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第49話 「【嘘つき】」

 みんな目覚めの良い朝だった。

 のそのそと起きだし、身支度をする。


「うっわぁ、このマジック、落ちないじゃないかぁ!」


 トガールが大慌てなのでみんなで笑って、ライマが魔法で綺麗に落書きを消す。


「うわ、すーっごい」


 みんなが鮮やかなライマの手腕に感心する。

 気持ちゆったりとコーヒーを飲み、そしてタートゥンがゆっくりと立ち上がった。


「行こうか」


 その言葉に皆は頷き、カレンは鳩の入った箱を抱えて、家を出る。

 タートゥン達が前を歩き、ライマとラフォラエルは手を繋いで一番最後を歩いた。

 港までの一歩一歩を心に刻みつけるように進み、その間は誰も口をきかなかった。

 港についてやっと、メーションが振り返った。

 その瞳には涙が浮かんでいた。


「メーション」


 ライマが驚くと同時にメーションがいきなり抱きついてきた。

「もうサヨナラなのね。 寂しいわ」

 いまにも泣き出しそうな声だった。


 ライマにしがみつくメーションを囲むように、タートゥン達が集まる。


「メーション、俺達は自由になるんだ。 寂しいなんて言うなよ」

「……」

「今の生活から抜け出したいだろう?」

「……」


 メーションは黙ってライマに抱きついていた。


「ねぇ、メーション」

 ライマが言った。

「私ももっとメーション達と一緒にいたいよ?」


 メーションの肩がぴくりと反応する。


「メーションが有名になったら、私、会いにいくから」

「……本当?」

「うん、本当。 だから、サヨナラじゃないから」

「……」


 メーションはゆっくりと体を離した。


「さ、時間だ。 行こう、メーション」

 タートゥンに促され、メーションは船に乗る。

 ライマとラフォラエルを残して、彼らは船に乗る。


「出航準備!」

 船員が叫び、イカリが上がる。

 船が港を離れ


「ラフォー! ライマ!」

 甲板から彼らが身を乗り出す。

「元気でね!」

「幸せにな!」

「いつか、きっと会おう!」

「約束だよ!」

 そして最後に、メーションが叫んだ。


「絶対だからねっ!!!!」


 そして、ちぎれんばかりに手を振る。

 ラフォーが小さく手を振って応える。

 ライマは大きく手を振って応える。

「みんな! 元気でね!! 元気でねッ!!!」

 精一杯、声が届かなくなるまでライマは叫んだ。

 船が小さくなって見えなくなるまで、手を振った。

 やがて島にはいつも通りの空気が広がり――


「じゃ、ライマ、帰ろうか」


 ラフォラエルが優しく言った。

 ライマは頷き、二人は並んで歩き出した。

 手は繋がずに。



 家へは先にライマが入り、ラフォラエルが後から扉を閉めた。

 ラフォラエルは黙ってライマの背中を見た。 

 どのくらい、二人は黙った体勢だったのか。

 ついにライマが振り向き、彼に向かって言った。

 途端にラフォラエルの顔がこわばった。

 そう、彼女は言ったのだ。 

 彼に向かって、古代語で――

「【嘘つき】」

 と。




+++




 ライマはじっと顔色を変えたラフォラエルの目を見つめた。

 彼は何も言わない。

 ライマはきちんと向き直り、もう一度、古代語で言う。


「【私に、何のウソをついてたの?】」


 ラフォラエルはやっとのことで強張った体を動かし、

「は、……はは」

 呆れたように軽く笑う。

 そして力が抜けたかのようにどっかりとソファーに腰を下ろして彼女を見る。

 ライマはもう一度、彼に尋ねる。


「【ねぇお願い。 私にきちんと説明して。 何の嘘をついてたの?】」


 ラフォラエルは黙って、しばし考える。

 その間、ずっとライマは黙って彼を見ていた。

 手が、震えた。

 少しして、ラフォラエルは少し前のめりにソファーに座り直した。

 彼の口がゆっくりと開く。


『――驚いたな。 まさか、こんな短時間で』


 その瞬間、今度はライマが顔色を変えた。

 ラフォラエルが続ける。


『文法も発音も完璧。 古代語を一人で解読して使いこなせるなんて、さすがライマだ。 脱帽』


 ライマの唇がわなわなと震える。

 彼女は今の現実が理解できなかった。


――なぜ、なぜ、彼は――


 ラフォラエルが優しく微笑んだ。

『安心して。 全部ごまかさずに教えてあげるから。 だけど――どの言葉がいいかな?』


「ラフォー!!」

 ライマが震える声で叫んだ。


「ど、どうして――?」

『何? まさか多国語を操れるのが自分だけなんて思ってないだろ?』

「ち、違う!! どうして、テ ノ ス 語 を?」


 ライマの問いにラフォラエルは答えた。

『ライマがテノス国民だからさ』


 それは穏やかな口調だった。 そして彼は続けた。

『――嘘、か……。 俺は確かにライマに嘘しか言ってなかったな』

 その一言は彼女を絶望の淵にたたき落とすには十分だった。


「いやっ!!」

 認めたくないとばかりに揺れる声でライマが叫んだ。

 その両方の瞳から、大粒の涙が溢れて頬を伝う。


――嘘、うそ、ウソ??


