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第50話 計画のすべてと、けじめ。

 ライマは彼の言葉を無かったことにしたいかのように、首を何度も小さく横に振る。

 ラフォラエルはゆっくりと背もたれに寄りかかり、話を進めた。


「俺があらかじめテノス国に行って、川の一つにラエル3をばらまいた。 それは生活水として使用され、あっという間に感染していく。 ライマがテノス国民だって分かったのもそこに理由はあったんだ。 ラエル3は自然界には存在しない寄生虫だし、淡水中でしか生きられない。 ライマがラエル3に感染していた時点で明らかだったんだよ。 ついでに感染するまでの間が早すぎたから川の水を飲んで溺れたんだろうってことも予測はついた。 だから自殺したのかと最初は思った」


 ライマは、彼の言葉を疑いたかったが、合点のいくことばかりだった。

 ラエル3なんて未知の病気に感染した訳も。

 人魚族がいつもより異常に怒っていた訳も。

 ラフォラエルがラエル3を治療できた訳も。

 薬の構成式など、ラエル3に直結しそうなものは見せてくれなかった訳も。

 初めて直面する現実のピースがどんどん繋がっていく。

 ラフォラエルは続ける。


「そして、ラエル3の役目は右大臣に対する切り札の他に、ドノマンにとって好都合な点がもう一つあってな。 それはラエル3の症状を和らげる方法だ。 ラエル3は――麻薬に弱い」

「麻薬?」

「ラエル3に感染している人に麻薬を打つと、一時的に症状がものすごく軽くなる。 何回か麻薬を打って麻薬に常習性が出来た頃、ラエル3は死ぬ」

「で、でも麻薬を打つってことは……」

「ラエル3が治るのと同時に麻薬中毒患者のできあがりってことさ」


 目の前が暗くなる。

 悪夢のような話が、今現実に彼の口から出ている。

 

「ラエル3さえあれば、ドノマンは地位も金も思うがままだ。 そう計画を持ちかけたら、奴はすぐ飛びついた。 ラエル3は俺達の会心の作だ。 水を一度煮沸すればラエル3は死滅するけど、無味無臭、特殊な溶液にしか反応しないから、誰にも気づかれない。 どうして感染したかテノス国民は誰も分からないだろう。 仮に分かっても治療薬を作り出すのには膨大な時間がかかる。 それだけの時間があれば十分だ」

「時間があれば十分って――、ラフォーは、ドノマンとそのお付きの者達をこの国から離して、その隙に兄弟達を逃がせれば、それでいいんでしょう? それ以上、何を企んでいるっていうの?」


 ライマが慌てて話を止めた。

 これ以上聞くのが怖かった。


「――何を企むって……。 兄弟を逃がすだけじゃ不十分なんだな、これが。 ドノマンやその腹心が生きている限り、本当にみんなは自由になったとは言えない。 だから、俺はテノス国に行って王族がラエル3にかかったら、治療の代わりに毒薬を打って、それがばれて、ドノマンと共に全員死刑になることを――狙ってる」


 覚悟を既に決めていたのだろう、ラフォラエルは実にあっさりと言った。


「ま、待ってよっ!!」

 ライマは叫んだ。


「死刑を――陛下かデイに毒を打って、その罪でドノマン達と一緒に死刑になるっていうのが――ラフォーの目的なの?!」

「ぶっちゃけ、そう」

 そう答えるラフォラエルの瞳は、 悲しいくらいに感情が無かった。




+++



 

 ドノマンを滅ぼすために、テノス国の王族に危害を加え、ドノマン共々死刑に処される。

 それがラフォラエルの計画だった。

 ライマはそのあまりの無秩序さに怒りを覚えることすら忘れていた。


「ところが、な……」


 ラフォラエルが突然、続きを話し出した。

 ライマはほんの少し期待した。

 だって彼は、”ところが”と言ったのだ。

 きっと計画に変更が生じたに違いない。


――ライマと一緒に逃げることにしたから、それらの計画は止めた


 そう言ってくれるような幻想を抱いた。

 しかし。


「先日、テノス国のデイ王子が奇病にかかったって右大臣から連絡があった。 ドノマンはな、胸を張って治せますって言ったらしいんだけど、右大臣がそれじゃ困るって」

「え? どういうこと?」

「右大臣が、奇病を治療できるのは金になるから喜ばしい事だけど、王子は生きていても後々邪魔だから、治療のフリをして適当な毒を打って殺して欲しいってさ」

「……なっ!!」

「ドノマンはそれを了承した。 王子の借金は国王にかぶせるって。 右大臣にとってみたら、王位を継承しても、デイ王子には王族の血が流れている。 右大臣に子供ができない限りデイ王子の王位継承権は消滅しない。 それが怖かったんだろうな」

