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第55話 タートゥン

 ライマの膝に頭を乗せて、ラフォラエルは彼女を見上げながらその銀髪に指をからませる。

 唐突すぎて、ライマの瞳に涙は無かった。

 死に神の姿を見ることの出来ない彼女には理解できなかった。

 治癒魔法で、翼族の力を持ってしてでも治せない傷があるなんて、想像もしなかった。


「で、ライマ、伝書鳩は島に来たの?」


 ラフォラエルの口調はいつもと変わらず、苦しさなんて微塵も感じさせない。


「うん。 鳩は来たわ」

「良かった。 みんな、逃げきれたんだ」


 嬉しそうに息を吐く。


「そういえば、カレン達から貰ったドレスは?」

「持ってきた」

「そっかぁ。 んじゃ、着て見せて」

「ここで?」

「うん。 ここで。 俺はそこの樹に寄りかかるから」


 ラフォラエルはそう言って身を起こし、樹によりかかって座る。


「でも着替える場所が……」


 ライマが周囲を見回す。


「ここで着替えて、見せて」


 ラフォラエルが言う。

 ライマが頬を染めた。


「……もぉ、ばかっ」


 そして彼女はその場で服のボタンを外した。




+++




 チチチ、という小さな音と共に、ドレスの背中のファスナーをラフォラエルが上げる。

 ライマはかき上げていた髪を下ろし、立つ。

 数歩離れて、ラフォラエルに向き直る。


「どう?」


 ライマは恥ずかしそうに微笑んだ。

 白く清らかなウエディングドレス。

 小さな薔薇の刺繍が裾を彩り、ふんわりと、優しく、美しく。


「綺麗だ……」

 ラフォラエルが染みいるように褒めた。

 

 ライマはゆっくりと回って、ドレス姿を見せた。

「似合う?」

 薄紅色に頬を染め、銀の雪のように輝く髪をなびかせながらライマが尋ねる。


「最高」

 褒めた次の瞬間、彼は激しく咳をする。 手でおさえたその口元から血がたらりと流れる。


「ラフォー!」

 ライマは慌てて駆け寄り、ハンカチで口元の血を拭った。


「ありがとう。 大丈夫だよ」

 つとめて平気そうに微笑みながらラフォラエルはライマの頭を撫でる。


「本当に似合ってる。 みんなにも見せてやりたかったなぁ。 ――そういや、タートゥンとサシで勝負したんだって?」


 その言葉にライマが一瞬強張る。

 ラフォラエルは優しく続ける。


「あいつが賭けで負けた? 信じられないなぁ」


 ライマは首を横に振った。


「ううん。 タートゥンは私って知ってて、助けてくれたの」

「どういうこと?」

「私ね、帰ってくる前に……」



+



 その日、裏カジノは大混乱だった。

 ドノマンの養子であるスタッフ達が揃いも揃って出勤していないのだ。

 だが、お客様は来店されていた。

 おかげでバイトで雇われていた素人同然の者達が全員出勤して仕事にあたっていた。

 幸い総支配人は出勤していたので、彼らはいつも通りにドリンクを運んだり換金作業を行い、また何人かはスタッフの代わりにその場を切り盛りしていた。

 そんな混乱した現場の中での小さな異変。

 この裏カジノは入場時に覆面を付けてよいことになっている。

 それは地位のある者達がお忍びで来るからだ。

 誰が誰か分からないその状況に紛れて一人の客がこっそりと儲けていた。

 最初は洋服の束と交換にした、たったコイン1枚からのスタートだった。

 まず、スロットでコイン3枚を当てた。

 それぞれ1枚を再び3枚当て、9枚になった。

 その人物は目立たぬよう、中当たり程度の絵柄でコインを増やしていった。


 次に、ルーレットの台に来た。

 その日のディーラーは出勤していなかったのでバイトだった。

 とりあえずホイールを回転させ、ボールを投げ入れれば済むだけの話だ。

 その人物はしばらくの間ディーラーの動きを見て、やがて遊び始めた。

 すると、ギャラリーが集まり、どよめいた。

 ディーラーは真っ青だ。

 ホイールを回転させ、ボールを投げ入れる。 その客が一目賭けでベットをし、ディーラーがノー・モア・ベットを告げる。 カラカラカラとボールの転がる軽い音が響くと、白いボールはまるで吸い寄せられるかのように客が賭けた数字に向かって飛び込んでいく。

