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第5話  よく分からない物体X

 その頃のテノス国では、デイは好き勝手し放題になっていた。


「王子! デイ王子!」

 数学のヤン先生や、国語のケセム先生がデイの名を呼びながら王宮の庭を歩き回っていた。


「ふっふん♪」

 それを茂みの陰から見てデイはほくそ笑む。 計算や字の書き取りなんて面倒なことはしたくない。


「王子。 ご機嫌ですな」


 隣でクローク卿が楽しそうに言った。 デイはニコッと笑う。


「うん。 すーっごく楽しいよ。 昨日はぜーったい入っちゃいけませんって言われていた部屋の封印のおフダをはがして中に入ってみた」


 クローク卿が目を丸くする。


「で、その部屋には何が?」

「なぁんにも。 ただの部屋だったよ。 ムカついたからペンキを使って部屋に落書きしてきたの。 広くって楽しかったぁ!」


 デイはクスクスと笑う。

「しかもね、僕が部屋から出た後に見回りに来た近衛隊長が腰を抜かしてたんだよ。 おもしろかったなぁ!」


 クローク卿が頷く。

「それは良かったですね。 ところで右大臣様がサロンに来て遊ばないかと申されておりましたよ。 これから一緒にいがですかな?」


 デイはちょっと考えた。

「そーだなぁ。 またトランプゲームしてもいいけど、絶対ボクが勝つからなあ〜。 オセロだってそうだし。 みんな弱いんだもん」

「王子はお利口でいらっしゃるから、大人も歯が立たないのですよ。 ですから我々も負けたくなくて頑張っているのですが……一緒に遊んではいただけませんでしょうかねぇ?」

「んー。 あっ、クララだ! ボク、クララと遊んでくる!」

 

 デイはクララの姿を見つけるとそう言い残して走り出す。

 クローク卿は舌打ちをした。






「ク・ラ・ラっ♪」

「デイ王子!」

 クララはデイがいきなり茂みから出てきたので驚く。


「王子、今はお勉強のお時間ではありませんか?」

「えー? いいのいいの。 ねぇ、クララ。 遊ぼう♪」


 デイは聞く耳も持たずクララの服を引っ張る。


「で、でも王子、私は注文を受け付ける仕事の最中で……」

 クララは持っていた注文票に目を向ける。


「えー? そんなん後でいいじゃん。 あのねぇ、オセロやろ? オセロ。 ボク、覚えたの。 すっごく強いんだよ!」

 そう言ってデイはクララの手を引っ張りずんずん進んでいく。


「お、王子……」

 クララが困った声を出す。


「クララ! 何をしているの!!」

 その時、王宮女官長の一人が近づいてきた。 クララがひざまずく。


「申し訳ありません。 今、仕事にもど……」

「クララはボクと遊ぶの!」


 クララの言葉をデイが遮った。 女官長が驚く。


「王子、クララは……」

「クララはボクと遊ぶの! ボクが決めたの! 何か文句があるの? 文句があるならボクに言って。 クララには何も言わないで」


 デイはまるでクララを守るように女官長の前に立ち、彼女を見据えて言った。 女官長が言葉を探す。


「しかし、王子……」

「ボクの命令が聞けないの?」

 デイは間髪いれずに言った。


「……分かりました」

 女官長は深々と頭を下げるとクララを睨み付けてから背をむけてその場を離れた。


「なーんだ、あいつ、感じわるいの〜」

 デイは女官長の背中に向けてアッカンベーをして、誇らしげな笑顔でクララに言った。

「さぁ、クララ。 遊ぼうよ♪ もう意地悪する人はいないからさ♪」


 クララは断れなかった。

 そのまま手を引かれてデイ専用の庭に来る。 本当ならこんな場所に女官が立ち入る事は許されていない。 しかしデイが良いと言っているのだ、近衛兵も止めることは出来なかった。

