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第46話 今は――ラムールになろう

 かなり長い間、ライマは寝室の床に座りこんでいた。

 頭の中では、まず、古代語の復習をしていた。

 自分の解釈が間違っていたとすれば、彼ら二人の言葉を正しく理解していなかった事になる。

 しかし、何度繰り返して、どう解釈しても、やはり、彼は【テノス国民に迷惑がかかる】と言い、【テノス国に行こう】と言って、ライマには”ベベロン国まで”行くと言ったのだ。

 聞き間違いではないかと思いたくとも、ライマはすべてを記憶できるのだ。 何度も何度も繰り返して脳内で再生してみたが、どこにも間違いはない。


「嘘をつかれたの?」


 ライマが呟いた。

 その結論しか無かった。

 ライマはよろよろと力なく立ち上がった。

 ショックだった。

 だが、一番ショックだったのは、その嘘ではなかっった。

 基本、ラフォラエルがどこに出かけようと、無事に帰ってきてくれるのなら構わない。

 ただ、彼が言った「あと3日しかいられない、そのうち2日がつぶれる」の一言。


――ずっと一緒にいるって決めてくれたんじゃなかったの?


 古代語で発した彼の言葉を思い出す。

 ライマはそれを聞いて嬉しくてたまらなかったぶん、余計にショックだったのだ。


――俺がこの島を離れる明後日まで一緒にいて……そこまでが、望みなの?


 その言葉はライマに向けて直接言ったのだから間違い無いだろう。 では、タートゥンとの会話は何だったのか?


――あ!


 ライマが気づいた。


――二人とも、古代語では一言もライマって私の名前を呼んでない。


 ということは。 他の人物の事を話していたのか?

 しかし、そうなると、ラフォラエルにはライマの他にずっと一緒にいると決めた大事な相手がいる事になる。

 色々な可能性が思い浮かぶ。

 ラフォラエルには、大事な人がいて、その人と一緒に逃げる。 ライマとはここだけの関係。

 その彼女に会うためにテノス国に行くが、面倒な爺さんの治療のためにベベロン国に行くので、時間を割いて申し訳ないとタートゥンが謝った。

 となれば、どうにかこうにか辻褄が合う。

 彼らの言葉が全部真実だとすればだが。

 なら、ラフォラエルの思い人がテノス国にいると?


「違う。 矛盾しちゃう。 それじゃテノス国民に迷惑はかからない」


 では、やはりライマの事を話していたとすると、ずっと一緒にいるとタートゥンに言ったにもかかわらず、どうしてあと3日しか、と言ったのか?


――だって、今朝、私がずっと一緒にいたい、って言ったら、いいよって言ってくれたじゃない?

 

 ソレハ カラダ メアテ ダカラジャナイ?


 思いもしなかった語句が頭に浮かぶ。


――そんなこと、無いっ!!


 ライマは自分の考えを打ち消すように頭を振る。


「後で――。 そう、後で、……帰ってきてから、ずっと一緒にいようって言うつもりだったのよ。 驚かせようと思って……」


 でも、わざわざ”あと3日しか”なんて言う必要はどこにもない。

 わざわざ寂しがらせるようなことを言わなくてもいいではないか?

 寂しくて、ついていきたいとライマは思ったのだ。

 ところがタートゥンの船は二人しか乗れないからって――連れて行けないって……


 アイシテルノニ ハナレテモ ヘイキナ ヨウジッテ ナニ?

――本当に私にこの島にいてほしいの?

 アイシテル ノ コトバスラ ウソデハ?

――この島を出られたらまずいことがあるから足止めしているのでは?

 ワタシハ ラフォーヲ シンジテナイノ?


 色々な想像がぐちゃぐちゃに頭の中で暴れ回る。

 不安で不安でたまらない。

 母親に捨てられる為に連れて行かれた神の樹の森にいた時の心境によく似ていた。

 どう進んでも別れがくる予感。

 自分が何をしてもどうにもならない予感。


「ラフォー……」

 ライマは自分の体をぎゅっと抱きしめた。

 

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 ラフォーが自分に隠し事をしている。 

 ウソをついている。

 それは確か。

 ウソ。

 何が?

