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フェスタ当日 ステラ視点4

 2回目の演舞公演も大盛況で終えることができた。

 あと2回演舞が残っているから体力を温存しておきたくて、私達は特に移動することもなく控室に準備されていた薬草茶を飲みながら、控室で湯たりと過ごしている。


 私はすっかり気に入った薬草茶を飲む。

 この薬草茶、すごいゆっくりできる。あとでこれを準備してくれたのが誰なのか、きいてみよう。

 銀の森であれだけ修行をしていたのに、慣れない踊り子のジョブのせいなのか、それとも人の前で踊るという緊張のせいなのか疲労がすごい。

「疲れたわね。少し寝ようかしら」

「うん、眠たい」

 ミリーの言葉は、既に寝る直前のような倦怠感を含んでいた。その言葉に私も眠気に襲われてしまう。

「うーん、寝ちゃいたいけど、ベッドがないじゃない」

「ベッドなら簡単に出せるわよ」

 ミリーは収納空間から簡単にベッドを取り出した。

 一瞬にして部屋には3つのベッドが置かれたが、それで部屋の中は狭くなってしまった。


「そうよね、ミリーたちには、“そういうの”があるのよね」

「便利でしょ?」

 フレアとミリーのやり取りを無視して、私は一番奥のベッドにドサッと身を預ける。

 布団とか毛布とかそういうのは関係なしに、ふかふかのベッドの上でだらりとしたかった。

「ふにゅ……おあすいなしゃい」

 私はそのまま、意識を容易に手放した。



「……あれ?」

 次に私が目を覚ました時には、フレアとミリーの姿がなかった。慌ててテーブルの上に置いてある貸し出し用の時計に目をやる。

 まだ、3回目の演舞までは時間がある。そんなに寝ていなかったはずだ。きっと2人はフェスタの会場に行ったんだろう。書き置きもないから、直ぐに戻ってくるはず。

 テーブルの上にはさっきまで飲んでいた薬草茶は残っていなかった。

 疑問に思ったけど考えても分からなかったから、いつも通り収納空間から紅茶を取り出して2人の帰りを待つことにした。


 2人は3回目の演舞のために着替えないといけない時間になっても帰ってこなかった。

「ミリーとフレアのこと知らない?」

 私は旧第5商談室にいる責任者にきいてみた。

「え、私は存じ上げませんが、どうかされたのですか?」

「2人ともどこにいったのかわからない。もしかしたら演舞に間に合わないかも」

「なんと! そうなのですか。こちらでも探してみます。間に合わなかった場合は時間の変更をしましょう」

 責任者の言葉に、私は不安になった。ミリーとフレアがいなくなってしまった、ということを再認識したから。

 フレアはともかく、ミリーが事件に巻き込まれたのは考えにくい。

 だけど、2人はどちらもまだ帰ってきていないし連絡もない。探知魔法で町の中を走査してみても、ミリーの反応もフレアの反応も見えない。

 意図的に反応を消しているのか、なにかの魔術か魔法具で魔力の流れを遮断されているのか。


 気分を落ち着けるために私は、控室に戻った。

 改めて部屋をザッと見回しても、何の違和感も手がかりも無かった。

 私はどうするべきだろう。2人が時間に間に合わなかった場合、一人でも踊るべきなのかな? そもそもこんな状況で、まともに踊れるんだろうか。

「ジーナ」

 思いついた名前を不意に口にしていた。ジーナなら何かを知っているかもしれない。

 私はとりあえず自分の衣装を持って、「ジーナのところに行く」と書置きを残していくことにした。



 ジーナは領主の離れの屋敷にいた。離れの屋敷の中は、慌ただしく人が行きかっていた。

「ジーナ」

 人をかき分けてやっとジーナの部屋にたどり着くことが出来た。ジーナは一応このフェスタの主催者代表だ。その補佐として領主の息子が付いていて、対外的かつ重要な調整は彼がしていたけど、フェスタ全体の責任者はジーナになっている。

