2 転生初日
私、一ノ瀬カエデは、幼女(多分高貴な)に転生した。
そんなラノベのような事実はしばらくの間私の頭の中を駆け巡り、混乱させた。
目の前の鏡に映る、黒髪黒目は共通しているものの、えらく整った顔立ちを持つ七歳児は自分であるはずがない。
私が起きて少しするとお付のメイドであるというアンナが入って来た。
私は初めて見るメイド(ケモ耳属性持ち)におっかなびっくり世話をされながら状況把握に務める。
するといくつか分かったことがある。
まずここは異世界。ケモミミ属性持ちのメイドがいる時点でそれは明らかだった。
そして私はファフニール王国第一王女セレナ・ファフニールであること。
豪華な調度品の数々や、メイドがいるという事実から高貴な身分なのではと思っていたが、まさかここまでは思っていなかった。
ーーー
それから暫く過ごして分かったことだが、どうやら私は軟禁されているらしい。
アンナは詳しくは話してくれないが、つまるところ第二王妃の仕業みたいだった。
セレナの母親は下級貴族の出だが、国王は学園で知り合った彼女を気に入り第一王妃として迎えた。
そんな彼女を、公爵令嬢で次期第一王妃と噂されていた現第二王妃とその周囲は良く思っていなかったらしい。
そんな最中、元々体の弱かった第一王妃はセレナの出産とともに命を落としてしまった。
加えて、王家に代々伝わる金髪碧眼とは違った黒髪黒目を持つセレナは不貞の子との噂も流れた。
元々第一王妃を良く思っていなかった第二王妃は、自分の娘を第一王女にするためその噂を扇動し、その結果私は軟禁されているみたいだった。
そのため、セレナの体はやせ細っていて、血色の悪い肌をしていた。
また、少し動くだけでも息が切れてしまう。
休日は一歩も家、いや部屋から出ない私も大概だったが、これでは日常生活も一苦労だ。
驚くことに(この流れでは当然だったのかもしれ無いが)この世界には魔法があるらしい。
初めてアンナが魔法らしきものを使って掃除をしているのを見たときには、ついに覚醒イベントが来たのかと私の心は踊った。
そんな魔法魔法と踊り狂う自分の心を抑えて私はアンナに問うた。
「今のなぁに?」
「今の風ですか?それなら風魔法ですよ。」
やっぱり!
目が自然と輝く。
「私も使いたい!」
私がそういうと、アンナは少し困ったように答えた。
「その、王族の皆さまは代々膨大な魔力をその身に宿しておられて、一般的には5歳ぐらいのころに魔力が出現するのですが...」
あー理解した。
私が王族の血を継いでいるかあやふやだから言い淀んでいるのね。
五歳ごろっていうことは私ももう使えてもおかしくない
でも、使えてないってことはそういうことか
私の覚醒イベント会場はここじゃなかったみたいだ。
確かに魔法も使えなければ王族かどうか懐疑の目を向けられても仕方ないのかもしれない。
ーーー
私はその後数か月、その部屋で過ごした。
数か月だけだが、もうそろそろ本気で頭がおかしくなりそうだ。
日本にいたときはいつまでも部屋の中に居られると思ったがそれはそれ。
あのパソコンなどの環境があってこそだ。
それに比べてセレナは7年もこの部屋の中にいたことになる。
この部屋の中で、広い空間で羽を伸ばすということを知らずに育った為かもしれないが、本当に凄いと思う。
そんなセレナに転生した理由はわかっていない。
魔法関連かなと思ったりしたが、彼女は魔法を使えなかったみたいだし。
まーわからないことは悩んでも仕方がない。
今日も今日とて本を読む。
この世界において本は高級品らしいが、お城の図書室にそんなことは関係ない。
壁一面の本棚に本がぎっしりと詰まっている、らしい。
ちなみに私のいるこの部屋は本館から少し距離のある離れであることがアンナとの会話で分かった。
小説は国の風潮的に騎士の伝記が多い。
個人的にハイファンタジーが好きだが、この世界自体がハイファンタジーのようなものなので伝記でもそこそこ楽しめる。
だがもうそろそろ飽きてきた。
ーーー
そんな最中事件は起こった。
アンナが不在中に来客があったのだ。
すると鍵が閉められているはずのドアからいかにも怪しげな男三人組が入ってきた。
三人とも盗賊のようなラフな服装をしていて、腰にはダガ―やロープなどをぶら下げている。
あーついにこの時が来たか。
私も薄々気づいていた。
この軟禁状態が永遠に続くことはないって。
第一、自分の娘を第一王女にしたい第二王妃が私みたいな邪魔な存在を放っておくことは考えられない。
何かのタイミングで消そうとするのが普通だ。
これまでは国王陛下のお気持ちとして、軟禁に留まっていたが、7年の間何も状況が変わっていないのを見るに彼が第二王妃に対して強く出れないのは明らかだった。
ってなわけでこの状況は予想していたものの、まさか今日とは
読みかけの伝記のラストが気になって仕方ないんですけどー。
男三人は下品な笑みを浮かべて近づいてくる。
「ちょっとお嬢ちゃん、お出かけしようか」
リーダー格の男がそう切り出す。
きっと世間知らずの子供とでも思っているのだろう。
そんな彼に一つの疑問をぶつける。
「国王陛下は黙ってないんじゃないの?」
国王陛下がいる中で、ここまで大胆な誘拐は難しいはずだ。
暫くアンナ以外の人と話したことが無かった為、少し声が上ずったがそれはご愛敬。
すると男たちは思ってもみなかったというように驚いた。
「へへ、思ったより聡明なようで。でも国王は今隣国へ出向いている。あんたを隣国に逃がせると信じてな。王妃に騙されているともしらずに。
けっ、えげつない手を使うぜ」
ふむ、そういうことか。
でもこれなら納得がいく。
それにしても相手が子供だからと言って依頼内容べらべら喋りすぎじゃない?
秘密保持のひの字も見当たらないんだけど。
「そんじゃ、さっさと依頼を終わらすとするか。」
そういって彼らは私を麻袋の中に入れて馬車に載せた。
こんなに堂々と拉致できるのは第二王妃からの依頼だという心強さと、まともな使用人がアンナほどしかいない離れの一室だからか。
ここで抵抗しても勝ち目が無いのは分かっているので、無駄な抵抗はしない。
そうして最初の嘆きに戻るってワケ。