「じゃあ……」

「うん。 俺は最初の予定通り、デイ王子暗殺容疑で処刑されるつもりだったから、俺とドノマン達だけのはずが右大臣まで処刑されることになるなって計算。 まぁ、あの右大臣もろくでもない奴だから一緒に処刑されてもテノス国にとってはラッキーかもしれないなぁ」

 

 すべてを話した開放感からか、そう話すラフォラエルの表情は明るい。

 ライマが困惑しつつ尋ねる。


「ち、ちょっと待って? デイが奇病に感染したって言った? それって本当?」

「ああ。 本当。 城下町を中心にテノス国のあちこちの村で流行はしてたんだけど、なかなか宮殿の方にはいかないなって思ってたら、真っ先にデイ王子が感染したって。 今は隔離されているってさ」

「それっておかしい! 王族居住区に引き込んでいる水は他の地区と違って煮沸処理が施されているもの」

「え、本当?」

「ええ。 噴水の水だってそうなんだから! だからラエル3が煮沸に弱いのなら、デイの口にラエル3の入った水が混入するはずが無いわ!」


 ライマはデイが感染していることを信じたくなかった。

 それとは正反対に、ラフォラエルはちょっと不服そうに考えながら言った。


「んー。 じゃあ、誰かがラエル3の原因が川の水だって気づいて、わざわざデイ王子に与えたってことになるな。 しかしそれは不可能だなぁ。 絶対にばれないように無味無臭にしたんだから、人間じゃ絶対、気づかないはずなんだけど……。 まぁ、どっちにしろ――好都合だ」

「好都合?!」


 初めて、ライマの心にさざ波が立った。

 それに気づかず、ラフォラエルは頷く。


「ああ。 どうせデイ王子には遅かれ早かれラエル3に感染してもらう予定だったんだから、誰かが仕組んだにしろ、そうでないにしろ、たいした問題じゃない。 後はこっちの予定通りに――」


 パシン、と乾いた音が部屋に響いた。

 ラフォラエルの言葉は途中で遮られた。

 ライマが立ち上がって、彼の頬を平手で叩いたのである。

 叩いたその手が怒りで震える。


「好都合!? たいした問題じゃない!? 本気っ??」


 怒りにまかせてライマが叫んだ。

 ラフォラエルは俯いたままだ。


「確かにドノマンが最悪な人間だってことは認めるわ。 兄弟を逃がしたいって気持ちも分かる。 でも、だからって、どうしてデイを、テノス国のみんなを傷つける必要があるっていうの?!」


 ライマは勢いよく両手を台につき、責め立てる。


「デイは何もしてないわ? テノス国の人だって、何も知らないし何もしてないわ! なのにどうしてラエル3なんてばらまくの? ラフォーだって感染したことあるんでしょ? 私だって、あの苦しさは覚えている。 一体、どうして、あなた達に、あの苦しみを罪も無い人達にばらまく権利があるっていうの?」


 ラフォラエルは俯いたまま頭を抱えて、小声で返事をした。


「――何も……考えてなかった訳じゃない。 確かにテノス国民には辛い目にあってもらっているけど、それでも少しでも負担を軽くしようって思ってた……。 ラエル3はそのための改良型の改良型なんだ。 ウズ達みんなにここに来るたびに感染してもらって、治療費がいらないように薬を使わなくとも真水を飲めば治るように改良した。 ……王子が感染したときいて、これ以上の感染を抑えるために一昨日タートゥンと一緒にテノス国の川に行って排除薬をまいてきた。 水でしか感染しないから、もうこれ以上の感染者は出ない。 見つけたオリハルコンを使って更に効率の良い治療薬の精製方法も確立した……」


 確かにそれは、彼らにとってできる限りの、被害を最小限に抑える方法だったのだろう。

 しかし。


「でも、それを誰が信じてくれると思うの!?」

 ライマは怒鳴った。

「あなた達のやっていることは犯罪よ。 仮にあなたが新しい治療薬の精製方法を伝えたとして、誰が信じるの? 大勢の国民を殺そうとした犯罪者の言うことを、誰が理解してくれるって言うの!」


「ラエル3じゃ、人は絶対に死なない!!」

 ラフォラエルが初めて声を荒げた。

「テノス国の人を殺そうなんてしていない! 死ぬような作りにはしていない!! 死ぬ直前まで来ると生命維持に必要な程度の体力が回復できるまではラエル3は活動を休止する! 一人も殺さない!!」


「デイ以外は、なんでしょう!?」

 ライマの叫びに、ラフォラエルは言葉を呑み込み、何も言えなくなる。


「――デイが、可哀想よ」

 ライマがぽつりと言う。

「デイは、お母様を早くに亡くして、寂しがりやなの。 居住区にいるから自由も制限されてるし、友達だっていない。 わんぱくで、意地っ張りで、いたずらっ子だけど、大好きな女官をかばってあげたり慕ったり、本当に、まだ幼い子供なのよ?」