 デイがオセロボードを出す。 クララは仕方が無いのでさっさとゲームをしてデイに満足してもらってその場を離れようと決めた。

 ゲームが始まる。 クララは何も考えずに適当にオセロを置いた。 しばらくして、デイが唸りだしてやっとクララは我にかえる。


「ん〜っ。 クララ、強いねぇ……。 右大臣達より強い……」

「えっ?」


 クララは盤を見た。 確かにクララがかなり優勢に進めていた。


――ああ、ダメだわ。 子供相手に手を抜かないと……


 そう考えたクララはわざとありえない所にオセロを置く。 するとクララに導かれてデイのオセロが優勢になっていく。 デイはどんどん晴れやかな顔になる。


――良かった。 これで良いのだわ。


 クララはデイが優勢になっていくのを見て喜んだ。 デイはどんどん「ボク、強いでしょ」とか「クララ、そんなところに置いたらボクに取られちゃうよ」と、言い出した。

 そんなデイが可愛くてクララもデイの一手一手にオーバーに驚き、感心する。

 ゲームも終盤にさしかかり、一見、デイの勝ちは明らかだった。 しかしクララから見ればいくらでも逆転できるような展開だった。


――ここに置いたら、すぐ逆転できるのだけど


 そんな事を思いながら、クララはどこに置けばデイがより勝ちやすくなるかを考えていた。


「クララもあんまり強くないねぇ」

 デイが言った。


「そうですね、王子は流石です」

 クララは答えた。


 デイが盤を見ながら呟いた。

「今ならせんせーにも勝てたかなぁ」


「え……っ」

 クララは言葉を失った。


 もしラムールなら、こんなおべっかは使わなかっただろう。

 さっさと急所にオセロを置いて「甘い」と言って笑うのだろう。

 こんなまやかしのゲームは、デイの為になるのだろうか?


「あっ、ゴメン。 クララ。 もうせんせーはいないんだった。 気にしないで」


 デイはクララが押し黙った事を勘違いして謝る。

 クララのオセロを持つ手が震えた。

 はたしてどこに置くべきか。


「クララ。 ここ、ここ。 ここに置いたら2つも取れるよ♪」

 見るとデイが盤の一カ所を指さして教える。


 クララは、黙ってそこに置いた。

 ゲームはデイの勝ちだった。




 その後、デイは日が暮れたのでクララを解放し、夕食は嫌いな野菜が出ていたので途中で食べるのを止めて右大臣のサロンに遊びに行った。

 さすが右大臣のサロン。 諸外国のお菓子がよりどりみどりである。 デイはグミキャンディを口いっぱいにほおばる。


「元気いっぱいですな、デイ王子」

 右大臣がニコニコしながら近づいてくる。


「昼間にお越し下さらなかったので我々はとても寂しい思いをしましたよ」

「んー? だって、ゲームしても右大臣達弱いんだもん、面白くないし〜」


 デイはクッキーの缶を開けようとするが固くて開かない。

 右大臣がそっと箱を取り蓋を開けてデイに渡す。


「王子は幸運の星の元にお生まれなのですから。 我々凡人は足下に及びません」

「だろーね♪」


 デイはそう言ってクッキーを頬張る。

 右大臣はニコニコとした作り笑顔で、少しの間デイを見つめていた。


「そういえば王子。 もっと面白い遊びがございます。 これは王子のように強運をお持ちの方が遊ぶ究極の遊び」

「どんな遊び?」

 デイが右大臣を見つめた。


「カジノ、でございます」

「カジノ?」

「ルーレットやポーカー、サイコロなど、色々なゲームがありまして、勝てばコインが手に入ります。 本当は大人しか遊べないのですが、王子がどうしてもと言うのであれば私の甥が秘密のカジノ場へとご案内致しますが」

「面白そう! ボク、行きたい!」

 デイは目を輝かせた。











 ロアノフ島も日が暮れ、ラフォラエルが帰宅する。

「ただいまあ〜。 あー、腹へった。 ライマ、飯、出来てる?」


 ラフォラエルは扉を開けて呼びかける。 しかし返事は無い。


「ライマ?」

 ラフォラエルは不思議そうに部屋を見回し、台所へと向かう。


「ラ……うぉおっ!」

 ラフォラエルは台所に入るなり奇声をあげた。


 テーブルの上にあるものは、なんだかよく分からない物体Xが数個。

 そして背を向けて落ち込みまくるライマが一人。


「……こ、これ何?」

 ラフォラエルは気を取り直して尋ねた。


「……ごはん」

 ライマが消えそうな声でポツリと呟く。


 見ると台所は酷いありさまで、まるで化学実験の後みたいだ。


「パエリア作ろうかなって思って、野菜とお米入れたんだけど、お米に甘み増そうと思って、ザラメ入れて、てかり出すために卵白と、ふっくら膨らます為に重曹も入れて超圧力をかけてみたんだけど……」


――化学実験と変わりない!!

 ラフォラエルは吹き出しそうになった。


「……ごめんなさい」

 ライマが本当に申し訳なさそうに謝る。


 一応、料理の本は開いていたが。


「料理の本では何を作ろうと?」

 興味が沸いたのでラフォラエルは尋ねた。


「スープ」


 しかしそこにあるのは焦げた鍋。


「強火って書いてあるから強火にして、ふつふつとなったら火を消してってなってたけど、いつまで待ってもフツフツってやつになんないんだもん!」

「――フ、フツフツつったら、フツフツだろうが……」

「だから! よく分からないけど吹きこぼれるし、フツフツなんて形にならなかったし……」


 ライマが必死に言い訳する。

 ラフォラエルはライマをじっと見つめて、クスッと笑う。

「分かった。 俺が作るから見てなさい」

 彼の腕前はかなり上手で、ライマは美味しい晩ご飯にありつけた。





 そして夜。 寝る時間になった。

 さてここで問題です。

 この家にはベットは一つしかありません。

 どうなるでしょう?





