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第41話 来意の予言

「新世、平気か?」


 階段を下りてきた新世に対して、一夢が心配そうに近付いた。

 その思いやりの言葉だけで十分力になると言うかのように、新世は翼族の姿で微笑んだ。


「平気。 それはそうと、巳白。 佐太郎は何て言ってた?」

 新世が尋ねた。


「今、持っていった水を分析してもらってるけど、人間にとっては無味無臭なんだから、こんなんゼロからじゃ難しいって言ってた。 でも頑張るって」

「そう。 でも今は、彼だけが頼りだわ。 アリド、みんなの様子はどう?」

「きつそう」

 6本の腕に沢山の濡れタオルを持ったアリドが今にも倒れそうに疲れ切った顔をして言った。


「やだアリド、あなた、寝てないでしょ?」

「寝てなんかいられないよ。 あいつら、きつそうだから誰かが冷たいタオルで冷やしてやんないと……。 ねぇ、新世さん、俺にも回復魔法、かけてよ」

「お馬鹿さん」


 新世は微笑むとそっとアリドの額に手を当てた。

 アリドの瞳がとろんとまどろみ、崩れ落ちるように眠るのを一夢が支える。


「サンキュ。 新世。 俺は休めっていうのに休まないから。 こいつ」


 そう言ってアリドを抱きかかえてベットに連れていく。

 新世が巳白を見た。

「巳白は平気?」

 巳白は頷いた。

「そう」


 新世は巳白の頭をポンと軽く撫でて羽織達の元へ行く。

 何も口にしていないので吐くことだけは止まったが、相変わらず高熱が続き全員がウンウン唸って横になっている。

 新世は悲しげな顔をして一人ずつ回復呪文をかける。

 回復呪文をかけると、呼吸が穏やかになる。


「頑張って」


 新世は一人一人にそう言いながら看病をする。

 この国一番の錬金術師である佐太郎が治療法を見つけだしてくれるまで、新世は頑張るつもりだった。

 しかし、とても苦しそうな子供達の様子を見ると、不安と悲しみでいっぱいになった。

 魔法が効かない

 それがどんなに恐ろしいことか、新世は身をもって体験していた。


「……世さん……」


 ポツリと、新世を呼ぶ声がした。


「来意?」


 新世は弾かれるように振り向くと来意のベットに行った。

 来意が薄目を開けていた。


「来意、気づいたの? 大丈夫? 平気?」


 新世に手を握られた来意の瞳が、ゆらゆらと揺れながら新世をとらえる。


「来意……?」


 焦点が合わぬまま鈍い光を放つその来意の瞳は、彼が普通の状態でないことを示していた。

 まるで呪文でも唱えるかのように違うトーンで、その口が言葉を発する。


「シンパイ、しなイで……。 みンな、みンな無事に助かルから……」

「来意!?」


 来意の予言だった。


「助けて――くレるかラ――」

「来意、助けてくれるって、誰が?!」


 新世が叫んだ。

 来意の唇が動く。


「――ラムールさんが――助けてくれる――」


「……!」

 新世が息を飲む。


 来意の言葉はまだ続く。


「――デイが――この病気にかかっテ、今、――ひトりぼっちで泣いテる――苦しい、寂しいって、泣いテる――新世サん――デイが――泣イてる――」


 そこまで言うと来意は再び目を閉じてすうっと眠りにつく。


「デイ王子が――?」


 新世はゆっくりと来意の手を離して立ち上がり、ゆっくり周囲を見回すと、窓から漆黒の闇の中へと飛び立った。




+++




 王位継承者が奇病に感染した。

 その事実がテノス城を重く苦しい雰囲気で包みこんでいた。


「右大臣! 今からでも遅くありません。 デイ王子を診察させて頂きたい!」


 謁見の間で再度、医師団が直訴していたが、右大臣は決して首を縦に振らなかった。 


「ならぬ。 原因不明の病がお前達に感染したらどうするのだ? 更に陛下に感染させてしまえば取り返しがつかぬのが分からんか!」

「しかし……このままでは死を待つだけでございます。 国内の噂によりますと、スイルビ村の翼族のハーフが回復治療を施し病人の体力を回復させているとのこと。 せめてその者を呼んで王子の体力の回復を……」

「ならぬっ! 翼族の血を引く者なんぞを王族に近づけてよいはずがない!」

「ならば国内の有力な魔法士を呼んで……」

「国認定の魔法士はとても稀少な存在だ! もしその者らに何かあったら我が国の大きな損害になるということが分からぬのか!」


――では、王子が死ぬことはこの国にとって損害ではないのですか?!

 その言葉を喉元まで出しかけて、医師団は口をつぐむ。


 皆には分かっていた。

 王位継承者、つまりデイが死亡した場合、次の王位継承者は右大臣なのだ。

 右大臣には王族の血がほんの僅かながら流れていたから。


「陛下……」


 すがるような眼差しで医師団が陛下を見る。

 テノス国王は遠くを見るような寂しげな眼差しで答えた。


「天が息子を生かそうと考えるならば、デイは助かる。 右大臣に従うのじゃ」


 テノス王自身、10人も兄弟がいたが、みな病や不運で成人することすらできなかった。 

 デイは、子供を宿せない体と言われていた妃が授かった唯一の奇跡の子だった。

 だから陛下は信じていた。

 デイの天運を。 



+


 

