第8話 膝丈のスカート
「ほら、食べてみて?」
カレンの言葉でライマは我に返る。
目の前に小さいブロック状にカットしたクリームチーズの上に鰹節とお醤油をたらしたものを差し出されていたので口にする。
「あっ、おいしい!」
「でしょ?」
カレンも美味しそうに一口。 するとタートゥンが呼んだ。
「俺も食べたいな。 ライマ、持ってきて!」
「はーい」
ライマは素直に返事をしてタートゥンの側に帰る。
そのまま話がはずむ。 彼は気配り上手で優しくて飽きない。
そんな中、トガールの発した言葉が耳に入った。
「wywyf@<ラムールg)4ehttlt@hv@iuZqZw」
――ラムール?
確かにそう聞こえた。 だが、それから続く話は全く理解できず。
だが再び。
「jd@t9>テノスbh7f@eyd@',?」
――テノスって言った!
その会話はかなり長いこと続いていた。 ライマはタートゥンに尋ねた。
「ねぇ、今、何の話をしてるの?」
質問に答える前にタートゥンは”田舎言葉”で何やら兄弟達に告げる。 すると彼らはみな普通にベベロン語での雑談に戻る。 疎外感を感じさせないつもりだったのだろうが、なんとなく心にひっかかった。
「ごめんごめん。 ちょっと田舎言葉で話しすぎたね。 たいした話じゃないんだけど」
安心させるようにタートゥンが話し出した。
「隣のテノス国の教育係がね、クビになったんだって」
――やっぱりその話だった。
ライマは頷いた。
「なんでも大勢の家臣の前で王子を平手で叩いちゃったんだって。 王子に手を上げたとなると処罰されるよな、大変だな、って話」
「へぇ……。 そうなんだ」
――こんな所まで話が届いてるんだ……
ライマは平静を装う。 まさか自分がそのラムールだと気づかれる訳にはいかないのでそれ以上話には乗らずにタートゥンの酒場の話に耳を傾ける。
「ライマって人の話を聞くのが上手いね。 俺、話し甲斐がある」
タートゥンが優しく笑う。
「えー? 違うよ。 タートゥンの話って本当に面白いもん」
ライマも笑う。 そしてため息をひとつ。
「羨ましいナ」
「羨ましい? どうして?」
ライマは手元のグラスに視線を向けながら言った。
「わたし、対人スキル低いから」
タートゥンはなぐさめるかと思いきや。
「それは思った」
と、認めた。
「思ったぁ? こんな短時間で?」
「スキル低いっていうか、慣れてないっていうか。 でも気にしなくていいさ。 俺には簡単に誰とでも仲良くなれるテクニックがあるだけ」
テクニックという言葉にライマは激しく反応する。
「それ知りたい!!」
「ライマにだって簡単にできるよ」
タートゥンは酒を飲みながらゆっくりと答える。
「相手を最初から無条件に認めちゃえばいいんだよ。 人間は誰しも自分を認めて欲しいと思っている。 だから最初から認めてあげるんだ。 自分が元々認めている相手と同じように接してあげるんだ。 すると相手は心を許しはじめる。 そういうこと」
「うーん……」
自分には無理そうだと思って苦い返事しかできかなった。
タートゥンは明るく笑う。
「ははは。 ごめん。 でもこれはテクニックだから、君には身につけて欲しくないな。 俺みたいに水商売していると便利なんだけど、仲良くなる事と友達になる事はイコールじゃないから」
「じゃあ……わたしとはまだ会ったばかりだから……友達じゃ、ないよね? こんなに楽しく話ができるのは、タートゥンのテクニックのおかげで……」
タートゥンは、悶々と考え出すライマの頭を軽くこづく。
「友達ってのは、会ってすぐでもなれるさ。 お互いに心を開きさえすればね。 人それぞれだけど、ライマは何ていうのかな。 自分を知って欲しいけど、知られたら怖いって雰囲気を出してるね」
「え?」
「自分を拒否されるのが怖いって感じ」
ライマは黙って頷いた。
すると、タートゥンが付け加える。
「だけど相手に自分を知ってほしいのなら、歩み寄ることも忘れないでねって話。 頭で色々考えすぎてもヨクナイ」
