魔物の正体 / 安心
採掘場ダンジョンの地上一階から地下一階に降りたが、ここにも魔物の気配は感じない。
ステラが試しに探知魔法を使ってみても影も確認できない。
「地下1階は魔物いない?」
「通常ならいますが、きっと隠れているか、他の魔物の餌になったのでしょう。いずれにしても討伐魔物のせいでしょうな」
「その、討伐対象の魔物ってどういうやつなのな?」
「土人形、ゴーレムです。と言ってもその体はだたの土ではないようですね。聞いた話では剣が折れてしまう強度だとか」
「魔術は効くのかしら」
「その情報は入っていません。前線の剣士の剣が折れてしまっては、後衛の魔術師はまともに詠唱できませんからね」
地下一階にはルルの姿もなかった。探知魔法でもくまなく捜索してみても反応はない。
次の地下二階には、ちらほらと魔物の姿を確認することは出来た。魔物がこちらの気配に気づく前に、エルミアの矢が音もなく正確にその身を貫いていく。
セーラムの特訓を受けたから、エルミアの矢はほぼ無限にある。
収納魔法から簡単に取り出せるし、いざとなればその場で精製した矢を飛ばすことも可能になっていた。
「ここにも、ルルはいないみたいだな」
ここの階の魔物は盲目鼠だった。盲目鼠はその名の通り、目が見えないがその分、嗅覚と聴覚が発達している魔物だ。盲目ネズミは特殊スキルでこちらの視界を遮断してくるから厄介な魔物だが、エルミアの相手ではなかった。
「次の階にいるはずなのな」
地下5階へと続く階段を見つめていたスズが緊張した様子でいう。想像はしたくないが、動けなくなってしまったルルが地下5階に横たわっている可能性も十分にある。
「行きましょ」
ミリーが先頭になり、階段を降りていく。
剣は効かないというリューゼの情報をもとに、まずはミリーの魔法を試してみようということにしたのである。
ミリーの後にはステラ、スズ、エルミアと並んでいる。ステラも攻撃魔法は使用できるが、ジョブの補正として魔法の威力は低下しているから、今回は魔法には期待せずに剣を振るうつもりだ。ステラの剣術なら鉄も切れるかもしれない。スズは投擲狙い。エルミアは全員の補助兼指揮である。
地下5階に降り、少し歩き進めるとここが地下だと忘れるくらいの広さの開けた空間に出た。
周囲の壁には木材や布切れが積まれている様子を見るに、ここは採掘する際の拠点として使用していたのだろう。しかし、多くの木材は折れていたり、布は破けており、これらを再利用するのは無理そうだ。
「ここにいるはずですが」
リューゼが辺りを見回している。
「……いるわ」
ミリーが短く答え、魔力で精製した岩の槍を壁に当てる。
ガキィィィン……。
『ウボオオオオ!!』
鉱物と鉱物がぶつかった甲高い音の後、当たった壁から低いうなり声のようなものが響いた。
「ステラ! この部屋にルルはいないわよね!」
ステラとミリー、2人の探知魔法の性質とその精度、範囲は異なる。
ミリーの探知魔法では反応はないが、ステラの探知魔法では反応があるかもしれない。その逆もあり得るから、採掘場に入ってからは二人はお互いに反応の有無を確認していた。
「見えない!」
ステラはミリーが岩槍を放った場所に、得意の氷魔法をかける。
氷の物体をぶつけるのではなく、広範囲を一気に凍結する魔法だ。攻撃魔法は出力が出ない分、こういった補助魔法扱いの魔法であれば『舞術剣士』であっても効果を低下させることなく使用できる。
ステラの魔法によって氷だらけになった壁から、氷を引きはがすようにゆっくりと魔物が姿を現す。
『グモオオオオオオ!』
体長は3m程だろうか。
胴体は成人人間のそれとたいして大きさは変わらないものの、それから伸びる四肢は比べ物ならないほど太い。それら四肢の直径はおよそ1mといったところか。足も腕も同じような太さがある。
頭部はそれらに比べると幾分小さく見えるが、無機質な表情にはまった瞳は不気味に黄色に輝いている。
「スズ、肩を狙え!」
「てい!」
エルミアの指示通り、スズが右の肩口めがけてナイフを二つ投擲する。
若干の弧を描いて、それらはゴーレムの肩を貫通し、右腕は轟音とともに地面を揺らし、ゴーレムの足元に転がった。
「ヴェル!!」
ミリーの頭上に投げ槍が浮かび上がり、ミリーの振り下ろした右腕に呼応するように投げ槍が発射され、ゴーレムの右足へと直撃する。
カーン!!!!
