20 セレナ、娯楽施設を建設する2
その日の夜、クロムの緊急招集を受け魔王領幹部勢が秘密裏に集結していた。
メンバーはクロム、フェル、セバスだ。
『今日の議題は他でもない、コクリュウブラックについてだ。』
全員が席に座ったのを確認すると、クロムはかしこまった様子でそう切り出した。
「...確かコクリュウブラックとは、今日セレナ様が一緒にレースに出場すると宣言されていた馬のことですよね?
それがどうかされたのですか?」
フェルがそう問いかける。
『うむ。
魔王であるセレナの馬、ましてや恐れ多くもボクの名を冠する馬が負けるわけにはいかないっ!
そこで僕が思いついたのがコクリュウブラック限界突破計画っ!
僕たちの手でコクリュウブラックの勝利を確実にするんだあぁぁっ』
クロムはその言葉とともに熱意のこもった拳を振り上げた
...が、明らかなフェルとセバスとの温度の差に気づき焦りを覚えたのか、
『フェル、君もコクリュウブラックが負けて悲しんでいるセレナの姿なんて見たくないだろう?』
フェルを仲間に取り込む作戦に出た。
フェルのセレナに対する忠誠心は崇拝の域に達している。
セレナのためなら手を汚すこともいとわない、それがフェルという人物だ。
そして彼の取った作戦は、そんな健気な思いを利用する卑怯なものだった!
3人しかいないこの幹部会議で、もう一人を自分の味方につけることは勝利を意味するが...
「もちろんです!」
案の定、そうフェルが前のめりになって答える。
これによってクロムの勝利は確定した。
たとえセバスが平等性などの点において反対したとしても、「多数決なんで」をごり押しするという世間体を棄てた行為を何のためらいもなく取れるのがクロムの強いところ
だがクロムはフェルを自分の思い通りに丸め込めたことに味を占めたのか、セバスの懐柔を試みる。
「セバスはどうだい?いまこそ忠誠心を見せる時ではないのかい?」
そんなクロムの言葉に対し、セバスは少し悩むような仕草を見せるが
「...そうですね、お二人が賛同されるのであれば私も微力ながら協力させていただきます。」
最終的にはそう賛成の意を示した。
そのセバスの言葉に、クロムは満面の笑みを浮かべ
『よぉし、決まり!』
そう勢いよく叫んだ。
翌日からコクリュウブラックは、セバスによって魔族式スパルタ特訓を施されるとともに、フェルが商人から手に入れたという高価な人参を与えられ、クロムにエンチャントを付与されることとなった。
そうしてコクリュウブラックは三者三様の方法で、もはや別生物ではないかと疑われるほどに鍛え上げられるのであった。
ーーー
第一回魔王杯
辺りは凄い賑わいを見せていた。
私はコクリュウブラックの騎手として出場することになっている。
乗馬技術に関しては今日にかけて練習してきたのでばっちりだ。
コクリュウブラックはとても優秀で、私が少し体制体勢を崩してもフォローしてくれる。
なんか凄い体格良くなったね。
コクリュウブラックもこの短期間ですごい成長を遂げた気がする。
なんか周りの馬がコクリュウブラックを怖がっている気もするけど気のせいだよね?
いよいよレースが始まるということで、スタートラインに全12頭が整列する。
初回である今回のスタートの合図はグッチが担ってくれているみたいだ。
ふぅ
いざスタートラインに立ってみると、なかなか緊張するなぁ
周りの雰囲気も徐々に真剣なものに変わりつつある。
そんな私を気遣うようにコクリュウブラックが私の方に視線を向ける
最近フェルの面影を感じさせるほどに、コクリュウブラックが私に対して過保護になってるような気がするんだけど
前も練習中に私が落馬しそうになった際には、バックスライディングをきめてまでして私を受け止めてくれた。
あの時、コクリュウブラックはなんだか命の危機を乗り切ったみたいな顔つきをしていたけど、フェルと何かあったのだろうか?
そんなことを考えているうちにレース開始間近となった。
グッチの持つ白い旗が上がればレーススタートとなる。
それでは、よーい...
すたーと!
コクリュウブラックは飛び出した。
顔に当たる風が気持ちいい。
流れていく風景も綺麗だ。
コースわきは観客で埋め尽くされている。
外壁に沿って一周となるとかなり長い。
そして普通の競馬と違う点はコースが円形な点だ。
そのため、馬はずっと緩やかなカーブを走り続けることになりこれらへの対応が鍵となってくる。
護衛に関してはセバスが並走してくれてる。
うん、そのままの意味で
馬の横をダッシュで走るとか、なんかすごいシュールな絵面なんだけど。
...あれ?
なんかコクリュウブラックずば抜けて早くないか?
他の馬はもう米粒ぐらいにしか見えない。
え、どういうこと?
私はそんな考えを巡らせる暇もなく、一着でゴールとなった。
ーーー
私はゴール付近で他の参加者が遅れて到着してくるのを呆然と眺めていた。
いや、あまりにも早すぎないか?
この馬は足の早い種類だとはお世話をしてくれているおじさんは話していたけど...
私の隣で少しも息を荒げずに控えているおじじに話を聞いてみようとした時だった
不意にアナウンスが流れる。
「えー、只今一着でゴールしたコクリュウブラックにレギュレーション違反が見つかりました。よって失格となります」
...えっ?
私はその突然のアナウンスに唖然としてしまう。
え、レギュレーション違反って言った?
私何もレギュレーション違反なんてした覚えがないんだけど。
この幼い体のせいか、しまいには目が潤み始めてしまう。
せっかく、頑張ったのに...
するとセバスとフェルが急いで前に出てくる。
「申し訳ありません。私が与えたエサに問題があったのかも、、」
「いえ、もしかしたら私の特訓が...」
二人とも、そんなこと裏でしてたんだ。
道理で早いわけだよ。
『二人は君のことを思ってやってくれたんだ。そんなに責めないであげて。』
そうクロムが慰めてくれる。
確かにクロムの言う通りだ。
クロムも時には良い事も言うじゃないか。
少し評価の見直しも必要かもしれない。
すると運営の人が歩いてきたので、聞いてみる。
「私、なんでレギュレーション違反になったんですか?」
「あー、筋力増強の付与魔法が掛けられていたからですね。さすがにあれは反則となります。」
付与魔法?
そんなの二人の話に出てきたっけ?
私は不思議に思い、目の前に跪く二人に問いかける
「セバス、フェル、二人は何かやった?」
「いいえ」
「私も心当たりはございません」
あれ?どういうことだ?
『っすーーーーーーーー』
後ろで口から空気の漏れる音がする。
...クロム?
まさかね
振り向くと申し訳そうな顔をしたクロムと目が合う。
『いやぁー、僕も君を思ってね?ね?』
「何してくれてんだーっ!!!」
評価を見直そうとした私が馬鹿だった
ちょっとこれは真剣に処罰を考えなくては
クロムが一番嫌がる事と言えば...
「クロムは暫くの間お菓子抜きだからね!」
『そ、そんな殺生な!
ごめんってばぁ~』
そんなすがるような声が、魔王領の空に響いたのだった...
ーーー
後日
「ちなみに付与魔法はどれくらいの期間持つの?」
『普通の付与魔法だと10分ぐらいしか持たないけど、なんせ僕の全力を使った魔法だからね。5年ぐらいは持つんじゃないかな?』
五年!?
まさかの年単位。
こうしてコクリュウブラックは暫くの間私が移動の際に使う専用の馬になったのだった。




