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第33話 テノス国の異変

 一方、テノス国のスイルビ村では、今日も沢山の洗濯物を新世が取り込んでいた。

 何しろ大人2人、汚し盛りの子供7人である。 洗っても洗っても、今日もまた洗濯の山。 沢山の服を取り込みながら空を見上げると、澄んだ空の青さが気持ちいい。

「いい天気」

 心地よい天気と同じように機嫌良く鼻歌を歌いながら、お日様の香りのする洗濯物を着る時の子供達の笑顔を空想すると、心が穏やかに暖かくなる。

 そんな新世の歌声に聞き入るように小鳥や小動物があちこちでまどろんでおり、彼女の周りには優しい空気が満ちあふれていた。


「新世ー!」

 そこに一夢が帰ってくる。


「おかえりなさ〜い」

 新世が微笑み、狩りから帰ってきた彼の荷物を受け取った。

「坊主達は?」

「遊びに行ってるわ」

「ライマは?」

「まだ帰ってきてません」

「……」

 ここ数日の恒例行事ともいえるやりとりをしてから、一夢は面白く無さそうに館へと入る。


「お茶、入れるわね」

 新世はそう言って慣れた手つきでお茶を入れる。

 その時、館の扉がトントンと叩かれた。

「ライマっ!?」

 勢いよく立ち上がる一夢を見て新世が苦笑する。

「違うわよ。 ……でも、誰かしら?」

 そう言いながら玄関に行き、扉を開ける。

「あら」

 そこにはいつも食べ物のおすそ分けをしてくれるミエル婦人が、3才くらいの子供を抱いて立っていた。

 新世はちらりと子供を見て眉を寄せた。

 子供は大分衰弱している。


「あ、あのねぇ、新世ちゃん」

 ミエルがおそるおそる切り出した。

「この子は城下町に住む私の従兄弟の子供なんたけどね、ほら、少し前に話したろう? 国内でタチの悪い風邪が流行ってるってさぁ。 どうも、それみたいなんだわ」

 確かに子供の皮膚はカサカサに乾き、高熱でだるそうにぐったりとしていた。

「お医者様に見せても、薬も効かないし、治る気配が全くないんだよ。 もう、可哀想で可哀想でねぇ。 申し訳ないんだけど、薬草の調合か、……その、法術治療を……」


 新世はじっと子供を見た。

 何かが、変だった。


「薬草……は、頑張ってみますけど、今はお出しできないわ。 数日かかるかも……」

「あ、ああ、それでもいいよ。 ピンとくる薬草が出来上がったらすぐ教えとくれ!」


 新世が頷いた。 腰痛持ちのミエルには何度か薬草を調合していたので話が早かった。


「じゃあとりあえず、この子はこのままではきついでしょうから、回復魔法だけかけておきますね」

 新世は言うが早いか、右手を子供の額に乗せる。 手の平から水色の光が溢れ子供の体へと入っていく。 見る見る間に子供の皮膚はしっとりと潤い、頬に生気が宿る。 

 子供がうっすらと目を開ける。 呼吸もいくぶん楽そうだ。

「……おばちゃん?」

「おお、やっと気がついたかい?」

 ミエルは子供を抱きしめた。

「ありがとうね、新世ちゃん」

「いいえ。 体力を戻しただけで治癒はしてないもの。 私もできるだけ早くお役に立てるように薬草を調合しますね」

 新世の言葉にミエルは何度も何度も頭を下げて去っていった。


 新世はリビングに戻ると一夢に尋ねた。

「ねぇ、そんなに変な風邪が流行ってるの?」

 一夢はお茶を飲みながら返事をする。

「ああ。 城下町を中心にあちこちの村でな。 風邪っぽいんだけど、なんか違うってみんな話してたよ。 高熱は引かないわ、吐き気がするから食欲はないわで大人も子供も大変らしい。 特に子供は体力ないからなぁ。 城下町の病院なんかは大行列さ」

