テントの中では
58話は調整のために短くなっています。
エルミア達は、裏返しにしたシェルピッグの甲羅をそり代わりにし、運べるだけのシェルピッグを野営地まで引き摺っていく。
エルミア達が4班の野営地の近くに着くと、3班が野営の準備をしていたので、シェルピッグ2匹を譲渡し、ジーナとダニーは残ったシェルピッグの回収に戻った。
野営地に残ったエルミアは、しばらくして目を覚ましたスズと一緒に野営の準備と、シェルピッグの血抜きをしている。
「スズ、何を作っているんだ?」
テントの設営が終わったエルミアは、持ってきた木枠を組み立てているスズのところに顔を出した。
「スモークするのな。エルたちが大量にシェルピッグを捕まえてくれたから、無駄にしないように保存食にしようかと思って」
「そうか、襲って来たとは言え、4匹のピッグは食いきれないものな。3班だけじゃなく1班や2班にも譲渡すべきか」
「それがいいのな。食べきれないのは、魔物だけどかわいそうなのな」
「他に手伝えそうなことはないか? 明るいうちに近場で調達できるものがあれば持ってくるぞ」
「大丈夫なのな。ジーナ達に一応頼んではいるのな」
スズは鼻歌を歌いながら、スモークの準備をしている。荷物の大事なスペースを犠牲にしてまで持ってきたのだ。当然スモーク用のチップも持ってきている。
「そうか。私に、出来ることはないのか」
エルミアは明らかにしょんぼりする。
「にゃはは。そんなことないのな。エルと一緒だと嬉しいのな!」
スズは嬉しそうな満面の笑顔をエルに向ける。
「スズ……」
「よし、後はジーナに火を起こして貰うのを待つだけにゃ。テントの中は準備は終わったのな?」
「……」
「エル? 終わっていないなら、さっさとテントに行くにゃよ?」
「テント!! お、おう。まだ2人が帰ってくるには時間があるな」
(その間にスズを……)
「? 何か言った?」
「いや、気にすることはない」
エルはスズをお姫様抱っこする。
「にゃにを?」
「大丈夫だ。ほら、大事な準備をするぞ」
「ただいまー、ってあれ? 2人がいないんだけど」
ジーナが戻ってきた野営地をキョロキョロするが、スズとエルミアの姿がない。
「テントの中の準備をしているんじゃないの? ほら姉さん、火を着けておこうよ」
「そうね、暗くなる前に着けておかないとね」
ジーナは魔術で薪に火をつける。
「ん? やっぱり2人はテントの中にいるみたいだね。ベッドとか作ってくれているのかな。声かけてくるね」
ダニーがテントの方へと向かう。
「ああ、ダニー待って」
「なに?」
「着替えとかしているのかもしれないから勝手に開けない様にね」
「分かってるって、いくら何でもそんなことしないよ」
ダニーがテントに近づいていく。
「おーい、2人ともまだ中の……!?」
テントに近づいたダニーは中の異変に気付き、後退りをする。
(こ、この声は?)
「ね、姉さん!」
「どうしたの、二人は?」
「それがその、スズちゃんのえっと、……声が聞こえてたんだけど」
ダニーはどこか言い難そうにしている。
「何よ。中にいるんでしょう? 当たり前じゃないの」
「いやそれが、なんというか、猫っぽい声がしてたんだよね」
「そりゃあ、猫じゃん。スズちゃんは」
「そうだけど、違うんだって……、ああもう! 姉さんも見てきてよ」
「? 変な子ね。わかったわ。お湯、沸かして置いてね」
テントに近づくジーナ。
「まったく、ダニーも変だわ。パッと呼んじゃえばいいのに、ねえスズ……!」
ジーナも中の様子に違和感を覚えて、足音を立てない様にゆっくりとテントに近づいていく。
(これは、この声は。噓でしょ、ここは森の中、野営地よ。まさか)
「にゃは……そ、そんなことろまで……エル」
「駄目だ。スズ、かわいいぞ」
「からかう、のは駄目なのな。……もう、ジーナたちが帰ってきている、かもだから! んん!」
(スズとエルミア!? 女の子同士で? これにこの声は)
「ほら、ここも好きだろ?」
「あ! そこは……くふう、ううう」
「ほら、逃げるな。びくびくしちゃって」
「先っぽまでし、なくて、も。ひゃうっ!」
これはもう駄目だ。聞いていられない。
ジーナは気づかれない様にテントから離れ、ダニーのもとへ走っていく。
「ダニーーーー!!!」
ダニーの腕をつかんで、揺さぶるジーナ。
「うわわ、どうだった?」
「どうだったって。何そんなに冷静なのよ!」
「僕だって内心ドキドキしてるよ!」
「にゃっはーーー!! 気持ちよかったのにゃ! スッキリ!!」
2人の気を知らないスズが、テントから出て背伸びをしている。
「そうだな。すっかり綺麗になったな」
「待って! スズそんなに大声で言うもんじゃないわ。そういうことは秘密にしないといけないの」
「んにゃ? そうなのな?」
「そうよ! その、そういうお楽しみは場所をわきまえないと駄目よ。エルミアも! ダニーが困ってしまうでしょう?!」
「そういうものなのか、スズ」
「うーん、小さい頃はよくお兄ちゃんにしてもらっていたから、普通だと思っていたのな」
「ち、小さい頃!? それもお兄ちゃんと!?」
「そうだよ。毛繕いくらいするのな」
え。なんだって?
「け、毛繕い?」
「そうだ。私が櫛でスズの髪の毛、耳とか尻尾を梳かしていたんだ。昼寝のせいで寝ぐせも付いていたからな」
「にゃはは、あたし、思わず声が出ちゃうからうるさかった?」
「うるさいというか、勘違いしたというか」
「勘違い? 何と勘違いしたのにゃ?」
「そ、それは、その後でね! 今は言えないわ……」
「ジーナ」
「な、何? エルミア」
ただならぬ気迫にジーナは身体を強張らせる。
「それは私が直々にスズに教えるつもりだ。言うな」
エルミアの緑の瞳が、鈍く光った。
「あ、はい。分かりました」
(あ、やっぱこの2人、そういうやつなんだ)
ジーナは気圧されつつも、考えずにはいられなかった。
猫耳娘の小さな体に、覆いかぶさる水色の髪のエルフを。
(でも、2人とも可愛いし、悪くはないかも)