 これで何連続なのか。 コインがあっという間に増えていく。

 デイーラーにとって、これは恐怖だった。 

 自分は何もしていないのに客が選んだその数字に玉が入っていく。

 相手が一度でも負けてくれればいいが、自分がゲームを進める度に自分のバイト代、いや年収以上の金が相手の懐へと流れ込む。

 悪夢以外のなにものでもなかった。

 するとそのうち、ギャラリーが便乗して、その客が賭けた数字に一斉にかけはじめた。

 結果は言うまでもない。

 全員が36倍の高配当に喜び、騒ぎをききつけた他の客が更に押しかける。

 あまりの騒ぎに他のスタッフも集まる。

 ディーラーは恐ろしくて動けない。

 その客が悪魔に見えた。


「皆様、お楽しみ頂けておりますか?」


 総支配人の声が響いた時、そのスタッフは神の助けと思った。

 その場にやってきて総支配人と呼ばれた男は他の誰でもない、タートゥンだった。

 タートゥンは仮面をした客――ラムールをちらりと見つめた。


「今宵は幸運の女神を連れた方がおでましのようだ」


 その言葉に、ラムールの指がぴくりと動く。

 紳士的にタートゥンが告げた。

「お客様。 大変お楽しみのところ申し訳ないのですが、本日はこの程度でご休憩なされてはいかがでしょう?」

「いいや。 まだ終わる訳にはいかない。 それともここのカジノは客が勝つと途中で水を差すのか?」


 ラムールが即答すると、他の客が、そうだそうだ、もっとやらせろと野次を飛ばす。

 タートゥンは穏やかに告げた。


「賭けは勝負が見えないからこそ楽しいものです。 残念ながらここにいるディーラーの腕とあなたの腕では力の差は歴然だ。 いかさまとは言わないが、正々堂々とは言い難い」


 客がざわめく。


「しかもあなたはここに正式に招待された客ではない。 どこからか忍び込まれた時点であなたはここで遊ぶ権利は無いのですよ」


 タートゥンはゆっくりと歩いてホイールの側に行く。

 ラムールが動ぜずに告げた。


「O国の大臣M、C国の商人B、L国の指名手配犯J。 確かにここは仮面で隠されているとはいえ色々な国の色々な方がお忍びで交流しているようですね」


 ラムールはイニシャルだけを告げたが、心当たりのある者が顔色を変える。


「仮面で隠してあるが、残念。 僕は瞬間記憶能力保持者だ。 仮面の隙間から覗く瞳の模様、耳の形、その他の身体的特徴でどこの誰か一目瞭然だ。 遊びを無理矢理終わらせるような無粋な真似をしないのならばすべて我が心の中のみにとどめておこう」

 ラムールの言葉が静まりかえったカジノに響く。


「支配人! このまま遊ばせるんだ!」

 慌てた何人かの客が怒鳴る。


 タートゥンはゆっくり頷いて返事をした。

「ではお客様、そこまでして遊びたい理由が何かございますね? それをお教え頂けますか?」

「債権ナンバー、KD−23wqを買い戻したい」


 ラムールの言葉に彼は頷き、あらかじめ用意してあったかのように胸元から封書を出した。


「こちらが債権ナンバー、KD−23wqでございます。 ラムール殿」


 ラムールという言葉を聞いて更にどよめきが起こる。


「……なせ僕と?」

「これを取り返しに来る御仁は他にはいらっしゃいません」


 タートゥンがおそろしく紳士的に微笑む。


「ただし、この債権を買い戻すにはまだチップは足りません。 次に1賭けで当たればお釣りが来ますが」

「釣りはいらん。 くれてやる」

 ラムールが言い放ち、タートゥンも頷く。

「では、私と勝負をしましょう」


 そう言いながらボールを持ち、ルーレットを回してボールを投げ入れ、

「赤の19」

 と声にする。

 ラムールが眉を寄せた。


 ボールはカラカラと転がり赤の19に吸い込まれるように入っていく。

 ニコリ、と満足そうにタートゥンが微笑む。

 そしてもう一度。


「0」


 その言葉通りにボールは入る。


「……回転速度と投入速度の計算から導き出した数字とは微妙に異なるでしょう?」


 タートゥンの台詞にラムールは黙っている。


「ラムール殿には、どの数字に入るか分からない。 これで、やっと賭け事らしくなった。 でもこれでは私が優位だ。 そこで」


 続いてトランプを取り出す。

 そして手際よくシャッフルしたその中から2枚のカードを誰にも見えぬよう伏せたまま取り出し、盤面に置く。


「私が入れる数字はこの2枚のカードの数を足したものです」

「ということは2以上26以下ということだね?」

「いいえ。 ジョーカーも含めてでございます。 0から26、つまり確率は27分の1です。 もし仮に、出た数字がこの場に伏せたカードの合計数と違えば、私の負けで構いません」


 彼自身もカードの数字が何であるかは見ていない。


「それでは、僕の方が有利のようだが?」


 ラムールが告げるとタートゥンは頷いて、懐から小銃を取り出した。


「ラムール殿が勝てば、お望みの書類と交換致します。 しかし私が勝てば、これでラムール殿自ら」

「……命を賭けろというのか?」

「ルール違反で乗り込んできた事に対するペナルティです。 勿論この勝負に乗らずここでお止めになるというのなら、儲けた金額は全額お支払いいたしますが、お望みの書類には手は届きません。 どうしますか? 勝負を受けますか?」


 その問いに周囲は水をうったように静まりかえる。


「……よかろう」


 ラムールが絞り出すように発した張りつめた口調が、より一層、周囲を緊張させた。

 タートゥンは冷たい眼差しを崩さずに顔の筋肉だけで微笑み、ボールを手にした。

 ホイールが回され、ボールが投げ入れられる。

 その瞬間のラムールの予測では、出るはずの目は「0」だった。


「それではあなたを裏切らないと信じる数にお賭け下さい」

 タートゥンが言った。 


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