「怖いわね……」


 新世はそう呟いて自分の部屋に行く。

 そして壁から下がる沢山のハーブや薬草に視線を向け、しばらく考えた。

 何個かの薬草を手に取り、ため息をつく。


「変だわ……。 どの薬草も効きそうな感じがしない。 風邪……? ホントに?」


 そしてまたしばらく考える。

 どの位の時間、考えたか。 ふと新世は外の気配に気づいて顔を上げた。

 窓を開けて外を見る。

 するといつもは尋ねてくる者なんていないスイルビ村に、衰弱した子供を抱いた大人達がぞろぞろと歩いてきていた。

 先頭は隣村の、羽織達を通じて多少は交流――といっても顔を知っている程度――のある者達だった。

 翼族の血を引くからと恐れられている新世に、今まで一度も話しかけたこともない彼らだったが、その顔はみな一様に何らかの覚悟を決めて、勇気を振り絞って来ている感じがした。

 彼らの顔は、人前に出ていくのを極端に拒否していた新世が羽織達を学校に入学させるために城下町まで手続きに行った日の表情によく似ていると思った。

 新世は頷いた。

 そして、陽炎の館の扉がノックされた。

 彼らの言葉は、みな一様にミエルの望みと同じだった。


 新世が隣村の子供の体力を回復させているときに、羽織達が外遊びから帰ってきた。

 巳白が清流を抱えて、アリドが来意と世尊を抱き、羽織が残ったアリドの手に支えられながら弓をおんぶしていた。

「どうしたお前達?」

 一夢が駆け寄り、フラフラしている羽織と弓を抱き上げた。

 元気そうな巳白とアリドが顔を見あわせ、不安そうに告げる。

「今朝から羽織達、なんかチョーシ悪いって言ってたんだけど、遊んでても元気ないから、さっき頭にさわってみたら――」

 その先の台詞は分かっていた。

「こいつらみんな、熱があるみたいなんだ」




+++




 時間が経つにつれ、スイルビ村には多くの国民が次から次へと押しかけてきた。

 もちろん皆、新世の法術治療を受けに来たのである。

 すぐにでも死んでしまそうなほどぐったりとした子供が、回復魔法をかけてもらうや否や、一人で歩くことができるところまで元気になるのだ。

 そして、無報酬。 

 これで行かない者がいるだろうか?

 いや、人の少ない最初は無報酬だが、そのうち人が沢山来すぎると有料になるのではないかと、いらぬ心配まで発生し、噂は国中を走り、各村からこの北の端の村までぞくぞくと押しかけていた。


「……ったく、みんな勝手なもんだぜっ!」

 一夢が憤慨しながら扉を閉めた。

 そして窓から村を眺める。

 来村者は一列になって教会の前で並んでいた。

 陽炎の館は村の中でも少し高い丘の上にあるため、その最後のひと登りがきついだろうと村長と司祭が場所を貸し出してくれたのである。

 来村者の列は途切れるどころか増える一方だ。


「一夢さんっ! また羽織が吐いたっ!」

 アリドの声で一夢は我に返る。

「ちょっと待て、今行くっ!」


 一夢は言うが早いかリビングに行く。 リビングには子供達の布団を横一列にしきつめて、そこでみんな伏せていた。 元気なアリドと巳白がシーツを替えたり洗面器を持ってきたりタオルで顔を拭いてやったりと忙しく動き回っている。


