表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/57

第53話 うん。 デイならね。

「なぜお前がここに?! 近衛兵、奴を捕らえぬか!」


 右大臣が声を張り上げる。

 しかし近衛兵達はラムールの胸元に光る記章に気づいたのだろう、動かない。


「どうした!? 右大臣である儂の命令が聞けぬのか?!」


 声を荒げる右大臣に対してテノス国王が静かに告げた。

「右大臣。 待つのじゃ。 ……どうした、ラムール?」


 その言葉に導かれるようにラムールは陛下の側に近付き、跪く。


「デイ王子の病の治療に参りました」

「……治せるのか?」

「はい」


 迷いのないラムールの口調に、皆がざわつく。

 そしてラムールは恭しく教育係の記章を外して陛下に差し出した。


「その前に記章をお返しさせて頂きたいと存じます」


 陛下は何も言わずそれを受け取る。

 ラムールはゆっくりと立ち上がってデイを見た。


「待て! 今、ドノマン様が治療中だ! お前の出る幕では無い!!」

 右大臣が叱責した、そのとき。


「……せんせー……」


 小さな、小さな声が響く。

 デイの声だ。

 デイが息も絶え絶えに口を開く。


「ぼく……せんせーに……なおしてほしい……」 


 デイの言葉は室内にいた教授達の表情を明るく一変させた。

 ドノマンはわなわなと震えてラムールを見る。

 ラムールは静かにデイのベットに近付く。


「待て! お前は何も持っていないではないか! どうやって治療するつもりだ!」

 ドノマンのお付きのジョロマが立ちふさがる。

 ラムールは唇の端を少しだけ上げて笑った。

「誰にだって可能だ。 折角なのでね、そのままでお待ち頂きたい」


 その言葉を聞いてラフォラエルは手にしていた治療薬の瓶をズボンのポケットに入れた。

 ラムールはジョロマをゆっくり押しのけるとデイのベットの横に跪き、デイの手を握る。


「デイ?」

「せんせー……」


 ラムールの言葉に反応するかのようにデイが目を開き、熱で潤んだ瞳でラムールを見る。

 ラムールが優しく微笑んだ。


「治療は、ちょっとキツイけど、平気かな?」


 デイは迷い無く頷く。


「よし」

 ラムールはデイの頭を撫で、その手から治癒魔法を施す。

 手から溢れる光がデイに生気を取り戻していく。


「治癒魔法だけでは完治しない事を知らぬのか!!」

 右大臣が嗤う。

 するとラムールはデイを見つめたまま告げた。

「医師長、蒸留水をコップ半分、用意して頂けますか?」


 蒸留水?と、全員がざわめく。 いや、一人だけ、悟ったように微笑んだラフォラエルを除いて。


「お、お待ち下され」

 医師長は部下を連れて慌てて別室に取りに行く。

 ラムールはずっとデイの頭を撫でる。


「デイ。 僕が必ずこの病を治してあげる」


 デイは頷く。 ラムールも頷く。 


「それとね、デイ。 キミに伝えないといけない事があるんだ」

「……なに?」

「僕は、今までデイのためと思ってだけど、色々厳しすぎたと思う。 厳しくしすぎて、ごめん」


 思わぬ言葉に陛下始め、右大臣達までもが目を見開く。

 デイは涙を浮かべながら首を横に振った。


「蒸留水をお持ちしました!」


 その時、医師長がコップに注がれた蒸留水を持ってくる。

 ラムールはそれを受け取り、デイに向けて優しく言う。


「デイ。 これを一気に飲んで少しの間我慢したら、病は治る」


 さすがに部屋にいた皆が騒ぎ出す。

「ただの水を?」

「馬鹿な!」

「この病は何も口に出来ず吐いてしまうことを知らないのか?」


 そのざわめきを制するかのように、ラムールが言った。

「私はこれで治した」

 その一言で、部屋がしんと静まりかえる。


「せんせーが、それでなおったの?」

 デイが問う。


「うん」

 そう言いながらラムールはデイの体を起こしてベットに座らせる。

 そしてその小さな手にコップを渡す。


「絶対すぐ治る。 ただね、とっても苦しい。 薬で穏やかに治すこともできるが……」

「ううん、ボク、せんせーと同じ、これで治す」

 デイははっきりと言った。

「ボクはせんせーを信じてる」

 そしてコップに視線を向ける。


「本当に、信じられないくらい苦しいよ? いいの?」

 少しだけラムールが躊躇する。

 しかしデイは揺らがない。

「いい。 せんせーはボクならできるって思ってるんでしょ?」

「……うん。 デイならね。 キミは王子で、強い子だ」


