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第56話 ずっと、一緒

 ライマに支えられながらラフォラエルが言った。


「で、出た目は6だったってことだな?」


 ライマは頷いた。

 6。 大事な友達の数だった。


「タートゥンの奴、格好いいとこ持っていきやがって。 でも、いつから気付いてたんだ?  あいつと話した? 俺には何も言わなかったぞ」

「船を出る時に二人だけで話したわ。 彼、確信したのは2回目に島に来た時だって。 最初会った時から変とは思っていたって」

「どこがぁ?」

「ラムール教育係の解雇の話をしたとき、私が話に食い付かなかったから。 普通ならもっと根掘り葉掘り聞きたがるんだって。 その噂は正解って顔してたって」

「ああ! 確かに教育係の解雇の話は普通なら誰でも目が飛び出るくらい衝撃的な話題だもんな。 他には?」

「他は、ラフォーが朝にコーヒーを入れなかった事でラエル3につなげて、テノス国民に繋がったって。 それに私って、この銀髪でしょ? 行方不明になったら絶対周囲が大騒ぎするはずなのに、家出人手配も一件もない、育ててくれた人とは良好な関係なのにそれではおかしい。 2回目に来た時に異生物は平気だわ、デイハワの話が異常にかぶるわ、で、ピンときたって」

「デイハワか。 ありゃあ今考えるとバレバレだよな」


 ライマが悔し紛れに頬を膨らませた。


「ラムールが計画に気付いて女装して潜り込んだのかとも考えたって言ってたもん。 全部バレバレだった訳じゃないんだから」 

「はは。 確かにラムールなら、魔法とか発明とかで女にもなれそう」

「え? それって複雑。 言っておくけど私、最初からちゃんと女だからね。 男のフリしてただけなんだから、女がホントだよ?」


 なんとなく女であることの方を疑われた気がしてライマが慌てる。

 ラフォラエルが軽く笑いながらあやすようにライマの頭を撫でた。


「ライマが上から下まで女の子だって事は俺が一番知ってるって。 だって俺の奥さんだもん」


 彼の笑顔にライマは照れる。

 ラフォラエルはそんな彼女を胸に引き寄せる。

 ライマは彼に寄り添い、その穏やかな感覚に浸る。

 彼の体は温かく、呼吸で上下する胸の動きは柔らかで、触れる手は優しかった。


「ねぇ、ラフォーは気づいてたの?」


 恐る恐る、ライマが尋ねた。

 すると彼は苦笑いする。


「いや。 塔の上で追いつめられるまでは全然。 本当ならさ、病室でラムールが入ってきた時に気付くべきだよな? 旦那さんとしては。 でも見事に違うから本気で気付かなかった」


