第7話 色々5人。
ラフォラエルはライマの側までたどり着くと、相当急いで来たのか肩で息をする。
「あーっ、もう。 急に家を飛び出していくからビックリしたぞ。 またどっかで倒れてたらと思ったんだからな!」
少し怒った彼の態度がライマには少し嬉しかった。 心配されるというのは意外と心地よいものである。
「で、何があったんだ?」
「ううん、別に! さっ、帰ろう♪」
ライマは首を横に振り、あえて明るく話題を逸らす。
だがラフォラエルは甘くない。 お見通しとばかりの顔でニヤっと笑うと、ライマの肩に手をやった。
「ここに何を隠してるのかな〜?」
「あっ、ダメっ」
阻止しようとするも、ラフォラエルは優しくライマの体を引き寄せる。
すると猫鳥の白い羽が岩の隙間からこぼれた。
ラフォラエルの動きが止まった。
――ダメっ!
ライマは声にならない叫びを胸の中で上げて目を閉じた。
猫鳥をはじめ、翼族は人も喰うため毛嫌いされている。
もちろん攻撃性の高い相手ならば恐れても当然だろうが、ライマが今まで会った人間は「ただ翼があるだけ」の一点で恐怖し、恐れ、迫害した。
新世がどんなに優しくても。
新世はいつも普通の食事しかしなくても。
猫鳥だって人肉よりも魚肉が好物なのに、それも関係なかった。
ただ翼があるだけで今すぐ自分が喰われるかのような態度を、皆がとった。
そしてライマや一夢など、新世を愛する者も同じように恐怖の目で見た。
ライマは翼族を愛していた訳じゃないのに。
ただ新世という人物を愛していただけなのに。
一見、理解がありそうに見えた人物も、それはまやかしにすぎなかった。
ラムール教育係という権力にあやかろうとするための、方法としか――!
「ニャア♪」
猫鳥が軽やかに鳴いた。
ライマは驚いて目を開けた。
すると何ということだろう。 ラフォラエルは岩の間にいる猫鳥の喉を撫で、猫鳥はそれを受け入れて気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
「うにゃにゃにゃ〜 気持ちいいかぁ?」
ラフォラエルはニコニコ笑いながら猫鳥を撫でる。
「あや? お前、怪我してんじゃん」
ラフォラエルが猫鳥の腹の傷に気づく。
それをライマは、目の前で起こっていることが信じられないとばかりに見つめる。
「今、治療してやっからな」
ラフォラエルはそう言ってウエストポーチから消毒薬と包帯を取り出し、手際よく治療した。
「ほーら、これでばい菌も入らないぞ。 2,3日もしたら包帯を外しに来て下さい、なんちってな」
ラフォラエルはきちんと包帯を巻き終わり、猫鳥を見た。
猫鳥は嬉しそうに鳴いて羽ばたく。 ふわりと猫鳥の体が宙に浮き、空に消えていく。
「ホントに包帯を外しに来たら笑うんだけどな〜」
猫鳥の小さくなっていく姿を見つめながらラフォラエルは笑った。
ライマは。
ライマといえば。
「……なんで?!」
猫鳥の治療を褒めるでも、感謝するでもなく、出てきたのはその言葉だった。
「なんで? どうして?」
ライマは再度、哀しげに尋ねる。
「だって、怪我してたじゃん」
「だって……」
そう言いながらも、ライマはどんな反応を彼に取って欲しいのか分からなかった。
ただ、ごく普通に何の違和感もなく猫鳥に接した事実が理解できなかった。
「俺って猫は好きだし」
――ネコダケド
「怪我したまんま飛ぶのはキツイだろうし」
――アイテハ ツバサゾクナンダヨ?
