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第9話  喧嘩

「ラフォーの今の言い方ってイヤな感じ」

 ライマも気持ち乱暴に皿を重ねながら言った。


 するとラフォラエルも眉をぴくりと動かす。

「どんな言い方したって別にいいだろ」


「そうだけど。 もー少し柔らかい方が……」

「タートゥンと比べるなよ」

「比べてなんかいないけど、ただ……」


 するとラフォラエルは見るからに苛ついた表情で顔を上げた。


「何? 俺に批評してもらいたい訳? なら言うけどね、全っ然、似合ってない!」


 その乱暴な口調にライマは言葉につまる。

 ラフォラエルは続ける。


「バカじゃね? だいたい服を他人に見せて感想聞いて何が楽しいっての? 服なんて服でしかないんだから似合うも似合わないもどうだっていい事だろ? どうしてこだわるかな、全然理解不能っ!」 

「そんな事わかってるけど、そんな言い方って無いっ!」

「先に絡んできたのはライマだろ?」

「絡んでなんかいないわよ!」


 怒りだしたライマにうんざりした感じでラフォラエルはそっぽを向く。


「ああもう、どうだっていいよ俺は。 着たければ着ればいいし、好きにしろよ! 何も俺の意見聞く必要ないだろ? どうしても聞きたいのなら、とにかく似合ってない! 最悪! ちぐはぐ!」


 ライマはぐっと唇を噛んでラフォラエルをにらむ。


「ちぐはぐで悪かったわね! 似合って無くて悪かったわね! ……スカートなんて……慣れてないから……せっかく……頑張って着たのに……」

「俺は着てくれって一言も頼んでないしっ!」

「わかってルっ!! もういい、さっさと往診行きなさいよ! ラフォーの馬鹿っ!!」


 ライマはそれだけ言うと背をむけて寝室に入った。 大きな音を立てて扉を閉める。


「はいはい勝手にし・ま・すっ!」


 ラフォラエルの大声が部屋中に響き渡り、玄関の扉をこちらも思いきりたたきつけるように閉め、振り向きもせずに肩をいからせながら去っていく。


 ライマは寝室で乱暴にスカートを脱ぎ、ベットにたたきつけた。

「ああもうっ! ラフォーのバカっ!!」


――似合ってない、似合ってない、似合ってない……

 ラフォラエルの言葉かぐるぐると心の中で繰り返される。


「スカートなんて着慣れてないし……似合わないだろうなって……そんなの、きっとそうだって思っていたけど……」


――最悪! ちぐはぐ!


 ライマの瞳に涙が浮かぶ。

「ああもうっ! 私もスカートなんか着なきゃよかったのにっ!」


 ライマは乱暴にズボンをはく。


「イライラするっ!!!」


 そう叫び、近くの紐を手に取り髪の毛を前髪もぜんぶまとめてひっつめ髪にする。 すると髪の毛の色は違うが、教育係ラムールとしての顔ができあがる。

 ラムールの姿になったライマは、それでもうっすらと涙を浮かべたまま憤慨しつつ書斎に入り、小机の上にドン、ドン、ドン!と、古代文字の本をつみかさねた。

 そして乱暴に椅子に座ると紙を出し、ペンを強く握る。


「こんなときは、勉強っ!」


 ライマはものすごい勢いで古代文字の本を読みふけった。




+




 ボンボンボンと柱時計が3回、時刻を知らせた。

 書斎ではその音を聞いたライマが背もたれによりかかって、大きく背伸びをした。


「楽し〜いっ!」

 ライマの表情はスッキリとしていた。 きらきらと目を輝かせ本の文字を追う。


「やっぱりゼロから始めるって最高に楽しい! もうちょっと分析したら全部読めるようになりそう♪」


 ライマにとって勉強は、最大のストレス発散法であった。 しかもイライラきたことが逆に集中力を増して効率は良く、しかも一つの未知の言語を解読するという大仕事!

 

「これで機嫌が良くならなかったら絶対ウソだよねっ♪」


 ライマは朝の事も忘れたかのようにかなり上機嫌だ。

 その時、玄関でコンコン、と誰かが扉を叩く音がした。


――ラフォー? いや、ラフォーだったら勝手に入ってくるはず。 じゃあ、お客さん?