「ステラ、ちょうど良かった。これから使いを出して伝えようを思っていたところなの」

 早口にジーナはそう言った。

「実はね、スズが行方不明になっているのよ。おそらく伯爵令嬢と一緒に。この情報が入ったのはついさっきのことで、裏は取っていないから、取り越し苦労で済めばいいんだけど」

 セランスロープと伯爵令嬢。

 伯爵令嬢の誘拐となれば、大事件になるだろう。伯爵家に対する冒涜と認められるのは明白のはず。スズが行方不明になっているということは、すぐに「奴隷」という結果を、容易に想像させてしまった。

「そう……なんだ」

 私の口からは、その言葉だけが出た。

 状況が分からない。

「ミリーとフレアも居なくなった。私も探知をしてみているけど、どこにいるのかもわからない」

 そう言って私は再度、探知魔法で町全体を走査してみる。

 それでもミリーも、フレアも、スズも反応が無かった。エルミアは正門にいるのが分かる。

「スズとミリーのことだから、大事になるとは思っていないけど、フレアとそして伯爵令嬢が心配ね。全員が同じ理由でいなくなっているのかも分からないけど、でも、ミリーなら誰かが事件に巻き込まれたのを知って、探しに行った可能性もあるわね」

 ジーナは腕を組んで考えている。

 それは私も考えたことだった。ミリーが何の書置きもなく控室から出て行ってしまう理由としては納得がいく。ミリーは他人のことになると、咄嗟に動いてしまう時がある。

 でも、フレアは? フレアは、事件を捜査しようとするミリーに付いて行くだろうか。何か他の理由があるのかもしれない。

 ジーナは眉間にしわを寄せて考えているみたいだ。

「私は一旦、控室に戻る」


 ジーナのところに来ても、疑問が解決するどころか、新しい不安要素が増えてしまった。スズや知らない伯爵令嬢のこと。

 控室まで戻る道中、やっぱり考えてしまうのは、ミリーとフレア、スズの関係性だ。スズの窮地にミリーが駆けつけているのであれば安心できる。でも、フレアの動きと、伯爵令嬢がいまだに見えてこない。

 そんなに詳しくないけれど、伯爵令嬢は、この町の領主よりも爵位の高い貴族の家系になるはずだ。

 ううん。その経緯はどうであれ、結果として4人が居なくなっているのだ。


 気が付くと、控室の前に来ていた。

「ああ、ステラさん。そろそろ出番ですが、如何しましょうか?」

 案内係りの者が困惑した様子でたずねてきた。

 その様子をみるとここの責任者から、一通りの事情はきいているみたい。

「直ぐに準備する。ひとりで踊るから、そう言っておいて」

 私にできることは、町の中を駆け回るか、舞台の上で踊ることだ。

 駆け回るとしても、探知魔法でも分からないからどこにいくべきなのか。

 もしも、これが事件でその犯人がミリーとスズを狙っていたとしたら、きっと私も狙われるだろう。それなら、何とかなるかもしれない。

 見えない敵と戦うよりは、危険でも見えたほうがいいかもと。

「分かりました」

 係の者は、廊下を走っていった。

 我ながら、「そう言っておいて」とはなかなか、適当で無理なことを頼んだ気がする。本当であれば、「誰に? 何を?」ときかれてもおかしくはない。きっと責任者から対策についてある程度の指示を受けているのだろう。