 どれが?

 どれが嘘なのか

 どれが本当なのか

 それともすべてが嘘なのか


 

 耐えきれなかった。



 だから、ライマの目が鋭い輝きを放った。

 ライマは心を閉じ、洗面室に行くと髪の毛を一つに束ねた。

 きりりと結んでしまえばそこには――ラムールがいる。


「ボクはラムール。 ライマじゃない」


 鏡に映る自分に向かって、抑揚のない凍った声で言い聞かせた。



 今は――

 ラムールになろう。




+++




 ラムールの姿になると、多少は気持ちの切り替えが出来た。

 自分はテノス国王子付教育係であって、一人のライマという少女ではない。

 現在、謹慎中のはずの、ラムールなのだ。

 テノス国に危機が迫っているかもしれないいま、テノス国に仕える自分が成すべき事は明らかだ。

 自分は、ラムールだ。

 ラムールだ。

 ……何度か言い聞かせ、ラムールはリビングに行く。

 まずはラフォラエルがテノス国に迷惑をかけると言った理由を、どんな些細なことでも構わない、調べる必要があった。

 ラムールは思い出す。

 今までこの部屋で見たすべてを。

 聞いたすべてを。

 最初にタートゥン達が来た日、ラフォラエルはウズと雑誌を見ていた。

 何の雑誌だった?

 彼らの口はどのように動いていた?

 何を話していた?

 ドノマンがやって来た日、タートゥンがラフォラエルに読んでおけと封筒を渡した。

 その封筒はどこにある?

 みんなが古代語で話をしている時、何を話していた?

 ラムールの頭の中でそれらが高速で繰り返される。

 そして迷うことなくマガジンラックから一冊の雑誌を取り出し、そのページを開く。

 視界の端にただ映り込んだ全員の口の動きを分析していく。 

 タートゥンの封筒は書斎の本棚の一番上の棚に放置されていたはずだ。

 それらの封筒を取りに行く。

 おそらく、研究室に忍び込めばもっと簡単にすべてが分かりそうな気もしたが――研究室に入る気にはなれなかった。

 ラムールになっても、入って来ちゃダメだからな、という彼の言葉を破る気にはなれなかったのだ。

 ライマが自由に見ることができる部分で調べるつもりだった。

 封筒の中身は一部は暗号化がされていたが、よくあるパターンのそれは、古代語に比べてみれば笑ってしまうほど簡単だった。 解読に5分もかからない。

 書類を眺めながらラムールが呟いた。


「……テノス国の地質のことが事細かに調べられている……」


 その資料には、テノス国の地下に貴重な鉱物や資源が豊富に蓄えられていることが記されていた。 ラムールも薄々気づいてはいた事が、そこには正式な数値として記載されている。


「流石」


 不謹慎だが、感心した。

 おそらくラフォラエルが分析したであろうそれらは、見事なまでに確実性のある内容だった。

 この資料だけを見ると、テノス国は宝の山だ。 他国が喉から手を出してでも欲しい資源で溢れている。

 しかしその資源がある場所の殆どは城下町の地下や各村の側など、現在国民が生活している場所がほとんどだ。 資源を得る為にはそこに住む民を犠牲にしなければならない。

 国家権力を用いて強制的に事を運ぶことはできるが、テノス国王がそれを許すはずは無かった。


 次に、テノス国右大臣の資料が出てきた。

 生い立ちから趣味嗜好、交友関係から愛人関係まですべてが載っている。

 ドノマンが渡した金品一覧もある。 いや、金や物だけではない。 ――女もだ。


「ったく、あのクソオヤジめ。 ドノマンから女の子の接待を受けるって、何考えてるんだ?」


 右大臣に与えられた女の名簿をざっと見ると――カレンの名前もあった。


「……」


 書類を持つラムールの手が震えた。 カレンが右大臣の慰み者として差し出されたのはほんの2週間前だ。 いや、接待を受けたのは右大臣だけではない、クローク卿もだ。 レッシェル嬢には貴金属、そして少年達を――?。 

