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第34話 あなたが原因ね

 スイルビ村に集まる人の行列は、途切れることを忘れたかのようだった。

 いったい何人、何十人、いや何百人がここに向かっているのか。

 スイルビ村の男達が整理券を配り、女達が炊き出しをし、行列に配った。

 そんな中、教会で治癒魔法をかけ続けていた新世が、思い立ったように告げた。

「司祭さま。 少しの間、館に帰って子供達の様子を見てきます」

 司祭は頷き、新世を教会の裏口から出した。 すると、金切り声が聞こえる。

「どうしてウチの子の前で休憩に入るのよっ!」

「ええ? もう終わりなの?」

「せっかくここまで来てやったのにっ……!」

 女の声に反応するように、他の者達もざわめきだし、司祭がなだめる声が漏れてくる。

 ほんの少し申し訳なさそうに新世は裏口を見つめてから、翼をひろげて飛び上がった。

 新世は丘の上の陽炎の館まで、まるで重力なんて言葉を知らないかのように滑らかに飛んでゆき、それを目の当たりにした行列から、感嘆にも似たどよめきが沸き上がっていた。

 新世は少し疲れた顔をしながら館の屋上庭園に降り立ち、館に入る。


+


「ああ、もー! 一夢さんっ! シーツ足りネェよっ!」

「タオルで間に合わせとけ! 巳白、こいつらの着替を持ってきてくれ」

「オッケ!」

 巳白が翼をひろげて2階の部屋に行こうとした時、3階の階段から新世が降りてきた。


「母さんっ!」

 巳白が表情を緩める。

「ありがとう、巳白、アリド。 よく手伝ってくれてたわね」

 微笑みながら新世がねぎらう。


「新世さんっ! 羽織達が吐きすぎて、シーツがもう無いんだ。 オレ、洗ったけど乾かす暇なくて……」

 アリドが汚れたタオルを交換しながら言う。

「うん、分かったわ」

 そう返事をしながら歩いてくる新世に変化が起こる。


 新世の体に触れる空気がまるで薄絹のように白く淡い色を帯びて彼女を包む。

 すると、新世の人間と同じ形をした耳が二層の笹の葉状に長く伸び、白い一対の翼は更に長く伸びて淡い光を放ち出す。

 そして穏やかな顔に似つかわしく無い、鋭く細い牙が唇の端から姿を現した。


「新世」

 その姿を見て心配そうに一夢が声をかける。

 新世は返事をせずに片手で風を起こし、片手で光を起こす。 風はアリドの洗ったシーツをくるみ、あっという間に乾かす。 光は部屋中の汚れたものを清めた。

 新世はふわりと浮かんで横になっている羽織達の側に降り立った。


「……う〜ん、熱い、よぅ……」

 羽織達は辛そうにうなされていた。

「頑張って、羽織」

 新世はそう言って手をかざし、熱を取り、体力を回復させる。 すると羽織の呼吸がいくぶん軽くなる。

「次は来意ね」

 羽織の容態が落ち着いたのを確認すると、すぐ隣の来意にも同じように治癒を行う。

 そこに一夢が恐る恐る近付いた。


「新世。 平気か? 翼族の体に戻らないといけないくらい疲れてるのか?」

 新世はちらりと一夢を見た。

「……疲れてるってほどでもないけど、ハーフの体じゃ、多少もたないって感じ。 時々この姿に戻って力を回復しないと、あれだけのお客様を全部回復させきれないわ」

「……だけど、その姿に戻るってことは……」

「無茶な力は使わないから、人間界の自然に影響与えたり翼族界に帰って体力回復はしなくていいから。 大丈夫」


 それを聞いて一夢は胸をなで下ろす。

 そしてアリドと巳白、横になっている来意達に視線を移した。

 子供達の表情に、どこにも恐れの感情はない。

 ここは、新世が、ハーフの姿でも、翼族の姿でも受け入れて貰える場所。

 新世の大事な居場所。

 一夢は力を込めて頷く。


「よし! じゃあオレがみんなに精がつくようにメシつくってやる! アリド、巳白、お前達もぶっ倒れないようにしなきゃな! 何がいい!?」

 元気に告げた一夢に、アリドと巳白が顔を見あわせ同時に答える。

『じゃ……茶漬けで……』

「茶漬けぇっ?! せっかく作るって言ってるのに、お前らオレをバカにしてるだろぉ〜っ!!」

 声を裏返す一夢を見て新世がクスクスと笑った。

「待ってて。 私が食事をすぐ作るわ。 一夢は羽織達を見ていてちょうだい。 アリド達もね」

「オッケー、新世さん!」

「ほらほらオヤジ。 母さんが言うとおり羽織達を見る見る」

