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第52話 運命の日

 その日、テノス城は今までにないほど誰もがソワソワしていた。

 朝、ドノマンがお付きの者3名を従えテノス城に来て陛下に拝謁した。

 右大臣が国王陛下の前でドノマンがどれだけすばらしい人物であるか延々と説明する。

 ドノマンの拝謁は予定通りに終了し、本日はこの後、国内を散策し、陛下主催の晩餐会に招待されることになっていた。

 ただ、みんながソワソワしていたのはそのせいではない。

 ドノマンが、現在テノス国で流行している奇病を治療できるという噂が流れたのである。

 右大臣の甥であるボヌ伯爵の子供がその奇病にかかっていた。

 昨日、ドノマンはテノス国入りをしてすぐに伯爵邸に赴き、一般市民の給与3ヶ月分は代金がかかるというその高価な薬を子供に注射した。

 薬はたいそうよく効き、一晩たつと病に伏せっていた子供は全快し、周囲を驚かせた。

 同じように右大臣の紹介で投薬を受けた貴族の子供達は程度の差こそあれ、みな回復に向かっていた。

 であるからして、謁見の最中、国王陛下直々に、デイの治療を依頼されてもそれは当然の成り行きだった。

 王族居住区にドノマンとお付きの3人が招待される。

 これはかなり異例中の異例であった。

 だが、そうしてでも、陛下はデイを治してやりたかった。






「どうするかは分かっているな?」

 王族居住区に向かう通路を歩きながらドノマンが小声でラフォラエルにささやいた。

「はい」

 ラフォラエルは素直に返事をする。

 勿論、ラエル3に感染しているデイ王子への治療方法である。

 ドノマンは右大臣の申し出の通り、さっさと毒を打って殺せと告げたが、ラフォラエルは違う案を出した。

 まず、いきなり毒で殺す訳にはいかない。

 だから当初の予定通り、麻薬をうつ。

 右大臣には一旦回復するものの時間差で具合が悪くなる毒だと説明。

 数日間、麻薬を打ちながら頃合いを見て、右大臣の出方次第では毒で暗殺してもよし、こちらが望むような待遇を与えてくれ無さそうであれば王家側に寝返ってもいいだろうと。 

 ドノマンはすぐ了承した。

 

 ラフォラエルが医療鞄にそっと手をやり、周囲を見回す。

 もともとテノス国に入った後は処刑されることしか考えていなかった彼だ。 逃走経路なんて考えもしていなかったので、今、覚えるしかない。

 しかし建物は入り組んでいて、初めて入ったラフォラエルが近衛兵達を振り切って逃げ切ることは不可能としか思えなかった。


――でも、ライマが待ってる。 絶対どうにかして逃げなきゃ……


 ラフォラエルは考えていた。

 やはりここは予定通り麻薬を王子に打って、一旦容態を良くする他ない。

 そして次回の治療は明日、ということにして城を去り、夜に晩餐会に行かず逃げれば良い。

 自分が逃げたら――仮にデイ王子に打ったのが麻薬だと判明したとき、自分一人に責任を押しつけられるかもしれないが、上手くいけば連帯責任でドノマン達も処刑されるかもしれないし――。 とりあえず逃げるにはその方法しか無かった。

 一旦、王族居住区のフロアで待機させられる。

 そこに右大臣が顔色を変えて入ってきた。


「右大臣殿、どうなされましたか?」


 ドノマンが媚びへつらいながら尋ねる。

 右大臣は周囲を見回し近衛兵が側にいないことを確認して言った。


「ラムール教育係がこの奇病の特効薬を発明しつつあるらしい」


 ラフォラエルが驚いて顔を上げる。


「しかもその薬は、この国お抱えの錬金術士が作っているそうだ。 もし仮にそちらの薬が出来てしまえば陛下はそれを使うだろう。 デイ王子に助かられては困るのだ。 今すぐ殺す訳にはいかぬだろうが、2,3日後には必ず死ぬように薬を調節してくれ」

