第22話 分かるけど、極端。
「そりゃあライマの負けだって!」
迷うことなくウズが言うと、ライマを除く全員が首を縦に振った。
「――え、そ、そう?」
ライマは少しうろたえながら、みんなの顔を見回した。
メーション達も口々に続ける。
「さっきので分かったけど、ライマって意外と直情派みたいだしネェ」
「頭が良すぎるから、執事頭にとっては目の上のたんこぶだったろうなぁ」
だから助け船は出ないものかと、タートゥンに視線を向けるが。
「相手が手段を選ばない奴だったら、その程度の事はするだろうね。 残念だけどライマのツメが甘かったね」
などと言われてしまう。
今。 ラフォラエルの家では彼らの生い立ちを知ったという事実も手伝って、今度はライマの身の上話タイムになっていた。
とはいえ本当の事は話せない。
まごついていると、だいたい言える範囲でいいし、名前も偽名でいいから、と言われてやっとライマは話したのだ。
ある大きなお屋敷に、そこの一人息子の家庭教師として働いていると。
そしてその息子は遊ぶことしか考えてない。
しっかり躾けようとするのだが、その屋敷の執事頭や召使いも甘やかしてばっかりだ。
そうしたらある日、みんなの前で、そこの息子から自分の家族の事を悪く言われた。
頭にきたので思わず叩いてしまった。
それで執事頭に大目玉をくらってクビと言われて屋敷を出てきた。
と、まぁ。 こんなかんじで。
「その息子さんに、みんなの前で酷いこと言うように吹き込んだのは執事頭だって誰だって分かるよ」
「そこでカッときたら相手の思うツボだよな」
「なんか罠にもなってないくらい簡単な罠にひっかかっちゃったのね」
散々な言われようだ。
「……やっぱり、そうかなぁ」
ライマは残念そうに呟いた。
あの時は頭に血が登っていたが、よくよく考えると、デイがあんなに堂々と、みんなの前であれだけの台詞を言える訳がないのだ。 たいていラムールの迫力に負けて大人しく話し合いに応じるのに。
とすると、誰かが入れ知恵したとしか。
ラフォラエルが遠慮無しに言った。
「その息子――デイハワだっけ? デイハワとライマって、信頼関係築けてなかったんだな」
「う……っ」
ライマは言葉につまる。 続いて、メーションも、遠慮無し。
「そうよねぇ。 フツーは子供って、可愛いお姉ちゃんとか好きなのに、わざわざ追い出そうなんてしないわよねぇ」
いやいやその二人だけではない。
「二人きりになると、口で負けるのは分かってるから、大勢の人がいる所でしか強く出られないよな?」
「ああわかる。 正論でズドンとやられてグウの音も出ないってやつ?」
「困らせたかったのねぇ」
「ライマってデイハワをどんな育て方、してたんだい?」
デイハワ――デイは、といいかけてとっさに出た、偽名。
「どんな……って、デイハワを、少しでも立派な男の子になれるように……」
「なれるように?」
「起床、就寝時間をはじめ、一日を無駄のないように細かく設定して、常に最大限の成果が出るようにベストのカリキュラムを組んで……」
真面目な顔で語るライマとは逆に、みんなはたじろいだ。
「ち、ちょっと待った」
「なんか今の一言で、嫌われた原因が見えた」
ウズ達が苦笑いした。
「ねぇライマ。 無駄のない一日って……どんな?」
おっかなびっくり質問するタートゥンに、ライマはけろりと答える。
「朝は6時起床、夜8時就寝。 勉強時間は午前と午後それぞれ3時間ずつ。 食事の時間が各30分、 護身術の稽古が1時間」
「ちょっと待って! それって毎日!?」
