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第37話 初めての、……見せるために。

「ああもぉっ」

 ライマはペンを机に置くと、のけぞってため息をついた。

 集中できなかった。

 勉強が何より大好きなはずだったのに、まるでウイルスに犯されたかのように気が散る。

 ラフォラエルの存在を感じていられないと、気が散る。


「……まだ帰ってこないのかなぁ」


 ライマはそう呟くと窓から外を見た。

 彼の姿はどこにも見えない。

 ラフォラエルがいない。

 そしてそれが、あと5日後からは永遠に続く。


「……」


 言いようのない寂しい感情が胸の中でうずまいている。

 こんなに好きなのに。

 こんなに一緒にいたいのに。

 彼がいなくなったら、この底なし沼のように満たされぬ空虚の闇が押し寄せてくる。


「……」


 ライマは窓枠にもたれかかって彼の姿を求めながら考えた。

 テノス国に帰って、自分は処刑されるのだろうか。

 女とばれて、処刑されるのだろうか。

 処刑された姿を、ラフォラエルが偶然に見る可能性があるのだろうか。

 処刑場に運ばれる途中、取り囲む群衆の中に彼がいる可能性もあるのだろうか。

 いまわの際に目にすることができるのなら、思い残すことはない、立派に処刑を受けるだろう。

 ――いや――もし彼の視線が罪人を見る冷たい眼差しだったら?

 軽蔑する眼差しだったら?

 ライマと関わったことを後悔する眼差しだったら?


「……バカな妄想……」


 ライマはそう自分に言い聞かせて窓の側から離れた。

 思考を切り替えないと耐えられそうになかった。

 ライマは書斎に入る。

 狭い空間には沢山の本。

 そこには、ラフォラエルのほのかな香りが漂っているような気がする。

 彼が読んだであろう本に囲まれてライマは目を閉じて床に座る。

 安心できた。

 床に手をはわしたとき、その微妙な感覚に気づく。


「……?」


 ライマは床を見た。僅かな段差がある。


――隠し扉……


 そういえば、とライマは思い出す。

 この島にドノマンが来た時に彼が書斎の床にある隠し扉の中で隠れてろ、と言ったことを。

 ここには何があるのだろう。

 ライマは段差をそっと指でなぞった。

 この扉の先には、彼がまだライマに見せていない部分。

 ライマの知らない部分。

 何の部屋なのか知りたかったが、勝手に開けて入ることはためらわれた。

 どこもかしこも手詰まりのようで、ライマはため息をついて書斎を出ようとした。


「いたっ」


 その時、隅に積まれていた雑誌の山に足の小指をぶつける。


「んもぅ」


 憤慨しながらライマはその山を綺麗に整理する。

 表紙を見ると、それは女性写真のグラビアだった。

 何気なしに手に取って開く。

 そこには笑顔の女性達が水着姿や下着姿で色々なポーズをとっている。

 ライマはため息をつきながらちらりと他の雑誌にも視線を向ける。

 どれもこれも――同じような雑誌だ。

 これはすべてウズが持ってきた雑誌だったのだが、ライマは知るはずもなく。


「こういうのが……好きなのよねぇ……?」


 もう一度、雑誌を開いて見る。

 そして考えた。


――ラフォーが喜ぶのなら――



+++



 ラフォラエルがとても嬉しそうに家に駆け込んで来たのは、もう夕方になってからだった。


「ただいまっ! ライマ? ライマどこ?」


 そう言って部屋の中を見回すが、リビングのテーブルに夕食の準備がされているものの、どこにもライマの姿はない。


「あれ?」


 ラフォラエルは首を傾げながら、寝室、台所をのぞく。


「ライマぁ?」


 ライマはいない。 ラフォラエルは脱衣場へと行く。

 風呂掃除でもしているのかもしれない。


「ラーイマ♪」


 ラフォラエルが扉を開けたそのとき――


「だっ、まだ、ダメぇっ!」

 ライマの声がした。



+


 

