12 セレナ、城下町を見学する
私はフェルの勧めで暫く執務室で休憩することになった。
手元にはフェルが入れてくれた紅茶がある。
視界に入るのは魔王領のジオラマ。
クロムのおかげで一気に様々な物が建築可能になったけど、どこから手をつけようか?
そう思考を巡らせる。
するとセバスが部屋に入ってきた。
「セレナ様、何を建築されるのか迷っているようでしたら魔王城や城下町を見学してみるのはいかがでしょう?」
痒い所に手が届く。
優秀な補佐すぎるよおじじ
正直ジオラマだけ見てもどこに何が必要かなんて分からなかったからめちゃくちゃありがたい。
「そうさせてもらってもいいかな?」
「もちろんでございます。城内は私が案内いたしますが、城下町にはクロム様とフェルにも同行していただきましょう。」
おじじは分かるとして、クロムまで連れて行くのか。
安全面の理由があるとしても、ちょっと戦力過剰すぎない?
そこまで治安が悪いのかと不安になる。
まぁ悪のイメージが強い魔王が治める国に乱暴な民が集まるのはイメージ的には正しいのかもしれないけど。
でもまぁ気になるし聞いてみよう。
一応これから治めていく土地だ。
先達の所感は今後のためにも知っておいたほうがいいだろうし。
「クロムまで連れて行くの?」
暗に必要ないのではという意思を含ませた問いに、おじじが顔を暗くする。
「…非常に言いにくいのですが、あの辺りの民には魔王をよく思っていない輩が多いのです。前魔王が引き起こした人魔大戦の結果として、多くの民が犠牲になりました。」
いきなり始まった重い話に、ビビった私だったけど、そんなことは無視しておじじは続ける。
「基本的に魔王になるような御方は好戦的な人格を持つことが多いのですが前任の魔王は特にそれが酷く…無理な行軍と攻勢、それに付随する軍需品の必要性。それを満たすために、かの御方が選んだのは末端の民からの無理な徴収でした。」
「結果として、戦時中に国内で餓死した民の人数は戦死者のおよそ3割に登りました。
それ以降、「魔王」という存在へ民が抱く感情は決して良いものではありません。」
......あえて一言だけ言うのなら、でしょうねとだけ言いたい。
いや、ヤバすぎるでしょ前任者!
最初はクロムに吹き飛ばされて可愛そうとか思ってたけどこれは消し飛ばされて然るべき悪だわ。
戦争だって国を豊かにする手段だ。勝たないと目的を満たせない博打みたいなところはあるけど。
だけど前任者はそれをそういう目的で起こしてない。
聞いてるかんじ、自分が戦って楽しみたいから戦争をやってるっぽい。
多分だけど戦闘狂タイプだったのかも。
一人で戦いの果てに楽しみを見出すのはいい。
その結果として死んだとしても、結局の所それは選んだ本人の責任なんだし。
でも。死にたくない他人を巻き込んで自殺しに行くのは、違うだろう。
「……」
「セレナ様。お気を悪くされたのならばこのセバス、処罰でもなんでも受ける所存です。」
「……」
「セレナ様?」
「…私、この国を変える。」
ーーー
と、意思表明をしたところでさっそく城内を案内してもらう。
こっちを見るおじじの目が何かリスペクトする感じの目なのがすっごい気まずい。
でもまぁ、この先何をするかの指標が決まったのだからそれでいいとしよう。
前回お風呂場まで歩いたときにも感じたように、魔王城は黒を基調とした気品漂うデザインになっている。
しかし所々勇者との戦闘の跡なのか、傷がついているところもある。
まずはエントランス。
最初に魔王城に来たときは抜け道を通ってきたので、エントランスに来たのは意外と初めてだったりする。
吹き抜けの天井となっていて、上を見上げるとステンドガラスから光が差し込んでいる。
エントランスを入ってすぐには二階へと続く大きな階段があり、そこを上っていくと大広間があった。
パーティーなどで使われるらしく、その広い部屋は隅々まで綺麗にされていた。
そして次にキッチンに案内される。
キッチンはではメイドたちが忙しく働いていた。
私がそこで一つ気になったのは、料理に使われている火だ。
見たところコンロのような物は無い。
私が首をかしげているのが目に入ったのか、セバスが説明してくれる。
「それは魔道具です。
魔石に魔法陣を刻むことで、様々な効果を生むことができます。
人間の国に比べて魔素の濃い魔王領では、魔石が大量に採掘できるためにこのような魔道具が普及しているのです。」
ほぇー
そんな技術があるのか。
これは運用次第によっては様々な使い方ができそうだ
その後も様々な場所に案内してくれる。
行ったことのある衣装室や闘技場に加えて、武器庫や温室など様々な場所を見て回る。
特に屋上から見る景色は絶景だった。
ちょうど朝に同じような景色を見たばかりだけど、足元に地面があるという安心感が違った。
魔王城を一周してエントランスへ戻ってくるとそこではすでにクロムとアンナが待ってくれていた。
『外に行くんでしょ?早くいこぉ』
そうクロムが急かす。
3人に連れられて外に出るとそこには城下町がひろがっていた。
なんだかんだで魔王城の外に出るのは初めてだ。
私は好奇心の赴くままに周りを見渡す。
ぱっと見人通りは少なくは無いが、活気はそこまで感じられない。
戦いの後だからしょうがないのかもしれないけど。
左右にはログハウスみたいな木目調の家が並んでいる。
所々半壊した家々からはここで行われた乱闘の激しさが想像できる。
そしてなにより一番気になったのが、その異臭だ。
下水などがちゃんと処理されていないのだろうか。
皆は平然としているが、日本出身の自分からするとかなり気になる。
これもMPで改善できるのだろうか?