「うん! もちろん勉強だけじゃ偏るから、自由時間もしっかり決めてあるし、悪影響を与えそうな玩具は最初から与えてないし、カリキュラム通りにやったら最短の時間で無駄なく完璧に、最高の知識と健康な体作りが完成!」
胸を張るライマと正反対に――
「それって、ヤだわっ!」
「俺もダメ」
「絶対、私も嫌」
「さ……最悪」
「信じられない……」
と、ラフォラエル以外の皆がひく。
「ええっ! どうしてっ?!」
ライマは驚いて立ち上がり、唯一反論しなかったラフォラエルを見た。
その視線気づいた彼は、真顔で言った。
「俺だったら絶対グレて家出する」
「ぇ……えぇ……」
ライマが愕然とすると更に。
「それって厳しすぎ」
誰も、フォローすらしない。
ライマは慌てた。
「だ、だって、だってだって、勉強って楽しいでしょ?」
みんな、首を横にふる。 唯一ラフォラエルだけが、「程度次第」。
「だって、デイ……ハワは、家も継がなきゃならないし、そのためには沢山のことを学ばなきゃいけないから、それなら効率よくやった方が……」
「効率よく、だなんて、デイハワがそう望んでカリキュラム組んでって言った訳じゃないんだろ?」
「しかもまだ10にもなってない子供でしょ?」
「家を継ぐためとか大人の理由で子供に高いハードル突きつけるのはどうかな」
「きゃあ〜〜! 嫌よ嫌だわ、絶対嫌よ。 私そんな家に生まれなくて良かったわぁっ!」
全く同意は得られない。
「……ぇぇぇ……」
呟くライマの手首をラフォラエルが引いて、やっとのことでライマは力なく座る。
「……だって……学ぶって……楽しいし……まさか……そんなに嫌なことだなんて……」
その台詞を聞いたタートゥンがヤレヤレと口を開く。
「そのぶんじゃ、躾も厳しすぎそうだね」
「それ、……結構、言われたことある……。 気にしなかったけど……」
「それじゃ嫌われるのは当たり前だね」
――嫌われるのは当たり前。
その言葉がグサリと胸に突き刺さる。
「嫌われてた?」
ラフォラエルが尋ねる。
ライマは考える。
「分からない……。 お話を聞かせたり、子守歌とか歌ってあげたら喜んでたし、雷が苦手だったから、雷が鳴ったら僕を捜しまわって、怖いよってしがみついてきてくれてたし……。 せんせー、あれして、これしよ、って言ってくれてたから、懐いてくれてると……。 でも、最近は叱る事も多くなったから、反抗的になったり、ベソかいてばかりだったかも……」
言いながら、大きなため息をつく。
「デイ……ハワのためになるって思ってたのになぁ」
みんなが顔を見あわせる。
「デイハワのためになるって気持ちは分かるけどさ、極端」
「そうそう極端。 やってることは間違って無くても、極端」
「もぅ少し余裕というか、自由が欲しいわねぇ」
ライマはみんなから責められているうちに、そんなにデイに負担をかけていたのかと気付いて落ち込む。
「ライマ」
ラフォラエルがポンとライマの頭を撫でて慰める。
「ここを去ったらお屋敷に行って、デイハワに謝るんだな」
「謝る……?」
「うん。 厳しすぎてゴメンネって。 そしたらきっとデイハワだって分かってくれるさ」
ライマは黙っていた。
なぜなら、帰っても待っているのは処刑だけだ。 直接デイと話す機会は無い。
「いいな?」
再度ラフォラエルが言った。
「……うん」
念押しされて、やっとライマは頷いた。
+
「よし! それじゃあ、この話はここまでにして、夕食の準備にとりかかろうか?」
落ち込むライマの気分転換を図るかのように、タートゥンが手を叩いてその場を締めた。
メーションが背伸びをする。
「そうね〜ぇ。 ここじゃ外食って訳にもいかないから、やっぱりラフォーのご飯だけが頼りだしぃ」
「メーション……。 手伝う気、ゼロだな」
