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作戦

 荷台を開けると中にはうな垂れたジーナと、フレアに抱き着かれ放心しているダニーの姿があった。

 

 ステラは扉をそっと閉じた。


(気のせい、気のせい。確かにフレアがいたら面白いかなって思っていたけど、ね)


 もう一度扉を開けてみる。


「何で閉めたんだよー!!」

「きゃっ!」

 目の前にダニーの顔があり思わず声をあげるステラ。


「ステラ!!」

「え、今のステラの声なのな?」

「かわいかったな」


 荷台のものへと、ミリーとスズが走っていく。


 一台目のすぐそばで護衛していエルミアは、気になるが護衛のために動くことが出来ず、その場に留まることにした。

「なにか、騒ぎですか?」

 御者台に座る商人が後方を確認しながら、エルミアにきく。

「大丈夫だ。服でも破けたのだろう」

 エルミアが前方を直視したまま言う。

「そ、そうですか。それはそれで問題の気もしますが」


「何があったの、ステラ?」

 ミリーがステラに駆け寄ると、荷台からダニーがずれ落ちかけていた。

低速と言えど、馬車は動いているのだ。あぶない。

「どうして逃げるの、ダニー。久々に会ったのに酷いわ」

 甘ったるい声をあげ、ダニーを落とすまいとしがみつくフレア。

「僕は久々というよりは、もう二度と会いたくなかった!」

「あら、相変わらず、馬鹿みたいに照れ屋さんなのね」

 

「こ、これはいったい何なのな?」

 スズがぽかんとしている。

「わかんない。いつ入ったの?」

「最初かららしいわよ」

 答えたのはジーナだ。

「荷物の中に隠れていたらしいわ。どうしてこの馬車が、私たちの馬車って分かったのかは教えてはくれないけどね」

「愛の力よ!」

 フレアは活き活きとした声で答えた。

「ダニーと私の力よ!」


「愛の力ね。そうは言ってもね」

 ミリーがステラを見遣る。

「あなたのことは商人の人たちは知っているの?」

 ステラがフレアの目を見つめたまま質問する。

「知るわけないじゃない。忍び込んだんだもの」


 ダニーにしがみついたまま、フレアはドヤ顔をしている。

「それだと、フレアは完全に犯罪者だから、私たちが捕まえないといけないんだけどいい?」

 ステラが静かに宣告する。

「え? なんで?」

 目を丸くしている。

「当然だよ。無断乗車は犯罪。しかも、商人の判断によっては盗人扱いになるかも」

「えー、嫌よ。ねえ、ダニー、何とかして」

 わざとらしく、目をウルウルさせてダニーに熱い視線を向けるフレア。

「僕は、……フレアのこと、邪魔だと思っているよ」

 ダニーは目を合わせずにそれだけ言い放つ。


「ミリー、お願い」

「はいな!」

 ステラの言葉を合図に、ミリーが捕縛縄を魔力で操ってフレアを簀巻きにする。

「しばらく、黙っていてね」

 さらに沈黙魔法もかける。

「や、やっと自由になった」

 ダニーが荷台から降り、歩きながら大きく背伸びをした。

ジーナも荷台から降りたから、荷台の中にはグルグルになったフレアだけが乗っている状態になった。


「それで、フレア」

 ステラが荷台に乗って、フレアの横に膝立ちになる。

 フレアは、床に寝転がされているから、ステラを見るためにはどうしても顔をひねるしかない。

「どうする? このまま捕まる? 私たちの言うことを聞く?」

(そんなの関係ないわ、私はダニーと一緒にいるべきなんだから)と、口を動かすが声にはならない。

 唇の動きから、言いたいことを理解したステラはため息を吐く。


「少し手荒になるよ」

 そういうと、荷台の中が涼しくなっていく。

「早くどっちか選ばないと、大変なことになるよ」

(な、何が起きるっていうのよ!!)

「段々荷台の中の気温が下がっていく。凍え死ぬかも」


(そんな魔術聞いたことないわよ。ましてや氷魔術の一種なんて上級魔術師じゃない限り使えないのに)

「あまり口を開けない方がいい。そろそろ氷点下になる。私の言うことを聞くなら2回頷いて」

(あ、あなただって、平気なはずがない、でしょ。大変なことになる、わ、よ)


 フレアはそう口を開けると、口から出る息が白くなっていることに気づく。

「私が自分の魔法で死ぬわけない。どうする?」

 フレアが寒さから身じろぎをするが、そのせいで先程までダニーに密着し汗をかいていたのだろう。汗でぬれた服が凍っているのか、パリパリと音を立てた。

 それだけじゃない。

 荷台の床は金属でできている。そこに湿気を含んだ皮膚が触れていたのだ。それが身じろぎをすることで、

(!!!)