一際大きな金属音が鳴り響き、その衝撃のせいでゴーレム全体を舞い上がった土煙が覆う。
キーーン……。
衝撃の大きさを示すかのように、残響が空間全体に反響した。
「ミリー!! 耳が痛いのな!!」
スズが両耳をペタンと両手で抑えて抗議する。
「スズだってデカい音出したでしょ! それに音くらい魔法で何とか遮断しなさいよ」
「してるのな。してなかったら今頃、鼓膜がさよならなのな!」
「ミリー、結解だ!!」
スズとのやり取りに気を取られていたミリーは、エルミアの声に咄嗟に結解を発動させると、間髪を入れずミリーの目の前にゴーレムの腕が飛んできた。
飛んできたゴーレムの腕は、ミリーの結解を破壊することはできず、ずるりと地面に落ちる。
「ちゃんと前を見ろ! というか、埃のせいで見えんだろ!!」
エルミアは風で埃を一掃すると、倒れているゴーレムに向かって疾走するステラの姿があった。
「たあああああ!!!」
ステラは両手持ちで頭上に構えていた剣を、一気にゴーレムの頭部目掛けて振り下ろす。
……シュッ……。
ステラの剣が今までの轟音が嘘のように、静かに頭部を両断した。
「すご」
スズとミリーが、ステラの洗練された一連の挙動に感嘆の声をあげた。
ステラが戻ってくると、ステラが右手に持っていた『剣』がバシャンという音とともに地面に落ちた。
「え……。さっきの剣、水だったのな?」
スズが地面を触っている。何の変哲もない水だ。
「そうだよ。剣というよりは、水で作った回転のこぎりみたいな?」
「ほえ? かいてんのこぎり?」
きょとんと目をまん丸にするスズ。
「刃の部分だけ、水魔法と風魔法でグルグル回転させてた」
「ウォーターカッターってわけね。流石ね、それを思いつくなんて。まあ、思いついても私には出来そうもないわ。制御しきれないもの」
「ミリーの魔法の槍を見て、なんとなく思いついた」
さっきのミリーの魔法の槍は『奇書』で見た、神話に出てくる投げ槍だろう。想像したものなら何でもできる魔法なら、きっと回転のこぎりも出来ると思ったのだ。
「おい。魔物の気配はないものの、3人とも油断しすぎだ」
エルミアが3人の頭を軽くこづく。
「ルルも見つかっていないんだ。まだ終わりじゃない」
「うん。そうだね。ありがとう。エル」
ステラは素直にエルミアにお辞儀をして微笑む。やはりこういったときに冷静になってくれる人がいてくれるだけで助かる。
「じゃあ、ルルの捜索に行くのなー。あたしの収納空間にゴーレム入れておくね」
スズは収納魔法にゴーレムを放り込んだ。
地下6階に下りる階段がないか、捜索を始めた『銀の花束』の4人。
「おいおい、待ってくれよ。何だよ今のは? ……嘘だろ? 数々の冒険者でも、一向に歯が立たなかったゴーレムだぜ」
先に進んでいく4人に慌てて着いて行くリューゼ。
「落ち着け。敬語がなくなって、ついでに『キャラ』もなくなっているぞ。見たまんまだろう?」
「キャラってなんだよ!? あんな規模、規格の氷魔術みたことねえぞ? あと結解? 高等スキルじゃねえか。そんなもの使えるのか?」
「ミリー、こいつ気絶させとく? うるさいのな。耳に響く」
「訊かないでよ。そんなの賛成に決まってるじゃない」
「大丈夫だ。もう済んだ」
ミリーとスズが後ろから付いてきていたリューゼを振り返ると、既にリューゼはエルミアの背中で眠っていた。
「……エル、何したのな?」
「眠り薬だが?」
「いやいや、『眠り薬だが?』じゃないって。物騒すぎるのな。それと、絶対それ、あたしに使わないで欲しいのな」
「あ。いやあ、そんな使い方考えたこともなかったな。ありがとう、スズ」
「微笑まないで! 感謝しないでえええ」
「その薬、今度私にもくれないかしら」
騒ぐ3人をよそに、階下へと降りる階段がないか確認するステラは、ため息を吐いた。
* * *
どうして。
どうして、こんなことになっちゃったんだろ。
ううん、そんなのわかっている。
私が無茶をしたからだ。
どうしても鉄鉱石が欲しくて、隠れながら何とか地下7階層まで来たのに、目当ての鉄鉱石は一向に見つからず、魔物に囲まれちゃった。
道具屋のおじさんから言い値で買った、この魔除けが本物でよかった。
この採掘場に潜ったのはこれで2回目。だけど、私がおじさんから買うまでにも、この魔除けは使われていたに違いない。私でも買える値段だったんだからきっと中古品の魔除け。
じゃあ、いつまで、この魔除けはもってくれるのだろ。あとどのくらい私には時間が残っているんだろ。
私の近くには魔物が3体いる。
鼻を引くつかせているこのヒト型の豚の魔物はきっと、私の匂いを辿っているのだろう。今はなんとか魔除けの効果で私のことは見えていないみたいだけど、私を見つけるまで、ここから離れる気はないみたい。
なんて悍ましい顔なのだろう。さっき見ちゃった時は、怖くて声が出なかったけど、次に見ちゃったら思わず叫んじゃうかもしれない。
そしたら魔除けがあっても、私のことがバレちゃう。
どうしよう。
いっそ魔物の横を走り抜ける? いや、もう魔除けの効果がなくなっていたら捕まっちゃう。……ううん、魔物が来ないことを考えると効果はまだある、よね。
でも、走り出した途端に効果がなくなったら?