そしてウインク。
そのおどけた仕草に、ライマはちょっとだけ笑顔になる。
するとタートゥンもいたずらっぽく笑う。
「ライマはいい子だよ。 俺でよかったらいつでもライマの全部、認めてあげる。 その気になったらもっと近づいてきて、ホントのライマを見せて?」
そう言って見つめてくるタートゥンの瞳はとても真っ直ぐで、自分でも不思議なくらい素直にライマは頷いた。
――仲の良い友達になれるかも……
そんなことを思いながら、なにげなく他のみんなに視線を向けてみる。
カレンはトガールと話が弾んでいる。
ラフォラエルは――
ライマは我が目を疑った。
ラフォラエルは雑誌を手にしたまま、隣のウズと何やら話をしている。
そして、ラフォラエルの膝にはメーションが座っていた。
「きゃはははっ♪」
メーションはカクテルを飲みながら上機嫌でラフォラエルにべったりと寄り添う。
そして。
「んーっ♪」
メーションの唇がラフォラエルの頬へ押しつけられ、べったりと赤い口紅がつく。 いや、よく見ると彼の顔や首、襟筋から袖まで、まるで模様のようにキスマークがついている。
ラフォラエルは嫌がるでもなく、ただキスされるがままである。
そのキスの印は彼の唇の端にもついていた。
絶句しているライマにタートゥンがささやく。
「あの二人はいつもあんなだから気にしないで」
――いつもっ?!
と驚いたものの、ライマは平静を装いながら頷く。
すると視線に気づいたように メーションがこちらを向いた。
そしてその顔が輝く。
「タートゥ〜ン♪ スペシャルカクテル、作ってぇ♪」
タートゥンが苦笑しながら立ち上がる。
「飲み過ぎるなよ。 メーション。 待ってろ、今つくる」
そしてタートゥンは台所へと消える。
メーションはライマの顔をじっと見つめて、ニコっと笑うと立ち上がってラフォラエルから離れた。
ニコっとされるとは予想していなかったライマはどぎまぎする。
メーションは色気のある流し目をしながらライマの視線を釘付けにしたまま歩く。 そしてハミングしながら体をくねらせ踊り始める。
踊りながら身につけていた服を、まるでサラサラと消えていく羽衣のように一枚一枚脱いでいく。
――す、す、すとりっぷ……なんて……
ライマはそう思いながらも視線を逸らすことができない。 彼女の踊りはそれだけの色香があった。 芸術的だったとも言えた。
しかしメーションは最後まで脱ぐことなく下着だけになると、踊るのをやめて側に来た。
「どう?」
そう言いながらライマに迫る。 両脇で押さえつけられた豊かな胸が見事な谷間を作り自己主張する。
「けっこう、目を逸らせないものでしょ?」
再度メーションは尋ねる。 正直にライマは頷いた。
同性だが彼女の動きは美しくて色気があると素直に思った。
「ふふ。 ラァイマって、かっわいい♪ でももーっと女っぽくしなきゃぁ♪」
メーションは嬉しそうに腰を振りながら台所へと向かう。
「ライマ!」
不意にラフォラエルがライマの名を呼んだ。
「え、あ、何?」
ライマは少し焦りながらラフォラエルの方を向く。
ラフォラエルの顔についた沢山のキスマークを見た瞬間、ライマは無意識に歯をかみしめていた。
「もう遅いから先に寝ろ?」
ラフォラエルは言った。
「体力戻さないといけないだろ」
ライマは言葉を飲み込んだ。
確かに言うとおりなのだが……
「主治医の命令」
……とまで言われれば反論できず、ライマは頷いた。
するとみんなが声をかけてくれる。
「あれ? 寝ちゃうの。 ライマ、おやすみ」
「ゆっくり休んでね」
「うるさくするかもしれないけど気にしないで」
「ライマ、おっやすみい♪」
「ライマ。 また明日」
等々。
――気を使ってくれているのかそれとも……
ライマはそう思いながらもおやすみと告げ、寝室へ行く。
洋服を着替え、ベットに入る。
ライマは目を閉じた。
ドッ、と隣の部屋で起きた笑いがライマの耳に届く。
