パラサイト・パラダイス
パラサイト・パラダイス 和久井志絆
Aは満足していた。恋人であるスカーレットと二人きり。子供の頃から収集し続けたこの玩具に満ちた部屋で自分は生涯幸福に生きるのだと。
思えば大学受験こそが自分の人生の全てだったのだ。およそ平民には不可能な超一流大学への入学を成し遂げたことでAの人生は九割九分決定した。
来る日も来る日も、勉学に夢中になった。面白くて仕方なかったのだ。友達?恋人?何もかもどうでもよかった。
中でもAを魅了して止まなかったのがロボット工学だ。そうだ。友達も恋人もいないなら自分で作ってしまえ。
大学を首席で合格した。頭脳だけは誰にも負けなかった。だが、Aは社会に出ることはできなかった。幼い頃から家に閉じこもり勉学に明け暮れて、大学にもほとんど通っていなかった。通信制の授業だけで事足りるほどにAは常軌を逸した天才だったのだ。だからこそ、もう外に出て人と関わることは不可能だった。そういう人間になってしまったのだ。
ここら辺でなぜこの男は「A」というのか説明しよう。誰も本当の名前を知らないからだ。誰一人親しく接するものなどいないから「あの人」の頭文字を取って「A」と呼ぶようになったのだ。いつしか両親さえもAと呼ぶようになったのだ。
父も母も、後悔していた。子供が好きなこと、やりたいことを思う存分やらせてやるのは、親として大切なことだ。でも限度というものを知っておくべきだった。もっと外に出して、広い世界を教えてやるべきだった。
世間的に言えばAは引きこもりだったが、決して無職ではなかった。学生時代から、彼を神童と崇めていた学者は大勢いたのだ。Aという学問の神。彼は在宅で数多の大学教授たちと連絡を取り合いながら、研究を続けていたのだ。
そして、そんな生活が十年以上続いた頃、彼は永遠の恋人として「スカーレット」という美しいロボットを創り出した。
社会人になっても独身で親元で暮らす人を俗にパラサイト・シングルという。Aはそうではなくなったのだ。少なくともA自身はそう信じた。
だが、Aはやはりマトモじゃなかった。もはや両親の存在など関係なかったのだ。バイオテクノロジーで食べ物を作り出し、生活に必要な物資は全てこの、自分の部屋の中だけで作ることができてしまった。Aは幼稚園児の頃から変わらないこの子供部屋を自分だけの楽園「パラサイト・パラダイス」に変えてしまったのだ。
だがそれは両親にとっては「地獄」だった。何よりも世間体がある。自分の家に変人、それどころか異常者がいる。それもただの異常者ではない。紙一重の天才だ。周囲の人間は心底気味悪がった。
さらに両親を苦しめたのは、そんな異常者を神と崇める学者たちの存在だ。彼らの顔は、目は、心は、Aのそれと同じように、何かに憑かれたようにパソコンや研究資料にのめり込んでいた。
耐えられなくなった両親は家を出た。これでAにとって自分の部屋だけでなく家全体が楽園となるはずだった。だがそんなこともどうでもよかったんだ。
その頃には、もうAは学問にも飽きていた。電話にももう出ないことにする。一切の連絡は遮断した。
スカーレット……僕の愛するスカーレット。
外観など気にする必要はない。「楽園」の壁には蔦が生い茂り、庭は雑草が伸び放題。いつしか野良犬や野良猫がたむろする無法地帯となっていった。
それをAは満足気に見下ろしていた。関係ない。自分にとってこの部屋だけが物心ついた頃から変わらない自分だけの楽園なんだ。
この物語は本来ならここで終わりにしたい。ここから先はあまりにも醜悪で語るだけでも吐き気がするのだ。
当然のことだが近隣住民から苦情が吹き荒んだ。なんとかしてくれ。できるならこの街から追い出してくれ、と。
だが、警察が押しかけても、どんなに喚こうが、ドアを何度叩こうが、Aは出てこなかった。
もう死んでいるんじゃないか?そんな声が囁かれた。
ついに強行突破が敢行された。だがそれは、やってはいけないことだった。
地獄だった。
夥しい数のロボット、それも寄生虫を思わせるグロテスクなそれらは一斉に警察隊に襲いかかった。
阿鼻叫喚、彼らにはその家の奥深くがどうなっているのか永遠にわからなかった。そこで全滅したからだ。
あえて、答えを言うなら、Aとスカーレットが愛し合っていた。ただ、それだけだ。