「お、おまえらなぁ」

 ブツブツ言う一夢の肩をポンと叩いて新世は厨房へと急ぐ。

 新世は厨房で食材を洗いながら考えた。


――風邪じゃないわ……


 患者に触れた時の違和感。 それは初めて体験する気持ち悪さだった。

 はかなく、だが危険な力を持ったなにか。


――薬草は効かない。 どの薬草とも波長が合わない


 新世は考える。 暴れ狂う何かを鎮めるために必要な何かを。

 ふとコーヒーを思い出す。 が、次の瞬間青くなる。


――ダメ。 コーヒーは危ない。 そんな気がする。


 すべては”感覚”での手探りだった。

 ”勘”が鋭い来意でも感染したのだ。 来意の勘が鈍ったか、それとも運が悪かったか。


――分からない……


 新世の思考は突き当たってしまう。


――喉、乾いた……


 新世は無意識にコップを手に取り水道から冷たい水を注ぐ。

 コップには透明な水がゆらゆらと揺れていた。

 ゆっくりとその水を一口、口に含む。

 水は新世の唇の乾きを潤す美味しい水だった。

 当然だろう。 この国の水道は、川から直接引いている。 天然のミネラルも豊富で体も心も洗われるようだ。


――美味しい。


 新世はそう思いながらコップの水を見つめ、そしてもう一口、口にした。


「!」


 新世が慌てて水を吐き出し、そして青ざめた顔で吐き出した水を見た。

 それは人間にとってみたら無味無臭であったろう。 だが、今の新世は翼族だった。

 翼族にしてはじめて分かる、その水の中にいる微かな悪意を放つ生物。

 綺麗な水に部分部分で混ざっている、生物。


「……わかったわよ」

 新世が呟いた。

「あなたが原因ね」



+++



 スイルビ村に向けて、一台の馬車がものすごい勢いで入り込んできた。

 それは長い列を蹴散らすかのように突き進み、土煙を上げて止まった場所は教会の前だった。

「ええい、どけどけい!」

 そう言って馬車から降りてきたのは他でもない右大臣と、その甥ボヌ伯爵だ。

 ボヌ伯爵はその腕にデイと同じくらいの年頃の顔色の悪い少年を抱いていた。


「ワシは右大臣だ! 翼族が治癒している所はここか!? さっさとそいつを連れてこい! ワシの甥の息子を治療させてやる!」

 そう怒鳴り、教会の扉へ向かう。


「そんな、みんな並んでいるのに」

 行列の中で誰かがつぶやいた。

「口をつつしめ!」

 すると右大臣は声を荒げ手に持ったムチで、近くにいた者を一発叩いた。

「きゃっ」

 訳もなく叩かれた母親が小さな悲鳴を上げる。

 右大臣は構うことなく並んでいる者達に言った。

「お前達庶民と、高貴なワシの身内の子供を同列に扱うな!」

 それを聞いて群衆がざわめく。

「文句があるのか!」

 右大臣はもう一度、ただ近くに並んで横になっていただけの子供をムチで叩いた。 その痛さに子供が火がついたように泣き出した。

「ええい! うるさい!」

 こめかみに青筋を立てながら、右大臣がもう一度ムチを振り上げる。

「お慈悲を!」

 子供の母親が子供におおいかぶさるようにして庇った。

「うるさいっ!」

 だが右大臣は耳をかさずムチを振り下ろそうとする。 しかしその手首を、シワシワの手が素早く掴んだ。

「これこれ右大臣殿。 その位になさったらいかがかの?」

 司祭だった。

 いつのまにか教会から出てきた司祭はそう言って握った手に力を込める。

「……離さんか。 お前ごときがワシに触れるなど……」

 右大臣がそう毒づきながら司祭を見る。 が、司祭の穏やかでありながらその奥に漂う迫力ある眼差しに口を閉じた。

 司祭がそっと掴んだ手を離す。

 右大臣が睨みながら言った。

「それで、翼族はどこだ? 早く連れてこい」


「ここです」

 司祭の代わりに返事をしたのは新世だった。


 みなが一斉に上を向く。

 新世はいつもの通り、ハーフの姿で宙に浮かんでいた。

 周囲がざわつく中、新世はゆっくりと地面に降り立ち、右大臣の甥、ボヌが抱いた子に近付く。


 新世が右大臣に近付くのを見て、誰かが呟いた。

「ちくしょう。 偉い奴が先かよ。 ラムール様だったら絶対に平等に順番を守らせるのに……」

 その言葉に右大臣が反応する。

「いま、言った奴、出てこいっ!」

 そして再びムチに力を込めるが、司祭がすかさず制した。

 司祭が群衆に向かって言った。