楽しげな声が扉越しに聞こえてくる。
「futooi\/yrrljr!」
「e9Z!4r@jZwjdq#Z♪」
何て言っているのかは全くわからない、あの言葉だ。
ライマはぎゅっと目を閉じた。
そして無理矢理眠りについた。
◇
朝。
ライマは目を覚ました。
ごろんと寝返りをうつがベットは広々としている。
隣にラフォラエルの姿はない。
家の中はしんとしており、まだ誰も起きてないようだ。
そっとベットから抜け出し、隣の部屋へ行こうとノブに手をかける。 しかし扉はほんの少しだけ開くと何かに当たる。
「?」
ライマはわずかな隙間から覗く。 すると扉のすぐ前の床にラフォラエルが横になって寝息をたてている。 そしてリビングの中は毛布にくるまって床やソファーに寝ているみんなの姿が見えた。
なにはともあれ、ラフォラエルが邪魔で部屋からは出られない。
――そんなに私を仲間はずれにしたかったのかな……
そんな事を思いながらそっと扉を閉める。
やることが無いので書斎に入って何か読みたくなるような本はないか探す。
すると本棚の端に何冊かの雑誌がある。
ライマはそれらを手にとって見た。
それには多くの美女達が水着姿や下着姿で色々なポーズをとっているグラビア写真集だった。
「……」
ライマはそれを閉じてため息をつく。 そして雑誌を元通りにしようとして。
「……あれ?」
ライマは一冊の分厚い本に視線を向ける。
その背表紙の文字が読めない。 見たことのない文字なのだ。
ライマはゆっくりとそれを取り出す。
やはり表紙の文字も、本の内容も、知らない文字で読めなかった。
「これは……古代文字?」
ライマの目が輝く。
――もしかしてラフォー達が話しているのはこの言葉では?
本はかなり読み込んだ跡がある。
ライマはニヤリと笑った。
実はこの手の本は大好きである。 読めないということは、これから読めるという事だ。
謎解きのような、パズルゲームのような、そんなワクワク感がある。
その本が置いてあった近くを探すと同じような本が数冊見つかった。
――うっ、嬉しい!!!
もちろん、ここに書いてある言語が彼らの話していた言葉とは限らない。 そして文字が読めるようになっても発音が分からないので、どうしようもないといえば、どうしようもない。
しかしそれでもライマは楽しいのだった。
ライマは早速、腰を落ち着けて読もうと椅子に座る。
が、少々考える。
――これ、読み始めたら、わたしは絶対動かなくなるなあ
彼女には小さい頃から悪い癖があり、好きな本を読んでいる間は他のことがどうでもよくなる。 とにかく知識に触れるのが楽しいのだ。 食事より好きだといっても良い。
記録としては、2日間ほとんど飲み食い無しでぶっ通しで読みふけり、さすがに新世にしこたま叱られた。
――でもあれは楽しかったぁ!!
ライマは思い出して嬉しそうに頷く。
しかし今、そんな事できるはずもなく。 なのでライマはみんなが帰り、ラフォラエルが往診に行ってから読むことに決めた。
読みたい本が出来たことによりライマは上機嫌になる。
寝室に戻り、服を着替える。
昨日と同じジーパンを履こうとして、ふと手を止める。 そして部屋の隅で袋に入ったままの洋服の事を思い出す。
ライマはおそるおそる袋の中からスカートを出す。
超ミニと、膝丈のスカートの2着。
しばらくながめて、膝丈のスカートを手に取る。
「歩み寄ることも忘れないでね……か」
昨晩のタートゥンの言葉を思い出す。 そして。
「こんな服の方が……好きなのかなぁ……みんな」
と、考える。
どうしようかなと考える。
――絶対、似合って無くてもタートゥンは笑ったりしないよね。
そこでライマの心を力づけたのはやはりタートゥンだった。
――ラフォーだって、あんなグラビア持ってるし、メーションとは仲もいいから、スカートよりズボンの方が好きだよね、きっと。
そして覚悟を決めた。
――着てみよう!!!!
