野営の食事とは?
フレアとダニーは肩で息をしているが、満足げな表情を浮かべている。
ステラ達の助言は受けていたものの、やり切った達成感があった。
「やっぱりフレアは、強いじゃないか。僕よりも動きに無駄がない」
「そういうダニーだって。というか、この銀髪の子の指導が良かったのよ。正直、初めての魔物相手に勝てると思っていなかったわ」
外から見れば、ミリーを守るようにダニーが、ステラを庇う様にフレアが魔物を攻撃していたように見えただろう。
それだけ、ステラたちはそれらしい攻撃をほとんどしていない。
まともに攻撃していたとしたら、戦闘はとっくに終わっている。
「ダニーさん、その少女はお知り合いなのですか」
カーンが緊張した面持ちでやってきた。
「えと、その……この子は……」
ダニーは、本当のことを言ってもいいのか迷い、口ごもる。
「ええ、私とダニーは同じ故郷の出身なの。旅をしていて、”たまたま”ダニーに会えてよかった。ダニーがいなかったら、魔物に殺されていたわ」
フレアはステラに言われた通りに答える。
「やはり旅の方でしたか。いや、しかし、どちらに行こうとしていたのですかな」
「スフォルよ。ハームから来ていたんだけど、少し迷ってしまったみたいで」
「おお、では場馬車に乗っていきませんかな。その代わりと言っては、その……」
カーンはソードボアに視線を移す。
「乗せてもらえるなら、素材をそのお礼にあげるわ。どうせ、あんなに大きい魔物、持って帰れないし」
「有難い! ではよろしくお願いしますぞ。申し遅れました。私は商人をやっているカーンです」
「私はフレア。よろしくね」
カーンは商人達にソードボアの解体をさせるため、ここで一度休憩にすることにした。
「フレアの狂気的な毒気が、すっかり抜けているのだが」
エルミアがフレアの様子に驚いている。
「別人のように、さわやかなのな」
2人は今、ソードボアの解体をしている。
商人に2匹、こちらで3匹の内訳になった。
ステラとミリーは、さっと行った。もちろん魔法で。
ザアッと水で洗い、ナイフで内臓を繊細かつ丁寧に、そして素早く取り出し(虎アズキが欲しがったので内臓はあげた)、スキル『結解』を応用させてソードボアの身体を宙づりに固定させ、皮を剥ぎ、肉をスパスパと切っていった。そして冷凍した。まあ、収納空間に入れるから、冷凍する意味はないのだが。
それを見ていた初心者冒険者と、商人たちは驚愕した。
((そんなに簡単に終わるなら、お願いしたい。が……))
その視線を集める2人は、椅子を土魔法で拵え本を読んでいる。しかも、優雅に紅茶を嗜んでいるではないか。
冒険者達は、この機会に解体の方法を学ぶ必要がある。
しかも、このイノシシ系の魔物は貴重な食料になるのだ。ここで解体をしっかりと学んでおかないと後々つらくなるのは目に見えている。
商人は商人で、解体をしてもらうのであれば金銭が発生する。
自分でも出来ることなのに、人にお願いすることで金銭のやりとりが発生するということは、それだけで損である。売り物にするにしてもその分を上乗せしないと、その損失は、取り戻せないのである。つまり自分でやらないと意味がない。
しばらくしてスズとエルミアも解体を終了して、お茶会に混ざる。
やはり、魔法が使えるエルミアと、解体の知識があるスズは早い。ステラ達のせいでかすんでしまっているが、普通の冒険者としては早い部類に入る。
そして、すっかりいつもの『銀の花束』のお茶会である。エルミアもすっかりこの雰囲気に馴染んでいる。
基本的にゆったりとした時間を過ごせるこのお茶会は、ステラの淹れるお茶で始まり、持ち寄ったお菓子を食べながら時間を過ごすのが大まかな流れである。各自、本を読んだり、読書に疲れた時は会話をしたり、時には依頼を受ける内容の相談をしたりする。
「エル、何読んでるのな」