「はい、了解いたしました」


 ドノマンは堂々と返事をする。

 右大臣が席を外すとドノマンはラフォラエルを見た。


「という訳だ。 分かったな? ラフォラエル」

「はい」

「お前はあくまでワシの助手じゃ。 ワシが診察は適当にするから、その後ワシの指示に従って打て」

「はい」


 ラフォラエルは抑揚のない口調で返事をする。

 心の中では別の事を考えていた。

 ラムール教育係が、ラエル3の特効薬を発明した。

 その言葉に胸が躍る。

 流石、と感心する。

 右大臣達が恐れおののくのを感じて、胸がすっとした。

 一度でいい、会ってみたいと思った。


「お待たせいたしました。 デイ王子の御病室にご案内いたします」

 近衛兵が迎えに来た。






 その頃、王族居住区の入り口を守る兵士の顔色が変わった。

 颯爽と、その人物が歩いてくる。

 多くの兵士が彼に気づき、入り口へとつめかける。

 そして、剣と槍を構え、悲しい顔をして立ちふさがる。

 門の前で彼は立ち止まり、兵士達を見た。


「――通していただけますか?」


 優しい口調でラムールは言った。

 すると兵士がみな一様に首を横に振る。


「こ、ここを――お通しすることはできません」

 兵士が言った。


「ここから先は王族居住地。 許可された者でなければ立ち入れません。 たとえラムール様でも」

「う、右大臣の命令です。 ラムール様があらゆる強攻策を持って城に侵入するかもしれないと。 ですから我々は命をかけてでもあなた様お止めするように、と」

「我々は、国を守るのが仕事です。 ご理解下さいませ」


 そう言って先頭の兵士が深々と頭を下げる。


 ラムールは彼らを見回した。

「ここから先は、許可なきものは立ち入ることはできない、それは了承しています」


 穏やかな口調。


「ただ僕はデイを助けに来ました。 なぜなら僕はデイの教育係だからです」


 その言葉を聞いて兵士達が顔を見あわせる。


「――しかし――あなた様はもう――記章をお返しに――」

「しかしまだ教育係です」


 ラムールが微笑んだ。

 その胸に、教育係の記章が燦然と輝く。

 その小さな記章を見た兵士全員の眼が輝く。


「お、おお!」

「これは確かに!!!」

「どうぞ、お通り下さいませ!!!」


 兵士達は一斉に左右に整列して彼のために道を開けた。


「御苦労」

 ラムールが居住区に足を踏み入れた。




+++




 王子の病室にドノマン達が案内される。

 治療法が確立しているから大丈夫というドノマンの言葉を信じ、陛下をはじめ、大臣、教授、近衛兵達が部屋の中で待っていた。

 中央のベットにデイが寝かされており、ドノマンがまず近付く。


「お苦しいでしょう。 皇太子さま。 私がすぐに楽にしてさしあげます」


 ドノマンが告げたがデイはうつろな目をして頷くだけだった。

 もっともらしく脈をみたり心音を聞いたり、ドノマンは治療のまねごとをする。

 そして難しい顔をして立ち上がる。


「間違いありません。 いまテノス国で流行っている病でございます」

「して、治せるのか?!」


 陛下がたまらず尋ねる。

 ドノマンは言いにくそうに告げる。


「特効薬はございます。 ですが、王子は今まで診たどの患者よりも重篤でございます。 薬を打たねば明日にでも死ぬのは確実ですが……薬が効けば宜しいが、手遅れならば数日かと……」


