第五話 胴元達の悪夢
ハイイロヤマオオカミは、高級素材として高値で取引されているが、山の山頂付近に住み戦闘能力も高い為、誰でも狩れるという訳ではない。
故に、血抜きをしただけの死体をギルドの換金窓口に一体持ち込んだだけで、個体差はあるものの五千ヘルメは下らない額で換金できる。
それを十数体も持ち込んだ結果得られたのは十一万五千ヘルメ余りの大金。大人一人ならが三ヶ月は余裕で生活出来る程の金が、ゲームのチップ代へと消えた。
不幸中の幸いと言えたのは、優秀な冒険者だけあって十万ヘルメ程度なら十分に稼げる事、別途支払われる事になっていた調査依頼の報酬四万ヘルメはあらかじめランプによって回収されていた事だろう。
「お前なぁ……罪悪感とかなかったのか、いやあったら踏みとどまってるか」
「その通り」
「俺達三人で山を駆け回った成果だぞ」
とは言え半日分の苦労をふいにされ、二人は呆れ顔である。とは言え「騒ぎを起こすな」と釘を刺した手前、声を荒げる訳にもいかない。
テーブルのすぐ脇でこんなやり取りを繰り広げられても眉一つ動かさずにオルトと向き合うディーラーの姿が更なる哀愁を誘う。
「それじゃあ始めましょうか。ベットは一〇〇ヘルメで」
「は?」
「え?」
オルトの賭け方にアスランとコルクスが声を上げる。
ディーラーも平静を装っているように見えて、後悔が僅かにだが瞳に出ている。
ミセリコルデとは、1から16の数が書かれたカードを四セット一山としたものを二山用意し、上から二枚裏向きに引いていって足した数字の大きい方を勝ちとするゲームである。
まるきり運任せという訳ではなく、ゲームの途中で山札の補充は行われない為、出た札を記憶していれば終盤にはどの札が出るかをある程度予測できる。
その上、両方の山から一枚ずつ引く事もできれば、片方の山から二枚引く事も出来るというルールが戦術性を高めている。
要するに、「勝ちに行ける」ゲームというわけだ。
そんなゲームで、十万ヘルメ以上のチップを持つプレイヤーが百しか賭けなかったのだ。
勝負をするタイミングを図っているのは明白だ。おっかない事この上ない。
破天荒なオルトの事だからさぞ破天荒な賭け方をするだろうと思った周囲の読みを見事に外した形だ。
オルトを先手に、互いに黙ってカードを引き始めた二人、ディーラーがカードを二枚引くと、裏返していたカードを同時にひっくり返す。
結果はオルトが9と8で17、ディーラーが15と7で23。
ディーラーがオルトの前に置かれたチップを取り上げ、そこにオルトが新たに一〇〇ヘルメのチップを置く。
そうして沈黙のままカードとチップが机上を駆け回る。展開が動いたのは七回目だった。
ちょうど目線を落としていたディーラーは、ゴトンと言う音にはっとして顔を上げた。彼の前に積み上げられたのは一万ヘルメのチップが十一枚とその他細々としたチップの山だった。
数えるまでもなく、スッカラカンになったオルトの手元を見れば、手持ちのチップを全て賭けた事は明白である。これにはパーティーメンバーも開いた目と口が塞がらないといった様子である。
「ちょっと待って下さい」
何事もなかったかのようにカードを引こうとしたオルトを、ディーラーの右手が制止する。そして左手がテーブル脇に据え付けられた呼び鈴を三度打ち鳴らした。
それを聞いてすっ飛んできたボーイは、ディーラーから一言か二言ほど耳打ちされるや、またも急いで踵を返す。
「目付がついたか」
「目付ってなんの」
「イカサマだよ。怪しいけど証拠が出ない時に経験のある奴を監視に付けるんだ。話では聞いた事あったけどまさかお目にかかれるとは」
何かとこの手の事情に詳しいコルクスも感嘆の声をあげる。
賭け金が自分達の苦労の結晶である事に関してはもうどうしようもないのでこの際忘れる事にした。
コルクスの言ったとおり、ほどなく駆けつけてきた男は見るからに年季の入った中年の男であった。
「……お待たせしました。引いて下さい」
目付が真横に陣取り、ディーラーと目配せをしてからゲームは再開された。
異様な雰囲気の中だが、オルトは人懐っこい柔らかな笑みを浮かべたままカードを引く。二つの山から一枚ずつだ。
ディーラーもカードを引き、一呼吸置いてからカードを表に返した。
ディーラーの出目は13と15で28、かなり良い数字だが、オルトのカードを確認したディーラーの顔から血の気が引いた。
「ミセリコルデ」
1と16のカードを前に、オルトは柔和な雰囲気を崩さずそう宣言した。
ディーラーは即座に目付に視線を滑らせたが、頼みの綱は悔しそうな表情で首を横に振る。イカサマなどしていなかったのだ。
基本的に出目の大きい方が勝つミセリコルデだが、唯一例外がある。それは1と16が出た場合で、この組み合わせはゲーム名にもなっている最強の手であり、相手の出目に関わらず勝利する事ができる。しかもこれで勝った場合、通常は賭け金の二倍である配当がなんと三倍になるのだ。
痛切な表情を浮かべるディーラーだが、目付がイカサマはなかったと判断した以上、配当を支払わない訳にはいかず、チップを取り出しオルトに差し出した。
「うわやりやがったコイツ」
「十万が三十万になった」
これには後ろで見ていたコルクス達も驚く。
「てか大丈夫なのかこれ、あんまりこういうとこ相手に巻き上げると碌な目に遭わないような……」
「いや、三十万程度ならまあ……」
マフィア経営の賭場で勝ちまくる事に危機感を感じたアスランを宥めるコルクスだが、彼の内心もあまり穏やかではなかった。
そんな仲間達の心配を他所に、オルトはやはり柔和な笑みを崩さぬまま、百ヘルメずつベットしてゲームを続けていた。
一方のディーラー達はなんとか平静を保っていたものの、心中が穏やかならざる事は想像に難くなかった。
そしてしばらくして彼らの恐れていた事が起こってしまった。