「えっと、これは推理小説だな。古書店でオススメされたものだ」
「その作家の本、ステラも好きよね」
「うん。推理もいいけど、出てくる料理が美味しそう」
いまだに魔物の血の臭いを嗅ぎながら、ジーナとダニー、フレアの3人、そして商人2人は解体をしている。
カーンは、4人のところにやってきて、
「おお、エルミアさん達の周囲は魔物の臭いがしませんな!」
お茶会に参加しようとしている。
「風魔術で臭いが来ないようにしているから」
ミリーが紅茶に口をつけた。
「……カーン殿もいかがですか?」
「ありがたい。魔術とは便利ですな」
断り切れないと悟ったエルミアが仕方なく誘った。
そろそろ、商人二人の解体が終わりそうな辺りでミリーが、ジーナたちの魔物を収納魔法でしまった。ジーナたちのソードボアは、まだ解体途中だが、次の休憩時間にでも続きは出来るだろう。収納空間に入れるから腐ったりしないから便利だ。
「フレアはどうする? 依頼を受けているわけじゃないから、ずっと荷台に乗っていてもいいんだけど」
ミリーが休憩終わりに訊ねた。
「もしも魔物が出たらその時は、剣を振るわ。といっても必要ないかもだけど」
フレアは恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ、それでいいわ。じゃあ、ここからは当初の振り分け通りに交代制にしましょう。エル、ジーナ、ステラお願いね」
「分かった。私が前につく。2人は左右に分かれて」
ステラの言葉に2人が頷き、所定の場所についた。
その後、野営準備に入るまで何事もなく進んだ。行程としては問題なく、出遅れた遅延も取り返している。至って順調だ。
ステラとミリーが馬車を引く馬に都度、回復魔法を掛け、ステラとスズが馬の状態を会話で確認した。スズは完全に理解できるわけではないが、機嫌がいいのか悪いかくらいは判別できる。
「あ、フレアの寝床はどうするのな?」
「私たちのテントは空いてないわよ。もともと2人用だし、余分な寝具もないわ」
さて、どうしよう。フレアを『銀の花束』のテントに呼ぶのが一番良さそうだが、正直、面倒事になりそうな気がする。。
「ダニー、ジーナとフレアどっちと寝たい?」
「ちょっとステラ! その訊き方は誤解を招くわよ」
「ダニー、私は一緒でもいいわよ。いつでも心の準備はオーケー」
ジーナが叫び、フレアがアピールをする。
「テントは姉さんと一緒がいい。魔術の明かりとか、気が知れている分、着替えも気にせずできることを考えると、やっぱり姉さんだね」
ダニーは、直接フレアは嫌とは言わない優しさを持っている男だった。
「そういえば、フレアは荷物は?」
「え?」
フレアは剣や必要な財布袋などは持っているが、着替えの類や食料などは一切ない。
「どうしよう……」
しょげてうな垂れるフレア。
こうしてみてみると可愛らしい少女だ。剣を思う存分触れたことがストレスの発散になったのだろうか。
「ないのね。ま、何とかなるわ」
「そうそう、なんとかなるのな」
ステラ達の野営設置は、テントを収納魔法から出すだけなので、一瞬で終わる。そして、屋外で調理を始める4人。
フランはジーナたちと食事をするとのことでここにはいない。ジーナ達は2人分の食糧しか準備していないはずだから、スズはいくつかの食材を分けてあげた。
「さてと、いざ、料理をするのな!」
スズが嬉しそうに仁王立ちをしている。
昼は、商人たちから貰った携帯食料だったので、スズとしては不満だったそうだ。
「料理人、今回のメニューは何なのだ?」
昼食が不満だったのはエルミアも一緒だった。スズの手料理と言うこともあって、エルミアはウキウキしている。
「実は! ソードボアの肉を柑橘で柔らかくしていたのな」
「おお、すごい!」