 カレンが何をされたのか、今のラムールには分かる。

 怒りで書類をびりびりに引き裂いた。


「あいつら!」


 思わず感情的に怒鳴る。

 怒りながら他の書類を漁っていると、ふと一瞬、見慣れた筆跡が視界を横切った。


 どきん。  


 ラムールの心臓が反応する。

 ゆっくりと散らばった書類の一枚を拾いあげる。

 借用書のコピーだ。

 それにサインされた名前を見て、愕然とする。


「デイ」


 確かにそれはデイの字で、ご丁寧なことに拇印まで押してあった。


「デイ? なぜ? どうして? しかも……」


 その書類を見る限り、デイが借りた額は現在は利子が膨らんで、テノス国の国家予算の10分の1には達するかと思えるような莫大な金額だった。


「ありえない!」


 ラムールが叫んだ。

 テノス国はそんなに裕福な国ではない。 この金額を返済するのは――不可能だ。 これが公になれば誰が責任をとるのだろう? 答えは聞くまでもない。 国王、その人だ。

 ラムールは借用書に書かれた貸し主の名前を見た。

 カジノグループの名前だ。 

 そのカジノグループの名前は――ラフォラエルが広げた雑誌で見た。

 ラムールは慌てて雑誌を手に取る。 そのページにはにこやかな顔をしたダンディな男がいた。 カジノの支配人とある。 


「秘密ですがね、私らのカジノの一つには、選ばれた方々しか参加できない特別なカジノがあります。 夜だけ開催されているこのカジノは、真に高貴な方々が利用されているのです――か。 つまりは裏カジノってことか」


 ライマは考えた。

 裏カジノの場所を。

 そういえば、今日やってきた、タートゥンの服装。 船。 小さく刺繍された同じマークを思い出す。

 カジノグループのマークが一つ、そして重なるように刺繍された別のマーク。

 

――見たことがある。


 ラムールは過去の記憶を遡る。

 それは、5年と89日前の新聞で、巨大豪華客船の中に飾られた壁のタペストリーの中の一つ。

 タペストリーに描かれたマークの下に書かれた小文字を思い出す。 

 それは一隻の大型クルーズ客船を表していた。


「タートゥンがカジノのバーで仕事を終えてから着替える間もなく直接ここにやってきたとすれば、乗ってきたあの船の時間と速さから計算して……」


 その客船がいるであろう海域も割り出した。


――どうにかしなきゃな。


 そう思いながら書類をめくる。

 今度はドノマンと右大臣の共同出資事業計画書だ。

 それを見てラムールが鼻で笑う。


「右大臣め、テノス国の資源を売る算段をきっちり練ってる。 どの地域の資源から手をつけるか、そして買い取ってもらう業者も決定済とは、ウソみたいに仕事の早いヤツ」


――だがこの計画書の通りに物事を進めるにはいくら右大臣の権力を持ってしてでも……

 

 次の瞬間、ラムールの背筋に悪寒が走る。


「そうか。 右大臣は国王を失脚させてテノス国を牛耳るつもりだ」 




+++




 ラムールはすべての資料に目を通した。

 そこから導かれる答えに変化は無かった。

 デイの借金は彼が未成年とはいえ、きちんとした契約に基づいているため誰かが返さなければならない。

 デイの後始末をするのはテノス国国王、その他にいない。

 しかし国家予算規模の借金など、そうそう支払うことなど不可能だ。

 国王の座を降ろされても仕方がない。

 すると次の国王は――デイが無理なら――右大臣だ。

 右大臣がすべての実権を握ってしまえば、テノス国は右大臣の好きなようにできる。

 前国王の後始末と称して、国民の住居を奪い生活を壊し、資源を売って利益を得る。

 この場合責められるは莫大な借金を作って国を窮地に貶めたデイと陛下だ。

 右大臣は堂々と行動ができる。

 たとえその一部が右大臣の懐に入るといっても、誰も気づかないだろう。

 貸し主とグルなのだから。

 となると私服を肥やしたい彼らはより儲けようとそればかりに目を向けるだろう。

 国民の事なんて考えるはずがない。

 怒りで体が震えた。


――帰ろう。

 ラムールは立ち上がった。

――今なら間に合う。


 そして寝室に行く。

 今、テノス国に帰って陛下にすべての事を伝えれば作戦を未然に防げるはずだ。

 右大臣を国家反逆罪で捕まえてもいいし、デイの借金は莫大ではあるが、皮肉なことに、手元の資料に基づいて人の住んでいない地区の資源を売ればなんとか返却できる。


――何にしろ、右大臣を倒さないとテノス国に未来はない!