 ちょうど一息ついたタイミングで扉が叩かれたので、気にとまる。

 結んでいた髪の毛をほどき、ライマの姿になって寝室を出る。


「もしもし、こんにちは。 先日お世話になったオットーの妻です。 今ちょっといいかしら?」


 扉の向こう側から聞こえてくる声は、先日法術治療をした男の妻の声だった。


「あ、はい。 いま開けます」


 ライマが扉を開けると、そこにはニコニコと微笑むおばさんがいた。


「先日の御礼も兼ねて、ってことでちょっとお邪魔したいのだけど、いいかしら?」

「あ、でも今、ラフォーは往診中でいな……」

「知ってるわ♪ だから来たのよ」


 おばさんはニコニコと微笑み続けている。


――ま、いっか。


 そう思いながら家に招き入れ、ソファーに座らせコーヒーを入れて出す。

 おばさんは持っていた風呂敷包み二つのうち、一つをテーブルにのせて、広げた。

 そこには緑色のタータンチェック柄が可愛いワンピースがあった。


――げっ、スカートだ。


 ライマは思わず心の中でつぶやいた。 するとそれは思いきり顔に出たらしい。 おばさんは目を丸くしてから、クスクスクスと笑い出した。


「今日ここに来たのには訳があるのよ」


 笑いながらおばさんは言う。


「なぁに? 先生ったらスカートを着たあなたに、ひどいこと言ったみたいじゃない?」

「知ってるんですか!?」

「ええ、ええ。 知ってますとも。 往診に回る先生がね、ものすっごく機嫌が悪いのよ。 これは夫婦喧嘩でもしたんじゃないかなぁって思って」


――夫婦?! 夫婦じゃないんだけど……


 しかし訂正させる間もなくおばさんの話は続く。


「それで尋ねたのよね、そうしたらあなたに酷いことを言ったってことが分かってさあ大変」

「大変って?」

「先生は自分がどんなに酷いこと言ったか分かってなかったんでね、商店街のみんな総出で先生取り囲んで説教三昧よ」


 思いだしながらアッハッハ、と明るくおばさんが笑う。

「まったく先生も女心が分からないわよね? スカートが似合ってないだの最悪だのちぐはぐだのと、よくもまぁ女衆を全員敵に回すようなことが言えたもんだよ。 ウチのダンナ達もね、先生それは言っちゃあいけませんや、女ってのは髪型をほんの少し変えただけでも褒めて貰いてぇ生き物なんです、だって。 あっはっは。 ま、確かにそうだけどね」


「……で、ラフォーは?」

 ライマは恐る恐る尋ねた。


「先生はねぇ、だって、だの、でも、だの一生懸命反論しようとしていたけどね、あたし達の怒りが半端じゃないって迫力負けしたんだろうね。 相当反省したわよ」


 誇らしげにおばさんが胸を張る。


「それでね、ここからが大事なんだけど、みんなで作戦を練ったのよ。 名付けて”奥さんを褒めて仲直りしよう大作戦!”」


 なんというネーミングなのやら。


「ま、この作戦は男達が考え出した作戦なんだけどね。 そこで活躍するのがこのスカートと私って訳。 まず私がこのスカートを先日の御礼だといって奥さんに渡す。 奥さんはそれを着る。 先生は何も知らないふりをして家に帰ると、スカート姿の奥さん発見! すごく似合ってるよと褒めて褒めて褒めまくって奥さんの機嫌も治って仲直りっ!……という作戦なの」


 ライマはひきつった笑いを見せた。


――いやもう絶対、スカートなんか着る気無いしっ! 仲直り目的で褒められたって嬉しくないからっ!


