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第51話 プロポーズ

 静まりかえった部屋に張りつめた空気が漂う。

 ラフォラエルの掌の上にある、一対の指輪。

 彼からの正式なプロポーズ。

 

 だがライマは返事をせずに、そのまま玄関へと歩き出す。

 ラフォラエルは黙っていた。

 ライマが扉をゆっくりと開く。

 それでもラフォラエルは黙っている。


 ライマは、言った。

「……ごめんね、受け取れない」

 小さな声が部屋に響く。 


 ラフォラエルは返事をせずに、ただうつむいて指輪を握りしめた。 

 パタン、と小さな音を立てて扉が閉められ、ライマは家を出て行った。


 扉の前に立ったライマはポケットから新世の移動羽を取り出した。

 新世が猫鳥に託した移動羽。

 この羽を笛代わりに吹けば、その特殊な音が新世の耳に届き、彼女が迎えに来てくれる。

 翼族の力を使い、空間を超えて迎えに来てくれる。

 それからテノス国に帰れば十分間に合う。

 ライマはじっと移動羽を見つめて言い聞かせるように呟いた。

「私はラムールだ。 テノス国王子付教育係。 やらなければならない事はただひとつ。 デイを守る」

 そして羽に唇をつけた。





 やがて日が暮れた。

 ラフォラエルはライマが出て行ったその時の体勢、そのままだった。

 ボーン、と、時計が時を知らせる。

 やっと彼の肩が動いた。


「……当然、だもんな」


 やっと言葉が出る。

 そして指輪を握りしめたまま、立ち上がる。


「こうしちゃいられないや。 明日は出発だ。 用意しなきゃ」


 そう自分に言い聞かせた、その時。

 玄関の向こうで、カタンと小さな音がした。


「ライマっ!?」


 ラフォラエルは弾けるように反応して、慌てて勢いよく扉を開けた。

 しかし扉の向こうには誰の姿もなかった。

 静まりかえっていた。


「……な、訳、ないか」

 ラフォラエルの言葉が闇に溶けていく。


「……そう思う?」


 開けた扉の裏側から、不意に声がした。


「ライマっ?」

 ラフォラエルは慌てて扉の裏側を覗き込む。

 ライマが壁によりかかって立っていた。

 彼女は横目でラフォラエルをちらりと見て、ゆっくりと視線を空に向けた。


「……自分が、恋に溺れる人間だったなんて、初めて気づいたわ」


 そう言って、ラフォラエルに向き直る。

 信じられないとばかりの眼差しを彼が向ける。

 ライマは恥ずかしそうに、小さく微笑み、


「ね、ラフォー?」


 そう言って、ゆっくり彼の胸に体を寄せた。

 ラフォラエルの両手が震えながら、絶対に離さないとばかりにライマをきつく抱きしめた。


「本当に? ……本当に、俺でいいのか?」

「……うん」

 ライマの両手もラフォラエルに回された。




+++




 ライマは背後から彼に抱きしめられた格好で、リビングの床に座りこんだ。

「んじゃ、まぁ、見て」  

 抱きしめたままのラフォラエルが一対の指輪をポケットから取り出す。

 炎のように燃える輝きを放つ鉱石で作られた指輪。


「オリハルコンだぁ。 この前見つけたやつでしょ? ラフォーが作ったの?」

「ん。 一つのオリハルコンの固まりから、2つをくりぬく形で作った。 だから全く同じもの」

「器用ね」

「世界にたった一つのオリジナルでございます」

「ちゃんと模様も彫ってある」

「ただの模様じゃないんだぞ?」


 ラフォラエルはそう言って指輪を二つ上下に重ねて並べる。 すると側面の模様が古代文字になる。


「文字を半分にして上下それぞれの指輪に彫ったのね? えっと、なに? ――夫婦として永遠に愛することを誓う――。 すっごい、技が細かい」

「……少女趣味だとか思ってないか?」


 ラフォラエルが苦笑するがライマは首を横に振る。


「ラフォーは思ってるの?」

「少し」

「うーん、少女趣味とはいわないけど、ウズが知ったら絶対ひやかされそう」

「目に見える」


 そう言って二人はクスクス笑う。


「手、出して」


 ラフォラエルが言った。

 ライマが頷く。