 脱衣場には、赤いビキニ、しかもブラ部分はまだきちんと着けることができずに両手を胸元で交差させているライマがそこにいた。


「もぉっ! まだ着替え中っ!」

 ライマは真っ赤になりながら抗議する。


「あ、ああ、そうだったんだ、ゴメンゴメン」

 ラフォラエルは驚きながら”軽く”謝り話題を変える。 

「それはそうとさ、ライマ」


 ラフォラエルはライマの状況なんかどうでもいい、というように、ポケットから炎のように輝くうずらの卵大の鉱石を取り出してライマの目の前に突き出す。


「これ、なーんだ♪」


 ライマの瞳がその石を見つめる。

 燃えさかる炎のように強い力を感じさせる光を放つ鉱石。

「これ……って」

 思わずライマも今の格好の事など忘れてその石に見入る。


「オリハルコン!!」

「そう、正解っ!! さっすがライマっ!」

「うわぁっ! 凄い凄い! 初めて見たっ!」

「だろー?!」


 ラフォラエルも大声を張り上げ、興奮を抑えきれないようにその石を日に透かすように持ち上げて覗く。


「何よりも固く何よりも美しい、何よりも稀少で何よりも万能! 魔石ランクでもトップクラスだ。 絶対この島にあると睨んでずっと探していたけど、やっと、やっと見つけた!!」


 ラフォラエルは本当に嬉しそうだ。


「でな、ライマ。 これをさっさと加工するから、俺は書斎の下の研究室にこもるから」


――えっ?

