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第45話 そこまで言い切るって事は

「――ねぇ、あれって船じゃない?」

 瞳に飛び込んできた異質なもの――寝室の窓の外を指さしてライマが言った。


「え?」

 ラフォラエルが振り向き窓に近付くと、確かに窓の外に見える青い海に一艘の白い小型の船が見えた。

 船はこの島に向かってきているようだった。


「……こっち、向かってきてる……よね?」


 ライマが言うとラフォラエルは目をこらしてその船を見る。

 船は2〜3人乗れれば上出来な感じの小舟だったが積んであるエンジンが良いのかかなり早いスピードで進んでいた。


「――あれは――タートゥンだ」

「えっ?」

「タートゥンの船だ。 間違いない。 ここに来る。 ライマ、身支度して」


 言うが早いかラフォラエルは部屋を出て洗面所に駆け込む。

 ライマもあわてて身支度をする。

 船は港ではなくこの家に一番近い海岸に停まり、ラフォラエルが言ったとおり中からタートゥンが現れた。 そして彼は足早にこの家に向かって歩いてきた。



+++



「お邪魔だったかな?」

 コーヒーを差し出されたタートゥンの第一声はそんな台詞だった。

 ラフォラエルが笑いながら言い返した。

「正解。 むっちゃ邪魔。 この邪魔者め」


「ラフォーったらっ!」

 ライマは慌てたが、タートゥンは嬉しそうに笑うだけだった。


 ライマはちらりとラフォラエルを見る。

 今のラフォラエルはきちんと髪の毛を上げてセットしている。

 前髪が片側だけ少し垂れている。

 ライマと二人きりの時は前髪は全部降ろして少し幼い感じがするのに、髪を上げているラフォラエルは知的で魅力的だ。


――どっちも好きだけど……前髪を降ろした姿は私の前だけでしか見せないんだよね♪


 ライマはそんな事を思ったものだから、無性にラフォラエルにキスしたくなる。


「ラフォーの事が好きだって、ライマの目が言ってる」

 いきなりタートゥンが言った。


「え、ええ?」

 ライマは赤くなってうろたえた。


「からかうなよ、タートゥン。 ライマ、冷凍庫のバニラアイス出して」

 ラフォラエルが笑いながら告げる。 ライマは頷いて台所に行った。


 背後で、タートゥンの言葉が聞こえてくる。

「t0eed@'y6y2[」

――【可愛いじゃん♪】


「あっ!」

 ライマは思わず声に出した。


「どうした?」

 ラフォラエルが心配そうにこちらを向いたが、すかさず平気と答える。


――やったぁっ♪ 何言ってるか、全部分かる!


 ライマは小さくガッツポーズ。

 彼女が会話を理解できているとは気づかず、彼らは会話を続けた。


「【勿論。 本気で可愛いよぉ〜。 いいだろ♪】」

「【うっわ、 ノロけてやがる。 信じられない。 そんなに好きか?】」

「【勿論】」

「【そこまで言い切るって事は、――これから先も決心したってことか?】」

「【ん。 ずっと一緒にいるって決めた】」


 ガシャン


 ラフォラエルの言葉を聞いてライマの手元が思わず狂う。


「おいおい、どうしたライマ?」

 ラフォラエルが慌てて側にやってくる。


「え、ううん。 ちょっと手元が狂っちゃって」

「慌て者」


 ラフォラエルはそう言って笑いながらライマが落とした皿を拾う。


「ゴメンね」

 ライマが謝りながら台を拭く。

 手際よくラフォラエルはアイスを皿に盛っていく。

 その姿をライマはじっと見つめる。


――【ずっと一緒にいるって決めた】


 古代語で彼が言った言葉がライマの心でぐるぐる回る。


「?」

 ラフォラエルが不思議そうにライマの顔を見た。


 言葉が分かると言っていない手前、どう反応していいのかライマは戸惑っていた。

 ラフォラエルがちらりとタートゥンを見る。

 タートゥンは持ってきた書類に目を通している。

 ラフォラエルの体が動く。

「ん」

 その唇がライマの唇に重なり、ゆっくりと離れる。

 タートゥンが顔を上げたら、キスしているところが見られていたというのに。

 真っ赤になったライマに向かってラフォラエルが照れくさそうに小声で告げる。

「キス、我慢できなかった」

 それを聞いてライマも照れてうつむく。


 ラフォラエルが声を大きくして言った。

「ライマ、外に行ってミントの葉、取ってきてくれる?」


 その声にタートゥンが顔を上げる。

 アイスの皿を持ち上げたラフォラエルがライマの耳元で言った。

「顔、真っ赤だから、少し落ち着いてから戻っておいで」

 ライマは頷いて家を出た。





 家を出たライマは胸を手で押さえて空を見上げた。

 胸が、ドキドキしていた。

 今までにないくらい、嬉しくて胸がドキドキしていた。

 ずっと一緒にいる。

 ずっと一緒にいる。

 その言葉がライマの体中を幸せな気持ちで包む。

 早く二人きりになりたかった。

 ラフォラエルと二人きりになりたかった。

 二人きりになって、抱きしめられて、愛を交わしたかった。

 大好き

 大好き

 大好き!

