8 セレナ、着せ替え人形になる
さて、魔王って言っても何をしないといけないんだろう?
謁見の間で「よく来たな勇者よ!」
って言ってるイメージしか無いんだけど
「まずは身だしなみを整えてはいかがでしょうか?」
そう切り出してくれたのはメイド服に身を包んだ女性だ。
「メイド筆頭をさせていただいております、フェルと申します。」
能力検知をオンにすると《フェル、猫族、Lv20》とある。
薄茶色のボブヘアに猫耳を生やしたかわいらしい印象をしているが、その印象と違ってそこそこ強い。
Lv.20ってことは一般的な兵士4人分の強さってことかな?
いや、でもレベルと強さの関係性が直線的か関数的かでも変わってくる。
しかも兵士が四人も集まったら何かシナジーを起こすかもしれないし。
不確定要素が多すぎる。
でも要は強いってことだね。
フェルの言う通り、確かに数日前にお城を出てから風呂に入っていない。
拉致されるときに来ていてそのままの簡素な部屋着のようなドレスは薄汚れているし、それでもいいかもしれない。
「じゃあ、そうさせてもらってもいいかな?」
「はい。ご案内いたします。」
そういって私を風呂に案内してくれた。
魔王城は黒い煉瓦を基調として建てられていて、廊下には高級感あふれるレッドカーペットが敷かれていた。
所々に飾られている骨董品の数々はどれも神具級のお宝らしい。
その広い廊下をフェルのあとに続いて歩いていく。
道中穴の横を通ることがあったが、なかなかのスピードで作業は進んでいて魔王の部屋のある最上階はすでに元通りになっていた。
いや、ゴーレム凄いな。
素直に感嘆する。
フェルに連れられて行ったバスルームはもはや大浴場だった。
黒を基調とした建物全体と調和を取るように、黒い大理石と暗い色をした木材で設計されている。
建築家のセンスが光る。
日本人にとってこれほど嬉しいものはない。
多少強引についてきたフェルに洗われた後、私は浴槽で一息を着いた。
ふぃーー癒される―
久しぶりのお風呂に、高校生とは思えないちょっとアレな声が出る。
肩の力が抜けて、心にゆとりができるとついついいろんなことを考えてしまう。
自分が雷に打たれて転生した後、日本はどんな変化を遂げているのだろうか?
あの小説は完結したのだろうか?
それとも更新が止まっているのだろうか?
家族、同級生は私の事件に対してどんな反応を示したのだろうか。
今さら杞憂したって何も変わらないのは理解していても、やはりふとした瞬間に考えてしまう。
だけど、自分は今の生活もなかなか満足している。
後悔の無いよう楽しんでやろう、そんなことを考えていたらあっという間にのぼせていた。
ーーー
浴槽から出た後、私は一時しのぎだという簡素なドレスを着せられて、衣装室に連れていかれた。
目の前にはフリルの多くあしらわれた可愛らしいものや、スリットの入った物など、多種多様なドレスが並んでいる。
これまでにも女性の魔王はいたのだろうか?
でもさすがに私のサイズのものは見当たらない。
それを疑問に思っていると
「お好きなものをお選びください。
セレナ様のサイズのドレスは用意が無いので、好きなデザインのものをお選びいただけたら後にサイズを合わせます。」
す、すごいっ
もしかしたら様々な種族の暮らす魔王領では洋服を各体形に合わす詩立て直しの技術が進んでいるのかもしれない。
でもそういうことなら気兼ねなく選ばせてもらおう
どんなのがいいかなぁ
そうドレスを物色していると一つのドレスが目に留まった。
こ、これかわいい
私は真緑のドレスを手に取った。
それを見てフェルが言いにくそうに話を切り出す。
「あの、セレナ様。セレナ様の髪色などを鑑みるとその色は避けたほうがいいかと...」
そ、そうか。
そういわれたらしかたない。
私はしぶしぶドレスをハンガーラックに戻す。
その後も私が選んだものはことごとく却下された
回数を重ねていくにつれてフェルも容赦がなくなってくる。
「その服のチョイス、正気であられますか?」
「も、もうフェルが選んで」
私はついにギブを宣言した。
「かしこまりました。」
とフェルは一礼すると模範解答のドレスに向かって颯爽と歩いていく。
ふ、ふーん
それが正解だったのね。わ、分かっていましたとも
うーん、服選ぶのって本当に難しい。
私のファッションセンスの無さは根っからだ。
日本にいたときも制服だったし、家にいるときはずっとジャージだった。
高校生の誕生日にお母さんにもうちょっとおしゃれしたらと言われて服を選びに行ったけど、店員にビビり散らかして帰ってきた。
試着室から出る時を見計らっての店員の先制攻撃
「いかがでしたか」というキラーワード
どう答えたらいいんだよ
その話を聞いた比較的仲の良かった友達が服を一式選んで、そして組み合わせまで教えてくれたのは本当にありがたかった。
持つべきものは友よなぁ
そんなことを考えているとフェルは選び終わったみたいで腕には2,3枚のドレスが引っさげられていた。
フェルは満足そうに頷くと、それを他のメイドに手渡し私に振り返る。
あーまだ終わらない感じね?
私はその後、採寸やら髪の毛のセットやらいろんなところに連れ回された。
つ、疲れた。
でも、それらを嬉しそうに対応してくれるもんだからまた今度でいいですとも言い出しにくい。
それらが全て終わる頃には仕立て直しも終わっていたみたいで、フェルの選んだドレスに身を包む。
フェルが選んでくれたのは黒と白のフリルが控えめかにあしらわれた可愛らしいドレスだ。
来てみると体にぴったりで、なおかつ動きやすい。
恐るべし魔王軍の裁縫技術
ーーー
フェルから許可を貰えたので謁見の前に戻ると、話をしていたらしいセバスと黒竜が振り返る。
『いやー似合ってるよ、その髪の色にあったドレスも素敵だね。』
そう開口一番に黒竜が褒めてくれる。
くっなんか女慣れしてやがる
それでいてちょっと嬉しく思う自分もいるのが悔しい。
そんな悔しさを胸に黒竜のことをじっとみているとふと思った。
そういえば黒竜はその大きな体でどうやって魔王城で生活するんだ?
『あーそれなら問題ないよ。』
ん?どういうことだ?
『ふふん。見てて―「変身」』
黒竜の体が光に包まれたかと思うと、その光はみるみる小さくなっていて
そこには中性的な顔立ちをした同い年ぐらいの男の子が立っていた。
黒竜らしさと言えばその黒髪と黒目、そして角と尻尾だろうか。
服は白シャツに黒ベスト、灰色のズボンと言ったいかにもスタイリッシュな装い
身長は私とほとんど変わらない。
『どうどう?』
その中性的な声と口調はその姿が本来の姿なのではと錯覚させるほどその姿にあっていた。
もう何でもありだな黒竜...
「ふふ、同じ黒髪と黒目なこともあって双子みたいですね」
フェルがそう微笑む。
たしかに言われてみればそうかもしれない。
でもこれなら普通に生活できるね。
その尊厳なオーラは隠しきれていないが、見た目はドレイクと変わりないので意外とこれまでもちょくちょくダンジョンの外に遊びに行っていたのかもしれない。




