第48話 穏やかな一夜
ライマは一瞬、これは夢ではないかと思った。
ラフォラエルがみんなの前で、プロポーズしたのだ。
彼がその一言を発した途端、向かい合わせに座っていた友人達の顔が弾けるように輝き、満面の笑みで祝福してくれたのだ。
「ライマ〜♪ おめでとぉ〜♪」
「良かったわね! 嬉しいわ!」
特にメーションとカレンは抱きつかんばかりに喜びあい、ライマに駆け寄ると手を握って祝福してくれた。
「あ、あは、アリガト……」
ライマも真っ赤になりながら返事をする。
「それじゃあ予定的にはどうするつもりなんだ?」
タートゥンが尋ねた。
「んー、一回は島から出ないといけないからさ。 その後、この島に帰ってきてからライマと一緒に逃げようかなって思ってる」
「じゃあやっぱり、ライマをここに置いていくのね?」
カレンが反応する。
「じゃあ、お願いがあるんだけど……」
そう言いながら部屋の隅に置いてあった小さな籠を持ってくる。
籠を開けると中から一羽の鳩が姿を現した。
「これは?」
「これは、伝書鳩。 私が飼っているんだけど、すごく頭がいいの」
「トガールとの手紙のやりとりで使ってたのよ」
メーションが付け加え、カレンが続ける。
「それで、明後日ね。 ドノマンがテノス国に行く船にお付きの者達と乗って出発したら、私達は全てを計画通りに運んで逃げ出すわ。 でも、ずっと気になってたの。 ラフォーは一旦テノス国に行くから私達が無事に逃げたかどうか分からないでしょ? だから無事に逃げれたら本土からこの鳥を放すから、ライマにはこの島でこの鳥を待っていて?」
クルルゥ、と、鳩は鳴いた。
ライマの肩に回されたラフォラエルの手に、ほんのわずかに力が入る。
「……うん」
ライマは頷いた。
「ありがとう!」
カレンが笑顔になる。
「あとはねぇ、――これ」
そしてもう一つ、少し大きめの箱を持ってくる。
「これはもう船の上でラフォーにも見せたんだけどね……」
メーションと二人で嬉しそうに言いながらライマに渡す。
「開けてみて?」
そう言われて、ライマはそっと箱を開ける。
箱の中から、ふわっと、白い光がこぼれた。
「これは……」
ライマが小さく驚き、それを見る。
それは。
それは真っ白なウエディングドレスだった。
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「うわっ、それ、どうしたのっ?」
トガール達も驚いて近付いて見た。
「綺麗でしょう?」
「素敵よね」
カレン達は愛おしむようにそのドレスを眺める。
トガールがはと気づく。
「それって、ドノマン屋敷の目の前にある、ウエディングショップのウインドウに飾ってあるやつ?」
カレンが頷く。
「昨日、タートゥンからラフォーがライマに本気だって聞いてから、――みんなで買ったの」
「みんな?」
男全員が尋ねる。
「そう。 みんな。 女達、みんな」
メーションがしっかりとした眼差しで答える。
「ライマ、聞いて? この――ドレスはね、ドノマン家に引き取られて絶望を味わった私達、女子の――みんなの希望だったの。 屋敷のハーレムの中の窓から、このドレスが飾られているウインドウが見えててね、私達、どんなに辛い目に遭っても、この凛とした美しい白色のドレスが、心までは汚れていないと励ましてくれるようで……。 本当に心の支えだったの」
カレンが続ける。
「いつか愛する人のために着たいって。 着れたらどんなにいいだろうって」
「……なら……」
ライマはカレンが着るべきではないかと言おうとした。
しかしカレンはみなまで言わせずそっと人差し指をライマの口に当てた。
「私達はこのドレスに何よりも純真無垢であってほしいの。 透き通るほどに汚れを知らず、初めて愛した人のため、初めて愛されるため、永遠の愛を誓うため、このドレスを着て欲しいの。 それが私達、女子の夢」
ライマは黙っていた。
メーションがライマの手を取り、乞うように続ける。
「もう――ハーレムが何なのか、私達とラフォーの間に何があったのか、分かるわよね?」
ライマは頷く。
「じゃあ言うわ。 ラフォーは、自分から望んでハーレムにいた訳じゃない。 私達がいさせたの。 女子がドノマンに殴られたり殺されたりしないために、彼は限界がくる日まで犠牲になってくれていたのよ」
ライマは頷く。
「だから――私達は、とても感謝してるの。 そして、ずっと申し訳なく思ってるの」
メーションの瞳に涙が浮かぶ。
「ラフォーが愛する人を見つけたと皆に教えたら、喜んだわ。 幸せになって欲しいって、みんなみんな、心から……」
声が途切れる。 メーションの肩にカレンが手を添えた。
「受け取ってくれる?」
カレンの瞳もうるんでいた。
ほんの少し間をおいて、ライマは頷いた。
「……うん。 私、これを着てラフォーのお嫁さんになる」
そしてそのドレスを抱きしめた。
白くて。
柔らかで。
彼が許してくれるのなら、これを着て彼と一緒になりたいと心から思った。
みんなが少ししんみりした時、ウズが思いついたとばかりに口を開いた。
「女子みんなで買ったドレス着て結婚じゃ、ラフォーが浮気しようとしても女達の念が邪魔しそうだな」