 ラムールに褒められ、デイは嬉しそうに頬を染め、コップを見て――たじろぐ。

 それを見てクスクスとラムールが笑う。


「無理しないでいいよ」

「無理なんかじゃないもん! ――ねぇ、せんせー、本当に苦しかった?」

 恐る恐るデイが尋ねる。

「うん。 もう、すごく。 僕も泣きわめいて叫んだから、仮に耐えきれなくても普通だよ」

「せんせーが泣きわめいて叫んだの!? じゃ、泣かなかったらボクの勝ち?!」

「まぁ、そうなるかな」

「じゃあ、ボク、頑張る!!」


 デイは瞳を輝かせ、覚悟を決めて一気に水を飲み干す。


「!」


 デイが苦しそうに体を折り曲げベットの上で震える。

「デイ!」

 たまらずラムールはデイの体を支えた。

 デイはきつく目を閉じ歯を食いしばって震える。

「デイ!」

 ラムールの呼びかけに、デイはその手をきつく掴んで応える。

 デイは唇を噛んで耐える。

 一言も泣き言も言わず。

「デイ! もう少しだ!」

 デイの体が小刻みに震える。


「デイ!!」


 ラムールの声と、デイの体がパシンと大きく弾かれるように動くのは同時だった。

 デイの体の震えが止まる。

 そしてその瞳をそっと開ける。

 不思議そうな顔をしながら、ゆっくり体を起こす。

 ラムールが笑顔になった。

 陛下達の曇った表情も一掃された。


「せんせー、すごっ!! ボクもう、ぜんぜん平気っ!!!」

 デイが久々の満面の笑みを浮かべてベットの上に立ち上がった。

「ボクの勝ちっ?」

「ああ、デイの勝ちだ」

 ラムールが立ち上がってデイを抱きしめた。




+++




「ありえなイっ!!!」

 ドノマンが叫んだ。


「そんな、そんな、水だけで治るはずが無いんだ!!!」

 右大臣達も訳が分からないとばかりに動揺する。


 ラムールがデイからそっと身を離し、ドノマン達に向き直る。

「残念ながら目の前で起こった事が真実だ。 さてところで、貴殿達がお持ちの薬、それはまことに治療薬か?」


 その言葉に、傍目に誰が見ても分かるように、ドノマンが青くなる。


「失礼とは思うが、何の薬品かを確認させて頂きたい。 医師長、頼みます」


 近衛兵達がドノマンを取り囲み、医師団がドノマンの手にした注射器と、ラフォラエルの医療鞄を取って中を確認する。


「……これは……試薬が反応しました!! すべて、麻薬と毒でございます!!」

 その驚きの報告に室内がざわめく。

「何っ! では王子の暗殺を企てていたというのか?!」


 ドノマンが慌てる。

「い、いえ、そんなことは! 全部、麻薬と毒? 確かに治療薬も中に……」

 そしてラフォラエルを見るが彼は黙って首を横に振る。

 その態度にドノマンが更に慌てて右大臣に近付く。

「う、右大臣様」

 しかし右大臣は形勢不利とみるや、差し出されたドノマンの手を払った。


「王子を暗殺しようと企てるとは! なんたる悪党! よくも騙してくれたな!」

「そんな、何をおっしゃいます、あなただって……!」

「何をっ!? この儂を愚弄するというのか!? 近衛兵、こやつらをひったてい!!」


 右大臣が命令を下し、近衛隊長が動こうとしたまさにその時


「近衛隊長、捕らえなければならないのは右大臣達もだ」


 そう言いながらラムールが懐から書類を取り出す。

 その言葉に右大臣達が顔色を変えた。


「何を言うか! 貴様、死にたいのか!」

 右大臣がそう言ってすごむも、ラムールは冷静だった。 取り出した書類を勢いよく放り投げる。 書類は何倍にも増え、まるで紙吹雪のように部屋中に舞い落ちる。


「な、なんだこれは?」

「こ、これは……!」


 その書類にはドノマンと右大臣がテノス国王を失脚させ国内の天然資源を売却する計画が事細かに書かれていた。

 しかも――

「右大臣のサイン入り……」

 誰かが呟き、みなが一斉に右大臣を見る。


「こ、これは間違いだ! でっちあげだ!」

 右大臣が叫ぶ。

「でっちあげ?」

 ラムールが鼻で笑った。

「デイをカジノに連れ出し巨額の借金を負わせた事が無いとでも?」

「そ、それは王子が勝手にやったことで……」

「くだらん言い訳だ」

 そう言いながら、ラムールはもう一枚書類を出す。

「まぁ、今となっては無駄なことだが……。 これは何か分かりますか?」

 その書類にはデイの署名と拇印が押されている。

「せんせー、それ!」

 デイが驚いて声を上げ、ラムールが頷いた。

「デイ直筆の借用書。 返してもらってきました」

