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最終話 初愛のひと

 そして時は現在へと戻る。


「ああもう、しつこいっ! デイ、いい加減にしなさい!」


 ラムールがデイのしつこさに辟易する。

 しかしデイはひるまない。


「いやだ! せんせー、ホントにキスしたの? 女の人と? ほんとに?」


 同じ質問を何度も繰り返すデイと、それに押されるラムールという、滅多に見られない光景に困惑しながらも面白がりつつ、リトは紅茶をすすった。


 トントン

 その時、事務室の扉がノックされる。


「はい! どうぞ!」

 デイの話を逸らすには抜群の天の助けとばかりに、ラムールは慌てて返事をした。


「失礼します」

 そう言ってにこやかに部屋に入ってきたのは――


「クララ!」

「クララさん! どうしてここに?」


 デイとリトが同時に名を呼ぶ。

 クララ婦人。 リトが学びの後に仕事を手伝いに行っているクリーニング店の責任者だ。 そして勿論、過去に女官職を剥奪された、あのクララだった。


「パイシューの差し入れですわ」

 クララはそう言って手にした袋を軽く持ち上げる。


「うっわー! やっりぃ♪」

 デイが小さく跳ねて駆け寄って袋を貰う。


「クララのパイシューは絶品絶品♪」

「こらデイ! いきなり手づかみで食べるなんてお行儀の悪い! お皿を出しなさい。 お皿を」


 ラムールが注意する。


「デイ王子はお変わりありませんわね」


 クララが楽しげにクスクスと笑った。

 ラムールは苦笑しながらクララに近付く。


「全く言うことを聞かないのでちょっと困ってるんですよ」

「いいえ。 昔に比べたら、格段に――お変わりないかもしれません」


 そんなことを言うので、軽やかに声に出してラムールは笑った。


「それで、クララ。 今日はどうなさいましたか? お茶でも飲んでいかれませんか?」

「いいえ。 今日はこれから主人とデートなので時間が無いんです。 ただ、ちょっと懐かしいものが出てきたのでお返ししなければと思って」

「へぇ? 何でしょう?」


 ラムールが首を傾げた。 するとクララはそっと一枚の写真を取りだした。

 そこには5年くらい前のラムールが映っていた。


「あー、ラムール様ですね?」

 リトが思わずのぞき込む。

「若いですねぇ」


 それを聞いてラムールが優しく微笑んだ。


「えー? なんでクララがせんせーの昔の写真を持ってるのー?」

 皿に載せたパイシューを手づかみで食べながら、デイが面白く無さそうに尋ねた。


「だってラムール様は私の初恋の方ですもの。 あの頃は女官みんなで隠し撮り写真を手に入れようとしたものですわ。 でも、もう、お返ししなければと思って」


 クララが頬を染めた。

 ラムールも嬉しそうに目を細める。


「それは光栄です。 ――デイの初恋の相手はクララですよね?」

「ぶっ、せんせー、それ、なんで知ってるの!?」

「あの頃のあなたを見ていたら分かります」

「デイ王子。 光栄ですわ」


 クララがまるで優しい日だまりのようにニッコリと微笑む。 デイは恥ずかしかったのと嬉しいのとでシューを食べる動きが止まってしまった。


「ふぅん、デイってクララさんが初恋だったんだぁ」

「りーちゃん、ひやかさないでよ。 結局クララはパルドラさんと結婚しちゃって、俺、失恋しちゃったんだから」

 照れながらデイが答える。


 そう。 その後のパルドラは見事に店を建て直し、今では前よりもっと大きく、有名で信用できる店へとなっていた。 クララとパルドラが結婚したのは2年ほど前のことである。


