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第54話 何よりも、愛している

 今、塔の頂上にたどり着いたのはラフォラエルとラムールの二人だけだった。

 ラフォラエルは両手を上げながらゆっくりと体の向きを変えてラムールと向かい合う。

 その胸元にはラムールの差し出した鋭い剣先が今も向けられている。


「……流石だな。 ラムール教育係。 俺にもう逃げ場は無い、か……」

 ラフォラエルは穏やかに告げる。

「これでお前は国内の不穏分子も排除できて教育係に戻れるという訳だ」


 しかしその言葉にラムールは反応しない。それどころか剣先を右に逸らして塔の外を指した。


「この塔のすぐ下に水路が見えるはずだが、分かるか?」

「水路?」


 ラフォラエルは体をひねって塔の下に視線を向ける。 すると確かにそこにはとても浅めの水路が見えた。


「一見浅そうに見えるが、その水路はかなり深い。 ここから飛び込んでも十分平気だ」


 ラフォラエルは怪訝そうな顔をしながらラムールの顔を見る。

 ラムールは続けた。


「しかも水の流れはかなり速く、ものの数分でこの王族居住区を抜けて一つの港につく。 そこで船に乗り込めば国外脱出もすぐだ。 どんな追っ手もどんな手配も間に合わぬ」

「ち、ちょっと待て?! お前、ここから俺に逃げろと?」

「この水路は緊急時の王族脱出用に造られたもの。 この水路の存在を知る者は一握りだ。 多少泳がなければならないが想像以上に快適に確実にこの場を去ることができる」


 ラムールは物語を語るように淡々と告げた。

 そして困惑しているラフォラエルを見て、一言。


「……泳げる、よな?」

「あ? ああ。 泳げるけど……、でもなぜ?」


 ラムールは突きだしていた剣を引き、まるで肩たたきの棒のように自らの肩に当てた。


「なぜ、と言うならば、ラフォーのおかげで右大臣をはじめ、この国の不穏分子の殆どは一掃できる。 感謝している。 ここから逃がすのはそのささやかな御礼と思ってくれればいい」

「だけど、そうしたらお前は教育係には……」


 戸惑うラフォラエルに向かってラムールは静かに微笑んだ。

「さきほど陛下に記章はお返しした。 教育係に未練はない」


「な?!」

 ラフォラエルがひどく驚く。

「何言ってんだお前?! もったいないことを」


「んー。 だって、教育係よりやりたいことが出来たんだなぁ」

「やりたいことって?」

「……駆け落ち?」

「か け お ち い っ ? ? ? 」


 ラフォラエルの声が裏返る。

 ラムールは微かに照れながら話す。


「えーと。 この謹慎期間中に、大事な人が出来て、な。 どうせこの国にいてもデイを叩いた罪で僕も処分される。 陛下はもともと僕に逃げて欲しくて自宅謹慎処分にしたんだし。 その人とずっと一緒に逃げて生きていきたい――から、ちょっと違うけど、駆け落ち?」

「ちょっと待て! 本気で勿体ないっ! お前を必要としている国民がまだまだ沢山いるんだぞ! この国にはお前は必要だ!」

「だって、決めたから」

「決めた……って」


 ラフォラエルは言葉を失う。

 ラムールが少し呆れた口調で問う。


「で、逃げたくないの?」


 ラフォラエルは首を小さく横に振り、もう一度尋ねる。

「お前、その相手の事を――国より愛しているのか?」


 ラムールは迷わず返事をした。

「愛してる。 世界中の誰よりも、何よりも、愛している」


 ラフォラエルが黙っている。


 今度はラムールが尋ねる。

「ラフォーはここから逃げて会いたい人はいないのか? その人の事を愛していないのか?」


 ラフォラエルは、とても静かな笑みを浮かべた。

 その時、大勢の足音が下から近付いてきた。 兵士達だ。


「いかん! 兵士達が来た! 時間がない、早く飛び込め!」


 ラムールはそう言って急かすように剣先をラフォラエルに向けた。

 その瞬間、ラフォラエルが優しく告げた。


「その人を――愛しているさ。 そう――」

「早く行けっ!!」



 それは、同時だった。



 ラムールが叫ぶのと

 兵士達が塔の上になだれ込んで来るのと

 ラフォラエルが自ら体を動かし――




 ラムールの剣を持つ手に、ずぶり、と重い感触が届く。

 まるで沼地をかき分けて進むような重さ。

 そして、剣を伝って手に届く、赤く暖かな液体のなめらかさ。


 ラムールは自らの手元を見た。

 自分の持っていた剣が深々とラフォラエルの腹を突き刺していた。

 そしてラフォラエルはラムールの耳元で小さく言った。




「愛してるさ。 ――俺との未来よりも――」




 ウオオオオ!!と兵士達が歓声を上げた。

「ラムール様が! ラムール様が! 暗殺者をお捕らえになった!!」




+++



   