 ラフォラエルはライマ用の小さい指輪を自分の大きい指輪の内側にはめこみ、一つの指輪にする。


「あっ、ホントに一つのものを二つに割ったんだ」


 ライマが感心する。


「夫婦は二人で一つだから」


 ラフォラエルが笑う。


「ライマ。 これを一緒に、はめたいんだけどいいかな?」

「? どうしたらいいの?」

「指輪、一緒に持って」

 

 言われるがまま、ライマが指輪を持つと彼の手が上に添えられる。

 二人は右手で指輪をつまみ、まず、ライマの左手薬指に通す。

 次に指輪をくるりと回して、外側の大きなリングをライマの指から外した。

 大きな指輪はラフォラエルの左手薬指に、同じように一緒にはめた。


「この方が、お互いにするよりも二人の意志で指輪をはめて夫婦になったって気がしない?」

「……ラフォーって、少女趣味」

「悪かったなっ!!」


 ラフォラエルが大げさに拗ねて、二人で笑った。

 二人は左手を横に並べてそれぞれの指に光る指輪を見る。

 おそろいの、リング。

 夫婦の証。


「ふふふ」


 ライマが嬉しそうに笑った。

 それを見ながらラフォラエルが言った。


「外すなよ」

「外さないヨ。 ずっと、一緒だもん」

「式は、俺が無事に帰ってきてからどこかでしような」

「うん」


 ライマは頷いてラフォラエルと――口づけを交わした。

 




 その日二人は、夫婦になった。




+++




 二人が夫婦になった翌朝、ラフォラエルは船で島を出る前にライマに暗殺計画に関わる資料をすべて手渡した。


「これ、ライマが信頼できる人に送って。 俺が逃げる為にはすべてを明らかにする時間はないと思う。 そうしたらドノマンも右大臣も本気で俺の策に乗ってやりたい放題するだろうから。 これが公になればそれは阻止できる」


 ライマは頷いて受け取った。


「じゃあ、行ってくる」

 ラフォラエルはそう言って優しく口づけをする。


「絶対一緒に逃げようね」

 ライマはそう言って、穏やかに彼を港で見送った。



 船が去り、ライマは家に帰った。

 ライマの心は自分でも驚くほど静かだった。

 まず、左手だけ、手袋をはめた。

 そして髪を茶色に染めた。

 それから、ひっつめて結ぶ。

 そこにはライマではなく、ラムール教育係の姿がある。

 ラムールは用意が出来ると家を出て、丘の上で知らせを待った。

 ラフォラエルはベベロン国の港に着き次第、ドノマン達とテノス国行きの船に乗る。 テノス国行きの船が出航してすぐ、カレン達は反乱を起こして逃げる計画だ。

 おだやかな風が頬をかすめる。

 優しい空を、じっと見つめる。

 静かに、静かに、その時を待つ。

 白い鳥の姿が見えた。

 ラムールは黙ってその鳥が島まで来るのを待った。

 空を見上げたラムールに、その伝書鳩の影が映った。

 ラムールはにっこりと笑って。


 移動羽を吹いた。








 新世がラムールを抱いたまま、ものすごい勢いで空を飛ぶ。

 移動羽では、新世が来ることは簡単だったが、帰るには飛ぶしかなかった。

「ごめんねぇ、心配かけて」

 ラムールが言うと、新世が首を横に振る。

「いいえ。 無事で何よりよ」

 叱らない新世にラムールは微笑む。

「でね、新世。 テノス国に帰る前に寄りたい所があるんだけど――」




+++




 夜。

 スイルビ村では新世から治癒魔法をかけてもらおうと詰めかけていた人達がパニックになっていた。

 新世がいないのだ。

 昼前だったか、いきなり治療を中断してどこかに行って帰ってこないのである。


「出せ! 翼族を出せ! 治癒魔法をかけろ!!」


 パニックになった者達は教会や陽炎の館の扉をはげしく叩く。


「ちっくしょう、まったく勝手な奴らだぜ!!」


 羽織達の看病をしながら一夢が憤慨する。

 そのとき、息も絶え絶えに、来意が「来た」と小さく呟いた。


「お、おおっ、帰ってきた!!」

 人々の声が上がった。

「翼族が、帰ってきた! ……いやまて、一人じゃない」

「何? 本当だ! 誰だ? 誰が来たんだ?」


 それを聞いて、一夢が慌てて窓から顔を出した。

 空から降りてくるのは、新世と――


「ラムール様だっ!!」

 

