プロローグ 銀の森
もうじき夕闇が完全に落ちて、魔物たちで溢れてしまうであろう森の中を、一人の銀髪のエルフが森の様子を観察しながら歩いている。
この特殊な構造の森の中で、人が迷い込んだら抜け出すことはまず不可能だ。近隣には町があるから、そこの住人が森に迷い込んでしまう可能性もある。
もともと、入り込むことが出来ないように結界を張ってはいるけど、その結界もいつ不具合を起こすかわかったもんじゃない。
森の入り口に居を構えるこのエルフは、森の中に面倒なものが落ちていないか、結界に綻びができていないか、こうしてたまに点検をしている。
国から正式に管理を任されてはいないとは言え、勝手に森を改造した手前、安全確認はしないといけないから。
こうして巡回をしているが、森の中を改造してからというもの、これまでに問題は一切なかった。
全くない。
今回のこの巡回も「何もなかった。森は異状なし」という安心が欲しいからであった。
森の中で問題を起こしてしまっては、いたるところから目を付けられてしまうだろう。
見つかるはずのない『目標』をただただ探し回ることは、長命なエルフ属にとっても時間がもったいない。だから、エルフは薬の調合に必要な薬草を採取しながら進んでいく。
薬草はそのままでも売れるし、調合して薬にすればもっと効率よく稼げる。森の中で静かに暮らしていく分には、外の世界の金銭は必要ないが、研究用の雑記帳や気になった書物の購入、町のお菓子の購入や、紅茶を飲みたくなった時には、どうしても金銭が要り様になる。
(去年の今頃、町から送られてきた果物のパイおいしかったな。あれってなんの種類の果実だっけ? っていうか、あれって去年のことで良かったかな?)
エルフは思案顔で、森の木々の間を確認しながら進んでいく。
エルフの容姿は幼さの中にも美しさが備わっており、深い銀色の長い髪の毛をひとつに束ね、深緑の瞳が魅力的だ。エルフ属の特徴の長い耳ではなく、ヒト属とエルフ属の中間のような長さで左耳には3つで1つのピアスを着けている。
そんなエルフが進んで行くこの森は、便利にできている。
便利にできているというか、便利になるように色々と改造を重ねた。エルフの家もある森の入り口に近いところは、比較的魔物も弱く、採集できる薬草もどこにでもあるような低品質のものが多い。森を進んでいくにつれ、魔物の種類も増え凶悪なものになっていく。採集できる薬草なども質が高く、時には珍しいものが交じってくる。
森の中と言えど、川や滝もあるし、谷や山さえもある。
特定の場所でしか取れないような特殊な薬草とか功績は手に入れることは出来ないが、大抵のものはこの森で事足りる。
(そろそろ帰ろうかな、この先に進んでも何もないだろう。もし、人が迷い込んでいても、もうここらの魔物なら、残念だけど既に骨も残らず食べられてしまっているだろうし)
エルフは溜息にも近い深呼吸をし、銀髪の髪を耳にかけ直しつつ、しゃがんで地面のキノコを採取する……が、その手がキノコに触れる前で止まる。
「!? これは……?」
ざっと立ち上がり、エルフにしては短い耳に3つ並んだピアスが上りかけの月の光を反射しキラリと光った。
探知魔法に引っかかった影の反応は、在り得ないものだ。
この森では、絶対に現れるわけのない魔力量の反応。
(これは、危惧していた突然変異? それにしても、反応が違う)
無理矢理に、森を魔法で改造してしまったがために、その歪みのせいで突然変異を起こす可能性は十分にある。探知魔法に引っかかった反応は、魔物の反応ではなく純粋に魔力がその場に蓄積しているかのような反応だった。
正体不明の反応があった場所に向け、森を駆けていく銀髪のエルフ。
視覚強化、嗅覚強化、魔力気配遮断、気配遮断、移動速度強化、肉体強化……。
相手の正体がわからない現状では、出来る手段は全て取っておくべきだ。あの魔力量なら、全力で挑まなければ被害が拡大してしまうかも。ずっと探知魔法で反応を観察しているけど、どうやら相手はこちらにはまだ気づいていない。その場から動かず、留まっている。
(せめて相手に気づかれる前に、相手の正体を確認したいかな。今の私で対処できるものならいいんだけど)
木々の枝や雑草が足に当たる微かな痛みを、意識の外に弾きつつ疾走し、いくつかの攻撃魔法の準備を進める。
捕縛、時間遅延、石化……その中には通常であれば、『禁忌魔法』として指定されている魔法も、いつでも発動出来る状態でホールドする。せめて被害はこの森に留めなくては。
エルフは自分の体に、既にいくつかの強化魔法と魔術強化を多重にかけているが、『時間加速』の魔法はホールドしている。いくら長命のエルフとはいえ、使用時間に比例して寿命が削れていく『時間加速』は出来るなら使いたくない。
もう少しで会敵するという段階で、エルフは呼吸を止める。
魔法の効果もあって、1時間位なら呼吸をせずとも活動できる。
彼女には魔法発動のための呪文詠唱は必要ないため、ほとんど無音で行動できるし、発音で引き起こされる空気の流れも無視することが出来る。
気にかけるべきなのは、自分の心音と体を動かすことによって生起する筋肉の鳴り、それによって引き起こされる大気の震えくらいだ。
魔法で気配は遮断はしているものの、癖でつい呼吸を止めてしまう。原始的な狩りの本能なのか。
両手を拡げるエルフ。
指先の何本かが魔力によって微かに光っている。魔法を指先に割り当ててホールドしている魔法を確認する。
短時間で自分の身体にいくつもの能力上昇魔法をかけ、複数の高等魔法を発動前で待機させておく……こんな事が可能なのも、試みるのも彼女だけだろう。
少し表現等を修正しました。
1話を読んでくださってありがとうございます。
拙い表現で読みにくいかもしれませんが、是非読み進めていただければ幸いです。
次回からは、少女とエルフの生活が始まります。