「う゛〜っ。 きもち悪いよぉ……」

「ああ、よしよし、頑張れ頑張れ」


 具合が悪くてぐずる羽織の背中をポンポンとさすって声をかける。


「一夢さん、オレ、シーツ洗ってくる! こいつら見ててね!」

 アリドが6本の腕を忙しく動かして風呂場へと急ぐ。


「あつぅ……い。 あついよぉ……」

 熱でうなる清流達に巳白が翼を動かして風を送る。

「清流? しっかりしろ? 世尊、負けるな?」

 巳白が励まし、泣きそうな顔で一夢を見た。

「ねぇオヤジ、水持ってきて! オレじゃ無理」 

「おう分かった。 今持ってくる。 巳白、お前達も具合が悪くなったらすぐ言えよ? 無理するな」


 一夢はそう言って裏の井戸に水を汲みに行く。

 水道の水より、井戸の水が冷たいから。

 正直、アリドと巳白がいてくれて良かったと思った。

――ただごとじゃない。

 水を汲みながら一夢はまだぞくぞくと詰めかけてくる人々を見た。




+++




 教会では新世が一人で法術を施していた。

 新世の手が触れて光が溢れる。

 すると今まで苦しそうにしていた患者に力がみなぎる。

 それから患者が目を開けると――そこに見えるのは、白い翼を持った女性。

「ヒッ! 翼族っ!」

 患者はほぼ例外なく恐怖に満ちた目で新世を見た。

「とりあえずしばらくは大丈夫です。 次の方」

 そんな時、新世はあえて事務的に彼らに対処した。

 付き添いの者も、ほとんどが真っ青に震えながら患者を差し出すのが精一杯だった。

 体力が回復しても、ある者は慌ててきびすを返し、その他の者もせいぜい軽く会釈するのが精一杯だった。


 困ったのは小さな子供達だった。

〜悪いことする子は翼族に食べられちゃうよ〜

 なんて歌があるくらいだから、新世を恐れたのは言うまでもない。 中には自分が具合が悪いから翼族に渡しちゃうんだ、と勘違いする子もいて、おかあさんごめんなさいと泣き叫び、もうほとんど残っていない体力を振り絞って暴れるのだった。

 治癒魔法はその者に触れていないと効果が薄い。

 新世は怯える子供達に謝りながら回復治療をするしかなかった。

 しかし、自分を見て恐怖に震え、ワンワン泣いて母親にしがみつく幼子に触れることは、より一層の恐怖を与えそうで手の打ちようがなかった。


「おうおう、そんなに泣かずともよいのじゃぞ」

 そのとき、司祭が奥の部屋から出てきた。

 司祭といえば神の使いであるから子供達はおとなしく司祭を見つめた。

 困り切った表情の新世を見て、司祭が微笑む。


「よしよし」

 司祭はそう言いながら泣いている子供を抱き上げて質問した。


「なぁ、ぼく? ラムール教育係ってひとを知っているかい?」

 すると子供の顔がぱっと晴れる。

「知ってる! ラムールさまは、すっごく頭がいいんだよ!」

「おお、そうかぁ。 知ってるかぁ」

 司祭が優しく頷く。


「私も知ってる!」

 順番を待っていた他の子供達も次々に手を挙げた。

「すっごく優しいの。 それに、ラムールさまのおかげで村の井戸に水がでたの!」

「ぼくの村にも来たよ。 お勉強おしえてくれた。 わかりやすかった」

「僕の村に来てたオバケ猪も退治してくれたよ! かっこよかった!」

「ぼくも大きくなったらラムールさまみたいにお利口になりたい!」


 子供達の口から出てくる言葉はどれも賞賛だった。

 司祭は頷いてみんなを見回す。


「そう。 そうじゃな。 みんな、ラムールが大好きじゃな。 ところで知っておるかの? このお姉さんはな、ラムール教育係と大の仲良しなんじゃ。 ラムールはこのお姉さんの事が、大好きなんじゃよ」

「ホント?」

 子供達が目を輝かせる。


「ホントじゃとも。 このお姉さんはな、とても優しいお姉さんじゃ。 ラムールも怪我をしたり具合が悪い時はこのお姉さんの魔法でな、いくらか元気にしてもらっておるのじゃよ?」

「ラムールさまもぉ?」

「うわっ、いいなぁ!」

 子供達がさわぐ。


 司祭は親たちに向かって言った。

「お前さん達も教育係が翼族のハーフの保護責任者をしているという話は聞いたことがあろう? ラムールが保護責任者として守っているのが、この新世じゃ」


 新世は申し訳なさそうに視線を逸らした。

 しかし親たちは違った。

 今までとは全く違う、恐れのない目で新世を見た。


「さぁさ、体力を回復してもらおうな?」

 司祭が子供を抱いたまま新世の前にひざまづく。 

 子供は暴れていない。

 まるでラムールを見るかのようにキラキラと期待に満ちた眼差しで新世を見ていた。

 新世の手が触れ、淡い光が子供に流れ込む。

 やつれていたこどもに生気がみなぎる。

「うわぁ、ウソみたい!」

 元気な声でそう言って、子供が立ち上がる。

「体力を回復しただけですから、まだ治ってはいませんから……」

 新世はそう言ったが、親は何度も何度も頭を下げて去っていった。

 やりきれない思いを抱えたまま新世は次々に回復魔法をかける。


 みんなに好かれている教育係、ラムール。

 そして、ラムールが処刑される原因になった、自分。

 そんな自分に頼るみんな。


「……!」

 新世は大きくかぶりを振って気持ちを切り替えた。

 今は弱った者達への回復魔法のことだけ考えるべきだから。

 



 そして――新世の話はどんどん伝わり、更に多くの人が村をめざして来る……。




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