第28話 ラフォラエルの過去3
2019/03/20 改稿しました
変わり果てたサシャの遺体を目の前にして、俺は呆然と立ちすくんだ。
俺が、サシャを守ろうと特別扱いしなければ。
他の子たちと同じように機械的に扱っていたらならば。
……きっと目をつけられることもなっただろうに。
俺のいない間に、ジョロマに殺されることも無かっただろうに……。
俺は激怒した。
俺の玩具を返せと叫んだ。
そうでも言わなきゃ、女を物としか思っていない奴と同じ土俵には上がれなかった。
俺は研究も論文も一切やらないと告げた。
社会に認められ始めたドノマンにとって、これは切り札だった。
なぜなら俺以外に、代わりはいないのだから。
悪かった、新しい初物をやる、と言うドノマンに、俺は交換条件を出した。
ハーレムはいらない。 その代わり、この屋敷を出て一人で暮らすと。
どこでもいい、一人で暮らして研究に没頭したいと。
それさえのんでくれれば、俺はアンタのために論文を書こう、アンタにもっと地位と名声をやろう、と。
この条件以外は一切有り得ないと言ったかいもあって、ドノマンは渋々認め、俺はここにやってきた。
***
「ラフォーの話か?」
メーションとウズの会話が聞こえていたのか、そこにタートゥン達3人がやってきた。
全員で見えるはずの無いロアノフ島へ視線を向ける。
「ロアノフ島か……。 でもよくドノマンが、ラフォーの一人暮らしを認めたよな」
ウズの疑問にタートゥンが呆れたように答えた。
「ドノマンが何も考えずにこの島を許可したと思ってるのか? ちゃんと選んだのさ」
***
ロアノフ島。 通称世捨て島。
本土と遠く切り離された、島。
そして、島を出るには船でしか無理。
俺が本土の屋敷にいなくても、この島にいる限り行動範囲はたかが知れてる。
いなくなることも不可能だ。
***
カレンが呟いた。
「ドノマンにはラフォーの頭脳が必要だもの。 ロアノフ島に隔離していれば安心だと思ったのね」
同じくトガールがカレンに寄り添いながら静かに言った。
「それでも奴は安心しなかったな……」
***
週に一度、俺がちゃんとここにいるかどうか確認も兼ねてタートゥン達がやってくる。
***
タートゥンは海上を飛ぶ鳥を眺めていた。
「島に渡ってからのラフォーは今までにも増して優秀な論文をバンバン書いたから、ほとぼりが冷めたら屋敷に連れ戻そうと思っていたドノマンも考えを変えた。 俺達がちゃんと見張っていれば今のほうがお得だからな」
隣のカレンが視線を向けた。
「島に来たラフォーとドノマンの一番最初のパイプ役になったのはタートゥンだったかしら?」
タートゥンは手すりによりかかり、頷く。
「ラフォーの怒りは半端じゃなかったからね。 機嫌を損ねないように、一番社交術に長けた俺が島に行ってラフォーと会った。 さすがの俺も3回目でやっと話ができた。 俺はラフォーの考えを聞いて、手助けをすると約束した」
そこにメーションが割って入った。
「そうしたらアイツが、もっとご機嫌取るために女の子を連れてけって言い出したんでしょ?」
「そう。 奴はラフォーが屋敷を出た原因が何かを理解してないから困ったよ。 といっても俺も断れないし。 奴のお薦めの女の子を何人も連れていったけど、家にも入れてくれなかったな。 女の子達は屋敷に帰ってから折檻されそうになるし、このままじゃもっと沢山の女の子が泣くことになると思って、俺はハーレムを卒業してストリッパーになっていたメーションに頼みに行った。 ドノマンもメーションならハーレム卒だからいいだろう、と許可したしな」
「さすがにラフォーも私には会ってくれたわね。 ふふ」
それは悲しげな思いだし笑い。 しかし次の瞬間、メーションは激しく怒り出した。
「そうしたら次に、女一人じゃ飽きるだろうってカレンに白羽の矢が立って! 女一人じゃ飽きるぅ? メーション様に向かって何言ってんのよっ!って感じだわ」
まあまあ、と、カレンがなだめる。
「ドノマンはハーレムの中の娘をラフォーの側に置きたかったのよ。 私はハーレムの中で一番サシャに似ていたから。 奴にとっては適役だったのよ」
タートゥンが少しだけ愉快そうに目を細めた。
「まぁ実際、カレンで適役だったんだよな。 ドノマンは知らなかったけど、トガールっていう恋人がいたからなぁ。 何とかなった。 研究の助手、ってかなり際どい理由だったけど」
困ったようにトガールがふくれた。
「簡単に言うなあ。 僕なんか、いきなり学校に君が来てさ、恋人を俺に寝取られたくなかったら2日で主席クラスの知識を得ろって言われて大変だったんだから」
「だってなぁ。 ラフォーは絶対にカレンを抱かないだろうから、そうなったら抱くのは俺しかないだろう? それは嫌だろ? 何にしろトガールは頑張ったおかげで、週1でカレンと誰の目はばかることなく島でいちゃつけるんだから文句は言うな♪」
「そ、それは……感謝してるけど、さぁ」
みんなで軽く笑い、カレンがウズを見た。
「ウズは直々にドノマンに命令されて来たのよね?」
「おう。 俺は力仕事と、タートゥン達が本当に何も誤魔化してないかスパイをしてこいって命令でな。 あとはー、エロ本の差し入れをして、ラフォーに気に入られるようにしろよ、って言われたな。 ホントあいつって、エロいことが一番喜ぶって思ってるんだから始末が悪いや」
「ヤダわ! ウズったら、スパイだったのぉ?」
「まーね。 何でもいいから情報を掴めば沢山金をやるって言われたさ。 どうでもいーやって思って来たら、ラフォーの計画を知って、さっさと寝返ったって訳」
「お前が単純な奴で良かったよ」
「タートゥン、バカにしてる?」
「いやいや。 俺も似たようなもんだ。 ラフォーは言ったさ。 どんどん優秀な論文を発表してドノマンを他国から国賓として招かれる位に有名にすると。 そうしたら、ドノマンがこの国を長期にわたり空ける時が来る。 臆病者の奴は、重要な手下は全部連れていくだろう。 その時みんなを自由にすると。 初めて聞いた時は無謀だと思ったけど、ラフォーはここまでやった」
***
――これが今までの俺のすべてだ。
***
長い思い出話が終わり、本土が見えてきた。
ウズはもう一度、ロアノフ島の方角を振り返って呟いた。
「でもさぁ、これだけの話を聞いて、ライマは平気かな? 普通なら、ハーレムにいたなんて汚ねぇから勘弁とか思……ゴメン」
途中でタートゥンに頭をこづかれてウズは謝る。
目を伏せたカレンとは対照的に、トガールはまっすぐ前を向いていた。
「僕は平気だよ。 カレンを愛してる。 たとえそんな悲惨な過去と現在でも、僕は愛してる。 ライマもそうであってほしいと思う」
そしてカレンの手をキュッと握った。
***
すべてを語り終えたラフォラエルは、体をずらして扉の前からどけた。
ライマはかなり長い間、黙って立っていた。
ラフォラエルもただ黙ってうずくまっていた。
どの位そうしていたのか、ライマがやっと動いた。
寝室の隅に鞄を置き、彼の横を素通りしてリビングへと行く。
そして家の中に、散らかったままの皿を片づける音が響き始めた。
ライマは逃げなかった。