エルミアは拍手をする。スズが加わってからというもの、ステラとミリーの担当は、専ら簡単なサラダを作るだけなので、既に作り終え、テーブルに腰かけて、スズとエルミアの2人のやり取りを眺めている。
パンは収納魔法で取り出し、軽く魔法で焼くので、あとはスズのメイン料理待ちである。
「しかーし、それだけじゃないのにゃ! そのお肉を既に煮ていたのな!」
「なんと! ……しかし、どうやって?」
収納空間では時間の経過がないからと、不思議に思うエルミア。
「時間経過のできる収納魔法空間を呼んだのな。といってもこっちのほうが楽だと思うのな。通常の魔法具のアイテム袋と同じ原理なのだから!!」
ドヤ顔のスズ。耳がぴくぴくと動いている。
既にあるものを真似する、というイメージなら、簡単に魔法で再現・発動はしやすい。
「つまりその空間に熱いままの鍋を入れておいたということか」
「そういうことなのな。さすがエル! 理解が早い」
「と、言うことは?」
「そう! 既に料理は完成している! じゃじゃーん!!」
スズが収納空間から鍋を取り出すと良い匂いがあたりに広がる。
「これはボア肉のシチューなのな。味見もすでにしている! パンももう焼いていいにゃよ」
最後はステラたちに言っている。
パンは魔法で焼いてしまうよりも、実際に火を起こして鉄板で焼いたほうがおいしいのは経験済みだ。
「了解」
ステラも美味しそうな匂いに興奮したのか、急いでパンを焼き始めた。
スズは鍋ごとテーブルにドンと置く。
料理に関する魔法は得意なのだろう、鍋は火にかけているわけではないが暖かさが保たれている。鍋に熱を持たせる魔法をかけているようだ。
「焼けた!!」
ステラが人数分のパンを焼き終わり、テーブルに並べる。
スズがシチューを皿に盛りつけている様子を見た3人が「おおー!!」と声を漏らす。
お肉はごろごろとしているが、長時間煮込んでいたためにホロッとしていそうだ。他の具材は人参、玉ねぎ、馬鈴薯など一般的な具材が入っている。
「では、召し上がれ!」
「「「いただきます!!!」」」
スズの言葉に3人が声と手を合わせる。
ぱくっ、もぐ。
「うまーーーー」
「え、美味しい。こんなに柔らかくなるの?」
「他の野菜にも、肉の旨味がついているようだ」
「ふふふ、パンを浸しても旨いにゃよ」
「なんと!」
「早く行ってよ!」
大興奮で騒いでいる4人は、商人やジーナたちの視線を浴びているが、当の4人は気づいていない。料理に夢中すぎて。
「……姉さん、ボアのステーキなんだ。これでも贅沢品なんだよ?」
「わ、わかってるわよ。塩だけでこんなに美味しいんだから!」
焚き火の上に鉄板を置いて、いい音を出しながら肉を焼いているジーナたち。
「私、ダニーのために料理の勉強しようかな」
「それは、お願いしたいかも」
フレアの呟きにダニーは苦笑いで同意する。
「え、その私、が、頑張るわ!」
フレアは拳をグッと握る。
(あれ? こうして見るとフレアってかわいいかも。理解できない変態ではあるけど)
対して商人隊の面々は、持ってきた塩気の強い携帯食料を食んでいる。
「カーンさん、僕らもお肉食べませんか?」
「駄目だ! 高く売れるんだぞ? それでもっと良いものが食べられるかもしれない。……しかしな、その……、大した値がつかない部位は食べてしまうしかないのは確かだ」
カーンは準備をしていたのか、肉を取り出した。
「やった! 焼きましょう!」
「さすが、カーンさん」
そして、また『銀の花束』のテントでは。
「ステラ、明日の朝はステラの言っていた『カツサンド』にするのな」
「本当!?」
「うむ、でもカツっていうものを見たことがないから、違うものかもしれないけどにゃ」
「なんだ、そのカツサンドって」
「異国の料理よ。大昔のね」
「ママの家にある本に書いてあったやつ!」
ステラ興奮。
「それは、楽しみだな。私も何か手伝うぞ」
「じゃあ、後でお願いするのな」
スズは嬉しそうに尻尾を振った。