ラフォラエルは言葉を止めて、じっとライマの瞳を見つめた。 まるでライマが心で叫ぶ質問に耳を傾けるかのように。
ライマはただ黙って言葉を待った。
答えが知りたかった。
ラフォラエルが重く口を開く。
「ま――異生物の治療なんて普通の人はやんないから気味悪がられても仕方ないけどさ。 俺って自分に危害を加えられないなら別に気になんないんだよね。 でも、ライマもそうじゃない? あの猫鳥を俺から隠してたっしょ?」
ライマは黙っている。
「俺にとっては相手が怪我していたら、異生物も人間もそんなに変わりないんだ。 ――それに今の猫鳥は、ライマがかばった猫鳥だろ? そんならいい猫鳥に決まってるって思ってさ」
「え……? ねぇ、私がかばったからいい猫鳥って思ったの?」
ライマがやっと口を開くと、彼も少し安心したようだった。
「ま、そんなものかね。 つまりさ、今から来る俺の兄弟だけど、何の縁もなく会ったらライマだって警戒するだろうけどさ、俺の兄弟ってポイントがあるだけでも安心だろ?」
ライマは頷いた。 そして泣きそうになった。
教育係になれば、国のみんなと新世が仲良く暮らせる架け橋になれると思っていた。
あまり村から出ない新世をみんなの前に連れて行き、彼女の良さを知ってもらいたかった。
きっとみんな新世の事をよく知らないから、大人も子供も一緒になって石を投げて傷つけたり、火矢で攻撃したりするのだと。
新世の事を知ってくれさえすれば、きっと仲良くなれるって。
大好きな新世をもっと幸せにしてあげたかった。
でも、現実は甘くなく。
教育係になっても新世に対する周囲の眼差しは変わらなかった。
心の広いかた、人格者に出会えたと思っても、陽炎の館に招待すると言えば断られた。
城下町で新世に会わせたら恐怖に怯えて気を失ったり逃げ出したり。 結局平気なのはスイルビ村の人だけだった。
なのに。
今、ラフォラエルはライマが庇ったからいい猫鳥だと言ったのだ。
ライマを認めてくれたのだ。
そして、異生物も人間もそう変わりないと、治療をもって証明してくれたのだ。
――ラフォーなら、新世の事を受け入れきれるかもしれない。 そして、ラフォーが受け入れてくれたなら、この広い世の中には同じように新世を受け入れてくれる存在がもっとあるのかもしれない。
「ら、ライマ?」
ライマの表情を見てラフォラエルが戸惑った。
ライマは泣きそうな笑顔だった。
「嬉しい」
ほんの少し涙声で、一言だけ言って、ライマは彼の胸にコツンと頭を寄せた。
何も言わずラフォラエルはライマの頭を撫でた。
そして夕方。
家の中はラフォラエルの作った美味しい料理が並び、準備万端!
――よーっし! ラフォーの兄弟! 平気平気! 対人スキルUPするぞおっ!
ライマも気合いを入れた。
◇
勝手知ったる、という感じで家に上がり込んできた兄弟達は、皿を並べて手伝っているライマを見て、それはそれは驚いた。
ラフォラエルからライマは溺れてここで治療中と説明を受けると、銀髪だ、カワイイ等言いながら取り囲んだ。
やってきた者達は、男三人、女二人の計五人だった。
ライマは彼らの騒々しさに圧倒されていた。
しかも自己紹介する前にラフォラエルがららライマのことを紹介してくれたものだから、散々頭の中でシュミレーションしていた自己紹介に持ち込む展開が幻に終わり――つまりは何も言えずにいた。
「ラ、ラフォー……」
ライマは隣に立ったラフォラエルの服の裾を軽く引っ張る。
それを見て兄弟達が更に軽く驚く。
ライマの心臓はバクバクだ。 対人スキルUPのはずが「兄弟達に気に入られないと」と余計なことを思った瞬間、どうしてよいかわからなくなっていた。
少し頬を染めて怯えたライマを安心させるようにラフォラエルは優しく微笑む。
「紹介するよ」
その言葉にライマは頷く。
ラフォラエルは一列に並んだ五人をサッと指さし――
「端からウズ、タートゥン、トガール、カレン、メーション。 はいおしまいっ♪」
――よっし覚えたぁっ!!
ライマはその一回で覚えて心でガッツポーズをする。 しかし。
「おま、そんな紹介の仕方ってアリ?」
「薄情〜!」
「信じられなぁい!」
「5人揃ってワンセットにするなよな」
等とそれぞれがラフォラエルに勢いよくつっこむ。
「あっはは、ゴメンゴメン」
ラフォラエルは楽しそうに笑い、兄弟達も笑う。
「そんな紹介の仕方じゃ一人も覚えきれないよなぁ?」
「ほーんと。 ラフォーったらどういう神経してるんだか」
「ライマも困っちゃうよねぇ?」
いきなりライマにふられるが、既に覚えてしまっていた訳で。
――あのあっさりした紹介はこの流れに乗るための前フリ? なら、私は覚えてない、って答えなきゃ流れに乗れない、というか、仲良くなれないっていうか、しらけちゃうっていうか……
「え……っと、あの」
ライマは返事ができずにうろたえる。 それを見てラフォラエルが予想通りとばかりに笑う。
「ごめんごめん。 ライマ。 覚えきれなかったろ? 今度はちゃんと紹介するから」
ライマは視線を泳がせて頷いた。
その時、5人のうちの一人の男がほんの少し眉を寄せた。
腰まである栗色の長髪を一つ結びにしたその男は均整のとれた顔立ちをして、穏やかでありながらも凛々しいプレイボーイ風。
――え? この人、タートゥンだよね? どうかした?