 膝ががくがくと震え、立っていられない。

「そんなのヤダっ!!」

 ライマはそう言うと床にへたりと座りこんで泣きじゃくった。


『ライマ……』


 申し訳なさそうに彼が見つめる。

 涙を拭いながら、しゃくりあげながら、ライマが言った。


「ヤダ。 泣かないって決めてたのに、どうして涙が出るの? どうしてラフォーの前だと普通に女の子になっちゃうの??」


 苦しくて涙が止まらない。 


「嘘だったの? 全部、全部、嘘だった? 好きだって言ってくれたのも、海岸で初めて会った時から、好きだったって言ってくれたのも……」

『違うっ!!』


 その時、ラフォラエルが声を荒げ、ライマに駆け寄り抱きしめた。

 暖かで逞しい彼の体に包まれる。


『ライマ、違うよ。 それだけは嘘じゃない。 ライマの事、大好きだって。 愛してるって。 本当にそれだけは嘘じゃない。 ――信じて』


 ライマを抱きしめる両手の力が、痛いくらいに強い。

 それだけで、切なくて嬉しい。

 何も考えずこのまま彼の体温を感じていたかった。

 仮にこの言葉が嘘でも、彼に触れられている間は幸せでいられるような気がした。


『本当だから』


 彼の言葉を嘘と疑う自分の泣き声を打ち消すように耳に届く彼の声が、何より嬉しい。

 ラフォラエルは抱きしめながら呟く。


『本当だから――もう少しだけ、このまま抱きしめさせて』


 ライマは頷き、ラフォラエルの体に腕を回した。

 このままでいたかった。

 離れるなんて、無くてよかった。

 ずっとずっと、未来から目を背けたかった。

 でも、すべてを明らかにしなければならなかった。




+++




 ライマが泣きやみ呼吸が落ち着くと、抱きしめていた彼の腕の力がゆるむ。

 そっと体を離し、彼の腕の中に包まれたまま、ライマは彼を見た。

 いつもと変わらぬ、大好きな彼の顔。


『……で、テノス語がよければこのまま話すけど?』

 ラフォラエルは言った。


「――い、いいえ。 ベベロン語で……。 ずっとこっちで話してたから……ベベロン語で……」

 ライマは混乱しながら返事をする。


「OK」

 ラフォラエルはベベロン国語に戻して、ライマから手を離して立ち上がる。

「驚いた?」


 ライマは頷く。

 ラフォラエルがちょっとだけ嬉しそうに鼻を掻きながら、テーブルに向かう。

「俺もライマが古代語を話し始めた時、同じくらい驚いた」


 ラフォラエルの後を追ってテーブルに向かいながらライマが尋ねた。

「――ね、ねぇ、私がテノス国民だって――いつから? 私、一度もここでは話してないのに!」


「最初から。 最初からテノス国民だって知ってたよ」

 ラフォラエルは椅子を引いてライマを促す。


「どうして??」

 椅子に座り、再度問うライマを見ながら、ラフォラエルは寝室へと向かう。

「いや、そんなに驚くことじゃないって。 拍子抜けすると思うけど、ライマが最初に着ていた服に名前が刺繍してあったって言ったろ? あれがテノス文字だったってのが第一と――」


