お姫様ごっこ
いやな夢を見た。
首輪につながれて、手錠を掛けられて、自分の体からは酷い体臭がする。身体にまとっているのはだたの布切れだ。布には何かの管理番号なのか、なにやら文字が書いているが、私には読めない。読み方なんて知らない。
ここには、自分のような子供が他にも何人もいた。それが、少しずつ減っていって、生きているのは多分、私だけ。あとはきっと……。
死ぬのか、連れていかれるのか。
その程度の未来しか見えない。未来とさえ言えないようなそれすらも、ここにいるよりはマシかもしれない。
どうして? どうして私が? おとうさん、どうして?
あんなに楽しかったのに。
あんなに幸せで、変わることがないとずっと信じていたのに。
あんなに、一緒に笑えていたのに。
それを思い出して、過去の自分自身に嫉妬した。幸せそうな自分に。
けれど、もはや自分ではなく、他の誰かの幸せを見せられている気がした。
泣きたい。声を出して泣きたい。
寂しい。
誰か私を見てほしい。
誰か……。
誰かに頭を撫でられている。
『よく、頑張りました』そう言ってくれた、あの人の手のぬくもり。
私に新しい名前をくれた人、私を『娘』として迎え入れてくれた人、私にもう一度生きる楽しみを教えてくれた人。夢を持って良いと教えくれた人。
「ミリー」
名前を呼んでくれた。
「ミリー。あ、ここ枝毛あるじゃん、ちゃんとケアしてるのかな」
……イラ。
「ステラと違ってミリーはちょっと元気っていうか、大雑把だからかな」
イライラ。
「あ、そんなに眉間にしわ寄せると、せっかくの美人が台無しかな」
イライライラ。
「最近き……」
「うっさいわあああーーーーー!!!」
ミリーの叫び声が部屋中に響く。もしかしなくても、宿全体に響いた。
「なんで師匠がいるのよ!」
起き上がったミリーは、自分のベッドに横になっているセーラムを指差す。
「てへぺろ」
「かっわ、いいけどおおーー!!」
いきなり隣にいると心臓に悪い。本当に寝起きで驚かすのが好きな人だ。
「ミリー、声大きい」
ステラが横で眠るスズの背中を撫でながら言う。
「そうだよ。他の人に迷惑かな」
「だって……!?、!!……、!……!!」
ミリーは途中から声が出なくなったことに気づくが、それでも身振り手振りで抗議している。この魔女、音声遮断を使ったな。
「遊びに来ただけ、かな」
セーラムはふふと笑いながら言う。
「あれ、ママは?」
二度寝から目覚めたステラが、ミリーに訊く。
ベッドから起き上がり、いつも通りに手櫛で髪を梳いていく。
「1階でお茶飲んでるって、本当にビックリしたわ」
「ミリーの声にもビックリした」
ステラは横でまだ寝ているスズの髪も、手櫛で梳いてやる。魔力を込めているので、髪の状態も良くなり寝ぐせも綺麗になる。セーラムが髪の綺麗なステラに『魔術』といって最初に覚えさせた『魔法』だ。これに関しては、魔女の素質云々を抜きにして教えていきたかった。
その様子を見てムッとするミリー。一階にセーラムがいるというのに平然とスズの髪を梳いているステラに、なんだか負けた気がしたのだ。しかも、ミリーはステラに髪を梳いてもらったことなんてない。
「ステラ、おはよう」
宿共同の洗面所からエルミアが戻ってきた。
「おはよう、眠れた?」
ステラはスズを起こさないように、そっとベッドから降りる。
「ああ。こうして皆と同じ部屋で寝るのは新鮮だったが、ぐっすりと眠れたよ。ところで、今朝早く、何か騒がしかったが?」
「今朝、来客があったのよ」
ミリーは頭をくしゃくしゃとかく。
「来客か。かなり早い時間だと思ったが」
「あの人には、そんなの関係ないんじゃない?」
ミリーは自らくしゃくしゃにしてしまった髪を、もう一度梳き直し、冒険者の服ではなく、可愛らしい町娘の服に着替えた。
「ステラは、平然としてたわよね。今朝」
ステラも今日は休みのつもりなので、余所行きの格好にした。
「起きたら、ベッドってことは『そういうこと』じゃないから」
「あー、なるほどね」