ラムールはよろめきながら、慌てて剣を抜いた。

 崩れ落ちるように倒れていくラフォラエルを、兵士達が捕まえる。

「お見事! ラムール様!!」

「おい、こいつを早く地下牢へ連れて行け!」

「流石です!」

「ラムール様が暗殺者を退治なされた!」

「おい誰か、陛下に報告を!」


 兵士達がラムールを取り囲んで讃辞を送る。

 ラフォラエルは兵士に掴まれて連れて行かれた。

 ラムールの顔色は真っ青だった。


「ラムール様?」

 思わず兵士の一人が声をかけた。

 ラムールが我に返る。

「あ、……あ、ああ」

「やりましたな!」

「……あ、ああ。 僕は……もう、帰る……。 後は頼む……」

 ラムールはフラフラとした足取りでその場を去った。



+



 テノス国の地下牢にはドノマン、右大臣をはじめ、今回の犯罪関係者がみな投獄されていた。

 ラフォラエルの投獄された場所は地下二階フロアに一番近い右側の牢だった。


「虫の息だな」

 見回りの兵士がそれだけ呟いてフロアに戻った。


 ラフォラエルは壁に寄りかかるような感じで座り、その床には彼の血だまりができていた。

 テノス国地下牢。

 入り口は一つしかなく、地下のため非常口もない。

 脱獄不可能といわれる牢である。

 ドノマン達は同じ並びの奥の牢に繋がれていた。

 ラフォラエルは血を流していたので一人別房だった。

 ぜい、ぜい、と息をする。

 普通ならすぐさま処刑されるのであろうが、今は右大臣達まで逮捕されてテノス国はてんやわらやだ。 罪人を構うはずもなく、ただ放置されたままである。 

 だから、あとはこのまま、目を閉じて死を待つだけだ。

 フロアから兵士達の話し声が響く。

 ラフォラエルは目を閉じて、聞くともなしに話を聞いた。

 彼らの話は、ラムールが教育係として戻ってきてくれるだろう、なんと嬉しいことか、という話でもちきりだった。

 ラフォラエルの唇が微かにゆるむ。

 

 その時。


 急に兵士達の話し声が止んだ。

 いや、時間の流れが変わったというべきか。

 いつもと同じであるはずの空間が固形になったような。

 みなが動きを止められたような。


 そんな中、誰かが牢へと近付いてくる気配がした。

 牢の鍵が音もなく崩れ去り、扉が開く。

 そして誰かが牢の中に入ってくる。

 ラフォラエルは瞳を開けた。  

 まず、白い翼が見えた。

 そして三つ編みにした金色の長く美しい髪。

 長く伸びた笹の葉状の耳と、優しい瞳には不似合いな牙。

 その女性はラフォラエルを見て微笑んだ。


「あなたが、ラフォーさんね?」


 新世だった。

 ラフォラエルは頷く。

 すると新世はふわりと音もなくラフォラエルに近付く。

 ラフォラエルは微笑む。


「新世さん、ですね? あなたの話はライマから聞いてます」

「ええ。 新世です。 ライマに頼まれてあなたをここから逃がしに来ました」

 新世はそう言ってラフォラエルの服を触る。


 ラフォラエルは目を閉じてなすがままに身をゆだねる。

「俺、ライマと結婚しました。 すいません。 本当は先にあなた達の所にご挨拶にいくべきだったんですが……」


 新世が笑った。

「ええ。 驚いたわ。 本当にいきなりだったんですもの。 ライマは意固地な所のある子ですけど、どうぞ宜しくお願いしますね」


「ふふ。 ライマかぁ……。 あいつ、今頃、泣いてません? かなり泣き虫だから」

「あの子の事を泣き虫だって思ってくれるあなたに出会えて、あの子は本当に幸せね。 あの子ね、いつだって背伸びして、我慢ばっかりして。 今回が初めてじゃないかしら? あの子が自分のためだけに私にお願いをするなんて……。 助けて、って。 あなたを助けてって。 泣きながら……私を頼って……」


