9 メイド長の思い
<フェル視点>
私は長年魔王様に使えてきた猫族のメイド、フェルです。
元々は特殊な生い立ちから様々な裏事業に手を染めていたのですが、そんな私はいつしかそこそこ名の知れたアサシンとなっていました。
ですが、ある時その働きぶりを前魔王様にかっていただき、メイド長という役職の傍ら様々な方法で魔王様をサポートしてまいりました。
自分で言うのもなんですが、そこそこの戦闘力も有しています。
もちろんセバス様には敵いません。
次元が違います。
もし魔王様の身に危険が及ぶようであれば、私も身を呈してお守りする所存でした。
そんな私は勇者との戦闘音が響く中、魔王様の命で執務室に待機していました。
勇者は危険だからと魔王様に諭されたのです。
確かにここまで攻め入られて、正々堂々とした勝負になるとアサシンである私には不利です。
ここ一番で役に立てない自分が情けないです。
魔王様の勝利をお祈りしていると、不意にこれまでとは段違いの爆発音が鳴りました。
なにがあったのでしょうか?
魔王様は無事なのでしょうか?
そんな心配事が頭の中を駆け巡ります。
すると別室で待機していたメイドが執務室のドアを勢いよく開けました。
「メイド長!魔王城が第三勢力からの攻撃を受け、戦闘中であった魔王様と勇者がお亡くなりになられたのことです。」
私は驚きました。
同時に、戦闘力ではこの世界の頂点に立つ二人を一度に屠った第三勢力に恐怖を抱きました。
「その第三勢力とはどなたなのですか?」
「それが...黒竜と人間の子供みたいです。」
こ、黒竜?それに人間の子ども?
理解が追い付きません。
「セバス様がすでにそのお二方とお話されております。
総員謁見の間へとのことですので、私たちも参りましょう。
多分ですが、新魔王の就任なのでは無いのでしょうか?」
「わ、分かりました。すぐに参ります。」
そういって私は謁見の間へ急ぎます。
するとそこには大きな穴が、そしてそれを超えた先に黒竜と少女がいました。
黒竜という初めて見るこの世の頂点に立つ存在に威圧されます。
同時に、その出で立ちには神々しさや美しさおも感じさせられます。
そして隣にいる少女。
見たところ黒竜様と親しげに話しております。
どのような関係なのでしょうか?
彼女からもただものでは無いオーラが感じられます。
ですがそれよりも目を引くのはその美しさ。
肩ほどまで伸ばした黒髪に、黒い目、そして整った顔立ち。
汚れた髪やドレスを見るに暫く手入れをしていないようですが、それでもその美しさは損なわれていません。
きれいに整えたらどれだけ美しくなるのでしょうか?
考えただけでその破壊力に身震いがします。
周りの視線を気にしておろおろしている様子も庇護欲をそそわれます。
彼女になら使えたいと瞬時に思いました。
暫くしてセバス様が彼らの魔王就任を宣言しました。
「我らの命は御身とともに」
跪き、誓いの言葉を述べます。
誓いの儀もひと段落したようなので、メイド長として挨拶をしにいきます。
「メイド筆頭をさせていただいております、フェルと申します。」
彼女は暫く私のことを見つめていました。
魔王になったお方は臣下の強さなどが分かると聞きましたが、私の裏の仕事に気づいてしまったのでしょうか?
できればそうでないと願いたいです。
怖がられてしまいます。
するとお願いしますと返事が返ってきました。
心配は無用だったようです。
私は彼女をお風呂場まで連れていきます。
彼女は魔王領についてあまりよく知らないのでしょうか?
廊下においてある様々なものに興味を示しています。
私が一つ一つ丁寧に説明していくと、セレナ様は真剣にその話をお聞きになります。
こんなに興味を持って話を聞いていただけると、話しているこちらも楽しくなってしまいます。
そうこうしているうちにお風呂場につくとセレナ様はその立派な浴槽を見てとても喜ばれていました。
よっぽどお風呂が好きなのでしょう。
ついてこなくて大丈夫だというセレナ様を少し強引に説得し、身を清めます。
数日間お風呂に入っていなかったとのことでしたが、少し洗っただけですぐに髪のつやが戻りました。
前任のメイドがよく手入れしていたのでしょう。
あの大きな騒動の後です、どこか怪我をしてないかと心配しましたが、その透き通るような肌には一つも傷がついておらず安心しました。
その後、衣装室に連れていきます。
セレナ様にはどのようなドレスが似合うでしょうか?
想像が広がります。
まず先にセレナ様の好みをお聞きしましょう。
セレナ様に好きなものをお選びしていただきます。
ですが、選ぶものはどれも色が奇抜だったり大人っぽいデザインのものばかり。
これは私に選ばせていただいたほうが良いかも知れませんね。
最終的には私に選択権をゆだねてくださったので、気兼ねなく選ばせていただきます。
モノクロのフリルの施されたドレス、薄いピンクと黒のワンピース、体を動かす際の白シャツと黒い肩掛けズボン。
さりげなく寝巻には私とおそろいの猫耳フードのついたものを選びます。
とりあえずこれぐらいでいいでしょうか?
前の魔王様は男性でしたからね。
このように可愛らしい服を選べるのはとても嬉しいです。
服の仕立て直しを部下に任せて、私はセレナ様のお世話を続けます。
部下がうらやましがっていますね。
でもこの幸せなポジションは譲りません。
もしこの役職が欲しいのでしたら私を倒してごらんなさい。
私のように特殊な経歴を持ち合わせていない限り、メイドはそこまでの戦闘力を有していません。
なのでここで私を取り押さえられる人はいません。
そう、分かればいいのです。
そのあとも、髪を整えたりとやることは多いです。
すべてを終えたころにはドレスの仕立ても終わっていたようです。
戦闘力で無理なら仕事でと、部下も見たことないほど張り切っていますね。
すこし前魔王様を不憫に思います。
身だしなみを整え終わったセレナ様はまさに天使のようでした。
服もとても似合っています。
さすが私ですね。
可愛らしいドレスが少し恥ずかしいのかセレナ様が少しもじもじしています。
そんなところも愛らしいです。
謁見の間に戻ると、黒竜様が開口一番にセレナ様を褒めたたえます。
さすが黒竜様、よくわかっていますね。
私の中で黒竜様の印象がぐっと良くなりました。
あのようにさらっと賛美の言葉を述べられる男性はそう多くありません。
その言葉に照れるセレナ様もまた可愛いです。
その後セレナ様が黒竜様にどのように生活するのかと尋ねたところ、黒竜様はショt、失礼、少年のような見た目に変身されました。
同じ黒髪黒目をもつお二人はまるで双子のようです。
やばいです。
この職場は幸せすぎます。
セレナは知らず知らずのうちに忠誠心の厚い臣下を手に入れるのであった。