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第25話 苦しくて、いっそのこと

「ライマ!」


 背後からラフォラエルの呼ぶ声がしたが、ライマは一切振り返らずに家へと駆けた。

 家に飛び込み寝室に入ると、鞄に残りの荷物を詰め込む。


「ライマ! 話をさせてくれ!」

 そこに切羽詰まった表情のラフォラエルが入ってきた。


「嫌っ! 帰るっ!」

 ライマは大きな音を立てて鞄を閉め、立ち上がる。


「駄目! 行かせない!」

 ラフォラエルは扉を閉めてその前に立ちはだかった。

 ライマはうつむいたまま彼の前に立つ。

「ラフォー、どいて!」

「駄目だ。 お願いだから俺を見て」

 厳しい口調で言うがライマは首を横に振る。


[――今更じゃない?――]

 頭の中でメーションの言葉がぐるぐると回る。


 息が苦しかった。

 メーションの唇が彼の唇と重なった映像がちらつく。


[――キスなんて数え切れないほどしたし――]

 その言葉がまるで刃物のように心に刺さり、冷たい涙となって瞼を刺激する。


 今は、何も聞きたくなかった。 

 考えたくもなかった。

 心を閉じたかった。


「ねぇ、ライマ、落ち着いて」

 なのに、名を呼ぶ彼の声が、心の一番深い所にすんなりと入り込む。

 同時に彼が沢山の女性と仲良く寄り添う様子を想像してしまう。


 ライマが大好きな、ラフォラエルの表情。

 拗ねたり、怒ったり、心配したり、笑ったり――自分を真っ直ぐ見つめてくれたり――

 記憶の中に分類された大事な宝物であるはずの映像すべてが、手の平を返したように考えたくもない想像の一部と変化する。

[好きだ]

 そう言って想像の中の彼は誰か知らない女性を抱きしめる。

[q@ew?]

 そう言われた彼が嬉しそうに微笑みながらメーションをベットに押し倒す。

 そういえば、彼は彼女の事を何と言っていたか? [こっちはそんな目でメーション見たこと無いってば]とか、[ただの兄弟]と言っていなかたか?

 しかし――キスをしたり彼のハーレムいた彼女が、ただの兄弟のはずがない!


「いやっ!」

 ライマは思わず声に出して想像を打ち消そうとした。

 しかし想像は残酷だった。

 きっとメーションは、もっとラフォラエルの色々な表情を知っているのだ。

 絶対、彼女は、ライマよりも彼に近い所にいるのだ。

 そして彼も、ライマには見せたことのないものを彼女に、そして多くの女性に!


「!」

 ライマは目を閉じて記憶の整理をしようとした。

 このままでは苦しすぎる。

 自分が知っている彼の姿が、実はほんの僅かな部分だったにもかかわらず、それをすべてだと錯覚していた己の恥ずかしさに耐えきれなかった。

 彼に関するあらゆる記憶をすべて一カ所にまとめて、そこの脳内回路を遮断すればきっと心は平静になるはずだ。


「ライマ、駄目! 記憶を整理するんじゃない!」

 その時ラフォラエルがライマの両手首をつかむ。

 ライマの心臓がビクンと跳ねる。

 彼につかまれた手首が熱い。

 手首にかかる力がライマの理性を弱らせる。 記憶の整理に集中するどころではない。


 ライマは目を開けて彼を見た。

 まっすぐ自分を見つめている、ラフォラエル。

 彼を嫌いになれれば、軽蔑できれば、どんなに楽だろう。

 しかし、好きなのだ。

 だから苦しいのだ。

 好きという感情はどうしてこうも頑固なのか。

 手首をつかまれた事実が嬉しく、悲しい。

 両極にある感情が激しく混ざり合う。

 苦しくて、いっそのこと嫌われたかった。


「ハーレム、持ってたんだ!?」

 感情的にライマは言った。


「ああ」

 ラフォラエルは重々しく返事をした。


「そこで、メーションとキスしてたんだ!? 沢山の女の人を奥さんにしてたんだ? 跡継ぎ作ってたんだ?!」 

「違、違う。 奥さんとか――跡継ぎとか、そんなハーレムじゃなくて」

「じゃあドノマンと一緒で何でもエッチな事を女の子にさせてるハーレム!?」

 ライマの言葉に彼がたじろぐ。

 それは正解と言ったも同じだった。

「やっぱり、そうなんだ! どいて! 帰るっ!」

 ライマはつかまれた手首を振りほどこうとした。 だが彼は離さない。

「だ、駄目だ、ライマ。 話を聞いて」

「話って、何をっ!」

 その勢いに胸をえぐられたかのように、ラフォラエルは視線を逸らして、うつむいた。

「――仕方なかったんだ」



 ***



 その頃、甲板に立って海面を見ているメーションにウズが近づいた。

「爆弾投下したけど、やっぱり落ち込んでるとか?」

 言葉を聞いてメーションは鼻で笑う。

「少しだけね。 昔のことを掘り返したら――そりゃあブルーにもなるわよ」

 ウズは苦しそうなメーションの横顔を見て、自分も海面を見た。 海面は穏やかで、まるで荒れ狂うことなどないかのように見えた。

 メーションがつぶやいた。

「男はいいわよね。 あいつ、女にしか興味なかったから」

 ウズは少しだけ不快そうに口を尖らせた。

「女だけ養子にしてちゃ体裁が悪いからって理由で引き取られた、俺達男の扱いも最悪だったぜ? 格安の肉体労働者、そんな感じ」

 メーションは返事をしなかった。 二人は黙って海面を見ていた。

 少しして、ウズが言った。

「初めて悪魔と向き合うには、俺達は幼すぎたよな。 みんな、みんな大変だった」

 ウズの言葉にメーションが頷く。

「そうね。 みんな大変だったけど、ラフォーは……特によ」

「そうなのか? 実は俺、屋敷では、ドノマンのお気に入り、すまし顔のラフォーしか知らないんだ。 あの頃のラフォーは無表情で冷徹で。 ハーレムまで持っているとなったら、ドノマン2世にしか見えなかったぜ」

 するとメーションが激しい口調で言い返した。

「ラフォーをドノマンと一緒にしないで! 私は――私は運悪く、”その時”の全部を見て知ってるから。 大変だったんだから! ラフォーは……仕方なかったのよ!」

 メーションは髪をかきむしりながら甲板の手すりにもたれかかった。



 ***  



「仕方なかった?!」

 ライマは責めるように繰り返した。

「仕方なかったって、何が?! ハーレムを持っていた、そのことに、どんなご大層な理由があったって言うの!?」

 ラフォラエルは下を向いたまま、掴む手に力を込める。

「――だから! ――俺にはどうしようもできなかったんだ!」

 力強く掴まれた手首が痛い。

「い、痛……」

 ライマの口から声が漏れる。 

「――どうしようも、なかったんだ」

 ライマの呟きが聞こえたのか、ラフォラエルは両手の力を抜き、ゆっくりと崩れ落ちるようにその場に座りこむ。

 ライマは足下に力なく座りこんだラフォラエルを見下ろした。


「俺と――姉ちゃんが、孤児になったのは、俺がまだ8つにもならない時だった」

 ラフォラエルは小さな声で話し始めた。









次話26、27話は、一部に性的迫害の表現があります。

苦手な方は、26話でラフォラエルがハーレムに連れて行かれた場面まで読んだら(そこまでは平気です)それ以上は読まず、第28話【ラフォラエルの過去3】に飛んで下さい。 何とか流れは掴めるはずです。 

読み返して「もしかしたら残酷?」と不安になりましたので、カテゴリの残酷な描写ありを追加しました。

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