「でも知らないよー、クララ。 せんせーが初恋の人だなんて言ったら、パルドラさんが怒るんじゃない?」

「うふふ。 主人はもう知っていますから。 でも初めて愛した――初愛の相手は主人ですから何もやましい事はありませんわ」

「うっわー、クララ、のろけてる」


 デイが嬉しそうに言った。


「せんせー、パルドラさんに負けちゃったね。 ……せんせー?」


 ラムールは懐かしそうな表情で昔の自分を眺めていた。


「え? あ、何か?」


 ふと我に返ってラムールが尋ね返す。 デイが笑った。


「分かった! せんせー、キスの人を思い出してたんでしょ?」

「キス!? ラムール様がっ!? どなたとっ!?」


 クララがこれでもかというほど大きな声を出して驚きラムールに詰め寄った。


「ま、まぁ、クララ。 いいではありませんか」

「よくありませんわっ!」


 クララに詰め寄られて、ラムールは窓際まで逃げていく。


「ラムール様。 デイに教えるんじゃありませんでしたねぇ」

 リトが同情した。


 ラムールは後ろ手で窓を開ける。

「まったくです。 あ、私、用事が出来ましたので、これで。 ――デイ、これ以上他の人に言いふらしてごらんなさい。 数日間は苦手な物理の問題責めにしますからね」


 軽くデイを睨んでラムールはふわりと浮き上がる。


「ラムールさま!」

 クララが叫ぶがラムールは誰も追うことのできない空へと逃げる。


「そっかー。 せんせーを黙らせたかったらキスの話を持ち出せばいいんだ」

 デイが指についたクリームをなめながら呟いた。


 もちろんそんなことした日には、百倍返しされるだろうが、あえてリトはつっこまなかった。

 ラムールの消えていった空は暖かく、とても澄んでいた。





++++





 ロアノフ島の港に定期便が到着した。

 積荷を降ろしていた見習い水夫が、船内から降りてくる一人の女性に見入って動きを止める。 

 それは見事な銀髪の美しい女性がそこにいた。


「ご苦労様」


 その女性はそう言いながらチケットを渡し、軽やかな足取りで港を出る。


「き、綺麗な人っすねぇ」


 水夫が見とれたままつぶやく。

 積荷を受け取りに来ていた島民が笑いながら答える。


「ああ、奥様かい。 お医者様だよ」

「お医者さま?」

「時々島にお見えになっては御厚意で具合の悪いモンを治療してくださるんだ」


 ライマはそのまま丘へ向かって歩いていく。

 彼女に気付いた島民達があちこちから笑顔で挨拶をした。

 ライマは嬉しそうに会釈した。

 そして丘の上に立ち、海から吹く風に髪をなびかせながらかきあげる。

 左手の薬指には、燃えさかる炎のような輝きを放つ二重の指輪が輝いていた。

 この丘から眺めた景色は彼と眺めた景色だった。

 この島にいることは、彼を愛し、彼に愛された、証。

 

「ラフォー」


 ライマは誰の目を気にすることなくその名を呟いた。


「私の、初恋で、初愛のひと」


 そして瞳を閉じて愛おしそうに指輪に口づけをした。

 指輪の誓いそのままに。





――永遠に愛し永遠にあなたの側に。 たとえ死が二人を分けたその後も――


 





                                      

                                       完

 


  




 

  





   



追 記 ※ ハッピーエンドバージョンについては【ライマの初恋・ 裏話・そして5年後】の後書きにあります。

++++++++++++++


◆長文あとがき◆


御拝読ありがとうございました。 

「ライマの初恋」無事に完結。 数ヶ月に渡りおつきあい頂きまして誠にありがとうございます。

 少しでも楽しんで頂けたとすれば幸いです。

 


「陽炎隊」シリーズはまだまだ続きますが、(次は【清流の章 〜特別な存在〜】です。 プログで執筆中)この「小説家になろう」上で発表できるのは、かなり月日が経ってからと思いますので、またその時にお会いできたら嬉しいです。

 あ、その前に数話、おまけの話を。ライマの初恋【裏話・それから5年後】にて追加投稿しています。 

 

 「小説家になろう」の方では精進も兼ねて違う小説をポチポチ書いていこうかなと思っています。

 見つけたら読みに来てやって下さいm(_ _)m


 くり返しになりますが、本当に御拝読ありがとうございました。



□□□ネタバレあとがき□□□


 さて、ライマです。

「ラフォーを殺さないで!」とメッセージもいただき(しかしそのメッセージに気付いたのは殺した後でした……)感情移入してもらえたのかと思ったら、とても嬉しかったです。

 

 死ぬのは悲しいですが、死んで終わりじゃありません! ライマの話はまだまだ続く。 

 本編を読まれた方は分かっているでしょうが、ラフォラエルは本編でだって登場してます。 双方でロングパスが行われていますので、笑ってやって下さい。

 そして本編では「一夢」と「新世」が既に他界しております。 何が起こったのかはこれから明らかに……。  

 更にこの一件でラフォラエルという存在はライマ、いやラムールのアキレス腱となっています。 

 それに「初」恋だしね。 

 いじりやすいキャラだわー。   


 それでは再び会えることを祈って……。




2009/09/09  zecczec


◆◆◆11-13追記

どうしても悲しいのはイヤダー!と言う方。

この意見が結構多いので、ハッピーエンドバージョンを作成することにしました。

ただ、「なろう」で「小説」って形にはしません。

「活動報告」で書きます^^

【裏話・そして5年後】の後の話になりますので、まずはそちらからどうぞ。

絶対ハッピーエンドが読みたい人はお気が向きましたら、どうぞ。

 

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