「返して……って、お前、盗んだのか!?」

「ははは。 まさかまさか。 カジノは金銭を賭けるところでしょう? 賭けの商品です」


 そんな、とか、まさかと呟くドノマン達を尻目に、ラムールは書類をデイに渡す。

「いいですか? もう二度と賭け事に手を出してはいけません」

「……はい!」

「それだけ?」

「……ごめんなさい」

「よく言えました」

 ラムールは優しくデイの頬を撫でた。


 ドノマンは今だに混乱している。

「カジノにはタートゥンがいるはずだ! あいつがいる限り絶対に……」

 ラムールが振り向いた。

「タートゥンとサシの勝負をしましてね。 ――私が勝った」

「まさか!!」

 ドノマンが震える。

 ラムールは彼らを見ながら告げた。

「これでも足りないというのなら暗号化された書類もある。 それを事細かに調べれば右大臣及びドノマンが国家反逆罪を企てていたのは明白!」

 テノス国王が怒りに体を震わせながら叫んだ。

「者ども! 右大臣、ドノマン、そしてその仲間、すべてひったてい!!」

「ははっ!!!」

 近衛兵達が一斉にドノマン達を取り囲む。

 その時、ラムールがジョロマを指さして叫んだ。

「危ない! その男が!!」

 その瞬間、近衛兵達の注意が一斉にジョロマに向けられる。

 その一瞬の隙を逃さず、ラォラエルが動いて部屋を飛び出した。


「逃げた! 逃げたぞ!!」

 兵が叫ぶ。

 するとラムールは素早く一番出入り口近くにいた兵士達の頭を飛び越えて、入り口に立ち、制するように叫んだ。

「落ち着け! どうせ簡単には逃げられぬ! ここにいる者達を捕らえるのが先だ! あの男は私が追う! 手の空いた者から後につづけ!」

 ラムールはきびすを返してラフォラエルの後を追う。 大勢の兵士が後から続いた。





 ラフォラエルは闇雲に走った。

 どっちが外か、どっちが出口かなんて全く分からなかった。

 だが、逃げなければ捕まるだけだ。

 城内を縦横無尽に逃げながらラフォラエルは指輪がはまった左拳に力を込めた。

「――絶対、逃げるって……約束したんだ!」

 しかし、あちこちから兵士が追いかけてくる。

 進んでいくと通路が二手に分かれていた。


――左に……


 ラフォラエルが左に行こうとしたその時、背後から投げられたナイフが左の壁に突き刺さる。 見ると沢山の兵士の先頭に立って、ラムールが追いかけてきていた。


「ちっ」


 ラフォラエルは舌打ちして右の通路に進む。

 再び分かれ道だ。

 左に進むが、ナイフは投げてこない。

 再び、今度は3つに別れている。

 左右の壁にナイフが突き刺さる。

 ラフォラエルは仕方なく真っ直ぐ進む。


――変だ……? 誘導されている?


 一瞬そんな考えが頭をよぎったが進まない訳にはいかない。

 迷路のような城内を逃げ、ラフォラエルは上へとつづく長い螺旋階段へたどり着いた。 人が一人通れる程度の幅しかないその階段を、上へ上へと登っていく。


「あっちに逃げたぞ! いやこっちだ! こっちにこい!!」

 階段の下で、混乱する兵士達の声が交差する。


 そして誰かの足音が階段を登って追いかけてくる。

 ラムールだ。

 ラフォラエルは必死に逃げた。

 螺旋階段なので、もう進むしかない。

 彼を追いかけていたラムールは螺旋階段の途中で立ち止まった。 そして壁と一体になって一見しては分からない扉を開く。 その中には鋭い剣が沢山収納されていた。 ラムールはすべてを取り出し、鞘から出された剥きだしの剣をまるで雪崩のように階段下に落とした。


「うわあああああっ!」


 ラムールに遅れて追いかけてきていた近衛兵達は正面から鋭い剣が転がり落ちてきたので慌てて引き返す。


「大丈夫か!? 僕は先に行くぞ!」

 しらじらしく叫んで、ラムールは剣を一本手に取り階段を駆け上る。

 この階段を上りきれば――




 ラフォラエルは頂上の扉を開けた。

 そして目を疑った。

 そこは、塔の上だった。   

 ひゅうう、と強い風が体をかすめた。

 塔の周囲に飛び移れそうな建物や屋根は無い。 

 高い塔なので飛び降りたならば即死だろう。


「行き止まり……」


 ラフォラエルはそう呟いて、諦めきれぬとばかりに、どうにか逃げられないかと上下左右を見回す。

 その時、ラフォラエルの背中に長く鋭い剣先がそっと当てられた。


「そこまでだ。 ラフォー」

 ラムールの声で彼は追いつめられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