「狭くない?」

 ベットの端で、ラフォラエルが尋ねた。

「へーき」

 ライマが反対側のベットの端で、答えた。


「やっぱり俺、ソファーで寝ようか?」

「だから、ソファーで寝るならいきなり転がり込んだ、わたしが寝るのが筋でしょ?」

「いや、だってライマが風邪ひいたら困るし」

「だから……って、何回目の同じ話の繰り返し? どっちも引かないからそれじゃあもう一緒にベットで寝ようってさっき決まったじゃない」

「いや、そうなんだけど……。 ライマって大人しそうな顔して結構頑固だよな」

「ラフォーだって髪の毛下ろしたら、わたしより年下みたいになるくせに、すっごく頑固」


 ライマがプンとふくれる。 ラフォラエルも言い返す。


「悪かったなぁ。 童顔になるからいっつも昼間はオールバックにして上げてんの! 気にしてることズバっといいやがって」

「なら、かちっと全部上げちゃえばいいのに」

「少し垂らすのが、こだわり!」

「前髪下ろしたら童顔になるっていいながら?」

「あのなぁ!」


 ラフォラエルは寝返りをうってライマを見た。


「!」


 セミダブルのベットで寝返りをうつと、そこには当然、間近にいる訳で。


「……えと。 ま、いいか」

 ラフォラエルは気勢をそがれる。


「変なの」

 ライマときたら冷静なものだ。


 そのままお互いに天井を見つめたまま、時間が過ぎる。


「寝た?」

 ラフォラエルが尋ねた。

「ううん」

 ライマが答えた。


 そのまま、また時間が過ぎる。


「起きてる?」

 ラフォラエルが尋ねた。

「起きてる」

 ライマが答えた。 今度はラフォラエルが続けた。


「なんか、眠れなくね? 話でもしようか」

「何の?」

「んーと、人生相談……とか。 もし俺で聞いてやれることがあったら……聞くだけしかできないだろうれど……一人で悩むよりすっきりするかも?」

「えーっと、特にないかなぁ」


 ライマはあっさりと答えた。

 だって実際、頭にあるのは早くこの島を出て帰らないと、だったし、テノス国民であることを隠している立場としてはその事を相談できるはずもなく。


 でもそれじゃあんまりかなぁと考え。


「あえていうなら……早く家に帰りたい」

「帰りたいの?」


 ラフォラエルが意外そうに尋ねた。


「帰りたくなくて家を出てきたとかじゃないんだ?」

「あ」


 そこでライマは思い出す。 彼が自分が流れ着いた訳を自殺か何かと勘違いしていたことに。

 せめてそれだけは誤解を解いてもよかろう。


「うん。 ちょっと海岸で遊んで波にさらわれただけだから。 家にはすぐにでも帰りたい」

「じゃあ家の人が心配してるだろうな。 連絡したいだろうけどここには電話はないからなぁ」

「あ、ウチ、電話ないから。 連絡しようはないの。 だから気にしないで。 とりあえずわたしは元気だし。 明日には帰れるからちょっと叱られたらオワリ」


 ラフォラエルが寝返りをうった。

「明日? もう明日帰るの? せっかくだからもう少しいてもいいんじゃね?」


 ライマは首を横に振った。

「兄と姉が心配するもん。 心配性だから、二人とも」

「ご両親は?」

「両親は……いない」


 その言葉を聞いてラフォラエルが息をのむ。

「ごめん」


「ううん。 別に気にしてないから。 父の方は顔も知らないし、母だって……」

 ライマはそこまで言って口をつぐむ。

 自分の母の話なんて、今まで誰にもしたことはないではないか。 そう、新世にさえも。


 押し黙ったライマを見てラフォラエルが明るく口を開く。

「俺も似たようなモンだよ。 父さんも母さんも事故で死んだ。 たった一人の姉さんも、死んだ。 とりあえず同じ家で育った兄弟同然のヤツはいっぱいいるけどな」

「えっ?」


 今度はライマが寝返りをうった。

 するとラフォラエルと目があう。


「俺、孤児院で育ったんだ」

 そう言ってラフォラエルは優しく微笑んだ。


「ラフォーも?」

 思わずライマが口に出す。


「え? てことは、もしかして」

「うん。 私も孤児。 さっき言った兄と姉とは血は繋がってないの」

「それじゃあ俺と同じだ」


 そう告げた彼の微笑みがライマの瞳にすとんと届く。

 なぜか思わず、ライマは視線を逸らした。


「ライマ?」

 不思議に思ったラフォラエルが名を呼んだ。

 その時だった。


「先生!! 先生!!!」

 泣き声に近い女の叫び声と同時に、家の入り口のドアが激しく叩かれる。

 途端にラフォラエルの目が鋭く光る。


「患者だ!」

 ラフォラエルが跳ね起きた。



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