 その言葉で部屋にいた全員がどよめく。

 右大臣やクローク卿たちだけ、唇の端を上げた。


「て、手遅れになる前に薬を打ってくれ、頼む」


 陛下が慌てて告げ、ドノマンは恭しくお辞儀をしてラフォラエルを向いた。


「ラフォラエル。 薬をここへ」

「はい」


 ラフォラエルは医療鞄を抱えたままベットに近付いた。

 そしてバックの中から注射針や薬の入った瓶を取り出す。


「この男は私が育てている医者ですが、なかなか優秀で……」


 ドノマンが紹介しているのを頭の片隅で聞きながらラフォラエルは注射器の中に薬品――麻薬を――入れる。


「御手を」


 ラフォラエルはそう言ってデイを見た。

 デイは高熱のためか目を閉じたままゼイゼイと息をするだけだった。


「……失礼致します」


 ラフォラエルはデイの腕を掴み、息をのんだ。


――細い。


 掴んだデイの手のあまりの細さ、あまりの熱の熱さに青くなる。

 本来ならばラエル3に感染しても、人は何かしら食べようとする。

 吐きはするが多少の栄養素は体に取り込まれるので生命に負担がかからないように作ったのだ。

 だが、デイの手は細すぎた。

 おそらく発症してから何も与えられていないのだろう。

 ラエル3で人は死なないとライマに言ったが、それはあくまで普通に看病されていた場合だ。 仮にラエル3が活動を止めたとしてもデイの体は既に餓死直前だった。

 麻薬を打てば一旦は元気になるものの、その後の体に対する負担は、この弱り切った体には想像を絶した。


「どうした?」


 ドノマンから尋ねられてラフォラエルは我に返る。


「あ、――いえ、王子の体調にあわせて、もう少し薬の量を調整した方がよろしいのではないかと……ドノマン様はどう思われますか?」


 今すぐ打つと、即死ですよ、と言いたげな視線を向ける。

 即死はまずいな、という顔をしてドノマンが考えるふりをする。


「……じゃあ、薬の量を5パーセント減らそう」


 ドノマンの適当な指示にラフォラエルは頷いて、鞄の中の薬品の小瓶を見る。

 1本だけ本物の、ラエル3の特効薬。

 これを2日ほど打てば、デイは回復する。


 麻薬の代わりに特効薬を打って、その他は予定通り今日は晩餐会に行かずに逃げる。するとデイ王子は死なないが――明日、ラフォラエルがいなくなった後はドノマンが必ず麻薬か毒を打つだろう。 もし思いのほか回復が早く、明日は治療がいらなくなった場合デイ王子は麻薬を打たれなくて済むが、そうなるとドノマンは国王からひどく感謝され、良い待遇でテノス国の居住権を得るだろう。

 どちらにしろドノマンはテノス国に入り込み、その後の彼の行動は目に見えた。

 そうなれば散り散りに逃げた兄弟達も後を追われるだろうし、テノス国もボロボロになる。

 やはりここはデイ王子に麻薬を打って、罪を作ってしまわなければいけなかった。

 だが。

 だが――

 ラフォラエルは黙っていた。

 動きを止めた彼に気づき、皆がざわめき始める。


「どうした、ラフォラエル! 早くせんか!」


 ドノマンが怒鳴った。

 しかしラフォラエルは動かなかった。


「ええい、貸せ! ワシがする!!」


 辛抱の切れたドノマンは荒々しく注射器を奪い取った。

 本当の薬なら注射するのはためらったであろうが、この注射器の中身は麻薬だ。

 麻薬の密売をしているドノマンは、麻薬を打つのなら慣れていた。


「ドノマン様、待、待って下さい」


 ラフォラエルが慌ててドノマンの手を掴んだ。


「やはり――わたくしが――」


 ドノマンは気づかなかったが、ラフォラエルのもう片手には本物の特効薬の瓶が握られていた。


「いいや! いい! ワシがする!!」


 しかしドノマンはラフォラエルの手を振りほどき王子へと向かう。

 ベットの横に跪き、デイの腕を取る。

 ラフォラエルが何かを言おうとした、その時。

 何か小さな固まりが宙を飛び、デイの腕を掴んだドノマンの手に当たる。


「痛っ!!」


 ドノマンが慌てて手を引っ込めるのと――


「動くな!!!」


 凛々しいハスキーボイスが病室中に響き渡るのは同時だった。



 デイがピクリと体を動かす。

 部屋にいた者全員が、入ってきた人物に吸い寄せられるように視線を向けた。





 声の主はラムールだった。


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