 私は急いで衣装に着替える。

 これに着替えるのは3回目だし、「演出」のスキルに含まれている「早着替え」を使えばあっという間に着替えることが出来る。

 控室の衣紋掛けに取り残された2人の衣装は、なんだかずいぶん昔のもののように見えた。もう使われないような、物悲しさが漂ってくる。

「大丈夫」

 自分に言い聞かせるようにひとり呟く。

 思えば、ここ最近皆と一緒にいるのが当たり前で、一人で何かしなくてはいけないことがこんなに寂しいものだとは思わなかった。

「……大丈夫」

 テーブルの上の時計は、もう少しで18時になろうとしている。

「行くね」

 部屋にそう言っても、当然返ってくる言葉はない。

 私はため息をつき、テーブルの上に残っていた自分自身が書いた書置きを捨てて舞台に向かった。



 ひとりで舞台に立つのは不思議と緊張はしなかった。


 事前に楽団員に「派手な曲を一人でやっても仕方ないからと、出来るだけゆったりとした曲にしてほしい」と頼んだ。

 楽団の皆はあっさりと了承したが、それと同時に心配もしてくれた。

「いきなり曲を変更しても大丈夫なのかい?」

 不安そうに楽団のリーダーが質問してきた。そう疑問を持つのは当然だった。


 踊ったことのない曲に身体を合わせて動かすのは難しい。

 どういった曲なのか、どういう風にその曲が変化していくのか、それを理解していないと踊るのは困難だ。

「大丈夫。踊り子のジョブで何とかできるから」

 半分本当で、半分は嘘だった。

 幾ら踊り子のジョブでも知らない曲に合わせるのは無理がある。でも私には知らない曲でも踊り切る自信があった。

 3人だと曲が始まってから舞台に上がったが、今回は最初から舞台に立つことにした。当初の1曲目は明るい曲だったのを、少し落ち着いたものに変更してもらったからだ。


 笛の音が曲を奏で始める。私は持てる限りのスキルを発動する。

 私はその音色に合わせて、ゆったりと動き出す。笛の音に従っているようで、私がその音を導いているような感覚。

 身体をくるりと回転させるときに、楽団のみんなと目が合う。


 うん。


 楽団のみんなも同じことに気付いたのかもしれない。

 お互いの音に、動きに合わせて曲を進行させていく高揚感に。

 少しずつ他の楽器も重なって、せせらぎ程度だった流れが、力強くも穏やかな流れになっていった。


「嬢ちゃん、いいね」

 舞台広場の人には聞こえない程度の声で、弦楽器を奏でている楽団員が笑う。

「うん!」

 一人で寂しいなはずなのに、楽団の皆と一緒にいるからか今は踊りに集中できた。


「皆、こんにちは。私一人でごめんなさい。本当は3人なんだけど、他の2人はどうしても用事があってここにはいない。ごめんなさい」

 1曲目が終わり、広場に向かって挨拶をする。夕日の光を浴びている広場は、穏やかな空気が流れている。

 人の流れも落ち着いてきているのか、広場には疲れて母親にもたれかかる子供や、3人くらいの集まりでエールを片手にゆったりとしているおじさんも見える。

「3人じゃないから、ゆっくりとした曲を選んだけど、みんなも疲れちゃったのかな。ちょうどよかったみたい」

 私はパッと舞台の上を明るく照らす。もうそろそろ日が落ちてしまう。

「踊りも見て欲しいけど、楽器を演奏している姿も見てほしい。楽しんでいって」

 私は広場から舞台上の楽団へと視線を移す。

「次、いこ」

 私はまとめていた髪を解いて、適当に手櫛で直す。こっちの方が雰囲気に合っているかもしれない。


 次の曲は、打楽器の先導で始まった。舞台の上には不思議な雰囲気が漂う。異国の雰囲気というか、人間の根源というか。ここにはいない過去の人間の生活を思い起こさせるようなそんな空気感。

 私には上手く説明できないけど、そんな曲に乗せて踊るのもとても楽しいのは確かだった。


 余談ですが、ジョブについて少し説明を。

 ステラが今回設定している『踊り子』は、完全に踊りに特化したものになっています。戦闘時には他の仲間をバフなどで援護することは出来るのですが、基本的には1対1で戦うような戦闘向きのジョブではありません。そして、このジョブを着けていると無意識に『踊りたい』という欲が出ます。本人の性格が変わってしまうほどの変化ではないものの、踊り子としての使命を帯びている状態になります。

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