 ラフォラエルの返事にライマは言葉を失う。


「まぁ、その他にも色々あるんだけど、資料取ってくる。 待ってて」

 彼は研究室へと消えた。





 まるでライマを一人でいて不安にさせないかのように、さっさと彼はリビングに帰ってきた。 その手には何冊かのファイルや資料がある。

 それらをドサドサとテーブルの上に置き、落ち着いた様子で向かい合わせに座る。


「さて、まず、どこから話していいか分からないから、ライマが何をどこまで気づいたのか教えて?」


 本来なら先に手の内を明らかにするのは愚の骨頂だが、ライマは基本、素直に応じた。

 ライマは告げた。

 古代語を理解できるようなったこと。

 だからテノス国民に迷惑がかかると聞いて不安になったこと。

 資料を読んで、ドノマンとテノス国右大臣が癒着していること。

 テノス国の資源が狙われていること。

 テノス国王を失脚させる為にドノマンがテノス国に入り込もうとしていること。


「9割方は知ってるな。 たいしたもんだ」


 ライマの話を聞き終わり、ラフォラエルは感心する。


「基本はそんなとこ。 あとはそれに俺とドノマンが死んで終わりっていうラスト」


 まるで決められた物語のあらすじを伝えるかのように言う。

 しかしそれで納得できるはずがない。


「ま、待って? 死……って?」


 当然ながらライマが尋ねる。

 ラフォラエルは身を乗り出して答えた。


「俺は死ぬ。 理由は――デイ皇太子暗殺容疑」




+++




 デイ皇太子暗殺。

 はっきりと彼は言った。

 ラフォラエルが死ぬ。

 デイ皇太子暗殺容疑で。

 その現実感の無い響きに、ライマが青ざめる。

 言葉を探すかのように何度かライマの口が開きかけては閉じる。

 先に言葉を紡いだのはラフォラエルの方だった。


「……説明する前に、もう一度だけ、抱きしめさせて」


 そう言って一度ライマに近付くと、座ったままの彼女を背後から抱きしめる。

 ライマは体を強張らせて、ただ固まっていた。

 ライマへの想いをすべて置いていくかのように、きゅっ、と最後に小さく力がこめられ、彼は手を離す。

 そして再び、向かい合わせに椅子に座る。


「まず、俺達の目的から話そう。 俺達、沢山の兄弟をドノマンの支配下から解放する、それが目的だ」


 ラフォラエルの瞳がいつもと違って、感情をそぎ落とした冷たい岩のようにひんやりと落ち着いている。


「ドノマンって奴は臆病者というか用意周到な奴で、引き取った養子が逆らわないように自由を奪っている。 首につけた遠隔操作可能の爆弾もそうだけど、もっと言えば大事な人間を調べ上げていて、逃げたり反逆するとその大事な人に危害が加えられる」


 その口調は淡々としていた。


「例えばウズには妹がいる。 まだ他の孤児院にいる。 妹をドノマン家に引き取られたくないからウズは言うことをきくって感じで。 どうしても言うことを聞かなかった奴は麻薬漬けにもする。 お付きのジョロマも最初は正義感溢れる奴だったらしい。 でも拷問され、薬を打たれ、人間が変わった。 今じゃドノマンの崇拝者だ」


 ライマは黙って聞いている。


「ジョロマ以外にもドノマンに言いなりの奴らが何人かいる。 奴らのほとんどが国から離れてしまわないと、管理体制が弱くならない。 だから俺は考えた。 まず、ドノマンに地位を与えることにした。 その考えは正しくて、俺が書いた論文を自分の名で発表したせいで奴はあちこちに呼ばれるようになった。 行った先では、主催者側から食事や女性の接待を受けた。 奴はその待遇がいたく気に入って、ひょいひょい外に出かけるようになった。 奴が屋敷にいなければそれだけ女の子達の負担は減った。 でも、根本的解決にはならなかった」


 そして次に別の資料を出す。

 それはテノス国右大臣の写真が貼られた資料だった。


「オルラジア国のカジノでテノス国右大臣と知り合いになった。 かなりウマがあったみたいでドノマンは右大臣を屋敷に連れてきてもてなした。 右大臣も金儲けが大好きで、武器商人や麻薬商人に資金を提供しては儲けていた。 俺はこいつが利用できると考えた」


 次にテノス国の地質資料。


「テノス国ってのは異常なくらい天然資源が豊富なんだ。 宝の山なんて表現じゃ追いつかないくらい。 宝の中に国があるって感じ。 俺はドノマンに事情を話した。 案の定、右大臣とドノマンはやっぱりな、って感じの計画を立てた。 デイ皇太子をてなずけ、彼をドノマンのカジノに連れ込み、甘言を用いて莫大な借金を背負わせる。 借金が公になれば現テノス国王が責任をとって地位を降り、右大臣が新テノス国王として君臨する、そんな計画」


 そして借用書のコピー。


「そこで俺は、ドノマンに言った。 仮にその計画が上手くいっても、すべての権利は右大臣にある。 右大臣をそんなに簡単に信用していいのか? ここは更に策を練るべきだと」


 狡猾なドノマンがラフォラエルの案に同意するのは当然に思えた。


 そこまで話して、ラフォラエルは少しの間、沈黙した。

 ライマはただ黙って次の言葉を待った。


「ラエル3」

 いきなり、彼は言った。


「ラエル3がテノス国で流行している。 これは今のところ、俺しか治療できない。 そうなれば右大臣はドノマンを裏切る事が出来ない。 金があっても、地位があっても、病気になってしまえば意味がない。 ラエル3を治療できる、それがドノマンの切り札」

「ちょっと待って」

 ライマが初めて言葉を遮った。


「ラエル3の治療をラフォーしかできないから、右大臣はドノマンを裏切れない、それは分かるわ。 でも、計画にしては乱暴だわ。 ラフォーが治療できたとしても、この丁度良い時期にラエル3がテノス国で流行するなんて、計画に入れることは不可能よ」


 ラフォラエルは首を横に振った。

「いいや、不可能じゃない。 言い方が悪かったかな。 ――なぁ、どうしてラエル3はラエル3って名前だと思う?」 

 逆に質問する。


「え? ラエル3の名前の理由?」

 ライマが考える。


「3があるなら、1や2があってもおかしくないって考えたことは無かった?」

 ラフォラエルがヒントを出す。

 そこでライマが気づく。

「まさか、ラフォー?」


 顔色を変えたライマに向かって頷く。

「ラエル3は、俺がここに来て作った。 そして、テノス国に流行――させた」

 まっすぐライマを見つめて告げた。

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