結局、この物陰に隠れて、来ない助けを求めるしかないのかな。
ごめん。お父さん、お母さん。2人の結婚記念日に鉄細工を作りたかったのに。
最近、鉄鉱石が取れないからって喧嘩ばかりしている。
お母さんが作った細工を溶かして、武器にしたこともある。
隣町から安い剣を買って、打ち直したこともある。
家のお金のことは詳しくは知らないけど、仲良くしてもらいたかった。私の鉄細工で喜んでほしかったのにな。
ごめんなさい。いい結婚記念日にするつもりが、最悪の記念日になってしまうかもしれない。
そう思うと、涙が出てきた。
しゃくりあげそうになるのを、両手で抑えて無理矢理押し戻す。
お父さんのごつごつしているけど、優しくなでてくれる手。
お母さんの叱った後に、作ってくれる美味しい料理。
「会いたい、よ……お父さん、お母さん」
あ……。
口に出しちゃった。
魔物の足音がこちらに近づている気がする。
怖い。
死んじゃうの? それって痛いのかな。
魔物のあの凶悪な顔が再び脳裏に浮かんできて、無意識のうちに歯がガチガチと音を立てている。止めようとするが手で押さえても、ガチガチという音は消えてくれない。
もう駄目かも。
魔物の持っていたこん棒が、ゴリゴリと地面を擦っていることが耳に痛いよ。
ヒュ! シュ! シュン!
3つの風を切る音が響いた。
ドス! ゴロロン……。
何か柔らかくて重いものが落ちたような音と、その後に重いものが地面を転がってくような。
「……」
なんだろう。魔物の足跡も、こん棒が擦れる音もしない。
「ルルちゃーん。お迎えに来たのにゃー」
明るくて呑気な声が、遠くから聞こえてくる。
私を呼んでいる。
助けが来たのだろうか。
「…こ……」
ここだよ!
恐怖と安心感から声が上手く出ない。
立ち上がろうとしても足が言うことを聞かずに、ぶるぶる震えている。
なんとかしないと、気づいてくれないかもしれない。
「ルルちゃんだよね?」
声はちょっとずつ近づいている。
「…ここ……」
駄目だ。もっと! もっと大きな声で! 立ち上がれ! 動いて私の足!
目をつむって全身の力を集中させて声と、立ち上がることに専念する。
「ここにいるよ!!!!」
ゴン!!
「いっったあああい!!!」
勢いよく立ち上がると、頭に酷い痛みを感じる。
「あれ、猫さん?」
目の前には、耳と顎を器用に両手で擦っている、大きい黒猫が転がっていた。
「猫じゃないよ。セランスロープ」
赤い瞳の綺麗な人が、私の目線に合わせるためにかがんで教えてくれた。
「あーあ。大丈夫? スズ」
「耳がああ、顎がああ……」
「はいはい、治すわね」
金髪の女の人は、猫さんに近づいて何やら魔術を使っているようだ。
「君はルルだね? お母さんのフィナに言われて迎えに来たよ」
男の人を背中に担いでいる、エルフのお姉さんが優しい声で頭を撫でてくれる。
なんだろう、この緊張感のない人達。
でも……そっか。私、助かったんだ。
「う……うわああああああん!」
そう思うともう、必死に我慢していた涙は溢れて、止まってはくれなかった。
今回のミリーの魔法の『ヴァル』は、インドの軍神スカンダの投げ槍の名前です。
ミリーはステラと比べて、架空の事象を想像するのは苦手だけど、『実在する』というソースがある事象なら魔法として発動するのは得意なんです。
私の小説の『魔法』には基本的には、詠唱も発動のための発声も必要ないのですが、ミリーはイメージを定着させるために発声することがあります。
今回の『ヴァル』や、単眼ベアー討伐時の『明けの明星』がそれです。
まあ、あとはもともと詠唱が必要な魔術を学んでいたということもあって、癖になっているのもあるのですが。
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書いているとやはり評価が気になってしまうのですが、ゆっくりと気楽に書いていこうかなと思います。