 旦那さん、という言葉の響きが嬉しかった。


「塔の上で、いつ、気付いたの?」

「ラムールに名前を呼ばれた時。 ラフォーって。 姿形や声が変わっても、あんなに俺の心に響くように名を呼んでくれるのはライマしかしないから」

「……びっくりした?」

「まぁな。 だけど、嬉しかったかな。 俺が一番尊敬する人と、唯一愛した人物が同じだったんだぜ?」


 誇らしげに答える彼を見て、ライマは彼の服をぎゅっと掴む。


「じゃあなぜ、あの時逃げてくれなかったの?!」


 一番尋ねたいことだった。

 あの時、彼が逃げてくれさえいれば、今頃二人は船に乗ってこの国を後にしていたであろうに。 

 ライマの問いを予想していたのだろう。

 ラフォラエルはライマの瞳を見つめながら、優しく、優しく頭を撫でる。


「言ったろ? 勿体ないってさ。 この国にはお前がまだまだ必要だって」


 ライマは黙っている。

 ラフォラエルは静かに澄んだ青空を見上げる。


「ラムールはもっとこの国をいい国に出来る。 沢山の人を幸せにできる。 俺とずっと逃げて生きていくより、それは何倍も素晴らしい事だと思わないか?」

「思わない!!」


 ライマは声を荒げた。


「ラムールはもう終わったの。 右大臣達もいなくなったからこの国だって平気!」


 訴えるようにライマは叫ぶ。

 だからラフォラエルはもう一度、瞳を合わせる。


「まだ不穏分子が残ってること位、気付いてるくせに」


 ライマが一瞬たじろぐ。


「……で、でも、ラムールがいなくても他にこの国を良くできる人物はいっぱいいるわ! 私はライマだもん、ラムールじゃないもん!」

「ラムールじゃなきゃ出来ないこともいっぱいあるんだぞ? 王子だってお前を待ってる」


 しかしライマは目に涙をたくさん浮かべながら首を横に振る。


「いや! そんなのどうだっていい! ライマだもん。 私、ライマだもん! ラフォーと一緒に逃げるの。 そしてずっと一緒にいるの!」


 そしてラフォラエルの服をたくし上げ、ぱっくりと開いた傷に自らの手を当てる。

 そこからの出血は既に無い。 もう、流れ出る血が残っていないのだろう。

 ライマの手から激しい光が溢れる。 最大に効果の高い治癒魔法だった。


「こんな傷、すぐに治すから! だから、今から一緒に逃げよ?」


 治癒魔法の光はまるで爆発する太陽かと思えるほどの激しい光で彼の傷を包む。

 しかし、光は彼に触れるとまるで夢だったかといわんばかりにその姿を消す。

 溢れて余りあるほどの光が、彼に触れるとすべて姿を消していく。


「なぜぇっ!?」


 ライマは泣きながら魔法をかけ続けた。 しかしまるで空気を掴むかのように手応えが無かった。

 ほんの少し困った顔をしながらラフォラエルが言う。


「無理だって」


 その言葉に耳を傾けずにライマは魔法をかけつづける。


「そもそも俺は魔法が効かないから医者になろうとしたんだし」


 ライマは聞かないとばかりに首を横に振った。

 医学だけでは彼の傷は治せないことが分かるからこそ、魔法が無理だと認めることは彼の死を認めることと同じだった。


「ぃ、いやだぁ!」


 ライマはラフォラエルにしがみついた。


「嫌! そんなのイヤ! 私はもう、ラフォーの奥さんだよ? ラフォーの奥さんなんだからっ!」


 そう言いながら泣きじゃくる。


「ああ、よしよし」


 ラフォラエルは穏やかに言いながらライマを抱きしめる。


「私、ずっと、ずっと一緒じゃなきゃイヤだぁ」


 ライマが泣く。

 それとは正反対に、ラフォラエルは聖母のように穏やかだ。


「ライマ。 ずっと一緒って誓うから、泣くな」


 そう言いながら、体を離してライマを見る。


「ずっと、一緒にいてくれる?」


 ライマがすがるように尋ねる。

 ラフォラエルは頷いて、そっと自分の指輪を外す。


「ライマも一回外して」

「やだ。 外さないって決めたもん」

「外さないのは二人で一緒にはめた分。 だから一人で外して」


 思いのほか強めの口調で言われ、ライマはもったいなさそうに指輪を外す。

 ラフォラエルは二つの指輪を重ねて一つの指輪にする。 内側のライマの指輪をあるところまで回転させると、それをライマに渡す。


「指輪を上から見てごらん。 サイドに彫ってあったものと同じように文字が書いてある」


 確かにそこには何やら古代文字が彫ってあった。


「俺はそれを誓うよ。 ライマは?」

「いや! 絶対誓わないっ!」


 ライマは真っ青になって拒否した。

 ラフォラエルが苦笑する。


「そりゃあ、困ったなぁ」 

「……」

「あ、そう言えばさ」


 ラフォラエルはサラっと話題を変える。


「奥さん奥さん、今まで一度も俺に好きだとか愛してるとか言ったこと無いって気付いてた?」

「ええっ? うそっ?!」


 ライマも思わず驚く。


「あー、やっぱり気付いてなかったなぁ?」


 ラフォラエルは笑う。

 ライマはキョロキョロしながら考える。


「言ったでしょ?」

「言ってない。 ラムールの姿で愛してるとは言われたけどライマの姿じゃ、一度も」

「ええ?」


 ライマは考える。

 頭の中では好きだ好きだと常に繰り返していたので、言ったような気しかしない。

 冗談半分でふてくされながらラフォラエルが言う。


「俺が好きだよって言ったら、返事のうん、とか、嬉しいとか、そーいうのはあったけど、俺の事が好きだって言葉は直接には一度も言われてない。 すごく言って欲しかったんだから間違いない」


 言われてみれば。


「え、えええ……。 ゴメンね」

 ライマは謝るしかない。


「んじゃ、聞かせて?」


 ラフォラエルは微笑みながら彼女を見つめる。

 ライマは姿勢を正して座り直した。


「あの……、私は――私ね、わたし……」


 モジモジしながら頬を赤く染め、ゴクリとツバを飲んで、彼を見る。 


「私、ラフォーの事が、大好きです。 世界で一番……あいしてます。 ――!」


 その瞬間、ラフォラエルが全身の力を込めてライマを引き寄せて抱きしめた。

「愛してる」

 何度も聞いた、彼のその優しい響きが耳に届く。

 しかし次の瞬間、彼は激しい咳とともにむせた。


「ラフォー!!」


 ライマが慌てる。

 彼の顔は一気に蒼白になって体温がどんどん下がっていく。


「ラ、ラフォー!!」


 ラフォラエルから生気が失われていく。


「もう、時間らしい」

「いやっ!!」


 ライマが叫んだ。

 しかし時間が過ぎていくのを止めることは出来なかった。


「なぁ、ライマ」 

「だめ、じっとして!」


 しかしラフォラエルは息も絶え絶えに苦しそうな顔をしつつも口を開く。


「俺は、指輪に、書いてある事、を、誓うよ」

「ねぇお願い、もうしゃべらないで!」


 ライマの言葉に従わず、彼は続ける。


「ライマ、も、誓って?」

「嫌! ねぇ、死なないで!!」


 ラフォラエルが再度むせる。


「いやっ! ラフォー、お願い! 誓うから! 何だって誓うからっ!! だからお願い、死なないで!」


 その言葉を聞いて、彼はやっと微笑んだ。

 指輪を握ったライマの手を、優しく包むように握る。


「……誓う? 俺は、誓う」


 ライマは泣きながら頷いた。


「誓うわ。 誓うから……だから、おねがい……」


 現実が怖くて、死なないでとは、もう言葉にできなかった。


「誓いの、キス、しよう」


 ラフォラエルがそう言って、ライマの頭を引き寄せた。

 二人の唇が重なる。

 ライマの瞳からこぼれ落ちた涙が、ラフォラエルの頬へと流れ落ちる。

 思えば、最初の出会いはキスだった。

 二人の始まりは、キスからだった。


 カクンと、何かが抜けるようにラフォラエルの体が小さく揺れた。

 そしてライマの手を包んでいた彼の手の圧力がなくなる。


「……ラフォー?」


 ライマは唇をゆっくりと離して、彼の顔を見た。

 彼は穏やかに目を閉じていた。


「 ラ フ ォ ー !!」


 ライマの身を引き裂くような悲しい叫び声が森にこだました。








 指輪に印された誓いは次のとおりだった。




――永遠に愛し永遠にあなたの側に。 たとえ死が二人を分けたその後も――



  


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