 残念だが男達の作戦は失敗に終わるとライマは思った。

 だがしかし、おばさんはライマの表情を確認してから、もう一度にっこりと笑った。


「そしてここからが、私達、女の作戦」

「女の作戦?」


 ライマが繰り返した。 おばさんは頷く。


「名付けて、”手のひらで踊らされているフリをして逆に手のひらで踊らせろ大作戦!”」

「はい??」


 訳が分からず声が裏返った。

 おばさんは憤慨しながら続ける。


「大体ねぇ、男共の作戦通りにしたって、奥様が、御礼の品ですか、はいそうですかとこのスカートを着るはずなんて絶対無いのよね。 私たちが奥様の立場だったら即ゴミ箱にたたき込むか、あえてスカートを着て旦那がしらじらしく褒めはじめたら、もう、こう! 殴って殴ってウチから追い出すねっ! 何ご機嫌とってんだいっ! お前さんの考えなんかお見通しだよ、誰が許してやるもんかい、この甲斐性無しがっ!ってね」


 拳を振り回しながら説明するおばさんを見てライマは笑う。


「奥さんもそう思うでしょ?」


 ライマは笑いながら頷く。

 おばさんも笑って、そしてやさしく微笑んだ。


「でもそれじゃあ、仲直りできないよね?」


 ライマも静かな顔になって、頷いた。


「もう一生、仲直りしたくない? 別れたい?」


 別れたいって、夫婦じゃないからちょっと違うが、と思いながらもライマは首を横に振る。

 仲直りは、したい。


「それならね、女は分かっていながらもあえて騙されて許してあげるのが、いい女の条件ってもんだよ」

「分かっていて、あえて……。 でも、おばさん。 わたし、仲直りはしたいけど、でもだからって嘘つかれるのはイヤ。 思ってもいないのに仲直りするためだけに似合うよって言われても全然嬉しくない。 受け入れきれない」


 ライマは言った。 おばさんはため息をつく。


「やれやれ。 やっぱりねぇ。 先生も酷いこと言ったもんだ」

「……」

「そうさね。 最悪だの言われて気にしない女がいるはずがないよね? でも奥さん。 先生が奥さんのスカート姿を見て、本当に似合ってないって思ったと信じてるのかい?」

「……だって、そう、言ったもん」


 おばさんがふむ、と頷いた。


「先生ね、その時どう思っていたか、男共が聞き出してたよ。 先生の本心、聞きたいかい?」


 ライマはツバを飲み込んだ。


「えっ――と、何て?」


 手のひらがあせばみ、無意識にぎゅっと拳をにぎる。

 おばさんは穏やかに言った。


「びっくりしたんだって」

「ビックリ?」

「それでね、褒めようかとも思ったんだけど、なに? 兄弟の人達?が、自分の思いついた言葉を全部言っちゃったから、気の利いた言葉が思い浮かばなくて」

「で?」

「タイミング逃したら言いそびれて」

「で?」

「しかも、よく意味は分からないんだけどね、男の俺が下手に褒めたら、家に二人きりなんだから、奥さんが警戒するかもしれないから、あえて興味がないフリをしたほうがとかナントカ……」


――あっ。 そっか。 私とラフォーって一つ屋根の下に二人きりだっだんだ


 なぜかライマは今更なことに気づく。 おばさんは首を傾げている。


「夫婦なんだから何を交際前の男女みたいな事言ってるんだかって思うんだけどねぇ」


――夫婦、夫婦って……ラフォーは訂正しなかったのかしら。 訂正できなかったのかしら?


 次の瞬間、ふとある思いが浮かぶ。


――私のこと、嫌いだったら絶対訂正するだろうけど、しないってことは嫌われてはないのかな?


 ライマはそれだけで、ほんのちょっと嬉しい。

 おばさんが少し身を乗り出した。


「それでね、奥さん。 とどのつまり似合ってたのか、似合ってなかったのか、どうなんだってみんなで問いつめたのよ。 そしたらね、――似合ってたって」


――似合ってたって


 ライマはその言葉を聞いて、胸がドキっと甘く締め付けられた。 


――似合ってたって。


 再度心で繰り返すと、頬が赤く染まる。


「嬉しい?」

 おばさんが尋ねた。


 ライマはうつむいて、黙って頷いた。

 おばさんが満足そうに頷いた。


「そうよねぇ? やっぱり見せたい人に褒めて貰えなきゃ嬉しくないわよねぇ?」

「え? あ、でも私、別にラフォーにだけ見せたかった訳じゃ……」

「何言ってるの? 他の人は褒めてくれたんでしょう? 先生に一番見せたかったのでなかったら、先生が何を言っても気にならなかったはずよ」


 ライマは黙った。


「とにかくね、きちんと先生に褒めて欲しいでしょう?」


 ライマは頷く。


「じゃあここはひとつ騙されるフリをして、このスカートを着て、そして先生の帰りを待つといいわ。 先生が帰ってきたら、最初は台本通りの変な言葉が出てくるかもしれないけど、落ち着いたら本当に自分の言葉で褒めてくれるわよ。 きっと」