 ラムールは新世がくれた移動羽を取り出そうとパックに手をかけた。


――待てよ?

 そこでふと、気づく。


――この計画……。 右大臣が考えたものなのか? 

 右大臣にしては資源調査などの分析が上出来すぎる。


――じゃあドノマンが?


 ドノマン側の作戦だとすれば、右大臣に主導権を渡すはずがない。

 主導権を渡さずに利益を得るためには、彼も一定期間テノス国にいる必要がある。


――それで、今度、重要なお付きの者達を連れてこの国を離れる事にしたんだ。


 おそらく彼はテノス国でもベベロン国にいたときと同じように地位を得ようとするだろう。


――でも待って? テノス国の予定ではドノマンの滞在はわずか3日だったはず。


 前日に入国、当日に陛下に拝謁、夜にパーティ、翌日帰国。

 それが普通だった。


――3日じゃ何もできない。 王を失脚させるにはせめて半月、資源を売却して富を得るには少なくとも3ヶ月スパンで……


 ドノマンが長期滞在するとなると、あらかじめ半年ほど前に国に許可を求める書類が届くので噂になるはずだが、それは無かった。 ならば現時点で、招かれる日数は3日だけ。


――急遽、長期滞在が許される方法って何だっけ?


 ラムールは頭をひねる。


「やむを得ない事件・事故にまきこまれた時。 長期滞在、長期滞在――……永住?」


 永住権は国王が許可すれば即日可能だ。


「でも、たった一日、拝謁に来た相手に永住権を与えた例は無い。 国王から永住権を与えると言うことは、どうしてもこの国にいてくれと依頼することと同じだから……どうしてもドノマンにテノス国にいてくれと――ドノマンにしかできないこと――」


 はと気づく。


「ラエル3?」


 もし、テノス国にラエル3が蔓延していたとすれば、治療ができるラフォラエル、つまりはドノマンには絶対いてほしい存在だろう。

 ラエル3の治療のためにドノマン達に快適な住居と施設を与え、国民の治療にあたってもらう。

 国民のためならば陛下は迷わず決断されるだろう。

 しかも右大臣も反対はしないだろう。

 そうしてドノマンはテノス国に永住権を持ち、ラエル3の治療で金を巻き上げ、デイの借金が膨らみすぎてどうしようもなくなった時に公にして、国王を失脚させる――。

 右大臣とドノマンには莫大な富と権力が転がり込んでくる。

 ドノマンみたいな奴がテノス国に寄生して――テノス国の人達には迷惑がかかる……。

 これでラフォラエルが言った古代語と通じる。


「帰らなきゃ」


 ラムールは顔色を変えてバックを開ける。

 しかしそのとき、バックの中に入っているスカート類が、ラムールがライマであったことを思い出させる。


――帰ったりしないで、夕方、俺達が帰ってくるまで、ちゃんと待っててくれる?

――約束だよ。

――ライマがいなかったら本当に寂しいからな


 ラムールは動きを止めた。

 いや、動けなかった。

 その手がゆっくりと動き、きつく束ねた髪の紐をほといた。

 はらり、と絹のように柔らかな髪が頬を撫でた。

 

 ラムールは、ライマでしかなかった。


 ラフォラエルとの約束を破ることなんてできなかった。


 このままここを去り、ラフォラエルと会えなくなる道を選べる訳が無かった。


 たとえ会えなくなるにしても、もう一度、せめてもう一度、会いたかった。


 そして事実を聞かなければならなかった。

 

 何のウソをついたのか、と。


 ラムールの予想が外れることを祈った。


 資料も全部でたらめなものだと信じたかった。


 ずっと一緒にいるって。


 ずっと一緒にいてくれるって。


 ライマはそれだけを、信じたかった。 

 


 


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