 新世の手がラフォラエルの傷口に触れた。

 それを見て新世は胸をなでおろす。


「良かった。 傷は深いけど、平気。 すぐ法術で治せます。 ここで治して、すぐに出ましょう。 ライマと森で待ち合わせしているの」


 そう告げて、手からまぶしい光を出して傷に触れる。

 翼族の治癒魔法能力をもってすれば、完治はあっという間だ。

 その時、新世が言った。

「あら? あなた……」


 その言葉を聞いてラフォラエルが微笑んだ。

「さぁ、行きましょう。 ライマが俺を待ってる」




+++



 

 新世は陽炎の館の裏にある森で、ラフォラエルと一緒にライマを待っていた。

 樹に寄りかかった体勢で座っていた彼がその気配に気づく。

「来た」

 嬉しそうに呟いて、立ち上がる。

 草をかきわけながら足早に駆けてくる音。

 ちらりと見える銀髪。


「ラフォー!」


 肩で息をしながらライマが姿を現した。 彼女の後ろから、小さな旅行鞄を抱えた一夢がふてくされた顔をしながらついてくる。

 ライマはラフォラエルの姿を確認すると立ち止まり、目に涙を浮かべた。


「ライマ」

 ラフォラエルは愛しそうに微笑みながら、おいでと告げる代わりに両手を広げる。


「ラフォー!!」

 ライマは駆け寄り抱きついた。


「うぉっと」

 ラフォラエルはライマの勢いに負けて、少しよろめいて笑う。

 そしてぎゅっと抱きしめる。


「ラフォー? ラフォー」

 ライマは泣きながら彼にしがみつく。


「ハイハイ。 ラフォーですよん。 泣くなって」

「ごめんね」

「ううん」


 ラフォラエルは優しくライマの頭を撫でながら彼女を落ち着かせた。

 少し落ち着いたライマの頬に光る涙をそっと指で拭い、おでこに軽くキスをする。

 ライマがはにかみながら、やっと体を離した。

 ラフォラエルは向きを変えて、一夢を見る。

 一夢は荷物を地面に置くと腹ただしい表情を崩さずにラフォラエルに向かって歩いてきた。


「お前がラフォラエルか!?」

「はい」


 一夢は厳しい口調で続ける。

「うちのライマに……! やっぱり納得いかねぇっ!」


 そしてラフォラエルの襟首を掴み、右拳を振り上げた。


「一発殴らせろっ!」

「ダ、ダメぇっ! やめてよ一夢っ!」


 ライマが慌てて間に入る。

 だが一夢は納まらない。


「いーやっ! 勝手に嫁さんにするなんて! やっぱり一発殴……!」


 そのとき、振り上げた一夢の拳に手を当てて制したのは他でもない新世だった。

 新世の表情はいままで見たどの表情よりも厳しかった。


「一夢。 時間が無いの」

「分かってるさ。 でもせめて」

「時間が無いの!」


 新世が強く言った。


「新世?」

 一夢とライマが同時に不思議そうな声を上げる。

 次の瞬間、ラフォラエルの体がライマの腕の中でがくりと崩れ落ちる。


「ラ、ラフォー?!」

 ライマが慌てて支えながら座る。

「ちょっと限界」

 ラフォラエルは優しく言う。

「え? ラフォー? どういうこと? ねぇ、新世!?」

 ライマが混乱しながら新世を見る。


 新世が泣きそうな顔をして告げた。

「彼は特異体質者よ。 何百、何千万人に一人いるかいないかといわれる、あらゆる魔法の効かない体」


 慌ててラフォラエルの顔を見ると、それでも彼は穏やかに微笑む。

 新世が続ける。


「彼の傷は治せない。 死に神も迎えに来ているわ。 今はかろうじて命の実3つと引き替えに彼を連れて行くのを待ってもらっているの。 それ以上は譲歩してもらえなかったわ。 だから――時間が無いの」


 ライマは首を横に振りながら、新世を見る。

 しかし新世はもう一度言った。


「もう、時間が無いの。 彼はまもなく死ぬわ」


 ライマの手をラフォラエルが優しく掴んだ。

 それは新世の言葉が真実である証明に他ならなかった。

 流石に一夢も唖然と立ちすくむ。

「行きましょう。 一夢。 二人きりにさせてあげて」

 新世はそう言って、一夢の手を掴んでその場を去っていく。


 新世と一夢がいなくなり、森の中にはライマとラフォラエル、二人きりになった。



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