 おばさんの明るい微笑みにライマは頷く。

 おばさんがライマの肩をポンポンと叩いた。


+


 という訳で、ライマは再びスカートをはいた。

 島の女衆で選んだという膝より少し長いくらいの丈のワンピースは、ライマによく似合っていた。

 ばっちりだね、とおばさんから太鼓判を押され、ライマも心強い。


「後はね、これ」


 そう言っておばさんが出したのは手作りの煮物と採りたてのフルーツだった。


「これは計画と関係なく、私とだんなからの御礼」


 ライマは快く受け取った。


 おばさんが帰った後、ライマは部屋の掃除と夕食の準備にとりかかる。

 夕食の準備といってもオカズは貰った煮物があるので「お皿を並べただけ」という手抜きしまくりだが、不味い料理を作って食べさせるよりはマシだろう。

 二人分の食器を仲良くセッティングし、ライマは頷く。


 ラフォーが帰ってきたら、きっと似合ってるね、って褒めてくれる。

 あらかじめ計画されている事だとはいえ、それでも嬉しくて待ち遠しかった。


「あーんなに無愛想に冷たく言った口で、どんな感じに言うんだろ♪」


 色々と想像しては、クスクスと笑う。


「早く帰ってこないかなぁ♪」


 ライマは何度も何度も窓からラフォーの姿が見えないか確かめた。

 しかしなかなか帰ってこない。

 そのとき、くう、とお腹がなった。

 よく考えたら昼は食べていない。 台所には朝の残りもあるから温めて食べればいいのだが、おばさんが作ってくれた煮物が目に入る。


「ちょっとだけ、つまみ食い♪」


 ライマはジャガイモの煮物の中で小さいものを一つつまむと口に放り込んだ。

 ほっくりと柔らかく似てあるジャガイモはとても――


「!!」


 ライマは慌てて炊事場に行き、それを吐き出す。 


「まっ、不味……」


 まるでジャガイモは腐ってしまったかのような味がした。

 口をゆすいでライマは煮物の側にもどる。


「ジャガイモが傷んでいた……のかな?」


 ライマはおそるおそる人参をつまむと匂いをかいだ。

 美味しそうな匂いしかしない。

 よし、と頷いて口に入れる。


「!」


 ライマは再び慌ててトイレに駆け込む。 人参を吐き、それでもまだ吐き気はおさまらず、吐いた。 ほとんどが胃液だった。

 次の瞬間、全身の毛穴が、わっと開き鳥肌がたつ。 悪寒だ。

 ライマは震えながら部屋にもどってくる。


――な、何? 食あたりにしては早すぎるし……風邪?


 そして少しでもビタミンを補給しようと貰ったリンゴを一口かじる。

 しかしやはり同じだった。

 まるで毒リンゴを食べたかのようにくらりと目をまわす。

 なんとかこらえて、炊事場に行き、吐いて、座り込む。

 目まいがして、体が熱い。

 ライマは必死にこれが何の病気の症状か考える。 しかし何も思い当たらない。

 フラフラになりながら蛇口から水を出し口をゆすぐ。 別に平気だ。

 一気に水を飲むと胃を刺激してまた吐くと思い、冷凍庫から氷を一つ取り出した。

 そしてそれを口に含む。


「――!」


 ライマは氷を吐き出した。 喉が、胃が、焼けるように痛い。 まるで煮え湯でも飲まされたかのようだ。

 足腰から力が抜け、床に座り込む。


――ダ、ダメ。 せめてベットまで行って横になって……


 ライマは自分の右手に力を集中させる。 治癒魔法だ。

 自分で自分に治癒魔法をかければ少し動ける位の体力は戻るはず。

 しかし湧き出た力がそのまま吸い取られるように減っていく。 魔法なので一瞬くらい力がもどってもおかしくはないはずなのに……


「――これは……普通じゃない……」

 全身から力が抜けていきながらも、這うようにライマは台所を出た。

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