 ラフォラエルもぽつりと返す。

「――だけど、王族だ。 普通の子供に手をあげても処分は軽いが、王子となれば有無を言わさず、ドノマンだけじゃない、一緒に連れていったお付きの奴らも全部――死刑にできる」


「でも、だからって、幼い子供のデイを犠牲になんて……!」


 その時、ラフォラエルが顔を上げ、寂しげに目を伏せて言った。


「分かってる。 だから……ラムール教育係が解任されたのが、すごく痛い」  



+



「ラ、ラムール教育係がどうしてここで出てくるの?」

 ライマが自らを落ち着けるように彼の言葉を繰り返した。

 彼の視線は彼女にそのまま注がれている。

 ラムール教育係がライマであることなど、気づいてはいないようだった。


「ライマも、ラムール教育係の事は知ってるだろ?」


 ラフォラエルから逆に質問されて、ライマはとりあえず――頷く。


「凄い奴だよな?」


 ライマは返事ができない。


「俺、直接会ったことは無いんだけど、発表した論文とか、功績とか、本気で凄いと思う。 俺より年下なのに、俺よりもっと小さい頃から自分の力で世間に出ていった強さっての? 本気で尊敬してる」

 彼の眼差しは真剣だ。

「しかも彼は国民の味方で、筋が通ってる。 権力者に媚びへつらわない、凛としたその姿勢はテノス国民の間で絶大なる信頼がある」

「……そ、そうなの?」

「そうなの」


 ライマにとっては初耳だ。

 いや、初耳というほどでもないが、ラムールでいた間は――ただのお世辞だと思っていたから実感が無い。


「だから右大臣の策にはまって教育係を解任されたのが、本当に惜しくって」

「……えー……、あ、ハァ……」


 何と返事をしてよいものやら。


「そんなに……凄い人……っとは思わないんだけど……」

「何でっ?! ライマ、本気で言ってる? ありえんっ!!!」

「あ、いえいえ、はい、うん、ごめんなさい」


 ライマは条件反射で謝る。

 ラフォラエルは少しだけ優位に立てたかのように胸を張る。 まるでラムールに関しては彼女よりも詳しいと誇るように。


「彼はデイ王子の為なら、絶対にこの企みを見抜けると思ったんだ。 俺達がテノス国に侵入してデイ王子を暗殺しようとしたとき、必ず立ちふさがり王子を守ると思ったんだ」

「……」

「そして、彼なら俺が持っていくラエル3の組成式や薬の構成図をあっという間に理解して、真に正しいものであると判断してくれるって思ったんだ。 彼が判断してくれたら、必ず彼はラエル3にかかったテノス国民すべてを治癒してくれるはずだと。 俺が処刑されても、後は平気だと」

「……」

「まぁ、幸い、まだ刑は執行されていないから、俺の件が公になった後、書類は他の役人には難しすぎてラムール教育係の所に判断してもらいに行くと思うんだ。 だから最初は苦しくても、後は国民全部平気……なはず」

「……」


 はたして国がそうするのか、ライマには分からなかった。

 でもラムールでなくても佐太郎がいる。

 佐太郎なら国王とも親交が深い。

 きっと佐太郎ならラフォラエルの書類を見たら即対応が出来ると思った。

 ライマが黙っていると、ラフォラエルがゆっくりと息を吐いた。


「俺が隠していたのは、これで全部」


 ライマは黙っていた。

 自分はこれからどうするべきなのか、考えていた。

 これらすべてをテノス国に知らせる必要があった。

 デイを助けなければいけなかった。

 だから、ここを去らなければ。

 黙っていたライマを見て、ラフォラエルが言った。


「あと、もう一つ言わなきゃならない事がある」


 不意に言われてライマは彼を見る。

 彼が、じっとライマを見ていた。


「俺、ライマに今日までしか一緒にいられないって言った。 タートゥン達にはずっと一緒にいるって言った。 それは両方とも本当なんだ。 どっちを選ぶかはライマ次第」


「え?」

 訳が分からずライマは首をかしげた。


 ラフォラエルはポケットの中から何かを取り出し、握り拳のまま手の平を上にしてテーブルの上に乗せる。


「けじめなんだ」


 その声は微かに震えているようにも聞こえた。


「俺、本気でライマを愛している」


 ライマが息をのむ。


「だから、ずっと一緒にいたい。 でも、作戦はもう止められない。 だから俺は明日テノス国に行って予定通り王子を暗殺しようとする」

「……」

「無事に逃げてこられるかは分からない。 もし逃げきれても犯罪者だ。 一生普通には暮らせないだろう。 祖国も友も兄弟もみんな捨てて逃げることになる。 楽な事は何一つない。 それでもよかったら」

「……」


 テーブルの上に置かれた彼の手がゆっくりと開く。

 拳の中には、炎のように輝く一対の指輪があった。


「この指輪をはめて、俺と夫婦になって欲しい」


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