 群衆から歓声が上がった。


「ラムール様ぁっ!!」

 みんなが口々にその名を叫び、ラムールはその群衆の真ん中に降り立った。


「みんな、よく聞け!!」

 ラムールが声高に告げた。

「大丈夫、この病は治る! 薬も作っている。 薬が出来上がるまで今暫くの辛抱だ!」


 その嬉しい知らせを聞いて、大歓声が村を包む。


「だから安心して落ち着くんだ。 まずは症状を和らげる薬なら用意した。 老人、子供、特に衰弱の激しい者から治療しよう。 それぞれが譲り合い患者をここに!」


 ラムールがそう言うや否や、先ほどまで混乱していた状況はどこへやら、統制がとれて、お互いに譲り合って衰弱の激しい者を優先に連れてくる。

 ラムールはその者らに適切な治療を施していく。


「すごい奴じゃな。 薬――は、佐太郎か?」

 新世の隣で司祭が尋ねた。


「はい。 4日もすれば出来上がるそうです。 あの子が薬の処方箋を持っていかなかったら、薬が出来上がるのがいつになってたか分からないって言ってましたわ」


 ラムールはどんどん治療していく。

 その中、一人の比較的元気な患者がラムールに尋ねた。


「薬が出来上がるまで治らないのですか? 薬には金が必……」

「金などいらないよ。 でももしすぐ治したいのなら方法が一つある」

「それは何ですか?!」

「蒸留水をコップ一杯飲んでしばらく我慢したらいい。 死にそうなくらい苦しいけどね」


 その言葉にみながざわつく。


「お、俺、やってみる」


 一人の患者が言った。


「ラムール様がおっしゃるんだ。 間違いない。 やります!」

「……そうかい? でも本当に苦しいから無理はしないで」


 ラムールはそう言って掌から水を出す。

 その患者は思いきって水を飲む。

 が。


「う゛あ゛あ゛っ!!!」


 すぐさま堪えきれずに吐き出す。

 ラムールがその背中をさすり、治癒魔法で落ち着かせる。


「む、無理でず……」

 男が涙を浮かべながら返事を言った。


「無理なら、4日もしたら薬ができあがるからそれまで頑張ってくれ。 薬が苦手でも飲みやすいように甘口で処方してあるから」

「な、なら、そっちにします!!」


 勢いよく患者が言い、みんながドッと笑った。





 小一時間もするとラムールはみんなの応急治療を終えて新世の側に来た。


「驚いたわ。 あなた、法力が……前とは比べものにならないくらい増えてるわね」


 新世が目を丸くする。

 いたずらっ子のようにラムールは笑う。


「ふふ。 そのうち空も飛べる予定」

「たいしたものねぇ。 そうそう、渡さなきゃ、これを」


 新世は思い出して布で包んでいたそれを取り出す。


「何?」


 ラムールが首を傾げた。

 新世が袋から出したのは――教育係の記章。


「新世、これって?」

「デイ王子があなたに会いに一人でお越しになったの。 自分が来た証拠にあなたに渡してって。 あなたに尋ねたいことがあるから、城に来て下さいって。 あのね、今――」

「分かってる」


 ラムールは新世の言葉を最後まで言わせなかった。

 記章を受け取り、じっと見つめる。


「これがあると、明日、助かる」

「明日?」


 新世が繰り返した。

 ラムールは頷いた。


「明日は、運命の日なんだ」


 そしてぎゅっと記章をにぎりしめた。  




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