第一話 命知らず達
見渡す限り木が生い茂る山の中、道はあっても獣道、危険な魔獣が出没する危険地帯。
軍隊ですら入りたがらないこんな所にやって来るのは、魔獣を狙う命知らずの冒険者くらい。
「クソ! まだ追って来やがるあいつら!」
そしてそのような命知らずは、よく危機に見舞われるものである。
「ねえ! しかも増えてるよ!」
男女二人組が藪をかき分けつつ疾走している。まだ少年と少女と言ってよい年齢であるが、胸の白地に灰色バッジは彼らが駆け出しの六等とは言え冒険者である事を示していた。
そして彼らを後ろから数匹がかりで追いかけているのはハイイロヤマオオカミ。俊敏さと感覚の鋭さ、そして知能を兼ね備えた生まれながらの狩人。
「危なそうなら退けばいい」言うは易い。だが十分に経験を積んだ者ならいざ知らず、年端もいかない新米が明敏に危険を察知するのはそう簡単ではない。
もっと言えば、真に察知すべきは危険の予兆である。危険そのものを感じた時には大抵もう手遅れだ。
また今日も、未熟な冒険者が魔獣の餌食となるのであった。
「待って! 何する気!」
「お前は逃げろエリー!」
少女の方だけでも逃がそうと思ったのか、少年は向き直ってオオカミと正面から対峙した。
「ちょっと! 何してるの! やめて!」
少女の制止も構わず、追いつき跳びかかってきたオオカミに剣を突き出す少年。
「追われば兎も狐を殺す」との言葉を体現するかのような速さと重さを兼ね備えた見事な突きであった。
が、オオカミは器用に身をよじって突きを躱し、がら空きになった両足に別のオオカミ二匹が食らい付いた。
これだからオオカミは恐ろしいのだ。
「俺の事はいい! 早く逃げろ!」
「いや! やめて!」
すぐさま助けに入ろうとした少女だが、仲間の邪魔はさせないとばかりに更に別のオオカミ数匹が得物の槍や手足に噛み付き思うように動けない。
少年もまた、二匹がかりで引きずり倒されてなお抵抗を試みたが、その首元目がけてまた別のオオカミが躍りかかる。
「いやぁぁぁ!」
少女は叫び目を閉じた。
直後、少女は糸が切れたように後方へ倒れ込んだ。
「痛っ!」
尻餅をつき、思わず開けた目に入ったのは、見知らぬ男達だった。
「あっ逃げやがった」
「追う?」
「止めといた方がいい。気付いたら十倍に増えてるぞ」
厚手の革服を纏った五人組で、歳は自分達より少し上くらい、それぞれ剣、槍、弓、杖、斧を持っている。胸のバッジはいずれも赤地に銅があしらわれた二等のもの、そして彼らの足下にはオオカミの死体が四つは転がっていた。
「エリー、無事か?」
「アル? 助かったの? 足は大丈夫?」
「腱を切られずに済んだからなんとかな」
かなり歩きづらそうにしながらも、少年が少女の脇までやってきてそう問いかけた。
「おっと、君達を忘れちゃいけなかったな」
その会話を聞いて存在を思い出したか、リーダー格とおぼしき斧使いの男が二人に向き直った。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございました」
「ありがとうございました」
「あーいいのいいの。それで一つ確認なんだけど、自分達から喧嘩ふっかけた訳じゃないよね」
二人の礼を流し、そう尋ねる斧の男。
「はい。歩いてたら急に追いかけてきて……」
「どこら辺で見つかったの?」
「ここから少し上に行ったところです。四合目くらいのところだと思います」
「四合目ね。ありがとう」
事務的な口調で情報を聞き出すと、男は背後を振り返り大きく溜息をついた。
「なあオルト、こいつ十歳越えてないよな」
「うん越えてないね。七、八歳のパックが四合目までってのは異常事態だぞ」
オオカミのうちの一匹を一瞥するや男達はその年齢を即座に言い当ててみせた。
「早いとこ戻った方がいいな」
「ああ。ランプとノリスはそこの子達連れて山麓の基地に戻って状況報告をしろ。俺達は偵察を続ける」
「了解。それじゃ行こっか」
斧の男から指示を受けた剣を持った男が、少年と少女に声をかける。
「は、はい。ありがとうございます」
「気にすんな」
先導を始めた剣の男に、再度感謝を告げた二人に、後ろについた弓をもった男がそう答えた。