 フレアは痛みのせいで、口を大きく開ける。


 床に密着していた、ふくらはぎの皮膚がはがれたのだ。

「どうする?」

(……!)


 フレアは口を開くが、喉に冷気が入り込んで咳き込み、口にたまったものを吐き出す。喉を相当痛めたのか、血が混じっている。フレアはそれを驚愕の表情を浮かべる。

 フレアの顔は冷気ゆえなのか、ステラの所業への恐怖なのか真っ青になっている。

 

 コク……コク。


 微かに首を動かす。


「うん、言うこと聞くんだね?」


 また、二度。フレアは頷く。


 ステラは荷台の中を少しづつ解凍していく。

 フレアに触れ、回復魔法を掛ける。

喉、目、全身を直していく。


「もう喋ってもいいよ。喉が痛くなければだけど」

 静かにフレアの目を見据えている。

「あ……、な、何だったの? あなた一体?」

「私だけじゃないよ。ミリーも出来るし、エルミアだってやろうとさえ思えばできる。スズだって本気を出せば出来るかもしれない。こんなことくらい」

 嘘と推測を交えて言う。

ミリーはもっと非道なことをするだろうし、エルミアは交渉もせず商人に報告をするだろう。そして、スズは優しいからこんな事はしない。


 ステラはナイフで縄を切る。

「立てる?」

 ステラが手を差し出すが、フレアは自力で立つ。

「え、ええ。立てるわよ」


 荷台からステラとフレアが降りてくる。

「ちょうどいい」

 探知魔法を使用すると、馬車の進行方向に魔物の反応がある。

「ミリー、魔物が来てる」

「ホント? ステラの探知範囲は広大だものね。強そう?」

「強くはない。だから……」


 ステラはミリーに耳打ちする。


「なるほどね、いいんじゃない?」

 ミリーがフレアを見て微笑む。

「じゃあ、少し離れる。よろしくね」



 ステラはフレアを軽々と御姫様抱っこし、街道から離れるように走っていく。


「「え、なにあれ」」

 ステラの全力移動を見たジーナとダニーが驚いている。


「気にしないで。スキルよ」

 半分本当で、半分は嘘だ。

スキルの効果もあるが、魔法によるものが大きい。それにしてもステラの全力疾走は早いけど、あの速度にフレアの体は付いていけるのだろうか。



「お、見えた。5匹か。エル!!」

 ミリーは前方の護衛に立っている、エルミアに合図を送る。

前方、距離、魔物が人の別、その数、と事前に合図の方法を決めていた。

「このまま進むか!?」


 エルミアが是非を訊ねる。

「進むわ」

 ミリーは頷きながら答える。


「商人殿、前方に魔物がいるようだ。このまま進んで排除しようと思う。カーン殿には私から言っておく。馬車はこのまま前進させても問題ない」

「わ、分かりました」

 緊張した様子で商人は、エルミアの言葉にうなずく。


 ミリーはジーナにも同様に魔物の報告をし、伝言で全員に周知をした。

伝言の内容は魔術の数と、誰が出撃するかである。

 出撃するのは、ダニー、ミリー、ステラの三人だ。


「あれか」

 エルミアが遠くを見つめている。肉眼の視力はエルミアが一番良い。

「敵が見えたぞ!」


 エルミアの声に、ミリーとダニーが前に出る。

前衛職のダニーではあるが、ミリーの移動速度には当然かなわない。ダニーがミリーを追いかける形になった。


 ミリーが魔物である、ソードボアに会敵すると、ステラとフレアが既に群れの中心にいた。

「ミリー、ダニーは?」

「まだ後ろよ」

 短く答えたミリーは、ソードボアの突進を躱す。


 ソードボアは、その牙が前方に細く長く伸びているイノシシのような魔物で、牙がレイピアのように見えることからソードボアと呼ばれている。

攻撃は単純な突進が主な方法だが、たまに横に飛んでくる場合もある。体格はそこまで大きくはないものの、ソードボアは最大で100kgになることもあるから、ただの体当たりだと侮ると痛い目を見る。