相変わらず魔王領では様々な種族を見受けることができる。
通りすがりの人を見てもケンタウロスとかドワーフとか様々だ。
私たちとすれ違った人はこっちを見ては驚いたり、ときには怖がったりしている。
時々睨んでくる人たちもいるけどそういうのはクロムとかが牽制してくれてるから私は至って安全だ。
でも種族の違う人たちが店先で会話していたりするのを見ると、やっぱり異世界なんだなぁって思わされる。
店も様々な種族の人たちが使用できるように、いろんなサイズのカウンターが用意されていたり、道などは広く取られていたりする。
生活様式に潜む当たり前のそれらの工夫が、私にとっては新鮮に映る。
そんな大通りをしばらく歩いていると立派な城壁にたどり着く。
セバスによると石造りの城壁は城下町をぐるっと一周取り囲んでいるらしい。
やはり防衛力を考えると城壁はマストか。
所々見張り台のような物が見受けられる。
これで一通りは見終わったのかな?
私は辺りをきょろきょろと見渡す。
想像していたより城壁内は狭く、あるものは限られていた。
そういえば畑みたいなものは見当たらなかったけどどこにあるんだろう?
できれば魔王領の食糧事情なども確認しておきたい。
そうセバスとフェルに問いかける。
するとフェルが少し驚いたような表情をした後、答えてくれた。
「農村地はこの城壁の外にあります。少し歩くことになりますが案内いたしましょうか?」
そう申し出てくれたので私は素直にお願いする。
セバスが門の衛兵に話を通してくれて、門を抜ける。
するとそこには広々とした台地がひろがっていた。
そして所々に畑が見える。
埋めてある作物はほとんど小麦のような植物だ。
フェル曰く、洞窟の中ではダンジョン芋という物が栽培されているらしく、この小麦と芋が魔王領でのメインの食料らしい。
暫く農村地を歩いていると、小さな集落にたどり着く。
城壁内と比べて家は単調な造りをしていて、なにより異臭がひどい。
フェルも少し顔をしかめている。
城壁外にあることと言い、あまり農村地はいい待遇を受けていなかったみたいだ。
前魔王はあまり農村地にMPを割かなかったか、もしくは農村地関係の建設オプションが無かったのかな?
実際集落に住んでいる者たちからはあまりいい視線が感じられない。
ここは早急な改善が必要みたいだ。
食料はなによりも大事だからね。
特に下水に関しては疫病のもとになったりするからできるだけ早く整備したい。
黒竜のおかげで一気にレベルが上がって大量のMPが手に入ったとはいえ、MPは有限だ。
しっかりと優先事項などを確認し、できるだけ有意義に使っていきたい。
そういえば、建築可能になったものの中に農村地セットという物があったはず。
「編集」
そう呟くと手元にあのジオラマの本が現れる。
***
村セット
・水路(10m) 50MP
・石畳の道(10m) 50
・畑(小 100
・畑(中)200
・畑(大)300
・井戸 200
・倉庫(小)100
・倉庫(中)200
・倉庫(大)300
・小屋 100
・家(中)400
・家(大)600
・家畜小屋 400
・街灯 5
・噴水 400
・花壇 2
・その他諸々
***
ふむ。なかなかいろんな物が整備できる。
防御力に関してはクロムがいるから当分問題ない、はずだ。
だからまずは生活水準を上げることに尽力したいと思っている。
ならいきなりすぎるかもしれないけど、ちょうど農村地にいるわけだし今から設置してみようかな?
どこかで練習してからのほうがいいかもしれないけれど、正直今のここの状態は見るに堪えない。
いつもここに住んでいるわけでもない私が思うのだから、普段からここで過ごしてる人たちはなおさら不満を溜めているだろう。
それを思うと、なるべく早くこの状況を改善してあげたい、というのが本音だ。
まぁ不安要素はいろいろあるけれど、思い立ったが吉日と言うしとりあえず始めてみようか。
最初は遠隔じゃなくて実際に見ながら設置していきたいしね。
ちょっと時間が掛かるかもしれないから3人に相談することにした。
前にも述べたように、前世の私は専門知識も何もないただの一般人に過ぎないのだ。
おじじなんかその辺万能そうなイメージあるし、行動に移す前にいろいろと聞きたいこともある。
そうして、私は彼らにちょっとした提案をした。
『いいよぉ』
「もちろんです」
そう頼もしい返事を返してくれる。
返事の後てきぱきと行動を開始したおじじ。
うん、有能。
私なんかの下でこき使ってるのが申し訳なくなってきたんだけど。
クロムに対して思うところはないのかって?クロムは別枠だからノーカンだ。
今は真面目に働いてくれているっぽいけれどいつまたやらかすのか分かったもんじゃないのだ。
魔王と勇者爆殺事件という前科もあるんだし。
そう思って変なことしないでよという意図を含ませてできるだけ鋭い目でクロムを睨んだら何を思ったのか笑顔で手を振られた。
解せぬ。
まぁ今のところは何もしていないし、それじゃあ手伝ってくれるというお言葉に甘えて。おくとしようか。
魔王としての初仕事だ。
腕がなる。




