第七話 事の真相
マイルズ・オルトは、全身に痛みを覚えて目を覚ました。
意識を取り戻してすぐに、彼は自分の足が地についていない事に気がついた。
そして目を開けた彼は、自分の置かれた状況を理解するに至った。
ここは冒険者ギルドフィートシーカー支部の一階ホール。そしてなんと彼は両手を縛られてホールのテラスから宙吊りにされているのだ。
乱痴気騒ぎが高じて奇行に走るものが少なくないこの場所でも、さすがに縛られて宙吊りというのは珍しいらしく、階下からこちらを覗くものがいる。
そして、賭場での賞金を詰めたバッグを身につけていない事にも気がついた。
取り敢えず縄抜けをして、テラスの手すりをつかみ懸垂の要領で上に上がる。
するとそこでは、パーティーメンバーのショーン・ノリスが椅子に縛り付けられていた。
「吐け! 貸金庫の鍵はどこだ!」
「吐くもんか」
そしてその傍らで彼を詰問するのは、残るパーティーメンバー達、すなわち、アスラン・サラスファイト、シャルル・ランプ、ライ・コルクスの三人である。
「おーい、これどういう状況?」
「おう起きたか。昨日の夜に賭場でお前を殴り倒して金を奪った奴がいたろ。それがコイツよ」
登ってきたオルトに振り向く事なく、ランプが答える。
「あー、あれはやっぱりお前か。顔はあんま見えなかったんだけどそうじゃないかなとは思った」
突然の事だったとは言え、高位の冒険者であるオルトを素手で倒せる相手は、そう多くはない。
弓使いであると同時に徒手格闘に通じている事でも知られる上に、とにもかくにも金に汚い事で知られているノリスが、いつの間にやら騒ぎを聞きつけてオルトの隙を伺っていたという事らしい。
「で、あの金はどうした?」
「ここの貸金庫にまとめて入れたらしい。で、今はその鍵の場所を吐かせようとしてるって訳」
「なるほど。で、吐きそうか?」
「そろそろ指を潰そうかと思ってたとこだよ」
野営用の木槌を片手にアスランが答える。
そして金の在処はわかったが取り戻すのは難しそうである。
「弓が引けなくなるから指は止めとけ。で、どうする? 鍵開けなら俺できるけど」
「却下。コイツの金庫じゃなくてギルドの金庫だぞ。ピッキングは論外、合鍵もアウトだ」
オルトの提案をコルクスが一蹴する。あくまで貸金庫なので、手荒なまねをする訳にはいかない。
「と、いうわけで」
コルクスはそう言うとノリスを椅子もろとも横に倒し、顔に布を被せた。
「ちょっと水貰ってくるから待ってて」
「!? おい待て! 殺す気か!」
コルクスが水と言ったのを聞いた途端、ノリスが慌て出す。手を縛っていた縄を解く事には成功したが、腕と足も椅子にガッチリ固定されている為、それ以上どうにもならない。
「殺しちまうのは下手くそがやった時だけだから安心しろ」
「だから安心できねえんだよ! どうせ聞きかじっただけだろお前!」
階下に降りるコルクスの足音を聞くノリスは、普段の粗暴な言動はどこへやら、ガタガタと震えていた。
再び椅子から抜け出そうとするが、縄抜け対策は万全。どうにもなりはしない。
七転八倒するノリスを三人で眺めていたが、すぐにコルクスがジョッキに水を入れて戻ってきた。
{コルクス!? よせ! やめろ!」
視界を遮られていながら接近に気がついたノリスが叫ぶが、それ以外為す術はない。周りに人がいない事はなかったが、彼らの悪評を知らぬ者はいないので見て見ぬ振りだ。
「待て! ちょっと待て! さす……うわ! う゛ぇあ!」
必死で叫ぶノリスの顔に、コルクスは無情にも水をかけていく。
最初は大声を張り上げていたノリスだが、徐々に発語が難しくなっているようで、その声は叫びというよりうめきに近いものになっていく。
「面白いなこれ。どうなってんだ」
「水責めの一種でね。水責めと言えば頭を水槽に突っ込んだりするのが一般的だが、頭を抑えつけるのは結構大変だし、息がきれるまで時間もかかる。というわけで、鼻に直接水を注ぎ込もうって訳だ。布越しでも支障はないし、濡れた布があるせいで口呼吸もできない。人間、鼻の奥に水が入ると本能的に溺れたと感じるんだ。お手軽に溺死気分を味わえるってわけだ」
コルクスの説明通り、かけられた水の量はそこまで多くないにも関わらず、ノリスは今にも溺れ死にそうである。
「殴ったり、蹴ったり、はたまた指を潰したり、そんな事をしても、存外命の危険を感じたりはしないものらしいんだ。いや拷問された経験ないから本当かは知らないが。だがこれなら死が迫ってくる感覚を感じられるらしいんだ。後でノリスに感想聞いてみようぜ」
ジョッキは既に空になっているが、ノリスは水を全く吐き出せておらず、未だに呻き続けている。
仲間から金を強奪しておきながら悪びれる風もないメンバーとそれをどこか喜々として命の危険がる拷問する他のメンバー。
どっちもどっちとはこのことであろう。