「うっわぁ! ウズってデリカシー無いっ!」
「そもそも俺が浮気なんかするか!」
ライマとラフォラエルが同時に声を荒げる。
「ご、ごめんごめん。 冗談……」
平謝りするウズを見て、みんながプッと笑い出す。
それから全員でアハハハと気持ちよく笑う。
ライマの肩に回されたラフォラエルの手が、とても暖かで。
このまま時を止めてしまいたかった。
きっとそう思っていたのはライマだけではなかった。
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夜も更けると、恒例のように、ライマは風呂に誘われた。
とりあえず、なんとなく慣れた。
「るるるる〜ん♪」
メーションが鼻歌を歌いながらポンポンと服を脱ぐ。
ライマが服を脱ぐと、メーションとカレンが意味ありげな目線を送る。
「……なんとなく、言いたいコト分かるカモ」
ライマが言うとすかさず、メーションが食い付く。
「大人になったわねぇっ!! じゃあ、どこまで進んだ??」
「もう、メーションったら。 ……キスだけ。 一応」
ライマ的には名称を知らないのだから、何もウソはついていない。
「キスだけぇっ?? やっぱり昨日、タートゥンが邪魔したってのは本当?」
「……んー。 タートゥンには悪いけど、本当!」
「ライマも言うわね!!」
3人は笑いながら風呂に入る。
「カレンはトガールと結婚するの?」
ライマが尋ねると、カレンが嬉しそうに頷いた。
「うん。 二人で逃げて、小さな教会でひっそりと式をあげるの」
「カレンらしいでしょ? 野の花をブーケにするんですって」
「そしてね、トガールの子を沢山産むの」
「沢山? どのくらい?」
「10人でも20人でも! そして私はママになって、小さな煉瓦造りの家に子犬を飼って向日葵を植えて……」
カレンはうっとりと話す。
「子供が大きくなって、私とトガールはおじいちゃん、おばあちゃんになるの。 暖かい日だまりの中、沢山の子供達や孫に囲まれてね、みんなでお茶するの……ふふ。 おかしい?」
ううん、とライマは首を横に振った。
「メーションは?」
「私? 私はとりあえずオルラジア国……あっ、言っちゃった。 秘密よ、秘密。 オルラジア国に行ってダンサーになろうかな、なんて考えてるわ」
「ダンサーかぁ」
「それで有名になって、たっくさんお金稼いで、麻薬患者を更正させる施設を作りたいの」
「施設?」
「――前にも言ったと思うけど、私はストリップで稼げたけど、何の手に職もない同期の友達は、売春宿で薬漬けなのよ。 もっと環境さえあれば彼女達だって立ち直れるはずなの」
「メーションって、意外と真面目でしょ?」
「んもう、カレン、そんなコト言わないでっ」
メーションが照れくさそうに笑う。
「ライマは? ライマはどうしたい?」
二人が尋ねる。
ライマはちょっと考えた。
「まず……ラフォーと一緒に私の村に行って、兄や姉に紹介したい」
「ふんふん」
「あとは……まだ分からない。 考えたことも無かった」
それは本心だった。
「そうよねー。 急だしね」
「お兄さんやお姉さんもさぞやビックリでしょうねぇ」
それは予想がついた。
「じゃあ、どんな結婚式にしたい?」
「子供の名前は何にする?」
たてつづけに二人が質問する。
「か、考えてないってばあ」
ライマが慌ててみんなで笑う。
なんだか笑ってばっかりだ。
「でも、良かったわぁ」
その時、心の底から絞り出すように、メーションが言った。
「これで、ラフォーにも未来ができたのね」
「そうね」
カレンも続ける。
「ラフォー、死ぬところだったものね」
死ぬ?
その言葉の意味を一瞬理解できずに、ライマは二人を見た。
二人とも、思い残すことはないような良い表情で微笑んでいる。
「――し、死ぬ……って?」
ライマが問うた。
しかし彼女達は平気そうに笑った。
「あー、いいのいいの! もうそれは無くなったんだから!」
「そうそう、ライマと生きていくんだから全然心配なんかしなくていいのっ!」
「あ、ああ、そう……なんだ」
ライマはなんとか頷いた。
死ぬ??
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風呂から上がり、
そしてまたみんなと話し。
そう、たくさん、話して。
たくさん、笑って。
ラフォラエルは、本当に楽しそうで。
ライマも、ウソみたいに楽しくて。
今までみたいに、ライマの分からぬ古代語で話されたりすることもなく、
今までみたいに、先に寝ろと寝室に隔離されたりすることもなく
睡魔がじわじわとみんなを襲う。
真っ先にソファーで眠ったトガールの顔にみんなで落書きをし。
残りの皆で適当に寝そべって話をして。
カレンが寝て。
タートゥンが寝て。
メーションが寝て。
ウズはとっくの昔に寝ていて。
ライマがうとうとと、まどろんでいると
ラフォラエルがそっとやってきて。
優しく、ブランケットをかける。
そして、彼は隣にごろんと寝そべり、
ライマは近くにいる彼の気配に安心しながら、眠りについた。
穏やかな。
穏やかな一夜だった。