かなり思い切って、ライマは膝丈のスカートを手に取った。
+
ジリリリと目覚ましのベルが鳴り、柱時計がボンボンボンと時刻を知らせた。
「ほら、起っきろ! お前達! 時間だぞ!」
ラフォラエルが慌てて跳ね起き、メーション達をゆすり起こす。
それぞれ背伸びをしてノソノソと起き出す。
「舟の時間まであと少しかぁ〜。 ああねむっ」
「お化粧は向こうで直そっと」
そう言いながらテーブルの上に残っているサンドイッチをつまむ。
「コーヒーいるかぁ? 6人分入れるぞ」
ラフォラエルはそう言いながら湯を沸かす。
「時間ないからインスタントでいいよー」
「OK」
ラフォラエルがカップを用意してコーヒーを持っきて、それぞれに渡す。
「あれ? ラフォー。 これじゃ一個、足り無くない?」
トガールが言った。
「へ? だって俺も入れて6人だろ?」
ラフォラエルは答えた。
するとタートゥンが寝室の扉を指さす。
「ライマは飲まないの?」
「……あ。 忘れてた」
そうラフォラエルが呟くのと、寝室の扉がそっと開くのはほぼ同時であった。
開いた扉の隙間から、ライマがゆっくりと姿を現す。
それを見たウズがヒュウ、と口笛を吹いた。
「えーっ、と、おはようございます」
ライマは少し照れながらそう言った。
彼女は膝丈の白いスカートをはいていた。
「ライマ、かっわいい♪」
ラフォラエル以外の全員が声を揃えて言う。
「昨日のダボダボのジーパンより絶対いいわ!」
メーションが言った。
「似合う!」
トガールとウズが激しく頷いた。
「ああっ♪ 私、トップスでもっと似合いそうなのを持ってるのに。 持ってきてたらよかったわ」
カレンが目を輝かせた。
そして、タートゥンは。
すごく嬉しそうにライマに近づく。
ライマは頬を染めながら嬉しそうに言う。
「えへ。 スカートって着慣れないからドキドキしたの」
それを聞いてタートゥンが笑う。
「ははは。 心配性だなぁ。 ライマは。 俺としてはどうして昨日それ着なかったの?って言いたいな。 もう帰らなきゃいけないのがすっごく残念!ってくらい、最高に似合ってる。 綺麗だよ」
「タートゥンなら絶対褒めてくれるって思ったんだ♪」
ライマも笑う。
「ほらもう時間だぞ!」
ラフォラエルがみんなの会話をさえぎった。
ライマは上機嫌のまま、ラフォラエルと一緒に港まで行きタートゥン達を見送る。 じゃあね、と手を振られ、振り返す。
舟が島から離れ、甲板にいたタートゥン達の姿が見えなくなるとさっさとラフォラエルは自宅へと歩き出した。
ライマがその後をついていく。
――今日はこの後、古代語の研究もできるし、幸せっ♪
ってな感じで足取りも軽い。
家について二人は食べ散らかした皿の片づけに入る。 さっさと手分けをして片づける。
そしてテーブルの上を拭きながら、ライマはちらりとラフォラエルを見る。
彼からは、まだスカートについて感想を聞いてない。
どう思ったかは、正直とても気になった。
でもみんながあれだけ褒めてくれたのだ。 きっと彼だって。
「ね、ねぇ、ラフォー?」
ライマはドキドキしながら、皿を片づけているラフォラエルに声をかけた。
「ん?」
ラフォラエルは無愛想に返事をした。
「あの、このスカート、どう?」
ライマはスカートのすそをちょっとつまんで言った。
「――どうって、……別に何も」
――ベツニナニモ
ラフォラエルの無関心な返事が寂しくライマの心につきささる。
「――そっかあ」
ライマはつまんだ裾を離した。 そして何気なく呟く。
「タートゥンは褒めてくれたのに……」
「ふぅん。 だから? それでいいじゃん」
すると今度はラフォラエルが少し苛ついた口調で言った。
その口調にライマもカチンとくる。