間の大半を一緒に過ごしてきたのだ。まるでステラたちのことを実の子供のように思ってくれている楽団員もいて、居心地がいい。もちろん急に加わったランゼに、嫌な顔一つせずに、むしろ喜んでいるようだった。
舞台の横から広場に集まった人々の様子をミリーが眺めている。
もう少しでこのフェスタも終わるからなのか、今までの比較にならないくらい人が多い。
「最後の舞台ね」
「最後はやっぱりビシッと終わりたいものね」
フレアがストレッチをする。
「4回目だけど一番緊張する」
「大丈夫! 我がついておるぞ!」
「本当に踊れるの? 転んだりしない?」
ミリーが身を屈めてランゼと視線を合わせる。
身長でいえば、スズよりもランゼは小さい。
「大丈夫じゃ! フレアに教えてもらったからの。一回目の演舞も見ていたぞ」
ランゼはステラたちと同じ衣装を着ている。
さっきギルドでステラの衣装を修復した後に、さっと作ったものだが完成度は高い。腕輪などの装飾品はないが、白いワンピースに黒いリボンが着いていて気品を感じさせる。
「それに聞いたぞ。ステラやミリーは、スキルで“上手いこと”やってくれるのだろう?」
舞台の横で話していると、舞台の上から領主の挨拶が聞こえてきた。
この挨拶の後にフェスタの締めくくりとして、ステラたちが踊ることになっている。
「ミリー、朝よりも人多かった?」
フレアは直接広場を見るのが怖いらしい。
「多いわよ。子供は少ないけど、屋台をやってた人とかが集まってるのかしらね」
「えー、聞くんじゃなかった。もっと近況してきちゃったじゃないの」
「大丈夫。一人で踊るよりはいい」
「そっか、ステラはベテランじゃん」
自分の肩を抱くフレアの声が震えている。
ひとりで踊ったのが楽しかったとは、口が裂けても言えない。
ミリーもフレアもいない状況で踊ることが“楽しい”と言うのは不謹慎な気がしたし、口に出せば「じゃあ、ずっと真ん中に立って」とか言われそうな気がするから。
「ほら、挨拶が終わったようじゃぞ」
「ホントだ! ライゼは緊張しないの?」
「しないぞ。失敗したときは失敗するもんじゃ! 諦めろ!」
潔いのか、達観しているのか、ライゼがない胸を張っていると、舞台の上からいつもの登場曲が流れ始める。
「じゃ、行くわよ!」
ミリーの声で4人は舞台に上がる。
舞台下手から、フレア、ステラ、ミリー、ランゼと並ぶ。
そして楽団が一曲目の音楽を奏でだし、ステラは右下に向けて手を伸ばす。ちらとランゼを見ると彼女もしっかりとポーズをとっているみたいだ。
笛の旋律が、弦楽器と打楽器の律動の上に乗り、舞台に立つ4人を踊りへ誘う。
ミリーは踊りながら、スキル「演出」で舞台の上を明るくし、ステラは「魅力増大」をかける。
舞台の上が一層華やかになり、広場の観客から歓声があがる。
広場は夕方のころと比べてかなり人が増えていた。アズキがこの広場に現れた事件があったにもかかわらず、フェスタを最後まで楽しみたい人が集まってくれたようだ。
会場にはスズがエルミア、シンシアと一緒にいる。
音楽に合わせて手拍子をして楽しそうだ。
夜の舞台の上で踊るのは、幻想的だった。
広場の周りには魔法具のランプやオイルランタンが掛けられていて、空には月が広場全体を淡く照らしている。その中で一番明るいのはステラ達の立つ舞台の上。だから、自分たちが暗闇に浮かんでいるような感覚に陥る。
最初の曲を踊り終わり、ステラが舞台の真ん中に立つ。
「こんばんは。最後の舞台、楽しんでる?」
観客はそれに思い思いの言葉でくれた。
「うん。良かった」
ステラは安堵から微かに笑う。
「ステラちゃーん、かわいいー!」
女性の声が広場から聞こえる。
「え……」
「ステラお姉ちゃん、綺麗!!」
今度は女の子の声だ。
「あの……」
「こっち見て! ステラちゃん!」
ステラは顔を伏せてしまう。
恥ずかしくてしょうがない。
舞台の上で踊ったり、話したりするのはなんとか慣れてきたが、こんな大勢の前で褒められるとどうしてよいのかわからない。
「はいはーい! 私も可愛いでしょ?」
フレアがそれを見てか、わざとらしくクルクルと回りながら舞台の中央にやって来る。
「元気いっぱいなフレアちゃんも好きー!」
「俺もー」
「息子の嫁に欲しいくらいじゃ!」
男性に人気があるのか、フレアの声援は太いものが多い。
「このまま、メンバーの紹介しちゃおう。ミリー!」
「ホントにもう、いい加減なんだから! こ、こんばんは。ミリーよ」
ミリーはそれだけ言うと、隠れるように舞台の横に戻ろうとするが、フレアがその腕を掴む。
「ミリー、何かもっと言いなさいよ!」
「え、何を言えば良いのよ!」
「ミリーお姉ちゃん、声も可愛いー」
「私ミリーちゃん推し!!」
「髪型可愛いー。私も短くしようかしら」
「ほら、お客さんだってこう言っているんだから!」
「わ、わかったわよ! 今日は皆大変だったと思うけど、最後に私達の演舞で元気になってね」
ひときわ大きい歓声が上がる。
「よし! じゃあ、最後はこの人! 飛び込み参加のランゼ!」
フレアはランゼに舞台中央に来るように促す。
「うむ! 我はランゼじゃ!」
ランゼはいつものように仁王立ちで胸を張る。
すると会場からは、どよめきの声が上がる。
「……やっぱりランゼだったのか」
「ランゼって確か、町の奥の館にいる、っていう?」
「え、あの噂って本当だったの? っていうか、私は幽霊って聞いていたけど」
「今回の騒ぎもランゼの仕業っていう話だぜ」
「館の主は、ヒト属を食うんだったよな」
広場から好き勝手な言葉が飛び交った。