「フレア、どう?」

「どうって、私魔物と戦うの初めてなんだけどッ!」

 フレアは剣を構えて牽制しつつ、ソードボアがいつ突進してくるのかと目を血走らせながら、キョロキョロとしている。

 ついさっきも死にそうになったのに、またこんな目に合わせて何のつもりなんだろうか。この氷の女は。

「そうじゃなくて、ちゃんと言ったとおりに出来る?」

「出来るわ。というか、しないと捕まっちゃうんでしょ?!」


 ソードボアが大声をあげたフレアに突進してくるが、フレアはあまりの恐怖で反応しきれずに突っ立っている。

「あぶない」

 ステラが振り上げた剣が、ソードボアの牙にあたっただけで、ソードボアの太いからだが2,3メートル吹っ飛ぶ。


「……」

「心配しないで。だけど、油断もしないで」

 なんなのだろう。本当に何なのだろう。この銀髪赤目の娘は。


「後ろの人たちが来るまで、止まっててね」

 金髪碧眼の少女ミリーは、魔術師の恰好をしているが、平然とソードボアの攻撃圏内に入ってくる。

そして防御のための太く頑丈な防御杖ではなく、細く魔力の放出に向いている攻撃杖を手にしている。あれでは、とてもじゃないが、ソードボアの突進には対応できそうもない。


 ミリーが、ソードボアに『お願い』をすると、ソードボアの前にまるで壁ができたかのように、その動きが止まる。

「いい子いい子」

 完全にソードボアに背を向けて、馬車のほうを向いている。


「え、なんなの? あれ」

「だから、よそ見しない」


 ステラに肩を叩かれ、正面に向きなおすと、また先程と同じように突っ込んできたソードボアが吹き飛んでいくところだった。

 

「2人とも早いな。しかし……」

 ダニーがようやく、魔物の近くまでやってきたが、ソードボアを警戒してなかなか攻撃しようとはしない。


「ステラ、馬車も見えてきたわよ」

「そろそろかな」

 馬車が近づきさえすれば、こっちのものだ。

出来ればカーンに、この魔物戦を見ていて欲しいが、それは運次第。


「ミリー、ダニーの補助を!」

「任せて」

「フレア、今度はこっちから攻撃する。急所は眉間。だけど、まずは足を狙う。無理ならどこでもいい」

「わ、わかったわ」

 ステラがフレアの、ミリーがダニーの補助に回る。


 ダニーはこの場にフレアがいることに、驚きはしたが、今はとりあえず戦闘に集中することにしたらしい。


「もっと、踏み込む」

「攻撃は単調よ、よく見れば、こんなのなんてことはないわ」

「無駄に追って体力を使わない。向こうから来るから待つ」

「一匹ばかり見ていたら、他のやつに穴開けられるわよ」


「「はいぃぃ!!」」


 2人とも息が上がり切って、剣を握るのもきつそうだが、ステラとミリーは平然としている。

攻撃はしていないものの、フレアとダニーが攻撃に集中できるように、他のソードボアの牽制や、フレアとダニーがお互いに近づきすぎないように誘導している。体力と集中力の消費でいえば、明らかにステラ達のほうが大木のだが。


「1匹倒したわ!」

「こっちだって!」

 フレアとダニーが自らを鼓舞するように声を出す。


「ダニー、もっとペースあげたら? 私の方が多く倒しちゃうわよ!」

「言われなくても! フレアには負けない!」

 魔物の数は全部で5匹いた。

残りは早くも3匹、自然とどちらが多く倒せるか気になるものだ。競い合う様に敵を倒していく。



「剣を振った後、戻すのが遅い。ちゃんと足を使えてない証拠」

「力に任せたら疲れるだけよ。もっと、楽に構えて」


 ステラとミリーは、残りの一体のことは差して気にせず、しかし、馬車の方向に進んでいっては困るため、挑発しつつフレアとダニーの指導をしている。


(補助するつもりが、ついつい口を出しちゃうのよね)

 ダニーの攻撃を観察しつつ、ミリーは思う。


「やった!! このまま僕がもらう!」

「こっちだって終わった! そうはさせないわ」


 ダニーとフレアが1匹のソードボアを囲む。

 ステラたちは、黙ってその様子を見ている。



「おお、ソードボアではありませんか」

 業者台の隣に座ったカーンが手のひらを傘にして、戦闘の様子に歓声を上げる。

「あれの肉は結構いけるのですぞ。見た感じ、胴体に傷はついていないようですな。むむむ」

 目の前に金目のものが落ちているのだ。

カーンは唸っている。護衛依頼で倒した魔物の素材は、討伐した冒険者のものになる。これは盗賊を捕まえた報酬も同様である。

今回の依頼はあくまでも、『護衛』なのだから。


「だが、あの少女は誰だ。冒険者のようだが……」

「旅のものでしょう。おそらく旅の途中、運悪くソードボアに遭遇してしまったのかと」

 エルミアがそのように説明する。


「なるほど、では、魔物の肉はダニーさんとその少女のものになるのですか」

 カーンはどうしたものかと悩んでいる。



「よし! 私の勝ちね!」

 フレアが最後の一匹を屠った喜びのあまり、剣を天に差すように掲げた。


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