セーラムが2人に魔法の修行をさせるときは、「起きたらここどこ?」がお決まりだった。起きたら全裸だったこともある。
じっとスズと見つめるステラ。
「何かいたずらしない?」
スズを見ているとこう、苛めたくなってくるのだ。スズは猫のようにかわいく丸まわり、気持ちよく寝ている。
「ほう、どんなだ?」
乗り気のエルミア。
「猫扱いする? って猫だったわね」
「私たちが全員、入れ替わる?」
「そ、そんなことできるのか?」
出来るわけない。想像できない。
「じゃあ、私が最初からいなかったことにする?」
ステラが提案する。
「匂いでばれると思うぞ、猫だからな」
「そうね……スズを御姫様扱いするとかはどうかしら?」
「「のった!」」
ステラが寝ているスズに近づく。
「お嬢様、朝です。目を覚ましてください」
恭しく、耳の側で囁く。いつもより低いトーンの声で。
「ん……」
スズが寝ぼけている間にミリーとエルミアは、使用人がするように手を前で合わせ、スズのベッドの横に立つ。
「ほら、お嬢様。お時間です。起きてください」
ステラがもう一度言うと、スズは目を擦りつつ開けた。
スズが寝返りをしたため、ステラとスズは顔を見合わせる形になった。
「ステラ? おはような」
「おはようございます、お嬢様。身支度をしましょう」
「え、お嬢……様?」
ステラが立ち上がると同時に、ミリーとエルミアが左右に立ってスズを挟んだ。
「お嬢様、お顔を綺麗にしますわ。目を閉じてくださいませ」
ミリーが濡れたハンカチで優しく顔を拭く。
「にゃ! なんなのな? ふえっ?」
戸惑いながらも、受け入れるスズ。
「お嬢様、髪も梳かしますわ」
エルミアが櫛で髪を梳かしていく。
「スズ様、本日のお召し物はいかがされますか?」
ステラがスズの服を両手に持って、スズの目の前に立つ。
「えと、ではそちらで、結構ですわ」
スズもつられて言葉使いが変になってしまっている。
「かしこまりました。では、スズ様お着替えの手伝いをさせていただきますわ。エルミアさん」
「はい。お嬢様、失礼いたします」
ステラに目配せされ、スズの脇に両手を入れてベッドから下ろすエルミア。
「えと、これはなんなのにゃ? エル?」
「はて、何のことでしょうか? 毎朝していることではありませんか?」
「ふふ、お嬢様はまだ寝ぼけでおいてなのですね」
とぼけるエルミアに、思わず笑ってしまったミリーだが、何とか誤魔化す。
「失礼します」
ステラは、スズが来ている服を脱がそうとする。
「ちょ、ステラ!」
しかし。スズの声を無視して、ステラはスズの寝巻をさっと脱がした。
「スズ様、少し身長が伸びたようですね」
ステラは下着姿になったスズを気にも留めずに、スズの頭に手を置く。
「そうですわね。私達がお嬢様にお会いしたときは、こんなに小さかったのに」
ミリーが『こんなに』と、ありえないほど低い位置に手を置いて示す。
「ぶっ、そ、それはお嬢様に失礼ですよ。まるで子猫ではありませんか」
エルミアが我慢できずに吹き出してしまう。
「ちょっとみんな!」
スズが顔を赤くしている。
「失礼しました。まだ下着のままでしたね。2人とも」
ステラが手を叩く。
「「はい」」
「にゃ!?」
全員でスズをベッドに押し倒して、全身をくすぐり始める
「にゃは、ははは。やめ、くるし、苦しいのな! 敏感なの、な」
「なんでこんなに胸大きいのよ!」
「そこは、そこは、だ……にゃはは!」
「こうか? こうか?」
ちょっと目の焦点があっていないエルミア
「耳のもふもふ、気持ちいい」
ステラはスズの耳をもふもふしている。
「やめて、ほんと、くるし、いから……」
「お嬢様、お肌お綺麗ですわあ」
「くすぐったいのここ?」
「こうか? ここなのか?」
「おねがい、なの。もう、むり……や、めて?」
我に返ると、ベッドに寝転ぶ下着姿の猫耳の少女が、息も絶え絶えに目を涙を浮かべている。
エルミアが生唾を飲む。
「これは、貰っていいのか」
「「コラコラ」」
スズに触れようとするエルミアと、ステラとミリーが止めた。貰っていいとはなんだ。