 ライマは両手を胸の前で組んで祈った。


 どうか、この幸せな気持ちがずっとずっと続きますように!!! 




+++




「ただいまっ♪」

 ミントの葉を数枚取って、頬の赤みも落ち着いたライマはウキウキ気分で家に入る。

「おう」

「おかえり」

 ラフォラエルとタートゥンの二人は優しい眼差しでライマを迎え入れた。

 ライマはミント・ジュレップに葉を添えて二人に差し出す。

 もうアイスは食べてしまっていたので、皿を下げて洗う。


「♪♪」


 ライマはご機嫌だった。

 ラフォラエル達の話し声が聞こえてくる。 当然、古代語だ。

 タートゥンが帰ったら、実は古代語が分かるんだよ、ってラフォーに教えて驚かそう。

 洗われながらキュキュと鳴る皿の音がくすぐったい。

 彼の声と重なって、更にくすぐったい。


「【じゃ――ま、そんな感じでいいか】」

「【ラフォーの言う通り、今のところ順調だから問題は無いさ】」

「【まぁ――テノス国の人達には迷惑かけちまうけどな】」


 えっ?


 ライマは自分の耳を疑った。

――テノス国の人達って言った???

 皿を洗うライマの手が止まる。


 タートゥンが言った。

「【んじゃ、早いところ行こう】」


――行く? どこへ?


 ラフォラエルが答える。

「【分かった。 用意してすぐテノス国に出かけよう。 先に船で待っててくれ。 5分で行く】」


――出かけるの??


 タートゥンが言う。

「【彼女と二人きりの大事な時間をすまないな】」


 ラフォラエルが――言う。

「【別にいいよ】」


――??


 するとタートゥンが立ち上がり、グラスを持ってくる。


「美味しかったよ、ありがとうライマ」

「あ、う、――うん。 もう、行くの?」


 ライマはグラスを受け取る。

 タートゥンが微笑む。


「ん。 今日はもう行くから。 明日、また会おうね」

「う、うん……」


 ラフォラエルは寝室の方に行ったのか姿が見えない。

 不安そうなライマの表情を読んだのだろう、タートゥンが優しく微笑む。


「ラフォーの奴、ライマにめちゃめちゃ夢中みたい」


 ライマは赤くなる。

 その頭をポンポン、とタートゥンから撫でられる。


「それじゃ、ね」

「うん」


 ライマが頷くとタートゥンはさっさと家を出て行く。

 ライマは慌てて寝室の方へ行く。


「ラフォー?」


 ライマが扉を開けるのと、ラフォラエルが書斎から出てくるのは同時だった。


「ああ、ライマ」

 ラフォラエルが駆け寄ってきて、ライマを抱きしめる。

「ごめん、ちょっと出かけなきゃいけない事になった」


 ライマの体がこわばる。


「出かけるって、どこに?」

「うん、ちょっとベベロン国まで、ドノマンの客の治療に行ってくる。 急でごめん」

「治療……?」

「うん、治療。 面倒な爺さんで、すぐ来いって。 明日の夕方、タートゥン達と一緒に船で帰ってくるから」

「明日の夕方まで帰ってこないの??!!」

「うん、ごめん。 タートゥンの船は2人しか乗れないから連れていってあげられないんだ」

「……」


 ライマは口ごもった。

 ラフォラエルが瞳を見つめながら言う。


「明日の朝の船で帰ったりしないで、夕方、俺達が帰ってくるまで、ちゃんと待っててくれる?」


 ライマは頷く。

 ラフォラエルが微笑む。 しかし今までとは違う、何か隠しているような笑顔だった。


「約束だよ。 ドノマンの支配から逃れるためにみんな散り散りに逃げるから、明日会うのが、みんなとの最後なんだ。 だから思い出に、楽しく笑って過ごしたい。 ライマがいなかったら本当に寂しいからな」


 彼の口調は真剣そのものだ。 ライマは頷く。


――私とラフォーは、その後もずっと一緒にいられるんだから……


 そう心に言い聞かせた。

 だが、ラフォラエルが次に出した言葉は全く正反対のものだった。


「ライマと、今日もいれて3日しかいられないのに、そのうち2日をつぶすようなことになって、ごめん」


――3日しかいられない


 その言葉に、ライマが青ざめる。

 しかしラフォラエルは予想通りとばかりに、優しくライマを抱きしめた。


「ライマと離れたくない。 ホントだよ。 だから俺がこの島を離れる明後日まで一緒にいて」


 ライマは頷くことはできなかった。


「時間が無いんだ。 ごめん、行く。 ……愛してる。 帰ってくるまで、必ず、ここにいて」


 ラフォラエルはそう言って軽く口づけをすると、ライマと離れて寝室を出た。

 ライマは呆然と突っ立っていた。

 窓の外に、岸壁へと掛けていくラフォラエルの姿が見えた。

 彼はタートゥンの船に乗り込む。

 船が出る。

 船はものすご勢いで島を離れていく。

 彼は、一度も振り向かなかった。



 ライマは力なくその場に座りこんだ。



――あと、3日しか、一緒にいられない



 その言葉がぐるぐると回っていた。   

  


 

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