第三話 帰路にて
「ああ畜生さすがに重い」
二人がギルドでじゃれ合っている頃、残りの三人は下山勧告をシカトしてオオカミの死骸と共に山中の道なき道を歩いていた。
「大分暗くなってきたな。さてどうする」
陽は完全に落ち、空には三日月と半月の間くらいの大きさの月と、明るさがまちまちの星々があるばかりで、地上には遠いの街の灯りと勧告の狼煙を照らす為のかがり火があるだけだ。
一応それぞれ小型のランプを携帯してはいるが、木々の生い茂る山を下りるにはどうにも頼りない。
普通ならこんな時間になる前に下山するか野宿の準備を終えているのだ。
だが自分達の報告を元に出された下山勧告を気にも留めない者達である。常識は麓にでも置いてきたのだろう。
「はいそれじゃあオオカミの肉を食って一夜を過ごしたい人」
リーダーが斧を持ち上げて挙手を促すが他の二人は呆れと軽蔑を乗せた視線を向けるだけであった。
「よし、降りるか」
「当たり前だ馬鹿野郎。誰が食うかオオカミの肉なんて」
槍を背負った男、アスラン・サラスファイトが顔をしかめて吐き捨てる。
「貴きも飢えれば腐肉を喰らうと言うだろう。腐ってもないのにつべこべ言うもんじゃないさ」
「それ『腐ってるけど食ってみれば意外といける』って意味じゃないからな、飢える前に降りようぜ」
意図的であろう格言の誤用を一応正しながら、杖を持った魔術師の男、ライ・コルクス。彼もオオカミの肉を食う羽目にはなりたくなかった。
肉食動物の肉は草食動物のそれに比べて味や風味が劣ることが多い。
「犬を食うところもあるって話だしオオカミもいけそうな気がするんだけどな」
「どこの国の話だよ。よそはよそ、うちはうちだ」
どこか子供を諭すような調子で言い、リーダー、マイルズ・オルトを挟んで引っ張るように来た道を戻り始める。
「さらば名もなき山よ」
「よせよせ。どうせギルドに駆り出されてすぐ戻ってくるさ」
オルトが名残惜しそうなそうでもないような調子で街から苦労せず見えるはずの山に言うが、返すコルクスは完全に冷めた調子である。
「ギルドが?」
「ああ。オオカミを殲滅する為にな。俺はそう見たね」
「わざわざんなことやるか? 危険と言えば危険だが街からこれだけ離れてりゃ平気だろ。それとも連中冬服を新調する気なのか?」
冗談交じりで語るアスランも、辟易した様子である。
「ギルドは辺北開拓をかなり焦ってやってる。排除できる障害はすぐにでも排除するさ」
「確かにフィートシーカーに続く都市建設の候補地探しが始まってるとは聞くが……開拓ブームの沈静化が怖いのかね」
「いや、なによりギルドが恐れてるのは国王と軍務省と衛士省だ」
「ふむ。詳しく」
パーティーで数少ないインテリであるコルクスの話に、残りの二人も聞き入る。
「ギルド創設より約四十年、なぜ今まで王国が冒険者ギルドに目をかけ続けてきたか。それはすなわち王国騎士団を牽制する為だ。特権を持ち国政への介入を繰り返す騎士団は、絶対王政を志す国王や官僚達にとって最大の障壁と言えた。そこで目を付けたのが、市井で救国の英雄ともてはやされていたコールグ・ウェルブを擁する冒険者ギルドだ。国王はウェルブを始めとする名のある冒険者やギルド幹部を叙爵し、はみ出し者だった冒険者とギルドに権威を与えた。そしてギルドはそれに応え国王への忠誠を宣誓し、騎士団を威嚇した」
だが、忠誠を誓ったとは言え所詮は民間の組織に過ぎない冒険者ギルドに頼り切る王国ではない。
時の国王ロドリゴ二世はこの隙に一気に騎士団の弱体化を目論み、騎士団に代わる忠実な軍事組織として軍務省と国防軍を、治安維持組織として衛士省と衛士隊を結成した他、騎士の特権の削減に乗り出し始めた。
「なるほど。騎士団が弱体化した今冒険者はもう用済みと」
「そういうこった。タルタロス紛争で醜態を晒した騎士団は遂に警察権を剥奪された訳だが、あれがとどめになるだろう。時代が時代なら怒った騎士団が武装蜂起していた筈だが、もうそうはならなかった。王城を固める国防軍の近衛隊を撃破するだけの力がもうなかったんだ」
「哀愁を感じる話だな」
今や王国が恐れるものは政治的にも軍事的にも死に体の騎士団などではなく、ウェルブの後継者である新たなる英雄、ルクス・オーランドを擁する冒険者ギルドである。
「皮肉なもんさ。そも騎士が特権階級と化していたのは、中央集権化に際して各地の騎士を大量の特権で無理矢理引き抜いたのが原因だ。かくして有力諸侯から騎士を引き剥がして丸腰同然にすることに成功した王国だが、次はその引き抜いた騎士達が悩みの種になった。そして騎士団が敵でなくなるや、騎士団の対抗馬として引き立てた冒険者が目障りになったのさ」
「なるほど、それで王国の手の届かない場所を求めて、白龍の背を越えてまでこんなところまでやって来たと」
フィートシーカーを始めとするギルド辺北管区は、王国領と険しい白龍山脈で分かたれている。
道はあるが狭く、小さな商隊程度なら時間こそかかるものの通行に支障はないが、軍隊の移動には相当な苦労を要するだろう。奇襲などかけられればそれこそ目も当てられない。
そのような理由から理由から王国は、タルタロスの崩壊により空白地帯となってなお山脈以北の開拓を行う事はなく、ギルドがフィートシーカーの街を建設しても政庁を置く事はなかった。
「そ。ギルドの読み通りフィートシーカーに手を伸ばさなかったとは言え、まだまだ基盤は王国内にあるから不安なのさ。最悪、王都の本部に衛士隊が踏み込んで上層部を一斉逮捕とかされたら為す術がない。本部をこっちに移すまでは拡張を続けるんじゃないか?」
「ふーん、さすがだな。やっぱりそういうのも学院で習うのか?」
オルトが感心しながら尋ねる。
「まあな。政治もほんの触りだけだがやった。職員育成コースはもっと深くやってたらしい」
冒険者ギルドには独自の教育機関である附属学院が存在している。
学費が無料であるかわりに、入学には実技、学科共に高い技量が要求され、コルクスのような卒業生は一目置かれることが多い。
憧れの職業になったとは言え、お世辞にも教養があるとは言い難い冒険者達の中では、小難しい政治の話がわかる者は少ないのだ。
「あ、ここ根っこある」
「了解」
「こんな暗闇でよく見つけるよ」
もっとも、学院こそ出ていないとは言え、オルトやアスランも卓越した冒険者である事に変わりはないのだが。