ライマはタートゥンの表情の変化に気づいて目を伏せる。
「なぁ、ラフォー?」
タートゥンが口を開いた。
「もしかしてライマはさ、俺達の名前覚えちゃったんじゃない?」
「ええっ?!」
「嘘っ!」
「ありえねっ!」
彼らは口々に言う。 ラフォラエルが驚いた顔でライマを見た。
「ねっ? ライマ。 そうでしょ。 俺の名前、言えるよね」
タートゥンは優しい口調で言う。
ライマが視線を上げると、そこにはまるで聖母のような優しい眼差しで微笑む彼がいた。
イエスと言っても、ノーと言っても、どちらでもいいよ、と告げる優しい栗色の瞳。
「……あなたは、タートゥン」
ライマは控えめな声で言った。
「ほらやっぱり♪ そう。 僕はタートゥン。 バーテンダーやってる」
タートゥンが優しく微笑む。 そこにかなり肉感的な美女が割り込む。
「ええっ! 嘘っ! ねね、じゃあ、私は?」
「メーション」
「すっごい! 正解よ! 私はストリッパーなの」
――ス、ストリッパー。 どうりで。
メーションはウエーブがくっきりついた長い金髪。とても色が白く、ぱっちりとしたグレイの瞳は黒く長いまつげで囲まれ、ぽってりとした赤い口紅は艶やかで、豊かな胸と細くくびれたウエスト、ぷりんとしたお尻とムチっとしつつも長い足。 つまりは体の線を強調した服を着ていた。
「俺も?」
ライマより頭3つ分は高いだろうか、直毛で立った髪が案山子のような雰囲気をかもす男が手を上げた。 だがその腕は逞しく、かなり鍛えられた体をしている。
「ウズ」
「ひょお♪ 超当たり! 俺は炭坑で毎日穴掘ってるぜ!」
ウズが見せてくれた力こぶは、なかなかのものだった。
「じゃあ、もう僕と彼女の名前も覚えてくれたんだ?」
そう言って次は、そばかすだらけの顔で大きな丸い眼鏡をかけた色の白い気の弱そうな男が、大人しそうな顔をしたおさげの少女と並んで言った。
「眼鏡のあなたはトガール。 そして隣のあなたはカレン」
ライマの言葉にトガールとカレンはにっこり微笑む。
「すごいねライマ。 僕はトガール。 まだ学生なんだ」
「よろしくねライマ。 私はカレン。 えーっと、私も学生、かな」
カレンがそう言って手を差し出す。 ライマはそっと手を出して握手をする。 カレンはどことなくクララみたいに優しく安心できる雰囲気があった。
タートゥンが見回した。
「一番年上は俺。 ラフォーより3つ年上。 次がウズ。 メーションはラフォーと同じ年、トガールとカレンはラフォーの一つ下だから、……ライマはこの中で一番年下かな?」
ライマは頷いた。 タートゥンが微笑んでライマの肩に手をまわす。
「さあそれじゃあ自己紹介もすんだことだし、夕食としようか♪ ライマは俺の隣に座りなよ」
ライマは肩に回された手に導かれるように円卓のテーブルの一席についた。
――タートゥンってすごい。 肩とか触られても拒否できないっていうか、自然。 イヤじゃない。
ライマはタートゥンの顔を見つめた。
なんだかとても落ち着く。
まるで昔から知っていた人のような感じすらした。
+
夕食はとても楽しく、美味しい。
それぞれに自分の好きな物を取り分けて食べる。
「はい、ライマの分。 嫌いなものはある?」
タートゥンがサラダを取り分けて渡す。
「この山鳥のソテーを上に乗せてオレンジドレッシングで食べても結構いけるんだよ」
タートゥンはまるで母親か父親のようにかいがいしく世話をやいてくれる。
そして取り分けるついでに他の兄弟達とライマが会話しやすいように話題を振る。
「ライマ、チーズ好きなんだ? どんな種類が好き?」
「えーっと、クリームチーズかな」
「クリームチーズならカレン、お前も好きだったよな?」
「ええ、大好き♪ クリームチーズにね、鰹節とお醤油たらして食べると美味しいのよ」
「ええっ? 嘘っ? そんな食べ方あり?」
「いやいや、ライマちゃん、これが結構美味しいんだよ」
と、タートゥンだけではなく、カレンやトガールも会話に参加する。
ライマはごく自然にみんなと話が出来ていた。 どうすればいいのかと不安だったのが嘘のようだ。 タートゥンが側にいてくれれば何の心配もなく元からの友達のように会話が進む。
「まあ、信じてないのねライマ。 いいわ、今から食べさせて上げる。 一緒に台所に行きましょう?」
カレンに誘われてライマは笑いながら席を立つ。
気が置けなくてとても楽だ。 だが、たった一つ――
「jxt7zkrf[ed@'uew@d)4,?」
メーションがラフォラエルに向かって言った。
――あ、まただ。
ライマはカレンと一緒に台所に行きながら耳を傾ける。
「c;fue>」
ラフォラエルが答える。 すると、
「-ysi?」
「6e<tkd@)kj5w@bq@eb@zt4kfjr@huet?」
「33<c;uo^eg>」
「w@m3yjlzt4kf7/w6b4p@>」
ウズやタートゥンまで会話に参加する。
ライマは平静を装いながら考えた。
――どこの国の言葉だろう。 全く分からない。 地方性も予測できないなんてこんなの初めて。
ラフォラエルがあらかじめ告げていた「聞いたことの無い言語」であることは理解できたが、ライマはほとんどの国の言語を自由に話せることができたので、なんとなく理解できると思っていたのだ。 しかしそれらは持つ知識のどれにもあてはまらない言語だった。