 病室にデイの苦しそうなすすり泣きが響いていた。

 唯一デイの看病に当たっていた近衛兵も、一人きりで食事もせず、不眠で看病していたのが限界に達したのだろう、デイの汗を拭ってあげるタオルをしっかりと握りしめたまま、床に倒れ込むようにして眠っていた。

 そしてその部屋に続く通路にはいくつも扉があり、それぞれに見張りの兵が立っていた。


「……なぁ、デイ王子はどうなるのだろうか……」

 一人の兵が尋ねた。


「ラムール様がいてくれたら……」

 返事の代わりに他の兵が呟いた。


 そこに気配を全く感じさせない、一つの影が近付く。


 近衛兵が言った。

「こんなところで見張りしかできない我々……」


 その時、影はその手から淡い光を放ち、その光が一瞬にして兵士を包み、眠らせる。

 立ったまま眠っている兵士にその影が近付き、隣の扉を静かに開く。


「ごめんなさい」

 その影は小さな声でそう謝る。


 そう、その影は翼族の姿の新世だった。

 この厳重な警戒で守られているテノス城の最深部に易々と入り込んだのだ。

 しかも新世はまるで道順を知っているかのように迷い無く、そして誰にも気づかれずに城の中を進んでいく。

 そして、デイの病室の前の扉で立ち止まる。


「ここね」


 新世がそう言って扉に手を当てると、鍵がまるで自らの意志であるかのようにその戒めを音もなく解く。

 扉が開くと新世は風のように部屋に入り込んだ。



+



 デイのしゃくりあげる小さな声が広い部屋に切なく響く。


「あつい、よぅ……。 きつい……。 たすけて、せんせぃ……」


 デイが呼ぶ名は他の誰でもない、ラムールだった。

 新世はデイに近付く。

 白い霧が彼女の体をつつみ、その姿を変えていく。


「デイ」


 聞き焦がれた、懐かしい声がデイの耳に届いた。

 デイの瞳がその声の主を確かめるように開かれた。

 デイの瞳に映るのは――


「せんせー」


 デイが疲れ切った声に精一杯元気を込めて言った。

 そう、そこに見える姿はラムールだった。

 ラムールがニコリと微笑んだ。


「せんせー、来てくれたの?」

 デイは弱々しい笑顔で嬉しそうに言った。


「ええ」

 ラムールは優しく微笑んでその手でデイの頭を撫でた。


「せんせー」

 デイは目を閉じて気持ちよさそうに呟いた。

「あのね、ぼくね……」


 デイが何か言おうとするのを、一本立てたラムールの指がそっと唇に押し当てて制す。


「絶対に治るから、心配しないで。 今は回復魔法をかけてあげるから、休みなさい」


 ラムールの手から優しい光が溢れてデイを包む。

 デイの体に生気がもどり、呼吸が穏やかになる。


「せんせー……」

 デイが眠りそうな声でラムールを呼ぶ。


「今日は内緒で来てるから、ボクが来たことは秘密だよ?」


 ラムールの言葉にデイはまどろみながら頷く。


「頑張るんだよ、デイ」

 ラムールの言葉に力がこもる。


「うん……せんせー……ぼく、……ガンバ……」


 デイの瞳が閉じられてスウスウと気持ちの良い寝息が部屋に響く。

 デイが眠ったのを確認するとラムールが一歩離れる。

 そしてラムールの姿が、新世へと変化する。

 新世は愛おしそうにデイを見つめ、そして濡れたタオルを折りたたんでデイの額にのせる。

 次に床に倒れ込んで寝ている近衛兵に手をあて、回復呪文を施す。 寝ている兵士の顔色も良くなった。 そして新世は滋養強壮に優れた【喜びの新芽】の粉末を近衛兵の唇にふりかけた。

 やるべきことを終えた新世が窓に近付くと、窓は音もなく開き、清浄な空気が部屋に入り込む。 新世は浮くとゆっくり窓から外に出て闇夜に溶けた。 

 新世の姿が見えなくなると窓がひとりでに閉まる。

 それからほんの数秒後、部屋の中の空気が落ち着くと眠らされていた見張りの兵達が一斉に目を覚まし言葉を続ける。


「……は、なんと無力なのか……」

 彼らは眠らされていたことなど全く気づいていないようだった。


「……ん……」

 同時に、デイの部屋で倒れていた近衛兵も目を覚ます。

 体を起こして部屋を見回すと心なしか部屋の空気が明るくなった気がした。

 自分の体も、まるで力が湧き出るように気力も体力も回復している。


「デイ王子!」


 近衛兵は我に返り、あまりに静かなデイのベットに駆け寄る。

 デイはまだ熱こそ高いものの、穏やかな顔をして眠っていた。

 近衛兵は胸をなで下ろし、内側からしか開けることの出来ない窓を開けて部屋の空気を入れ換えた。




 陽炎の館に帰り着いた新世が、眠っている来意達を見て祈った。

――ライマ。 お願い……。 早く帰ってきて……。





+++




    

 夜中になっても研究室のラフォラエルは出てこなかった。

 ライマは一人、ベットで彼の枕を抱きしめたまま寝返りを打った。

 カンカン、と何やら作業している音が漏れてくるので彼がそこにいるのは間違いないのだが、一分でも一秒でも早く顔を見せて欲しかった。

 ラフォラエルの枕に残った彼の香りを感じながらライマはうとうとと眠る。

 やがて空が白みはじめ、夜が明けた。


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