「だ〜って料理苦手だからぁ♪」
あっさり言う彼女に、ウズが難しい顔をする。
「そんな事言ってると、ライマから料理くらい出来なくてどうするって叱られるんじゃ?」
それを聞いてラフォラエルが吹き出しそうになるのをこらえ、ライマが悔し恥ずかしそうに口をとがらせた。
そんなライマと視線を合わせたラフォラエルはコホンと仰々しく咳払いをする。
「じゃあメーションとタートゥンとウズはこっちの部屋の片づけ頼むな」
「オッケー」
ウズ達が返事をした。
次に、ラフォラエルは戸惑いながら――
「……で、えーと、カレンとトガールは、その、えーっと」
「ちょっと裏に行ってくるわね」
カレンが言った。
「スマネ」
ラフォラエルが謝り、そしてライマを見る。
「ライマは料理を手伝って」
ライマは頷く。
そして各々、仕事にとりかかる。
「な? この状態がフツフツ」
ラフォラエルがぷくぷくと穏やかに沸いた鍋を見せて教える。
「で、オムレツの返し方はこう♪」
ついでに見事なフライパン返しまで披露し、ライマに感心される。
そこにタートゥンが入ってきた。
「ライマ。 ミント水作りたいんだ。 ミントの葉、摘むのを手伝ってくれないかな?」
「えっ、あ、はい」
ライマが返事をするとタートゥンはライマの肩を抱き誘導する。
「ライマ、早く戻ってこいよ。 続き教えるからな」
ラフォラエルはどことなく面白くなさそうだ。
それを見て、タートゥンが少しだけ怪しい笑みを浮かべた。
「あんまり育ちすぎてるのはダメだからね」
ライマが葉を摘んでいると隣でタートゥンが優しく教える。
ミントの爽やかな香りが気持ちいい。
ふと、ライマの伸ばしたミントを摘む手に、タートゥンの手が重なった。
「?」
ライマは不思議そうにタートゥンを見上げる。
タートゥンが手を重ねたまま微笑んだ。
「スカート、似合ってるね。 頑張ってトライしてみたの?」
「うん! でも意外とスカートも楽ね。 知らなかった」
ライマの顔が無邪気に輝いた。 タートゥンは反対に少したじろぐ。
ライマはそんな事は全く気にせず、少し楽しそうに続けた。
「でもね、この前はラフォーが似合ってないって言うから大喧嘩になったの」
「似合ってない、なんてあいつ言ったの? こんなに似合……」
「うん。 でもね、長さが中途半端だからイヤだったんだって。 男の人ってそんなもの?」
「俺はライマが着てくれるのなら文句は言わないけどね」
「ありがとう。 でも、今回は似合ってるって褒めてくれたから、やっぱりこの短いスカートで正解だったかな♪」
機嫌の良いライマを見てタートゥンが苦笑いする。
「正解正解♪」
そう言ってタートゥンはライマの肩を抱いて立ち上がる。
「タートゥン。 ミントの葉はこれ位でいいの?」
「ああ。 とりあえず家に帰ろうか」
「うん」
二人は家の裏手を通る。 ふと、人の気配がして立ち止まる。
少し離れた木々の隙間に、誰かが寄り添って立っていた。
カレンとトガールだ。
その二人は見つめ合いながらゆっくりと抱き合い、唇を重ねた。
「!」
ライマは思わず視線を逸らして慌てて歩き出す。
するとタートゥンがライマの肩を引き、抱き寄せた。
「どうかした?」
「……」
ライマは黙ったまま、視線をちらりと、キスしているはずの二人の方に向けた。
タートゥンは視線をライマから逸らさなかった。
「……興味、ある?」
意味ありげにタートゥンが尋ねた。
しかしライマはあっさりと真顔で言った。
「ううん。 驚いただけ」
それを聞いてタートゥンは再度、苦笑した。
「どうしたの?」
素直に首を傾げながらライマが尋ねた。
「いーや」
タートゥンは小さく笑いながら、歩き出した。