「ワシらはラムールではない。 こうしないと、面・倒で話が進まぬ」

 面倒で、の口調がほんの少しおどけていて、群衆は笑いそうになるのをこらえた。

「新世」

 司祭の言葉に頷き、新世はボヌ伯爵の子供に手を当てて回復呪文を施した。 すぐに子供の血色は良くなりポヌ伯爵が安堵する。 しかし新世が言った。


「体力を回復しただけです。 完治はしていません」

「なに? わさわざここまで来たのに体力を回復させただけだぁ? 役に立たない奴だな」

 憤慨しながら右大臣が吐き捨てるように口にした。

「……申し訳ございません」

 新世は本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。

「ちっ、無駄な時間を使わせおって……」

 右大臣はグチグチ言いながら馬車へと向かう。 新世はといえば、右大臣にムチで叩かれた者達にまず治癒魔法をかけて傷を癒した。 そして立ち上がると振り返って群衆に向かって叫んだ。


「皆さん! この病は風邪なんかじゃありません! ――虫です! 小さな虫が水の中にいます! その虫入りの水を飲んだら発症します! おそらく――川からの水」


 新世に注目が集まる。


「川からの水――っていったら、水道のこと? 飲み水のこと?」

「そうです! 間違いなく邪なものが川の水から流れてきています。 この病の原因はそれです」


 新世のはっきりとした口調に群衆が慌てる。


「ちょっと待て! 飲み水が悪いならどう予防したらいいってんだ!?」

「井戸水には何も感じませんでした。 ですから使うなら井戸の水、もし川の水を使うならば、必ずしっかり煮沸させれば虫は死滅します。 そうしたら平気なはずです」


 群衆達はすがるように頷いた。

 その時、右大臣が怪訝そうな顔をしながら新世を見た。


「……詳しいな。 もしやお前の作戦じゃないのか?」

 新世の顔がサッと青ざめる。 それを見逃さず右大臣が詰め寄った。


「そうなのだな? これは風邪なんかではなく、人間に取り入ろうとするお前の作戦なんだろう! お前が呼び込んだ異生物の仕業だ! そう考えればこの奇病が流行した理由がつく。 お前は人間に恩を売ることで、自分の立場を良くしよう、法術治療で金を得ようと考えたのだな! どうだ!」


 右大臣が自信満々に続ける。


「子供のためなら親は何だってする。 その人間の良心をついて、体力のない子供を犠牲にするとはなんという恐ろ……」


 だがその時、はじめて新世の雰囲気が変わった。

 彼女らしくない厳しい眼差しで右大臣を突き刺すように見た。

 その眼差しに呑み込まれ、右大臣が言葉を失う。

 新世が口を開いた。


「残念ながら私の仕業ではございません」


 そして真っ直ぐ前を見て告げる。


「私の愛する子供達もこの病にかかって今も苦しんでます。 あの子達が苦しむようなことは絶対に行いません。 ……血は繋がってなくとも私は親ですから」

 初めて見せる新世の凛々しさに司祭がほんの少し嬉しそうに頷いた。

「お帰り下さいませ。 御子様の一日も早いご回復を心よりお祈り申し上げます」

 新世はそう言って深々と頭を下げると教会の中に入り、順番を待っている者達に回復呪文を施しはじめた。

「ちっ。 忌々しい奴だ」

 右大臣はそう言うと馬車に乗り込みスイルビ村を後にした。


+


 右大臣の乗った馬車はものすごい速さで城下町へと帰って行く。

――川の水が危ない……?

 外を眺めながら、右大臣は新世の言った言葉を反すうしていた。

 確かにこの病は国内いたるところで発症していたが、唯一、王族居住区での発症者はいなかった。   

 そして「王族居住区」で使用される水は煮沸消毒がなされていた。 その昔、まだ魔獣や異生物がわんさか出て危険だった頃に、人魚族が水路を伝って侵入できないようにとの配慮からだった。 城下町などは、そこまでの警戒はしていない。


――煮沸消毒している水が安全ならば、王族居住区で病人が出ない理由も納得がいく。


 右大臣の目が妖しく光った。

「おい御者、ちょっと止まれ」

 馬車が慌てて止まる。

 右大臣は一人で馬車を降りると近くの川に向かい、水筒で水をすくった。

 そして。






「デイ王子」

 王族居住区に帰った右大臣は真っ直ぐにデイのサロンに行った。


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