 ライマが言葉を飲む。


「メシは後で食うから、先に食べて、片づけて寝てて。 んじゃ♪」


 ラフォラエルはそう言ってさっさと背を向け脱衣所の扉を開けて出て行ってしまう。


「……」

 ライマはかなり不服そうな顔をして、知らない、と言わんばかりの態度で扉に背を向けた。

 現在、ライマはビキニ姿である。

 言うまでもない、彼に見せてあげようと思ったからだ。

 しかもこのビキニ、サイドは紐で結ぶようになっている。

 それって、意外と苦労するものなのだ。

 紐の長さが左右均等でないと、どうも見栄えが悪い。

 微調整をしようと片側だけ結び治したら、バランスが崩れてしまい、何度結び治したことか。 紐が長すぎると際どすぎ、短くすると貼り付いたようになる。

 グラビアに出ている女性達のように、絶妙の可愛らしさを演出しようと、ライマは一人で奮闘していたのだ。

 なのに。


 だからライマは持っていたビキニのブラをきちんと身につけながらブツブツと呟いた。

「オリハルコンは確かに稀少金属だけどさぁ……」


 背後の紐を結ぶのに慣れていないので手間取る。


「水着姿なんてグラビアで見慣れすぎて、珍しくも何とも無いのは分かるけどさぁ……」


 首の後ろで紐をキュッときれいな蝶々結びにする。


「私の持っている水着ってこれだけだったし……下着じゃあんまりだし……でも……」


 指でビキニの縁をピンと弾いて体になじませる。


「ビキニを着る記念も兼ねて見せたら絶対喜ぶかなぁって思ってさ、……着てみたのに全く興味が無――」


 そこまで言った時だった。

 背後から腕がスッと伸び、ライマに回された。


「ラーイマ♪」

「キャッ! ラ、ラフォー?」


 脱衣所を出て行ったはずのラフォラエルがそこにいた。


「えっ、どうして?! いつからここに?」

「珍しくも〜とかいうトコロから」

「ええっ??」

「扉閉めようとしたら水着褒めるの忘れてたって気づいて、すぐ戻ったらライマが背中向けてブツブツ言ってた」

「ええええっ??」


 ラフォラエルは体に手を回したままニヤリと笑う。


「俺に見せるために着てくれたの? この水着」


 そう言って水着の紐を軽くさする。

 ライマは真っ赤になって言い訳をする。


「見せるためっていうか、記念っていうか、下着じゃあんまりだから水着っていうか……!」


 そんな台詞じゃ、当然ラフォラエルを煙にまける訳ではない。


「嬉しー♪ 俺のためなんだ♪」


 そんな嬉しそうに、そんな笑顔で言われたら――


「……えっと、……うん……」


 ライマも頬を染めながら頷くしか手はない。

 顔から火がでるほど恥ずかしかったが。


「よしっ! じゃあリビングの方でじっくり見させてもらいましょう!」


 ラフォラエルは元気にライマの手を引いて脱衣所を出る。


「えっ、ヤダ、待って、そのっ!」

「俺に見せるために着たんだから文句いわない♪」

「ラ、ラフォー、オリハルコンの加工はっ??!!」

「そんなの後回し! ライマ見学会が先っ!!」


 そうこうしながら二人はリビングの中央まで来る。


「はいここに立って」


 ラフォラエルはそう言ってライマをリビングの中央に立たせて数歩後ずさりして眺める。

 ライマは恥ずかしそうに正面で手を重ねて立つ。


「うん、いい! ライマめっちゃ似合ってる!!」

「そ、そうかなぁ?」

「すっごい、いい!!」


 両手離しで褒めちぎる。


「……えへ♪」


 そんなに褒められて悪い気はしない。


「でもグラビアの人たちってすごいわよね。 こんな格好で色んなポーズとって写真まで撮るんだから」

「グラビア……って、見たのか?」

「うん。 グラビア沢山あったから何冊か。 ……それで、ラフォーはこんなのが好きなんだろうなぁって思ってね、じゃあ記念に着て見せてあげようかなぁ、なんて」


――実はそれってウズからの差し入れだから、俺はほとんど見てないんだけど!


 そんな心の言葉を出すほどラフォラエルはアホではなく。

 ただ、ウズに心底感謝していた!


「うん、好き。 ね、もっと見せて。 前で重ねている手を両方にずらして、気をつけの姿勢で……そうそうそう!! イイッ! めっちゃいい!」

「ラフォ〜。 もう、恥ずかしい〜っ! 着替えてイイっ?」

「駄目っ! もうちょっと色々なポーズで見たいっ!!」

「え゛〜っ?」

「見せてくれたらもうグラビアなんか見ないからっ!! 見せてっ!」


 ラフォラエル、必死。


「……グラビア……もう見ない?」


 ライマはいぶかしげに尋ねた。 実際、グラビアとはいえ他の女の水着姿や下着姿を好んで見てほしくはない。


「見ない見ない見ない! ライマが代わりに色んなポーズで見せてくれるから、もう見ないっ!!」


 ”見せてくれるから”と、既にきめつけ。

 しかも彼的には今までもあまり見ていないのだから痛くも痒くもない。


「……ん〜。 じゃあ、分かった。 どうしたらいい?」


 ライマの返事にラフォラエルの心では超ガッツポーズ。


「えーっと、じゃぁねぇ?」

 ……。




 ――ソノママシバラクオマチクダサイ――




 そして。

 いったいどの位の時間、どの位のポーズで見たのかは定かではないが。

「満足したぁ〜〜っ♪」

 ラフォラエルはライマを背後から抱きしめたままソファーに座りこんでいた。

「んもぅ、ラフォーったら」

 ライマは照れくささを隠すように、わざと呆れた口調でつぶやいていた。

「ああ、満足♪」

 ラフォラエルは気にもせずにライマを抱きしめる。

「あー、満足っ」

 何度も繰り返しながら猫がするように頭をすりつける。

「ラフ……」

 ライマが顔を横向いたとき、ラフォラエルが唇を重ねる。

「ォ……」

 ライマは目を閉じてそのキスに応える。

 舌と舌が絡み合い、吸い付くようにとろけるように二人は抱き合いながらキスをする。


――このまま何も考えず、ただ一人の女として彼に抱かれてキスを交わしていられればどんなに幸せだろう……


 ライマは求めるようにキスをした。

 何も考えずに求めるがままにキスをした。

 そして夜は更けていった。







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